2014.02.11
一冊の書物にできなくても、図書館にはまだやれることがあるー図書館ビギナーズ・マニュアル
あることを調べようと図書館にやって来た人の多くは、そのテーマを扱った書物を探そうとする。
そして、そうした本を見つけられなければ探しものは失敗したと思う。
では、そのテーマについての書物を所蔵しない図書館はもう何もできないのか?
否、否、三たび否。
あなたが知りたいことに一冊をささげた書物はなくても、図書館にはまだできることがある。
(関連記事)
・ビギナーのための図書館サバイバル・ガイド、他ではあまり書いてないけど大切なこと 読書猿Classic: between / beyond readers

・ネットでは逢えない書物に会いに行くー新入生におくるリアルワールドでの本の探し方 読書猿Classic: between / beyond readers

・辞書を引くこと、図書館を使うことは「読み書き」の一部である 読書猿Classic: between / beyond readers

一般向け百科事典 general encyclopedia
まず図書館には事典がある。
事典には一般向けの百科事典(英語でgeneral encyclopediaとよぶもの)と専門事典(英語でspecial encyclopedia)がある。
ブリタニカ百科事典や世界大百科事典(平凡社)や大日本百科全書(小学館)などが、よく知られた一般向けの百科事典である。
人によって様々なスタイルがあるが、一般向けの百科事典は探し物の際にまず最初に引くべきものである。
理由は、ほとんどあらゆる分野について、その道の専門家がそこそこの分量を使ってかなりまともな説明してくれているからである。
専門的な知識が必要らしいのだが、自分が知りたい事柄がいったいどの分野に該当するのかが分からないと、どの専門事典、どの専門書、どの専門家に当たればよいかがわからない。
しかし一般向けの百科事典はオールラウンダーである。どの分野かどの専門か考えなくても、とりあえず引くことができる。
複数冊からなる大部な専門事典が多くない日本語では、その手薄なところを一般向けの百科事典がカバーしているところがある。場合によっては専門の事典よりも充実した記述があったり、ほかの邦語文献では扱っていない項目が載っていることもある。いろんな文献を探し回ったがこれといった成果があがらなかったのが、ダメもとで百科事典を引いて解決することだって珍しくない。
また百科事典の記述は、一冊の書物と比べればずっと短い。これは本格的な探索を始める前の予備調査に合った特性である。後ほどもっと大部なもっと専門的な文献に当たるとしても、手短に概要を知っておくことは、理解の深さも速さも改善する。何より関連ワード(専門用語)や固有名詞(人物、文献名)など知っておくことは、探索をうまく運ぶための前提となる。
だからまず手始めに(過度の期待は持たずに)一般向けの百科事典を引くべきである。
◯百科事典の短所
一般向けの百科事典は、ある意味で公共図書館のミニチュアである。
専門図書館や専門事典とは違い、どちらもどんなニーズがあるかあらかじめ決め付けることができないから、限りあるスペースや予算の中で、できるだけ抜けたエリアが出ないよう努めている。
その結果、かなり広い分野をカバーすることになるのだが、一個人の特殊なニーズから見ると物足りないものになる。
図書館で言えば「いろんな本があるが(あるのに)、自分の読みたい本はない」、百科事典でいえば「さまざまな分野の項目があるが(あるのに)、自分が知りたいことが書いていない」とがっかりした体験がある人も少なくないだろう。
図書館も百科事典も、調べ物をクエストと考えれば、最初に立ち寄る街にすぎない。そこでは良くて最低限の装備と手がかりが手に入るだけだ。
そこでの「がっかり感」は、旅がまだはじまったばかりであることを教えている。
◯百科事典の必要
百科事典はかなり広い分野をカバーしている。
前に書いたことがあるが、百科事典はあなたが知りたいようなこと(たとえば先ごろ見知った最新の知識)は書いていない。むしろ、あなたが知っているべきことが書いてある。
一般向けの百科事典は特殊なトレーニングを積んでいなくても、基本的には誰でも引いて調べることができるものである。つまりそこに書いてある知識は、原則的には誰でもアクセス可能な知識であると見なすことができる。
したがって物を書く人は、百科事典に書いてあるようなことは前提にして、それ以上・それ以外のことを書くことに集中することができる。
百科事典に載っているのは、あなたが今実際には知っていなくても、知ることができる知識、すなわち《可能性としての知識》である。
これを読み手の立場に置きなおせば、百科事典に書いてあるようなことはすでに知っているか、でなければすぐに引くことができるか、いずれかでないと、まともな人が書いたまともな文献を読むことができない、ということでもある。
百科事典には何が書いてあるのか? 読書猿Classic: between / beyond readers

◯百科事典が力を発揮するのは
実用的な観点から、さらに一言付け加えると、辞典・事典が力を発揮するのは、あなたが知らない事柄を引くときではなく、あなたがすでに知っている(と思っている)事柄を調べる場面で、である。
知らない事項を辞書を調べて、運よくそれが載っていたとしよう。あなたはそれを読み、分からないという不愉快な状態を脱して安心する。しかし、これは知識を身につけるのには悪い状況である。あなたの精神はすでに臨戦態勢を解いており、不愉快は解消され、あなたは新しい事柄を身につける必要から既に脱している。
逆にすでに知っている(と思っている)事柄を調べたとしよう。相当な人でないかぎり、辞典・事典には、その事柄についてだけでも、あなたが知っていた以上の知識が登載されている。一部分はあなたが既に知っていたことだが、一部分は知らなかったことであり、また一部分は自分の知識とは異なることである。今、あなたは驚きと好奇心の中にある。世界は(ほんの一部分であれ)あなたが思っていたようではなかったのだ。今やあなたには学ぶべき必要があり動機付けがある。加えてあなたの中には、その事項について既に知っている知識がある。これは新しい知識を結わい付けるフックになる。これだけの好条件が揃って何も学ばない人はいない。
辞書をうまく使えない人は、わからない言葉だけを引いている 読書猿Classic: between / beyond readers

食わず嫌いの人へ→頭が冴え物知りになる事典の4つの習慣 読書猿Classic: between / beyond readers

かなり広い分野をカバーしている百科事典は、あなたが知りたい新奇な項目よりも、あなたがすでに知っている(と思っている)事柄をより多く登載している(これが人が「百科事典に知りたいことが載っていない」と思う理由のひとつである)。
たとえば自転車を知らない人はほとんどいないだろう。しかし自転車について百科事典に書いてあることをすべて知る人は少ない(知っている人はきっと自転車の専門家だろう)。
すでに知っている(と思っている)事柄については、人はわざわざ調べようとしない。たとえそれが調べものに関わっていても、である。
具体例を出した方が分かりやすいだろう。
イギリスの住宅政策の変遷を調べていて、背景知識として当然必要であるイギリス近現代の政治史についてほとんどまったく無知のまま悪戦苦闘していたことがある。何しろ普通選挙権の拡大がいつだったかも知らないほどだった。まったく言い訳だが、調べもののテーマを絞り込むこと(これはまともな調査には不可欠である)に努めていると、それとは逆方向の行為に時間も意識も割かなくなる。まずいことになったと気付いて、イギリス政治史の文献を集めだしたのだが、実は知るべき最低限度のことは百科事典の「イギリス」の項目の中の「政治」の項にほとんどすべて書いてあった。《可能性としての知識》としての常識的知識を提供する百科事典の役割からいって当たり前である。しかしその時は当たり前過ぎて盲点だった。
◯紙の事典かデータベースか
実は、最有名どころの一般向け百科事典はデータベース化されており、CDROMなり有料データベースでなり提供されている。現在の図書館では、これらを利用できるところが多い。
百科事典は大部であり、必要な事柄はあちこちに分散していることが多いから、何冊もの大型書籍を取り回すことになる。
さらに事典は必ず間違っているものだから(あれだけの分量のデータを人間が誤りなく扱えるとは考えられない)、実用には必ず複数の事典を引き比べないといけない(引き比べると有名人の生没年ですら複数の事典で一致しないことが分かるだろう)。そうなれば物理的な取り回しの苦労は倍増する。
電子化された百科事典なら、そうした物理的・肉体的努力が軽減される。
しかしデータベース化されているのは、わずか数種類の一般向け百科事典に過ぎない。専門事典の中ではわずかに『国史大辞典』等がジャパンナレッジで提供されているだけである。
専門事典(special encyclopedia)を使うには、今後も当分の間、紙の事典と付き合う必要がある。
専門事典 special encyclopedia
専門(用語)辞典は専門用語の定義を与えるが、専門(百科)事典はその分野の事項について概説する。
両者の区別は必ずしも明確ではなく、辞典dictonaryと名のついた実質的には事典encyclopediaであるものも少なくない。
たとえば『国史大辞典』は日本史についての代表的な百科事典である。Easton's Bible Dictionaryは聖書用語に関する百科事典であり語義のみの項目も多いものの、多くの見出し語に詳細な解説がなされている。『岩波数学辞典』は数学についての辞典であるが事典的側面も強く、各項目の末尾には参考文献が挙げられている。その英訳タイトルはEncyclopedic Dictionary of Mathematicsという。
専門事典は、一般向け百科事典より専門的な知識・情報を提供してくれるはずである。
しかし複数巻ものの大部な専門事典は買ってくれる相手が限られ出版企画として成立しにくい。
日本ではむしろ百科事典が専門事典的な作り方を部分的に取り入れていて、専門事典の不足を補っている。
たとえば『世界大百科事典』(平凡社)はエリア制という方式を採用し、分野ごとに専門家チームがあたり、チームリーダー(学会の重鎮があたる)が当該分野の項目を誰が書くかを割り振りし、リーダー自身は分野全体を扱う総括的な項目を執筆した。
英語圏では専門事典の数も多く、一般向け百科事典との間に分業が成り立っている。英語の一般向け百科事典の新しい版は、日本語の百科事典よりずっと平易な言葉で記述されている。これらは基本的にホームユースであり、専門知識を学ぶ学生は専門事典(special encyclopedia)を使うことが勧められる。
専門事典を使う場合、自分が知りたい事項がどの分野に属し、どの専門事典を引けばよいのかをどうやって知るかが最初の関門になる。専門事典の種類が増え、いずれも周辺領域をカバーするため担当分野は一部分ずつ重なり合うとなると、この困難は深まるが、英語では何百という専門事典を横断検索できるMaster Indexが存在する(情報ニーズあるところにツールあり)。ユーザーはまずMaster Indexを引き、自分が知りたい事項がどの専門事典のどこに載っているか(これはどの専門分野で扱われているか、ということでもある)を知る。多くの場合、自分の知りたい事項は、複数の専門事典に載っていることが分かる。
専門事典は専門知識の入口であることを目的にしており、さらに詳しく知りたい場合は次に何を読めばよいかを示すために各項目ごとに参考文献リストがついている。Master Indexを引くことで分かった複数の専門事典の複数の項目を巡り、参考文献リストを拾い集めると、複数の専門事典で共通して挙げられている文献が分かる。複数の専門事典の項目で何回出てきたかを数えて並べなおせば、知りたい事項についての基本文献が優先順位つきでリストアップされることになる。
レファレンス、この一冊/事典の横断検索ならFirst stop : the master index to subject encyclopedias 読書猿Classic: between / beyond readers

