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    少女:このまえの近代デジタルライブラリーの話だけど。
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    少年:うん。

    少女:百科事典とか説話の『大語園』は現代文だから読めるけど、イチオシだった『古事類苑』とか『広文庫』とか『和漢三才図会』って、結局、漢文が分からないと読めないじゃない?

    少年:うーん、近代に入るまで公式な文書や学術文献からプライベートな手紙まで基本的に漢文で書くものだったから。日本だけじゃなく、中国はもちろん、朝鮮半島からベトナムあたりまで。ヨーロッパだとラテン語にあたると思う。


    漢文が占める割合の歴史変遷

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    (出典:古田島 洋介、 湯城 吉信『漢文訓読入門』明治書院2011、pp.4-7)




    少女:じゃあ聞くけど、どうやって読んでるの?

    少年:うーん、やっつけだけど。英語みたいな感じ。

    少女:ちゃんと語学として勉強しろ、ってこと?

    少年:まじめに言えばそうなんだろうけど、漢文って語の並べ方は結構英語と似てるんだ。英文法を流用しても、そこそこ何とかなる。

    少女:ほんとに?

    少年:いわゆる五文型とかそのままだし。

    第1文型 主語+動詞
    雀  啼。
    Bird  sings.
     雀  啼(な)く。
    雀はさえずる。

    第2文型 主語+動詞+補語
    君 為   相。
    You are a minister.
    君、相なり。
    あなたは宰相である。

    我    人。
    I  am a man.
    我は人たり
    私は人間です。


    第3文型 主語+動詞+目的語
    我 愛  之。
    I  love  this.
    我これを愛す
    私はこれが大好きです。

    第4文型 主語+動詞+間接目的語(〜に)+直接目的語(〜を)
    王  與   臣  地。
    King gives a subject land.
    王は臣に地を與(あた)ふ。
    王は臣下に領地を与える。

    第5文型 主語+動詞+目的語+補語
     世   謂  吾   賊。
    People  call  me  a bandit.
     世は吾を賊と謂ふ。
     世間の人は私を賊だという。
     

    少女:たまたま当てはまるものを選んできてない?

    少年:そんなことない。漢文は語順を勝手に変えられないから。

    少女:変えられないってどうして?

    少年:ラテン語みたいに単語が変化したり、日本語みたいに助詞をつける言語だと、語順を入れ替えても、どれが主語でどれが目的語か分かる。たとえば「王様は臣下に領地を与える。」を「王様は領地を臣下に与える。」にしてもいい。漢文でこんな風に語順をひっくり返して「王與臣地」を「王與地臣」にしたら、「王は地に臣を與ふ(王様は大地に臣下を与える)」に意味が変わってしまう。

    少女:なんか生け贄みたい。でも英語と違うところもあるでしょ?

    少年:もちろん。まず修飾語は被修飾語の前に来る。

    少女:え?英語もそうでしょ。a blue book(青い本)っていうし。

    少年:名詞を修飾するものは名詞の前だけど、動詞を修飾するものも動詞の前。たとえば英語ならcome from Japan(日本から来る)と動詞comeの後ろに前置詞句from Japanがくるけど、漢文の場合は「自倭国来」と動詞「来る」の前に「自倭国(倭国より)」が入る。


      賢人 自 倭国 来。
     A wise man comes from Japan.
     賢人、倭国より来る。
     賢い人が日本からやってくる。
     

    少女:じゃあ、あれはどうなるの? 再読文字ってやつ。あれが一番訳が分からないんだけど。

    少年:あれも動詞を修飾してるだけ。だから動詞の前に来る。英語でも、たとえば動詞の前にcanをいれて、I swim.(私は泳ぐ)→I can swim.(私は泳げる)にしたり、shouldを入れてYou swim.(君は泳ぐ)→You should swim.(君は泳ぐべきだ)にするけど、あれと似た感じ。

    少女:つまり英語の助動詞ってこと?でも英語を訳すときも再読なんかしないわよ。

    少年:漢文でも、動詞を修飾してるけど再読しないものがあるよ。説明の都合でこっちを先にするけど

    汝 往 京師。
    You go to the city.
    汝 京師へ往(い)く。
    おまえは都へ行く。

    汝 可 往 京師。
    You can go to the city.
    汝 京師へ往(い)くべし。
    おまえは都へ行くことができる。


    少女:英語でいうとcanを動詞の前につけるみたいに、「可」を動詞「往」の前につけているのね。

    少年:見て欲しいのは、読み下し文で「〜べし」という助動詞をついてるけど、次の例文だど

    汝  耐 苦
    You stand pain.
    汝 苦に耐ふ。
    おまえは苦痛に耐える。

    汝 能 耐 苦
    You can stand pain.
    汝 能(よ)く苦に耐ふ。
    おまえは苦痛に耐えることができる。


    少女:えーと、漢文と英語までは同じよね。英語でいうとcanを動詞の前につけるみたいに、「能」を動詞「耐」の前につける。でも、今度は書き下し文に「〜べし」はついてないね。

    少年:そのかわりに「能(よ)く」っていう副詞を前に入れてる。このブログだと元旦の記事で、日本語は意味の核(コア)を判断なんかを表す層が包み込むって話があったけど、英語や漢文の助動詞の意味を日本語に持ってくるときに〈移しどころ〉が動詞の前後に二つあるんだ。そして、二つとも使わないと元の意味が表せない場合がある。

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    少女:そんなのあるかな?

