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     何かを伝えるために書かれる文章では、ものごとを定義しなくてはならないことが少なくない。

     ひとつの言葉は、いろんな意味で、いろんな用法で、使うことができる。できる限り拡大解釈や誤解の危険性を減らそうとすれば、少なくともあなたの文章で核になる概念については、その意味と用法を制限を設けておくべきだ。

     その作業は、何もあなた一人だけで引き受けなくてはならない訳ではない。
     あなたが必要とする定義を、どこかの誰かがすでに作ってくれていることは、思った以上に多い。
     まずは、「誰かがすでに作ってくれている」はずと思って探してみた方がよい。

     しかし先人のつくった定義とそれを見つけようとする努力は、自前の定義を作り出すことから、あなたを永遠に解放してくれる訳ではない。
     また自分で定義をつくることができなければ、他人のつくった定義を吟味し、選ぶことも困難になるだろう。

     とくに、学術論文のように、世界の誰もまだ知らないことを伝えようとする場合には、自前の定義が必要になることが多い。

     定義を作ることの難しさは、既に自分が知っているはずのもの、例えばそれを使って長らく考えてきた概念を、改めて言語化するところにある。
     意識せずに行なってきたことを、ひとつひとつ改めて意識化する困難。
     しかし人は、その困難に対してこそ、自分が知っているのは本当には何なのかを(時には知ったつもりでいただけで、ほとんど何も知ってはいなかった事実を)、改めて知ることになる。
     
     書くことは、すでに完成し切った思考を外に運び出すことではない。
     自分の知と無知の端境に立ち、両方に引き裂かれながら、その二つをつなぎとめようとすることだ。
     
     定義することもまた、新しきものを古きものに、これから知ろうとするものを我々が(私が、ではない)既に知っているものに、改めて結びなおすことである。
     
    definition-of-define.jpg


     定義の基本的なやり方については、アリストテレスから現在まで引き続き用いられているものがある。
     類(Genus)と種差(differentia specifica)、すなわちどのカテゴリーに属するかと、そのカテゴリー内での他との違いとをを組み合わせる、というものである。

     これだと少し分かりにくいから、一般のことばに言い換え、公式の形にしておこう。


    定義の公式


     定義 = 類G(何の一種であるか?何と似ているか?)
         +種差d(似ているものたちとどこが違うか?)



     Gは類(Genus)の略だけれど、英語でGroupだと覚えてしまっても構わない。
     dは種差(differentia specifica)の略だが、英語でもdifference=差異なのでおなじみだろう。

     どのグループに属するかを示すG要素は通常定義の中に1回登場するだけだが、他の者達との違いを示すのにd要素は複数登場することが多い。
     英文で例を示そう。(G)を表す一般語を青色で示し、種差(d)を表す部分に下線を引いた。


    A catalyst is a substance which alters the rate at which a chemical reaction occurs (d1), but it itself unchanged at the end of the reaction (d2).

    触媒とは、物質の一種である(G)。
     (他の物質とどこが違うかといえば)
       化学反応が起こる速度を変化させる(d1)、
       しかし反応の終わってもそれ自体は変化しない(d2)。





    この形は非常によく使われるので、英語の場合を公式化しておこう。


    英文における定義の公式


    A 可算名詞/不可算名詞(定義したいもの)

     is a{ (G)を表す一般語}+ {(d1,d2,…)を表す関係代名詞節}.



     定義とは、一般的な記述であることから、現在形で書かれる。
     また同じ理由から、定義されるものを示す定義文の主語には定冠詞theを用いない。可算名詞なら不定冠詞の"a / an"がつく。不可算名詞なら冠詞をつけない。

    (※このことを覚えておくと、辞書に載っていない言葉の定義を検索エンジンで探すのに役立つ。例えばschoolの定義を探すなら"A school is a *"で検索する。Waterは不可算名詞なので"Water is a *"で検索する)。



    A computer is a machine that performs computations according to instructions.

    コンピュータとは、機械である(G)/(他の機械との違いは)指示に従って演算を実行する(d)(ところ)。

    コンピュータとは、指示に従って演算を実行する機械である。



    A leader is a person who has a vision (d1), a drive and a commitment to achieve that vision (d2), and the skills to make it happen (d3).