レファレンス、この一冊/複数の領域を渡り歩くならFirst Stopふたたび 読書猿Classic: between / beyond readers

残念ながら日本語には、このような専門事典の横断検索ツールは存在しない。
ただし人名や地名、作品名については、各種の百科事典・人名事典や作品集などを横断検索できる各分野の『人物レファレンス事典 』『作品レファレンス事典』がいくつか日外アソシエーツから出ている。同様に図鑑や統計資料を横断検索できる『動物レファレンス事典』(外に植物、昆虫など)、『統計図表レファレンス事典』などもある。
被引用索引 Citation Index
専門事典の信頼度は相対的に高く、当該分野についての事項をまとめていることで利用価値は高い。
しかし事典には致命的な欠点がある。
事典は遅い。そこに掲載された知識は古い。
事典は学術情報の流れでいえば最下流に位置する。知識が事典に流れ着くまでには、多くの時間が経過している。
学術情報のライフスパンを概略すれば、研究は学会での口頭や論文として発表されたのち、関連の研究が増え重要性を認められればトピックごとに近年の研究状況をまとめた展望論文に取り上げられ、さらに研究テーマとして発展すればテーマ別の編集本が編まれそこに登載される。そこから多くの研究が派生し学問の中での評価が定まると、教科書に取り入れられ、さらに事典の項目となる。これに辞書が企画されるまでの期間と編集に要する数年が加わる。このように書物は論文よりも、事典はさらにそれ以上に学術情報の流れの下流に位置する。加えて教科書のように改訂版が出ることは少なく、出たとしても数年というスパンではない。このために、先端からの遅れは十数年(時には数十年)を越えてしまう。
◯学術情報のライフスパン

より新しい情報を得るためには、この学術情報の流れを遡ることになる。
幸いにして教科書や専門事典は、それらを書くために参照した研究論文を、それぞれの記述ごとにいちいち明示している。
教科書や専門事典で参照された研究論文は、当然それらの教科書や専門事典がまとめられる以前に発表されたものである。では、その後、その論文を受けてどのように研究が発展したか、具体的にはどのような論文がその後発表されたかを知るためにはどうすればよいか?
Aという論文の後に発表された研究がもし、A論文の研究を発展させ、あるいは否定しているものならば、必ずやA論文を引用しているはずである。
これをA論文の方から見れば《引用されている》ことになるが、世の中にはこうした引用関係を汲み上げて論文ごとに被引用情報としてまとめなおしたCitation Indexというものが存在する。これを使えば、ある論文から見て未来の研究を見つけることができる。
未来をつくる索引-ガーフィールドとCitation Indexの挑戦 読書猿Classic: between / beyond readers

Citation Indexは、ユージン・ガーフィールドが設立したInstitute for Scientific Information (ISI)により1960年代以降紙ベースで提供されていたが、現在はWeb of Scienceで提供されている。大学図書館の契約データベースに入っていることが多い。
他にGoogle ScholarやPubMedでも被引用・被参照文献を見ることができる。
この方法にも欠点がある。個々の論文から被引用・被参照関係をいちいち抽出することは非常に手間がかかる作業であり、すべての文献について行うことは事実上不可能である。そのためCitation Indexは、より多く引用・参照されている文献を掲載している主要な学術誌に対象を限定している。言い換えれば対象雑誌を広げるコストと得られる便益が折り合うところで手を打っているといえる(引用されることの少ないマイナーな学術誌に対象を広げても被引用・被参照関係データは豊かにならない)。
しかし、このことを裏返していえば「主要な」ところから外れた文献を見つけるのには役に立たない。
たとえば日本語文献については対象にならない。日本語文献を対象としている論文データベース、たとえばCiNiiでも被引用・被参照関係を一応見ることができるが、現在のところ「見ることができる場合もある」程度に留まっている。
被引用・被参照関係がデータベースに拾い上げられていない文献について、より新しいものを「たぐり寄せる」には、次の古い方法が役に立つ。すなわち、今、手にしている文献の著者名で検索し、同じ著者のより新しい文献を入手する方法である。
専門分化が進んだ現在のアカデミズムでは、ある研究者は同じテーマを研究し続けている可能性が高い。
したがって、同じ著者のより新しい文献には、より新しい知見とともに、より新しい参考文献が載っている可能性が高い。
著者名を手がかりに、時間をすすめ、そこから振り返って参考文献を拾い上げることは、より新しい文献を手に入れる古典的な方法である。
文献をたぐり寄せる技術/そのイモズルは「巨人の肩」につながっている 読書猿Classic: between / beyond readers

自宅でできるやり方で論文をさがす・あつめる・手に入れる 読書猿Classic: between / beyond readers

雑誌記事検索 Periodical Index
参照関係を明示することは、学術情報の外ではいつも行われる訳ではない。
しかし先ほど学術情報を探すところで触れた上流~下流の教訓は活かすことができる。
出版されている書籍のうち、書き下ろしのものは存外少ない。多くは雑誌その他にすでに発表されたものが書籍化である。書き下ろしの場合でも、著者は同種の書き物をすでに発表していることが多い。というのは、ある著者の書き下ろし作品を出版する企画が成り立つためには、その著者に該当分野ですでに何らかのものを発表してきた実績が必要であるからだ。やはり書籍化は遅れてやってくるのである。
時間的な遅れに加えて、雑誌記事のうち改めて書籍化されるのは(雑誌やその記事によるが全体としては)その一部でしかない。書籍は、文献情報のライフスパンから見れば下流に位置し、時間的には遅れ、多くは下流までたどり着かない。
すべての書籍は「中古品」である/図書館で本より雑誌を見るべき5つの理由 読書猿Classic: between / beyond readers

このことを調べものの観点から見れば、雑誌記事の情報は、書籍よりも新しく、また多様性も大きいということになる。つまり当たり外れは大きいが、書籍で得られない情報に出会える可能性がある。また雑誌記事は一般に書籍よりも短く、同じ時間当たりより多くのものに触れることができる。
いずれも調べものをする者からすれば長所か長所に転じる特徴である。
これは英語でだが、ビジネス雑誌から業界雑誌までの雑誌記事情報を収録するBusiness Periodicals Indexは、(a)まだ扱う書籍がないような新しいトピックについて、(b)ポピュラー雑誌に載るよりも専門的で詳しい情報が欲しいが、(c)学術論文を直接読むのは難しすぎるといった情報ニーズに対して、〈専門家が一般向けに書いた解説記事〉を探すのに有益なツールだった。
学術研究が行われているのは(普通に想像するよりはずっと広いのだがそれでも)この世の中で限られた領域に過ぎない。あるのかないのかわからない〈うわさ〉のような、通常の学術雑誌のデータベースには掲載されないような、世相・風俗・事件について調べる場合には、一般雑誌の記事や、後述する新聞記事が役に立つ。
まさにこうした目的のために、週刊誌、総合月刊誌、女性誌、スポーツ誌、芸能誌などの記事を収集/整理しているのが大宅壮一文庫である。
紙の本として『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録』が、データベースとしてWeb OYA-bunkoがある。
新聞記事検索 Newspaper Index
ネット上では新聞を馬鹿にする人も多いが、図書館では新聞は事典の一種である。
今では想像しにくいが、インターネットの普及以前には、書籍や論文に取り上げられていないような〈小さな〉事項また〈新しい〉事項を探す事典として使うことができるほとんど唯一のツールだった。
新聞は、百何十年間、ほとんど毎日データを追加し続けてきたデータベースであり、蓄積と検索のためのツールが早くから整備されている。
たとえば索引つきの縮刷版が長年出され、また多くの図書館で新聞記事から独自の切り抜きや記事索引づくりが行われ、またマイクロフィルム等で過去の紙面が蓄積されてきた。古い雑誌は図書館でも廃棄されることが少なくないが、古い新聞は何らかの形で残っていることが多い。
新聞記事をデータソースに、歴史的出来事についてまとめなおした『新聞集成(明治/大正/昭和編年史)』や最近の主要記事をまとめた『新聞ダイジェスト』などツールも多い。
日本では登場するのが遅く、すぐにデータベース時代が来てしまってあまり定着しなかったものに新聞記事索引がある。『毎日ニュース事典』が1973年から1980年 (収録対象年代は1972年〜1979年)、 『読売ニュース総覧』が1981年から1995年 (収録対象年代は1980年〜1994年)。それぞれ、毎日新聞、読売新聞の記事に対して短い解説・抄録つきの50音順索引である。
英語ではイギリスのTimes紙について、索引誌のタイトルはThe Annual Index→The Official Index→Index to the Time→Times Indexと変遷しているが1906年以来の記事について、別系統のPalmer's Index to Times Newspaperを併用すれば1790年以来の記事について検索できる。アメリカのNew York TImes紙についてはNew York TImes Indexが1913年以来の記事について記事索引を提供している。
新聞記事索引は50音順ないしアルファベット順であり、時間を隔てた同名の事項をまとめて見るのに適している。たとえば繰り返し報じられた大事件について、それぞれ日々の紙面にばらまかれたものをひとまとめになっている。何年もの間をあけて、同様の出来事が繰り返されているのを発見することもできる。
現在では新聞記事データベースを使うのが簡便かつ一般的だろう。一覧性は紙の冊子本に劣るものの、他の資料では望めないほど長い期間を対象に検索ができる。たとえば、
『聞蔵IIビジュアル』では1879年(創刊)から現在までの朝日新聞について、
『ヨミダス歴史館』では1874年(創刊)から現在までの読売新聞について、
『毎索(毎日新聞オンライン)』では1872年(創刊号)から現在までの毎日新聞について、それぞれ検索できる。
これらを使えば、たとえば、ある用語の使用頻度の時間的変遷を検索結果数から知ることなどもできる。
英語では、LexisNexisやProQuest(NewspaperDirectやFactiva.comやProQuest Newspapers)などのデータベースで提供される他に、大英図書館 TheBritish Libraryが300年分の新聞データを検索・購入可能な形で公開している(British Newspaper Archive)。
New York Timesは1851年以来の記事が検索できる。
そして、そうした本を見つけられなければ探しものは失敗したと思う。
では、そのテーマについての書物を所蔵しない図書館はもう何もできないのか?
否、否、三たび否。
あなたが知りたいことに一冊をささげた書物はなくても、図書館にはまだできることがある。
(関連記事)
・ビギナーのための図書館サバイバル・ガイド、他ではあまり書いてないけど大切なこと 読書猿Classic: between / beyond readers