    少年:例えばnever +動詞を日本語に移そうとすると「決して+(動詞)+〜ない」って動詞の前後の二つを使うでしょ。

    never-kessite.png


    少女:再読文字もそうだっていうの?

    少年:うん。また例を出すけど

     聖人  惜  寸陰。
    A saint value a moment.
    聖人 寸陰を惜しむ。
    聖人はわずかな時間を惜しむ。

      人  当  惜  寸陰。
    A man should value a moment.
    人 当(まさ)に寸陰を惜しむべし。
    人は当然わずかな時間でも惜しむべきだ。


    少女:「惜」って動詞の前に「当」って助動詞をつけたのね。訓読して書き下し文には「当(まさ)に____べし」で動詞を挟んでる。

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    少年:意味は「当然〜すべきである」。「再読文字」って言い方だと、その文字の責任というか性質みたいな言い草だけど、動詞の前後を挟むのはむしろ受け取る側の日本語の性質なんだ。neverの場合も、ただ動詞の後に「〜ない」をつけるだけじゃその意味を表現しきれない、だったらもうひとつ使える動詞の前におく副詞を使って「決して___ない」でどうだ、ってことなんだけど。

    少女:「当」も同じ感じ?

    少年:これをただ「〜べし」だけにすると、「べし」って助動詞は、さっき見たように「可能」って意味もあれば、推量(〜にちがいない)や意思(〜するつもりだ)や当然・義務(〜すべきだ)と、いろいろある。だったら動詞の前に副詞「当(まさ)に」を付けることで、当然・義務の意味だとはっきりする。次の例だと……

    汝 宜 改 之。
    You had better mend this.
    汝 宜(よろ)しく之を改むべし。
    君はこれを改めた方がいい。


    少年:これも当然・義務の「べし」だけど、「宜しく」が前についてるから、さっきの「当」よりは少し弱い「〜した方がいい」って意味になるんだ。


    少女:少し分かった気がするけど、じゃあ、あの読まない字〈置き字〉ってのは何なの?

    少年:〈置き字〉で一番良く出てくる「於」は前置詞なんだけど、あまりにもいろんな使われ方をするんで、いっそ文字自体は読まないことにして、送り仮名を取り替えることで処理したんだ。

    少女:どういうこと?

    少年:いろんな流派があった訓読のルールを整える時に、同じ漢字はなるべく同じ読みをしたかったんだけど、同じ漢字でもいろんな意味・機能を持つのがある。たとえば「之」だと、動詞だと〈行く〉という意味だし、代名詞だと〈これ〉になるし、助詞だと〈〜の〉という意味だ。これだとまだ品詞が違うからいいけど、「於」は前置詞だけで5つくらい意味・機能がある。英語で言うとinとかformとかtoとか、比較のthanとか受け身のbyとかね。

    少女:一つの文字に5つも違う読み方があると混乱するってこと? でも、意味が5種類あるなら読み分けた方が分かりやすいんじゃない?

    少年:訓読の方法が整ってきたのは平安時代らしいんだけど、それまでは訓読の仕方もいろいろで、もっぱら原文の意味を分かりやすく伝えるにはどうしたら、ということに努力を注いでた。

    少女:普通の意味で良い翻訳ね。

    少年:そう。でも、それってどうしてもケースバイケースになる。同じ言葉でも、どんな文章のどんな箇所に現れるかで違って訳した方が良いはずだし。これに対して、平安時代に訓読の方法が整ってくると、それまでよりも意味がわかりにくい読み下し文ができるようになった。

    少女:たとえ意味がわかりにくくなっても、ルールとしての統一性を重視したってこと?

    少年:それともう一つ。漢文を原語のまま読める人が減っていって、漢文を読み上げる場合、訓読して読み下ししたものを声に出して読むようになったんだ。文字ごとに読み方を確定したいという動機の裏には、こういうニーズもあった。

    少女:よく分からないけど、それって大事なことなの?