・ネットでは逢えない書物に会いに行くー新入生におくるリアルワールドでの本の探し方 読書猿Classic: between / beyond readers

・辞書を引くこと、図書館を使うことは「読み書き」の一部である 読書猿Classic: between / beyond readers

一般向け百科事典 general encyclopedia
まず図書館には事典がある。
事典には一般向けの百科事典(英語でgeneral encyclopediaとよぶもの)と専門事典(英語でspecial encyclopedia)がある。
ブリタニカ百科事典や世界大百科事典(平凡社)や大日本百科全書(小学館)などが、よく知られた一般向けの百科事典である。
人によって様々なスタイルがあるが、一般向けの百科事典は探し物の際にまず最初に引くべきものである。
理由は、ほとんどあらゆる分野について、その道の専門家がそこそこの分量を使ってかなりまともな説明してくれているからである。
専門的な知識が必要らしいのだが、自分が知りたい事柄がいったいどの分野に該当するのかが分からないと、どの専門事典、どの専門書、どの専門家に当たればよいかがわからない。
しかし一般向けの百科事典はオールラウンダーである。どの分野かどの専門か考えなくても、とりあえず引くことができる。
複数冊からなる大部な専門事典が多くない日本語では、その手薄なところを一般向けの百科事典がカバーしているところがある。場合によっては専門の事典よりも充実した記述があったり、ほかの邦語文献では扱っていない項目が載っていることもある。いろんな文献を探し回ったがこれといった成果があがらなかったのが、ダメもとで百科事典を引いて解決することだって珍しくない。
また百科事典の記述は、一冊の書物と比べればずっと短い。これは本格的な探索を始める前の予備調査に合った特性である。後ほどもっと大部なもっと専門的な文献に当たるとしても、手短に概要を知っておくことは、理解の深さも速さも改善する。何より関連ワード(専門用語)や固有名詞(人物、文献名)など知っておくことは、探索をうまく運ぶための前提となる。
だからまず手始めに(過度の期待は持たずに)一般向けの百科事典を引くべきである。
◯百科事典の短所
一般向けの百科事典は、ある意味で公共図書館のミニチュアである。
専門図書館や専門事典とは違い、どちらもどんなニーズがあるかあらかじめ決め付けることができないから、限りあるスペースや予算の中で、できるだけ抜けたエリアが出ないよう努めている。
その結果、かなり広い分野をカバーすることになるのだが、一個人の特殊なニーズから見ると物足りないものになる。
図書館で言えば「いろんな本があるが(あるのに)、自分の読みたい本はない」、百科事典でいえば「さまざまな分野の項目があるが(あるのに)、自分が知りたいことが書いていない」とがっかりした体験がある人も少なくないだろう。
図書館も百科事典も、調べ物をクエストと考えれば、最初に立ち寄る街にすぎない。そこでは良くて最低限の装備と手がかりが手に入るだけだ。
そこでの「がっかり感」は、旅がまだはじまったばかりであることを教えている。
◯百科事典の必要
百科事典はかなり広い分野をカバーしている。
前に書いたことがあるが、百科事典はあなたが知りたいようなこと(たとえば先ごろ見知った最新の知識)は書いていない。むしろ、あなたが知っているべきことが書いてある。
一般向けの百科事典は特殊なトレーニングを積んでいなくても、基本的には誰でも引いて調べることができるものである。つまりそこに書いてある知識は、原則的には誰でもアクセス可能な知識であると見なすことができる。
したがって物を書く人は、百科事典に書いてあるようなことは前提にして、それ以上・それ以外のことを書くことに集中することができる。
百科事典に載っているのは、あなたが今実際には知っていなくても、知ることができる知識、すなわち《可能性としての知識》である。
これを読み手の立場に置きなおせば、百科事典に書いてあるようなことはすでに知っているか、でなければすぐに引くことができるか、いずれかでないと、まともな人が書いたまともな文献を読むことができない、ということでもある。
百科事典には何が書いてあるのか? 読書猿Classic: between / beyond readers

◯百科事典が力を発揮するのは
実用的な観点から、さらに一言付け加えると、辞典・事典が力を発揮するのは、あなたが知らない事柄を引くときではなく、あなたがすでに知っている(と思っている)事柄を調べる場面で、である。
知らない事項を辞書を調べて、運よくそれが載っていたとしよう。あなたはそれを読み、分からないという不愉快な状態を脱して安心する。しかし、これは知識を身につけるのには悪い状況である。あなたの精神はすでに臨戦態勢を解いており、不愉快は解消され、あなたは新しい事柄を身につける必要から既に脱している。
逆にすでに知っている(と思っている)事柄を調べたとしよう。相当な人でないかぎり、辞典・事典には、その事柄についてだけでも、あなたが知っていた以上の知識が登載されている。一部分はあなたが既に知っていたことだが、一部分は知らなかったことであり、また一部分は自分の知識とは異なることである。今、あなたは驚きと好奇心の中にある。世界は(ほんの一部分であれ)あなたが思っていたようではなかったのだ。今やあなたには学ぶべき必要があり動機付けがある。加えてあなたの中には、その事項について既に知っている知識がある。これは新しい知識を結わい付けるフックになる。これだけの好条件が揃って何も学ばない人はいない。
辞書をうまく使えない人は、わからない言葉だけを引いている 読書猿Classic: between / beyond readers

食わず嫌いの人へ→頭が冴え物知りになる事典の4つの習慣 読書猿Classic: between / beyond readers

かなり広い分野をカバーしている百科事典は、あなたが知りたい新奇な項目よりも、あなたがすでに知っている(と思っている)事柄をより多く登載している(これが人が「百科事典に知りたいことが載っていない」と思う理由のひとつである)。
たとえば自転車を知らない人はほとんどいないだろう。しかし自転車について百科事典に書いてあることをすべて知る人は少ない(知っている人はきっと自転車の専門家だろう)。
すでに知っている(と思っている)事柄については、人はわざわざ調べようとしない。たとえそれが調べものに関わっていても、である。
具体例を出した方が分かりやすいだろう。
イギリスの住宅政策の変遷を調べていて、背景知識として当然必要であるイギリス近現代の政治史についてほとんどまったく無知のまま悪戦苦闘していたことがある。何しろ普通選挙権の拡大がいつだったかも知らないほどだった。まったく言い訳だが、調べもののテーマを絞り込むこと(これはまともな調査には不可欠である)に努めていると、それとは逆方向の行為に時間も意識も割かなくなる。まずいことになったと気付いて、イギリス政治史の文献を集めだしたのだが、実は知るべき最低限度のことは百科事典の「イギリス」の項目の中の「政治」の項にほとんどすべて書いてあった。《可能性としての知識》としての常識的知識を提供する百科事典の役割からいって当たり前である。しかしその時は当たり前過ぎて盲点だった。
◯紙の事典かデータベースか
実は、最有名どころの一般向け百科事典はデータベース化されており、CDROMなり有料データベースでなり提供されている。現在の図書館では、これらを利用できるところが多い。
百科事典は大部であり、必要な事柄はあちこちに分散していることが多いから、何冊もの大型書籍を取り回すことになる。
さらに事典は必ず間違っているものだから(あれだけの分量のデータを人間が誤りなく扱えるとは考えられない)、実用には必ず複数の事典を引き比べないといけない(引き比べると有名人の生没年ですら複数の事典で一致しないことが分かるだろう)。そうなれば物理的な取り回しの苦労は倍増する。
電子化された百科事典なら、そうした物理的・肉体的努力が軽減される。
しかしデータベース化されているのは、わずか数種類の一般向け百科事典に過ぎない。専門事典の中ではわずかに『国史大辞典』等がジャパンナレッジで提供されているだけである。
専門事典(special encyclopedia)を使うには、今後も当分の間、紙の事典と付き合う必要がある。
専門事典 special encyclopedia
専門(用語)辞典は専門用語の定義を与えるが、専門(百科)事典はその分野の事項について概説する。
両者の区別は必ずしも明確ではなく、辞典dictonaryと名のついた実質的には事典encyclopediaであるものも少なくない。
たとえば『国史大辞典』は日本史についての代表的な百科事典である。Easton's Bible Dictionaryは聖書用語に関する百科事典であり語義のみの項目も多いものの、多くの見出し語に詳細な解説がなされている。『岩波数学辞典』は数学についての辞典であるが事典的側面も強く、各項目の末尾には参考文献が挙げられている。その英訳タイトルはEncyclopedic Dictionary of Mathematicsという。
専門事典は、一般向け百科事典より専門的な知識・情報を提供してくれるはずである。
しかし複数巻ものの大部な専門事典は買ってくれる相手が限られ出版企画として成立しにくい。
日本ではむしろ百科事典が専門事典的な作り方を部分的に取り入れていて、専門事典の不足を補っている。
たとえば『世界大百科事典』(平凡社)はエリア制という方式を採用し、分野ごとに専門家チームがあたり、チームリーダー(学会の重鎮があたる)が当該分野の項目を誰が書くかを割り振りし、リーダー自身は分野全体を扱う総括的な項目を執筆した。
英語圏では専門事典の数も多く、一般向け百科事典との間に分業が成り立っている。英語の一般向け百科事典の新しい版は、日本語の百科事典よりずっと平易な言葉で記述されている。これらは基本的にホームユースであり、専門知識を学ぶ学生は専門事典(special encyclopedia)を使うことが勧められる。
専門事典を使う場合、自分が知りたい事項がどの分野に属し、どの専門事典を引けばよいのかをどうやって知るかが最初の関門になる。専門事典の種類が増え、いずれも周辺領域をカバーするため担当分野は一部分ずつ重なり合うとなると、この困難は深まるが、英語では何百という専門事典を横断検索できるMaster Indexが存在する(情報ニーズあるところにツールあり)。ユーザーはまずMaster Indexを引き、自分が知りたい事項がどの専門事典のどこに載っているか(これはどの専門分野で扱われているか、ということでもある)を知る。多くの場合、自分の知りたい事項は、複数の専門事典に載っていることが分かる。
専門事典は専門知識の入口であることを目的にしており、さらに詳しく知りたい場合は次に何を読めばよいかを示すために各項目ごとに参考文献リストがついている。Master Indexを引くことで分かった複数の専門事典の複数の項目を巡り、参考文献リストを拾い集めると、複数の専門事典で共通して挙げられている文献が分かる。複数の専門事典の項目で何回出てきたかを数えて並べなおせば、知りたい事項についての基本文献が優先順位つきでリストアップされることになる。
レファレンス、この一冊/事典の横断検索ならFirst stop : the master index to subject encyclopedias 読書猿Classic: between / beyond readers

レファレンス、この一冊/複数の領域を渡り歩くならFirst Stopふたたび 読書猿Classic: between / beyond readers

残念ながら日本語には、このような専門事典の横断検索ツールは存在しない。
ただし人名や地名、作品名については、各種の百科事典・人名事典や作品集などを横断検索できる各分野の『人物レファレンス事典 』『作品レファレンス事典』がいくつか日外アソシエーツから出ている。同様に図鑑や統計資料を横断検索できる『動物レファレンス事典』(外に植物、昆虫など)、『統計図表レファレンス事典』などもある。
被引用索引 Citation Index
専門事典の信頼度は相対的に高く、当該分野についての事項をまとめていることで利用価値は高い。
しかし事典には致命的な欠点がある。
事典は遅い。そこに掲載された知識は古い。
事典は学術情報の流れでいえば最下流に位置する。知識が事典に流れ着くまでには、多くの時間が経過している。
学術情報のライフスパンを概略すれば、研究は学会での口頭や論文として発表されたのち、関連の研究が増え重要性を認められればトピックごとに近年の研究状況をまとめた展望論文に取り上げられ、さらに研究テーマとして発展すればテーマ別の編集本が編まれそこに登載される。そこから多くの研究が派生し学問の中での評価が定まると、教科書に取り入れられ、さらに事典の項目となる。これに辞書が企画されるまでの期間と編集に要する数年が加わる。このように書物は論文よりも、事典はさらにそれ以上に学術情報の流れの下流に位置する。加えて教科書のように改訂版が出ることは少なく、出たとしても数年というスパンではない。このために、先端からの遅れは十数年(時には数十年)を越えてしまう。
◯学術情報のライフスパン

より新しい情報を得るためには、この学術情報の流れを遡ることになる。
幸いにして教科書や専門事典は、それらを書くために参照した研究論文を、それぞれの記述ごとにいちいち明示している。
教科書や専門事典で参照された研究論文は、当然それらの教科書や専門事典がまとめられる以前に発表されたものである。では、その後、その論文を受けてどのように研究が発展したか、具体的にはどのような論文がその後発表されたかを知るためにはどうすればよいか?
Aという論文の後に発表された研究がもし、A論文の研究を発展させ、あるいは否定しているものならば、必ずやA論文を引用しているはずである。
これをA論文の方から見れば《引用されている》ことになるが、世の中にはこうした引用関係を汲み上げて論文ごとに被引用情報としてまとめなおしたCitation Indexというものが存在する。これを使えば、ある論文から見て未来の研究を見つけることができる。
未来をつくる索引-ガーフィールドとCitation Indexの挑戦 読書猿Classic: between / beyond readers

Citation Indexは、ユージン・ガーフィールドが設立したInstitute for Scientific Information (ISI)により1960年代以降紙ベースで提供されていたが、現在はWeb of Scienceで提供されている。大学図書館の契約データベースに入っていることが多い。
他にGoogle ScholarやPubMedでも被引用・被参照文献を見ることができる。
この方法にも欠点がある。個々の論文から被引用・被参照関係をいちいち抽出することは非常に手間がかかる作業であり、すべての文献について行うことは事実上不可能である。そのためCitation Indexは、より多く引用・参照されている文献を掲載している主要な学術誌に対象を限定している。言い換えれば対象雑誌を広げるコストと得られる便益が折り合うところで手を打っているといえる(引用されることの少ないマイナーな学術誌に対象を広げても被引用・被参照関係データは豊かにならない)。
しかし、このことを裏返していえば「主要な」ところから外れた文献を見つけるのには役に立たない。
たとえば日本語文献については対象にならない。日本語文献を対象としている論文データベース、たとえばCiNiiでも被引用・被参照関係を一応見ることができるが、現在のところ「見ることができる場合もある」程度に留まっている。
被引用・被参照関係がデータベースに拾い上げられていない文献について、より新しいものを「たぐり寄せる」には、次の古い方法が役に立つ。すなわち、今、手にしている文献の著者名で検索し、同じ著者のより新しい文献を入手する方法である。
専門分化が進んだ現在のアカデミズムでは、ある研究者は同じテーマを研究し続けている可能性が高い。
したがって、同じ著者のより新しい文献には、より新しい知見とともに、より新しい参考文献が載っている可能性が高い。
著者名を手がかりに、時間をすすめ、そこから振り返って参考文献を拾い上げることは、より新しい文献を手に入れる古典的な方法である。
文献をたぐり寄せる技術/そのイモズルは「巨人の肩」につながっている 読書猿Classic: between / beyond readers

自宅でできるやり方で論文をさがす・あつめる・手に入れる 読書猿Classic: between / beyond readers

雑誌記事検索 Periodical Index
参照関係を明示することは、学術情報の外ではいつも行われる訳ではない。
しかし先ほど学術情報を探すところで触れた上流~下流の教訓は活かすことができる。
出版されている書籍のうち、書き下ろしのものは存外少ない。多くは雑誌その他にすでに発表されたものが書籍化である。書き下ろしの場合でも、著者は同種の書き物をすでに発表していることが多い。というのは、ある著者の書き下ろし作品を出版する企画が成り立つためには、その著者に該当分野ですでに何らかのものを発表してきた実績が必要であるからだ。やはり書籍化は遅れてやってくるのである。
時間的な遅れに加えて、雑誌記事のうち改めて書籍化されるのは(雑誌やその記事によるが全体としては)その一部でしかない。書籍は、文献情報のライフスパンから見れば下流に位置し、時間的には遅れ、多くは下流までたどり着かない。
すべての書籍は「中古品」である/図書館で本より雑誌を見るべき5つの理由 読書猿Classic: between / beyond readers