    少年:書物が貴重な時代には、声を出して読み上げるのが普通の(周囲の人を含めたパブリックな)読書法だったし、記憶法(暗唱法)も声を出して読むことに依存していた。だから読み方のルール化は、音声上の正書法みたいなものだった。----もともと「よむ」って和語は「数を数える」って意味しかなかったんだ。いまでも「サバを読む」って言い方に残ってるけど。そこから「声を出して唱える」になって「朗読する」って意味になって、今の「読む」に近づいていくんだけど。

    少女:へえ。

    少年:漢文の読み方(訓読)は、こんなふうに早い時代にルールを決めて固定化したから、古い時代の日本語での読みがそのまま残ってしまったところもある。その後日本語が変わっていくと、どんどん離れていくことになる。学校の古文でならう文法よりも古い時代の言葉使いがね。

    少女:そうなの?

    少年:たとえば「蓋」を「けだし」と読むのは奈良時代以前の用法だし、「べし」+「む」を「べけん」と撥音化するのとかね(平安時代だと「べからむ」)。

    少女:……ああ、そうか。

    少年:うん?

    少女:すごい当たり前のこと思ったんだけど、一方に漢文のルールがまずあって、受け止める側の日本語の古文のルールがもう一方にあって、その間をつなぐ訓読のルールをつくっていった訳ね。で、出来上がった訓読のルールだけを見てると、どこからどこまでが漢文サイドの話で、日本語サイドの話か分かりにくくて、結局覚えろみたいな感じがしてイヤだったんだと思う。

    少年:多分、意味をとるだけだと漢文のルールだけを学べばいいんだけど、日本でずっとやってきた訓読はそれ以上に「声に出して読む」ってニーズを満たすものだったんだ。だからもっぱら外国語(中国語)として漢文を学ぼうって話は度々出てくるんだけど、中国語の発音を学ぶ機会がないから無理、なんてよく分からない反対理由が出てくる。

    少女:声に出して読むのは譲れないから、訓読しないなら中国語発音って話になるのか。でもレイヤー(層)としては、中国語というか漢文のルールが一番底にあるよね。そっちを先にかじってからやれば、少しは訳のわかる漢文訓読になる気がするんだけど。中国語までやる気がない人向けに何かないの?

    少年:自分がやったのだと、復文を中心にするかな。

    少女:復文って?

    少年:訓読の反対。ナマの漢文(白文)を日本語の読み下し文に変換するのが訓読でしょ? その反対だから、読み下し文からナマの漢文(白文)を再生することを復文っていうんだ。

    少女:どうしてそれが漢文のルールの勉強になるの?

    少年:訓読をちゃんとやろうとしたら、さっき言った3つの知識が全部必要になる。
    ・漢文のルール
    ・日本語古文のルール
    ・訓読の規則(訓点のルールなど)

    少女:うん。

    少年:でも、スタートが読み下し文なら、どんな助動詞を活用するか(古文のルール)とか、返り点をどんな順序で読むか(訓点のルール)は気にしないでいい。すでにやってあるから。ナマの漢文(白文)を再生するのだから、漢文のルール、どんな語順で並べるべきかに集中できる。

    少女:でも、それって英作文ならぬ漢作文じゃない。難しくないの?

    少年:いや、むしろ与えられた単語の並べ替えに近い。書き下し文には、元々の白文にあった漢字がほぼそのまま残ってる。助動詞になったり、「於」みたいに機能に応じて送り仮名化したものは書き下し文の中には無いけど、その部分は漢文のルールでもキモになる部分だから、そこだけ学べばいい。

    少女:ちょっと試しにやってみてよ。

    少年:じゃあ簡単なのを。書き下し文「我 甚だ之を愛す」だと、漢字は4つだ。

    少女:主語+動詞+目的語+補語の順で並ぶんだよね。主語は「我」で、動詞は「愛す」、目的語は「之」かな。

    我 愛 之。


    少年:あとは「甚だ」だけど、これは副詞で動詞を修飾してる。

    少女:じゃあ動詞「愛」の前に入れよう。これでいい。

    我甚愛之。


    少年:正解。こんな風に一度自分で再生した漢文(白文)は、訓点なしで書き下し文にできると思う。じゃあ次は複文で少し長いのを。書き下し文「門人厚くこれを葬らんと欲す」だと。

    少女:えーと、主語は「門人」だよね。動詞は「欲す」だと思うけど、「葬らん」をどうしよう?

    少年:英語で言うと Students want they bury this handsomely.みたいな漢字かな。Students want〜の後ろに、もう一つ文章が埋め込まれている。

    少女:じゃあ「門人 欲 〜」の「〜」のところに目的節として「門人葬之」が入るのかな。

    少年:そう。「厚く」を副詞で入れたいから「門人厚葬之」で、漢文では主語の繰り返しは省略できる。

    少女:じゃあ、こんな感じ?

    門人 欲 厚葬之。




    (参考文献)
    中国語と漢文―訓読の原則と漢語の特徴 (1975年) (中国語研究学習双書〈12 監修:藤堂明保,香坂順一〉)中国語と漢文―訓読の原則と漢語の特徴 (1975年) (中国語研究学習双書〈12 監修:藤堂明保,香坂順一〉)
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