このことを調べものの観点から見れば、雑誌記事の情報は、書籍よりも新しく、また多様性も大きいということになる。つまり当たり外れは大きいが、書籍で得られない情報に出会える可能性がある。また雑誌記事は一般に書籍よりも短く、同じ時間当たりより多くのものに触れることができる。
いずれも調べものをする者からすれば長所か長所に転じる特徴である。
これは英語でだが、ビジネス雑誌から業界雑誌までの雑誌記事情報を収録するBusiness Periodicals Indexは、(a)まだ扱う書籍がないような新しいトピックについて、(b)ポピュラー雑誌に載るよりも専門的で詳しい情報が欲しいが、(c)学術論文を直接読むのは難しすぎるといった情報ニーズに対して、〈専門家が一般向けに書いた解説記事〉を探すのに有益なツールだった。
学術研究が行われているのは(普通に想像するよりはずっと広いのだがそれでも)この世の中で限られた領域に過ぎない。あるのかないのかわからない〈うわさ〉のような、通常の学術雑誌のデータベースには掲載されないような、世相・風俗・事件について調べる場合には、一般雑誌の記事や、後述する新聞記事が役に立つ。
まさにこうした目的のために、週刊誌、総合月刊誌、女性誌、スポーツ誌、芸能誌などの記事を収集/整理しているのが大宅壮一文庫である。
紙の本として『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録』が、データベースとしてWeb OYA-bunkoがある。
新聞記事検索 Newspaper Index
ネット上では新聞を馬鹿にする人も多いが、図書館では新聞は事典の一種である。
今では想像しにくいが、インターネットの普及以前には、書籍や論文に取り上げられていないような〈小さな〉事項また〈新しい〉事項を探す事典として使うことができるほとんど唯一のツールだった。
新聞は、百何十年間、ほとんど毎日データを追加し続けてきたデータベースであり、蓄積と検索のためのツールが早くから整備されている。
たとえば索引つきの縮刷版が長年出され、また多くの図書館で新聞記事から独自の切り抜きや記事索引づくりが行われ、またマイクロフィルム等で過去の紙面が蓄積されてきた。古い雑誌は図書館でも廃棄されることが少なくないが、古い新聞は何らかの形で残っていることが多い。
新聞記事をデータソースに、歴史的出来事についてまとめなおした『新聞集成(明治/大正/昭和編年史)』や最近の主要記事をまとめた『新聞ダイジェスト』などツールも多い。
日本では登場するのが遅く、すぐにデータベース時代が来てしまってあまり定着しなかったものに新聞記事索引がある。『毎日ニュース事典』が1973年から1980年 (収録対象年代は1972年〜1979年)、 『読売ニュース総覧』が1981年から1995年 (収録対象年代は1980年〜1994年)。それぞれ、毎日新聞、読売新聞の記事に対して短い解説・抄録つきの50音順索引である。
英語ではイギリスのTimes紙について、索引誌のタイトルはThe Annual Index→The Official Index→Index to the Time→Times Indexと変遷しているが1906年以来の記事について、別系統のPalmer's Index to Times Newspaperを併用すれば1790年以来の記事について検索できる。アメリカのNew York TImes紙についてはNew York TImes Indexが1913年以来の記事について記事索引を提供している。
新聞記事索引は50音順ないしアルファベット順であり、時間を隔てた同名の事項をまとめて見るのに適している。たとえば繰り返し報じられた大事件について、それぞれ日々の紙面にばらまかれたものをひとまとめになっている。何年もの間をあけて、同様の出来事が繰り返されているのを発見することもできる。
現在では新聞記事データベースを使うのが簡便かつ一般的だろう。一覧性は紙の冊子本に劣るものの、他の資料では望めないほど長い期間を対象に検索ができる。たとえば、
『聞蔵IIビジュアル』では1879年(創刊)から現在までの朝日新聞について、
『ヨミダス歴史館』では1874年(創刊)から現在までの読売新聞について、
『毎索(毎日新聞オンライン)』では1872年(創刊号)から現在までの毎日新聞について、それぞれ検索できる。
これらを使えば、たとえば、ある用語の使用頻度の時間的変遷を検索結果数から知ることなどもできる。
英語では、LexisNexisやProQuest(NewspaperDirectやFactiva.comやProQuest Newspapers)などのデータベースで提供される他に、大英図書館 TheBritish Libraryが300年分の新聞データを検索・購入可能な形で公開している(British Newspaper Archive)。
New York Timesは1851年以来の記事が検索できる。
2011.01.13
すべての書籍は「中古品」である/図書館で本より雑誌を見るべき5つの理由
初心者向け図書館講座を続けよう。
図書館にあるのは書籍だけだと思うのは狭い考えだ。
とはいうものの、そう思うのは図書館や図書館を紹介してきた者にも責任がある。
今回取り上げる図書館資源は、雑誌である。
雑誌は、ともすれば、書籍よりも格下の存在と見なされてきた。
しかし知識の担い手や情報流通の観点から見れば、ほとんどすべての書籍は「セコハン(secondhand)」であり、ほとんど「二次著作物」と言っては過言であるが、言い足りないよりは言い過ぎた方がいい。
本の最初や最後の方に「初出」がどうとかと書いてあるのを見たことがあるだろう。
今のような出版のしくみができた以降の書籍は、自主出版でもない限り、雑誌(学術誌などを含む)などに載ったものを元にして作られていることが多い。
書き下ろしの本は、思うよりずっと少ない。
一応は「書き下ろし」の形をとっていても、内容はその著者がどこかで書いたり、話したりしたことが元になっていることも多い。
「書き下ろし」の企画が通るには、その著者がそうした内容を書くのにふさわしいと編集者や出版社に認められる必要があるが、そのためには企画に先立ってその著者がなんらかの形で情報発信していて、それを編集者なりがそれを読んだり聞いたりしているはずである。
書籍はぶっちゃけ、雑誌などの「下流」に位置する。
このことから次のようなことが生じる。
1.雑誌記事の内容は書籍より新しい
雑誌に載ったものが、その後、書籍になる(ことが多い)のだから当然である。
書籍をつくるのは雑誌よりも時間がかかる(時間をかける)のが普通だから、雑誌に載った後に書籍になるとしても、そこにさらにタイムラグが生まれる。
そして調べものというニーズで言えば、できるかぎり新しい情報を得たい場合が大半である。
新しいテーマやトピックについて調べようという場合、そもそもそのテーマについての書籍がない場合も多い。しかし、そうした場合でも雑誌記事は見つかる場合がある。
2.雑誌記事の内容は書籍よりも多様である
なんとなれば雑誌に掲載された記事のごく一部しか書籍にならないからだ。
これは一面では書籍の利点(アドバンテージ)でもある。「選りすぐられたもの」だけが書籍になるとも考えられるからだ。
しかしこのことは必ずしも内容の質を保証しない。たとえば商業的にペイするかどうかは書籍化にあたって重要な要素であろう。つまり売れそうにないものは書籍になりにくい。
我々が何か調べようとする場合、そのテーマやトピックはポピュラーなものとは限らない。むしろ、誰もが知っていることを調べても仕方がないだろうから、調べもののテーマはマイナーなものになることが珍しくない。
このことも、調べるなら書籍だけでなく雑誌記事にも当たらなくてはならない理由のひとつである。
3.雑誌記事は書籍より詳細である
専門雑誌や学術雑誌など、多くの人を相手にする訳ではない雑誌の場合、その分野の人なら当然知っているべき入門的知識に紙面を割く必要はない。
むしろある特定の事項に絞って突っ込んだ内容を盛り込むことが多い。学術論文はその最たる例だ。
特定の事項に絞ってあるので詳しいタイトルがつくことが多く、知りたいことズバリの内容を検索するのにもよい。
網羅的に書かれた書籍は、こうした記事を要約して(詳細は省いて)まとめたものが多い。
書籍でざっくり概説的な知識を得た後、さらに突っ込んで知ろうとする場合は、こうした専門雑誌の記事に当たる必要がある。
4.雑誌記事は書籍よりも短い
雑誌記事は、書籍よりも〈新しく〉〈多様〉で〈詳細〉であると言った。
もう一つ大きな特徴がある。雑誌記事は大抵の場合、書籍よりも短い。
短いことはいいことだ。同じ読書速度なら、短い方がたくさん読める。
調べものの観点から言えば、たくさん読めるというのは、より多くの情報源に当たることができるということだ。
1冊の本を読む時間に10本の雑誌記事が読めるとしたら、しかも〈新しく〉〈多様〉で〈詳細〉なのだ、これを使わない手はないだろう。
5.雑誌記事を追うには図書館へ行け
しかし本を読めと宣う人は多いが、雑誌を読めと言ってくれる人はあまりいない。
せいぜい指導教官や研究室のおせっかいな先輩が「論文を読め」「論文を読まないなら死ね」と言ってくれるくらいだ。
論文は学術雑誌に載っている、といった当たり前のことは、誰も教えてくれない。
探すべきは学術雑誌や論文だけではない。
知りたい情報が専門誌は無論、一般誌にも載っていることも少なくない。
くだらない眉唾ものの記事ばかり載せているように思える大衆雑誌も、そのくだらない記事が年月を経ると、その時代を映す貴重な資料になることだってある。
なにしろ雑誌はたくさんある。
この多様性もまた、先に見たように雑誌(記事)のメリットなのだが、個人が入手し収集できる雑誌はごく限られている。
多様性のメリットを発揮するには、多くの雑誌を長期間に渡って収集するところが必要になる。
だから図書館なのだ。
雑誌記事を使いこなすには、記事ひとつひとつが検索できる必要がある。
雑誌記事検索のためのツールは従来玄人向けで、小さな図書館は所蔵してないことも多かった。
今は国会図書館の雑誌記事索引がインターネットで誰でも使える。
あなたの行きつけの図書館にあまり雑誌が揃っていなくても、国会図書館の雑誌記事索引で見つけたものなら、有料だがその記事をコピーして自宅や職場に送ってもらえる。郵送料込みで数百円、時間も1週間かからない。
もちろん、行きつけの図書館を介しても依頼できる。
国立国会図書館 遠隔複写サービスの紹介ページ
http://www.ndl.go.jp/jp/service/copy3.html
自宅で雑誌記事を手に入れる方法は、以前書いた次の記事が参考になるかもしれない。
自宅でできるやり方で論文をさがす・あつめる・手に入れる 読書猿Classic: between / beyond readers
図書館にあるのは書籍だけだと思うのは狭い考えだ。
とはいうものの、そう思うのは図書館や図書館を紹介してきた者にも責任がある。
今回取り上げる図書館資源は、雑誌である。
雑誌は、ともすれば、書籍よりも格下の存在と見なされてきた。
しかし知識の担い手や情報流通の観点から見れば、ほとんどすべての書籍は「セコハン(secondhand)」であり、ほとんど「二次著作物」と言っては過言であるが、言い足りないよりは言い過ぎた方がいい。
本の最初や最後の方に「初出」がどうとかと書いてあるのを見たことがあるだろう。
今のような出版のしくみができた以降の書籍は、自主出版でもない限り、雑誌(学術誌などを含む)などに載ったものを元にして作られていることが多い。
書き下ろしの本は、思うよりずっと少ない。
一応は「書き下ろし」の形をとっていても、内容はその著者がどこかで書いたり、話したりしたことが元になっていることも多い。
「書き下ろし」の企画が通るには、その著者がそうした内容を書くのにふさわしいと編集者や出版社に認められる必要があるが、そのためには企画に先立ってその著者がなんらかの形で情報発信していて、それを編集者なりがそれを読んだり聞いたりしているはずである。
書籍はぶっちゃけ、雑誌などの「下流」に位置する。
このことから次のようなことが生じる。
1.雑誌記事の内容は書籍より新しい
雑誌に載ったものが、その後、書籍になる(ことが多い)のだから当然である。
書籍をつくるのは雑誌よりも時間がかかる(時間をかける)のが普通だから、雑誌に載った後に書籍になるとしても、そこにさらにタイムラグが生まれる。
そして調べものというニーズで言えば、できるかぎり新しい情報を得たい場合が大半である。
新しいテーマやトピックについて調べようという場合、そもそもそのテーマについての書籍がない場合も多い。しかし、そうした場合でも雑誌記事は見つかる場合がある。
2.雑誌記事の内容は書籍よりも多様である
なんとなれば雑誌に掲載された記事のごく一部しか書籍にならないからだ。
これは一面では書籍の利点(アドバンテージ)でもある。「選りすぐられたもの」だけが書籍になるとも考えられるからだ。
しかしこのことは必ずしも内容の質を保証しない。たとえば商業的にペイするかどうかは書籍化にあたって重要な要素であろう。つまり売れそうにないものは書籍になりにくい。
我々が何か調べようとする場合、そのテーマやトピックはポピュラーなものとは限らない。むしろ、誰もが知っていることを調べても仕方がないだろうから、調べもののテーマはマイナーなものになることが珍しくない。
このことも、調べるなら書籍だけでなく雑誌記事にも当たらなくてはならない理由のひとつである。
3.雑誌記事は書籍より詳細である
専門雑誌や学術雑誌など、多くの人を相手にする訳ではない雑誌の場合、その分野の人なら当然知っているべき入門的知識に紙面を割く必要はない。
むしろある特定の事項に絞って突っ込んだ内容を盛り込むことが多い。学術論文はその最たる例だ。
特定の事項に絞ってあるので詳しいタイトルがつくことが多く、知りたいことズバリの内容を検索するのにもよい。
網羅的に書かれた書籍は、こうした記事を要約して(詳細は省いて)まとめたものが多い。
書籍でざっくり概説的な知識を得た後、さらに突っ込んで知ろうとする場合は、こうした専門雑誌の記事に当たる必要がある。
4.雑誌記事は書籍よりも短い
雑誌記事は、書籍よりも〈新しく〉〈多様〉で〈詳細〉であると言った。
もう一つ大きな特徴がある。雑誌記事は大抵の場合、書籍よりも短い。
短いことはいいことだ。同じ読書速度なら、短い方がたくさん読める。
調べものの観点から言えば、たくさん読めるというのは、より多くの情報源に当たることができるということだ。
1冊の本を読む時間に10本の雑誌記事が読めるとしたら、しかも〈新しく〉〈多様〉で〈詳細〉なのだ、これを使わない手はないだろう。
5.雑誌記事を追うには図書館へ行け
しかし本を読めと宣う人は多いが、雑誌を読めと言ってくれる人はあまりいない。
せいぜい指導教官や研究室のおせっかいな先輩が「論文を読め」「論文を読まないなら死ね」と言ってくれるくらいだ。
論文は学術雑誌に載っている、といった当たり前のことは、誰も教えてくれない。
探すべきは学術雑誌や論文だけではない。
知りたい情報が専門誌は無論、一般誌にも載っていることも少なくない。
くだらない眉唾ものの記事ばかり載せているように思える大衆雑誌も、そのくだらない記事が年月を経ると、その時代を映す貴重な資料になることだってある。
このことにいち早く気付いた大宅壮一は膨大な雑誌のコレクションと独自の分類をつくったが、彼の死後、このコレクションをもとに大宅壮一文庫がつくられ、現在でも年間2万人の利用がある。 このコレクションの「雑誌記事索引総目録」が件名別、人名別で刊行されており、これを使って明治時代から現在までの大衆誌の記事を検索できる。普通の雑誌記事索引では見られない記事を拾っているところが貴重。 公式サイト:http://www.oya-bunko.or.jp/ |
なにしろ雑誌はたくさんある。
この多様性もまた、先に見たように雑誌(記事)のメリットなのだが、個人が入手し収集できる雑誌はごく限られている。
多様性のメリットを発揮するには、多くの雑誌を長期間に渡って収集するところが必要になる。
だから図書館なのだ。
雑誌記事を使いこなすには、記事ひとつひとつが検索できる必要がある。
雑誌記事検索のためのツールは従来玄人向けで、小さな図書館は所蔵してないことも多かった。
今は国会図書館の雑誌記事索引がインターネットで誰でも使える。
『雑誌記事索引』は「国立国会図書館NDL-OPAC」http://opac.ndl.go.jp/ のページから「雑誌記事索引の検索/申込み」をクリックして検索する。 1948年から現在までの国内刊行の学術雑誌を中心とした雑誌記事情報を収録(1948~74年は人文・社会系のみ)。 ※国会図書館が所蔵するすべての雑誌の記事が検索できるわけではない。検索可能な雑誌と記事が採録されている期間については、雑誌記事索引採録誌一覧で確認できる。 なお、学術雑誌については、国立情報学研究所(NII)の「CiNii(NII論文情報ナビゲータ)」http://ci.nii.ac.jp/ で、上記の『雑誌記事索引』に加えて、国内の学協会誌、大学研究紀要などの論文情報を検索でき、一部の論文は全文の閲覧が可能。 |
あなたの行きつけの図書館にあまり雑誌が揃っていなくても、国会図書館の雑誌記事索引で見つけたものなら、有料だがその記事をコピーして自宅や職場に送ってもらえる。郵送料込みで数百円、時間も1週間かからない。
もちろん、行きつけの図書館を介しても依頼できる。
国立国会図書館 遠隔複写サービスの紹介ページ
http://www.ndl.go.jp/jp/service/copy3.html
自宅で雑誌記事を手に入れる方法は、以前書いた次の記事が参考になるかもしれない。
自宅でできるやり方で論文をさがす・あつめる・手に入れる 読書猿Classic: between / beyond readers
(その他の役立つツール) 『明治・大正・昭和前期雑誌記事索引集成』(皓星社) 明治初期から昭和前期までの人文科学、社会科学など各テーマの雑誌記事索引と雑誌毎の目次を掲載したもの。 上記の国会図書館「雑誌記事索引」作成以前の時代について、雑誌記事・論文を網羅的に調べることができる。 皓星社ホームページで執筆者索引検索と総目次検索が可能。 Scirus http://www.scirus.com/srsapp/ Elsevier社が提供する科学技術情報に特化したサーチ・エンジン。MEDLINE/PubMed(医薬学関係の雑誌論文書誌情報)やScienceDirect (1,800誌以上の主として科学技術専門誌の全文情報有料、抄録までは無料)、SIAM、CogPrints、arXiv.org e-Print archiveをサービス・ソースとし、科学技術雑誌論文の検索にも使える。 ArticleFinder http://www4.infotrieve.com/search/databases/newsearch.asp Infotrieve社が提供する雑誌論文検索・発注システムで、書誌事項の検索までは無料。採録誌54,000誌以上、収録レコード数は2,600万件以上。サービス・ソースはMEDLINE、ERIC、IEEE、IEE、Infotrieve社が作成している雑誌目次情報のTable of Contents(TOC)外部サイトへのリンクおよび電子ジャーナル目次情報のeContent外部サイトへのリンクなど。 大学や研究機関に所属していない個人も合わせ技で、ScirusやArticleFindeやGoogle Scholarで見つけた(がオンラインでは入手できない)雑誌記事を、(すべての雑誌ではないが)国会図書館NDL-OPACで検索して郵送取り寄せするも可能。 「国立国会図書館NDL-OPAC」http://opac.ndl.go.jp/ のページから「一般資料の検索/申込み」ボタンを押して、「洋雑誌新聞」にチェックを入れて、タイトルの検索ボックスに雑誌名を入力し検索→見つかったら書誌情報画面左上の「所蔵詳細/申込み」ボタンを押し、該当号を選ぶ。 |
2010.11.08
ビギナーのための図書館サバイバル・ガイド、他ではあまり書いてないけど大切なこと
0 記録(ログ)をとる
老若男女を問わず、ビギナーはメモをとらない。
だから、ものを考えることができない。
思考は、たとえば紙と脳の間を往復するところに生じるのだ。
メモをとらないと勿論、書名や請求記号の記憶も不正確になる。
そして、どういう訳か、覚えの悪い者ほどメモを取らない。
レファレンス・カウンターで聞いたばかりのNDCを間違えて、「おまえの言った書棚へ行ったが、探している本はなかった」と怒って戻ってくる人が本当にいる。
しかし、戻ってくる人はまだ動機づけが高い。
おそらく少なくない人がもう一度聞きなおす度胸がなくて、本棚の間をさまよう羽目になる。
知ったばかりの日本十進分類コードは、無味乾燥な数字に過ぎない。
本棚までたどり着いて、その本の並びを眺め、本を何冊か引きぬいて見て、ようやく覚えるに足りる何かが手に入る。
覚えておく方が無理なのだ。
だからメモれ。
特に数字や固有名詞は必ずメモれ。
あるはずものがないのは、半分は固有名詞の記憶の不正確さのせいだ。
人間は、他人が書いたもののタイトルや発表年など、必ず間違える動物だと知れ。
論文の後ろについた参考文献リスト、あれなどケアレス・ミスの宝庫だ。
信じ切ってると痛い目にあうぞ。
データベースその他で確認することを怠るな。
このことを知っておくだけで、文献調査難民になるケースが1/4は減る。
それから書いた日時を書き留めることも忘れるな。
メモしておけば、数日後にも数ヵ月後にも数年後にも、正確に思いだすことができる。
調査の経験が(どれだけわすかなものであっても)、財産になる。
調べものの記録(ログ)は必ず残すこと。
1 表を埋める
公立だろうと学校のだろうと、今時の図書館はネットでも蔵書検索ができる。
出かける前に調べておかないのは怠慢だ。というより時間がもったいない。
何の本を見ればいいか分からないのだ、だから図書館へ行くのだ、という声があがるかもしれない。
そうだとしても、次の項目は書きだしておくべきだ。
・何のために探しものしているのか?(目的)
・今の自分にわかること/すでに調べたことは何か?(既知のこと)
さらに、次の2つの項目を加えておくと、この後の作業が便利だ。
・見つけたいもの/知りたいことの種類(文献、言葉の情報、事象・事件の情報、人物の情報、歴史・日時の情報、地理・地名の情報)
・どこで探すか?(ネット、公立図書館、学校の図書館、……)
まとめると次のような表になる。調査はこの表の「穴埋め」をしていくことで進んでいく。
書き出すのは、自分にとって明確にする意味がある。
それから誰かと共有することが可能となる。
既知のことを書き込むことで、何が未知なのか、どうすればその「穴=未知」が埋まるのか、何が知りたいのか、それには何を調べるべきなのかが、少しずつ明らかになっていく。
知っていることで表を埋めろ。そして知らないことを明らかにしろ。
2.探し方を尋ねる/調べる
探しているものがどんなものか、ある程度分からないと、実は探しようがない。
しかし、すっかり分かっているのなら探す必要もない訳で、調べものは既知と未知の「はざかい」で行われる。
だから、せめて「何が分かっていないのか」だけでもはっきりさせておきたい訳だ。
「何が分かっていないのか」がある程度分かっていれば、他人も手助けしようがある。
図書館には、レファレンス・カウンターという探しものを支援してくれる専門の係がいるところがある。
探しものを代行してくれるのではない。支援だ。
レファレンス・カウンターには、ぜひさっきの表を持ち込もう。
当然だが、相手用と自分用の2つを用意すること。
「何が知りたいのか?」「目的は何なのか?」「どこまで分かっているのか?」という調査の三大前提をモレとダブリなしに伝えるのは結構手間がかかる。
ビギナーはこいつを甘く見てる。伝わって当然だと思ってる。
だからうまく伝わらないとなると、すぐにイライラする。
しかし口頭だけで説明しようとすると、慣れた人間でもないかぎり、はじめて留守番電話に不意打ちされた人類のように、あわあわと伝えるべきことの半分も言い終えられない。
自分で表を埋めてみると、調べものを手伝ってもらえるよう誰かに伝えることの面倒くささが実感できる。
そして作った表は、相手に伝える格好の説明資料になる。
表がうまくできてなくても、心意気は伝わる。これは大切なところだ。
丁寧に自分の意向を伝え(そのために自分ができる努力を惜しまず)、
そして相手が差し出してくれたものをきちんと受け取る(メモを忘れるな)、
そうした人間は味方を得る。少なくともその確率は高まる。
コミュニケーションとは、こういうことをいうのだ。
レファレンス・カウンターは大いに利用していい。
使えば使うほど、あなたの探しものの経験値は高まる。レベル・アップもはやくなる。
これはなにもレファレンス・カウンターにいるのが《探しもののプロ》であるから、ばかりではない(急いで付け加えるがプロも失敗する。初歩的なミスもする)。
探しものを誰かに手伝ってもらうために必要なコミュニケーションが、調査のスキルに直結しているのだ。
だからこれはトレーニングと思ってやった方が良い。
ただし、ここまで書いて来たことから明らかだが、相応の準備をしてからレファレンス・カウンターに乗り込まないと鍛錬にならない。
すれっからしと教えてちゃんに、世界は微笑まない。
誰かにきちんと伝えられるまで、探しものが明確化されたならば、道を半ばまで来たものと考えていいだろう。
3.繰り返す
しかし探しものを明確にするために、別の探しものがしばしば必要になる。
「調査のための調査」「「調査のための調査」のための調査」「「「調査のための調査」のための調査」のための調査」……と、探しものはどうしても「入れ子」になる。
ものを知らないうちは、その「入れ子」が相当深くなる。
めまいがするほどだ。
いくらかものを知っている人は、その「入れ子」を何度も体験して来て、そのために山の五合目あたりから調査を開始できる。
自分がやる調べものと比べると、楽そうだし成果も上がってる。
ああ、うらやましいと思うだろう。
だが、あなたと「もの知り」の間には、死にたくなるほどの差はない。
打ちのめされる度に、こうつぶやこう。
「いやいやいやいやいや、紙一重だ」
どんな「もの知り」だって、常識にも達しない超基本的なことを知らずに恥をかいた「黒歴史」の一束を抱えている。
疑うなら、あなたの近くにいる「先生」と呼ばれる人に聞いてみるといい。
あなたが真面目に尋ねて、相手がまともな人間なら、きちんと教えてくれるだろう。
調べものの「入れ子」に対抗するには、こちらも繰り返すしかない。
調べて、調べて、調べるのだ(ただし自分を見失わぬよう、記録(ログ)は取っておくこと)。
調べる度に「わからないこと」が増えていく経験は不快なものだが、何事かを知るという体験は、その「坂」を越えたところにある。
しかし吉報もある。
10回も繰り返せば、その「苦痛」は半分以下になっているだろう。
4.大事なことなので、もういちど
たとえばレポートの課題が出たとする。
ヘミングウェイについて調べて書けという。
ネットからのコピペに辟易している教員はこう付け加える。「大学の研究紀要を調べて書くように」。もっとひどいのになると「図書館で調べろ」とだけ指示する者もいる。
こうして学生とおぼしき若者が図書館にやってくる。
「あの、大学の研究紀要はありますか?」
いや、待て待て。0.から、せめて1.からこの記事を読み返して来てくれ。
「あの、レポートでヘミングウェイのことを調べて書かないといけないんです(目的)。ネットで調べようと思ったんですが、先生は大学の研究紀要を調べろと言っていて(既知)」
なるほど。ネットでは何を見ました?
「ウィキペディア」
お約束。googleで「ヘミングウェイ」と検索して、一番最初に出て来ますしね。ところで『研究紀要』って何だかわかりますか?
「いいえ」
お約束。ウィキペディアでこれも検索しておきましょう。(ウィキペディア「紀要」(研究紀要 から転送 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%B4%80%E8%A6%81))。「紀要(きよう、英: bulletin, memoirs)は、大学(短期大学を含む)などの教育機関や各種の研究所・博物館などが定期的に発行する学術雑誌のことである。/大学(短期大学を除く)の場合、各学部・研究科ごとに紀要を発行することがあり、毎年数多くの紀要が発行されている。内容は、論文のほか、場合によっては研究ノート、教職員や大学院生等の活動状況彙報などが載せられている」。ほかに紀要の入手方法や、研究紀要データベース(名古屋大学附属図書館)へのリンクがあります。ネットでもNII電子図書館→CiNii http://ci.nii.ac.jp/ から検索できるし、論文の全文が入手できることがある、と書いてあります。
「へえ」
……。さっきの表に「研究紀要」のことを書き足しておきますか。
あとは学術系のことを調べるときにgoogleで使える「おまじない」をひとつ。
「?」
「書誌」という言葉を加える。今の例だと「ヘミングウェイ 書誌」でググる。http://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%98%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%80%80%E6%9B%B8%E8%AA%8C&lr=lang_ja ああ、いいのが見つかりました。一番上の「愛淑大図 パスファインダー アーネスト・ヘミングウェイ」http://www2.aasa.ac.jp/org/lib/j/netresource_j/pf/pf_hemi_j.html を見ると、ヘミングウェイについての探しものの仕方がかなり具体的に書いてある。検索結果に登場する他のサイトも有用。
指示はメモれ。
(指示をメモしないとトンチンカンな思い込みのまま、見当違いの努力で時間を消耗する)。
与えられた指示は「既知のこと」として表に書き込む。
(このためには指示をメモする必要がある。これをやっておくことで、指示を理解するために調べることができる。うろ覚えではそれもできない。表が埋められない場合は、指示を確認すること)。
分からない言葉はまず調べろ。
学術系の検索に「(探したいもの)+書誌」でgoogle検索。
くずサイトが検索結果にたくさん出てくる場合に、特に有用。
(関連記事)
ビギナーのための図書館で調べものチートシート 読書猿Classic: between / beyond readers

老若男女を問わず、ビギナーはメモをとらない。
だから、ものを考えることができない。
思考は、たとえば紙と脳の間を往復するところに生じるのだ。
メモをとらないと勿論、書名や請求記号の記憶も不正確になる。
そして、どういう訳か、覚えの悪い者ほどメモを取らない。
レファレンス・カウンターで聞いたばかりのNDCを間違えて、「おまえの言った書棚へ行ったが、探している本はなかった」と怒って戻ってくる人が本当にいる。
しかし、戻ってくる人はまだ動機づけが高い。
おそらく少なくない人がもう一度聞きなおす度胸がなくて、本棚の間をさまよう羽目になる。
知ったばかりの日本十進分類コードは、無味乾燥な数字に過ぎない。
本棚までたどり着いて、その本の並びを眺め、本を何冊か引きぬいて見て、ようやく覚えるに足りる何かが手に入る。
覚えておく方が無理なのだ。
だからメモれ。
特に数字や固有名詞は必ずメモれ。
あるはずものがないのは、半分は固有名詞の記憶の不正確さのせいだ。
人間は、他人が書いたもののタイトルや発表年など、必ず間違える動物だと知れ。
論文の後ろについた参考文献リスト、あれなどケアレス・ミスの宝庫だ。
信じ切ってると痛い目にあうぞ。
データベースその他で確認することを怠るな。
このことを知っておくだけで、文献調査難民になるケースが1/4は減る。
それから書いた日時を書き留めることも忘れるな。
メモしておけば、数日後にも数ヵ月後にも数年後にも、正確に思いだすことができる。
調査の経験が(どれだけわすかなものであっても)、財産になる。
調べものの記録(ログ)は必ず残すこと。
1 表を埋める
公立だろうと学校のだろうと、今時の図書館はネットでも蔵書検索ができる。
出かける前に調べておかないのは怠慢だ。というより時間がもったいない。
何の本を見ればいいか分からないのだ、だから図書館へ行くのだ、という声があがるかもしれない。
そうだとしても、次の項目は書きだしておくべきだ。
・何のために探しものしているのか?(目的)
・今の自分にわかること/すでに調べたことは何か?(既知のこと)
さらに、次の2つの項目を加えておくと、この後の作業が便利だ。
・見つけたいもの/知りたいことの種類(文献、言葉の情報、事象・事件の情報、人物の情報、歴史・日時の情報、地理・地名の情報)
・どこで探すか?(ネット、公立図書館、学校の図書館、……)
まとめると次のような表になる。調査はこの表の「穴埋め」をしていくことで進んでいく。
(1)調査の目的 ~を明らかにするために ~を確かめるために ~を知るために | (2)見つけたいもの(文献、言葉の情報、事象・事件の情報、人物の情報、歴史・日時の情報、地理・地名の情報) | (3)今までに分かったこと(NDC、タイトル、人名、所蔵……) | (4)どこで探す? |
…… | …… | …… | …… |
書き出すのは、自分にとって明確にする意味がある。
それから誰かと共有することが可能となる。
既知のことを書き込むことで、何が未知なのか、どうすればその「穴=未知」が埋まるのか、何が知りたいのか、それには何を調べるべきなのかが、少しずつ明らかになっていく。
知っていることで表を埋めろ。そして知らないことを明らかにしろ。
2.探し方を尋ねる/調べる
探しているものがどんなものか、ある程度分からないと、実は探しようがない。
しかし、すっかり分かっているのなら探す必要もない訳で、調べものは既知と未知の「はざかい」で行われる。
だから、せめて「何が分かっていないのか」だけでもはっきりさせておきたい訳だ。
「何が分かっていないのか」がある程度分かっていれば、他人も手助けしようがある。
図書館には、レファレンス・カウンターという探しものを支援してくれる専門の係がいるところがある。
探しものを代行してくれるのではない。支援だ。
レファレンス・カウンターには、ぜひさっきの表を持ち込もう。
当然だが、相手用と自分用の2つを用意すること。
「何が知りたいのか?」「目的は何なのか?」「どこまで分かっているのか?」という調査の三大前提をモレとダブリなしに伝えるのは結構手間がかかる。
ビギナーはこいつを甘く見てる。伝わって当然だと思ってる。
だからうまく伝わらないとなると、すぐにイライラする。
しかし口頭だけで説明しようとすると、慣れた人間でもないかぎり、はじめて留守番電話に不意打ちされた人類のように、あわあわと伝えるべきことの半分も言い終えられない。
自分で表を埋めてみると、調べものを手伝ってもらえるよう誰かに伝えることの面倒くささが実感できる。
そして作った表は、相手に伝える格好の説明資料になる。
表がうまくできてなくても、心意気は伝わる。これは大切なところだ。
丁寧に自分の意向を伝え(そのために自分ができる努力を惜しまず)、
そして相手が差し出してくれたものをきちんと受け取る(メモを忘れるな)、
そうした人間は味方を得る。少なくともその確率は高まる。
コミュニケーションとは、こういうことをいうのだ。
レファレンス・カウンターは大いに利用していい。
使えば使うほど、あなたの探しものの経験値は高まる。レベル・アップもはやくなる。
これはなにもレファレンス・カウンターにいるのが《探しもののプロ》であるから、ばかりではない(急いで付け加えるがプロも失敗する。初歩的なミスもする)。
探しものを誰かに手伝ってもらうために必要なコミュニケーションが、調査のスキルに直結しているのだ。
だからこれはトレーニングと思ってやった方が良い。
ただし、ここまで書いて来たことから明らかだが、相応の準備をしてからレファレンス・カウンターに乗り込まないと鍛錬にならない。
すれっからしと教えてちゃんに、世界は微笑まない。
誰かにきちんと伝えられるまで、探しものが明確化されたならば、道を半ばまで来たものと考えていいだろう。
3.繰り返す
しかし探しものを明確にするために、別の探しものがしばしば必要になる。
「調査のための調査」「「調査のための調査」のための調査」「「「調査のための調査」のための調査」のための調査」……と、探しものはどうしても「入れ子」になる。
ものを知らないうちは、その「入れ子」が相当深くなる。
めまいがするほどだ。
いくらかものを知っている人は、その「入れ子」を何度も体験して来て、そのために山の五合目あたりから調査を開始できる。
自分がやる調べものと比べると、楽そうだし成果も上がってる。
ああ、うらやましいと思うだろう。
だが、あなたと「もの知り」の間には、死にたくなるほどの差はない。
打ちのめされる度に、こうつぶやこう。
「いやいやいやいやいや、紙一重だ」
どんな「もの知り」だって、常識にも達しない超基本的なことを知らずに恥をかいた「黒歴史」の一束を抱えている。
疑うなら、あなたの近くにいる「先生」と呼ばれる人に聞いてみるといい。
あなたが真面目に尋ねて、相手がまともな人間なら、きちんと教えてくれるだろう。
調べものの「入れ子」に対抗するには、こちらも繰り返すしかない。
調べて、調べて、調べるのだ(ただし自分を見失わぬよう、記録(ログ)は取っておくこと)。
調べる度に「わからないこと」が増えていく経験は不快なものだが、何事かを知るという体験は、その「坂」を越えたところにある。
しかし吉報もある。
10回も繰り返せば、その「苦痛」は半分以下になっているだろう。
4.大事なことなので、もういちど
たとえばレポートの課題が出たとする。
ヘミングウェイについて調べて書けという。
ネットからのコピペに辟易している教員はこう付け加える。「大学の研究紀要を調べて書くように」。もっとひどいのになると「図書館で調べろ」とだけ指示する者もいる。
こうして学生とおぼしき若者が図書館にやってくる。
「あの、大学の研究紀要はありますか?」
いや、待て待て。0.から、せめて1.からこの記事を読み返して来てくれ。
「あの、レポートでヘミングウェイのことを調べて書かないといけないんです(目的)。ネットで調べようと思ったんですが、先生は大学の研究紀要を調べろと言っていて(既知)」
(1)調査の目的 ~を明らかにするために ~を確かめるために ~を知るために | (2)見つけたいもの(文献、言葉の情報、事象・事件の情報、人物の情報、歴史・日時の情報、地理・地名の情報) | (3)今までに分かったこと(NDC、タイトル、人名、所蔵……) | (4)どこで探す? |
レポートでヘミングウェイのことを調べて書くために | (人物の情報)ヘミングウェイのこと | 大学の研究紀要を調べろby先生 | 図書館? |
なるほど。ネットでは何を見ました?
「ウィキペディア」
お約束。googleで「ヘミングウェイ」と検索して、一番最初に出て来ますしね。ところで『研究紀要』って何だかわかりますか?
「いいえ」
お約束。ウィキペディアでこれも検索しておきましょう。(ウィキペディア「紀要」(研究紀要 から転送 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%B4%80%E8%A6%81))。「紀要(きよう、英: bulletin, memoirs)は、大学(短期大学を含む)などの教育機関や各種の研究所・博物館などが定期的に発行する学術雑誌のことである。/大学(短期大学を除く)の場合、各学部・研究科ごとに紀要を発行することがあり、毎年数多くの紀要が発行されている。内容は、論文のほか、場合によっては研究ノート、教職員や大学院生等の活動状況彙報などが載せられている」。ほかに紀要の入手方法や、研究紀要データベース(名古屋大学附属図書館)へのリンクがあります。ネットでもNII電子図書館→CiNii http://ci.nii.ac.jp/ から検索できるし、論文の全文が入手できることがある、と書いてあります。
「へえ」
……。さっきの表に「研究紀要」のことを書き足しておきますか。
(1)調査の目的 ~を明らかにするために ~を確かめるために ~を知るために | (2)見つけたいもの(文献、言葉の情報、事象・事件の情報、人物の情報、歴史・日時の情報、地理・地名の情報) | (3)今までに分かったこと(NDC、タイトル、人名、所蔵……) | (4)どこで探す? |
レポートでヘミングウェイのことを調べて書くために | (人物の情報)ヘミングウェイのこと | 大学の研究紀要を調べろby先生 | 図書館? |
「大学の研究紀要を調べろ」という指示を理解するために | (言葉の情報)「研究紀要」の意味 | ウィキペディア | |
大学の研究紀要を調べるために | 研究紀要の入手方法 | ウィキペディア「紀要」の中に少し記述あり、だがよく分からない | 図書館のレファレンス・カウンター |
あとは学術系のことを調べるときにgoogleで使える「おまじない」をひとつ。
「?」
「書誌」という言葉を加える。今の例だと「ヘミングウェイ 書誌」でググる。http://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%98%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%80%80%E6%9B%B8%E8%AA%8C&lr=lang_ja ああ、いいのが見つかりました。一番上の「愛淑大図 パスファインダー アーネスト・ヘミングウェイ」http://www2.aasa.ac.jp/org/lib/j/netresource_j/pf/pf_hemi_j.html を見ると、ヘミングウェイについての探しものの仕方がかなり具体的に書いてある。検索結果に登場する他のサイトも有用。
指示はメモれ。
(指示をメモしないとトンチンカンな思い込みのまま、見当違いの努力で時間を消耗する)。
与えられた指示は「既知のこと」として表に書き込む。
(このためには指示をメモする必要がある。これをやっておくことで、指示を理解するために調べることができる。うろ覚えではそれもできない。表が埋められない場合は、指示を確認すること)。
分からない言葉はまず調べろ。
学術系の検索に「(探したいもの)+書誌」でgoogle検索。
くずサイトが検索結果にたくさん出てくる場合に、特に有用。
(関連記事)
ビギナーのための図書館で調べものチートシート 読書猿Classic: between / beyond readers