    リーダーとは、である (G) /(他の人との違いは)ビジョンを持っていて(d1)、ビジョンの達成に向かう情熱とコミットメントもあって(d2)、それにビジョンを実現するスキルを持っている(d3)(ところ)。

    リーダーとは、ビジョンを持っており、ビジョンの達成に向かう情熱とコミットメントがあり、そしてビジョンを実現するスキルを備えたである。





    公式の変化形

    定義したい言葉の一部が、(G)を表す一般語として再び登場する場合がある。例えば


    A carbon tax is a polluion tax on energy sources that vaies in proportion to the amount of carbon dioxide their emits into atmosphere.

    炭素税は、汚染税(の一種)(G)である。/(他の汚染税とちがうのは)大気中に排出される二酸化炭素の量に比例してエネルギー源ごとに税率が変わる(d)(ところ)。

    炭素税は、大気中に排出される二酸化炭素の量に比例してエネルギー源ごとに税率が変わる汚染税(の一種)である。



     "carbon tax"という語を定義しようとしているが、(G)を表す一般語のところに(polluion) taxという言葉が登場する。
     しかしこれも、(G)(何の一種であるか?何と似ているか?)+ (d)(似ているものたちとどこが違うか?)の組み合わせであるので、混乱することは無いだろう。


     さて「〜に用いられる」という表現は、定義に頻出する。関係代名詞をつかっても書けるが、以下の例のように、(G)を表す一般語がdeviceの類いであれば、さらに短縮して書くことができる。


    A thermostat is a device which is used for regulating temperature.
    A thermostat is a device used for regulating temperature.
    A thermostat is a device for regulating temperature.

    サーモスタットデバイスである/(他のデバイスと違うのは)温度を調節するために用いられる(ところ)。
    =サーモスタットは、温度を調節するために用いられるデバイスである。





     上記のように、(G)を表す一般語を、前に来る形容詞や後続する句で修飾して限定することでも、他との違い(種差(d)を盛り込むことができる。
     これも関係代名詞を使う場合と同様、類(G)(何の一種であるか?何と似ているか?)と種差(d)(似ているものたちとどこが違うか?)の組み合わせと考えると理解しやすい。
     以下の例でも、(G)を表す一般語を青色で示し、種差(d)を表す部分に下線を引いた。


    A contract is a legally enforceable promise.

    契約とは、法的強制力のある約束である。


    A concert is a live performance (typically of music) before an audience.

    コンサートとは、聴衆の前にしておこなう(通常の音楽の)ライブパフォーマンスである。


    Water is a chemical compound with the chemical formula H2O.

    とは、化学式H2Oで表される化学化合物である。





    例を追加する

     類(Genus)と種差(differentia specifica)による定義は、定義が備えるべき条件を満たしているが、これだけでは読み手が理解しづらい場合がある。
     そのようなとき有効なのが、定義につづいて例を与えることである。

     簡便なのは、定義の文の後ろに、コンマで区切って "such as"として、以下に例となるモノを並べることである。


    An acid is a compound which neutralizes a solution of sodium hydroxide, such as sulphuric acid or nitric acid.

    とは、化合物である(G)
    /(他の化合物とどこが違うかといえば)水酸化ナトリウムの溶液を中和する(d)(ところである)。
    /(ここからが例)これには硫酸や硝酸などがある。




    such asの代わりに、"Common examples are〜"または"Typical example are〜"と別の文をはじめて、そこで例をあげるやり方がある。


    An acid is a compound which neutralizes a solution of sodium hydroxide, such as sulphuric acid or nitric acid. Common examples are sulphuric acid or nitric acid.

    とは、化合物である(G)
    /(他の化合物とどこが違うかといえば)水酸化ナトリウムの溶液を中和する(d)(ところである)。
    /(ここからが例)一般的な例としては、硫酸や硝酸などがある。





    (参考記事)
    言葉と思考の解像度を上げる→つぶやきをフォーマルな英文に仕上げる4つの技術 読書猿Classic: between / beyond readers 言葉と思考の解像度を上げる→つぶやきをフォーマルな英文に仕上げる4つの技術 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    比較三原則/たちどころに「ものがみえる」ようになるメソッド 読書猿Classic: between / beyond readers 比較三原則/たちどころに「ものがみえる」ようになるメソッド 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
    今あるだけの貧弱なボキャブラリーでも何とかする英語の技術 読書猿Classic: between / beyond readers 今あるだけの貧弱なボキャブラリーでも何とかする英語の技術 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
    →自分で定義をひねり出すときの頭の使い方として参考になる。


    (参考書籍)

    すぐに役立つ 科学英語の書き方すぐに役立つ 科学英語の書き方
    (1983/01)
    ジョン・スウェイルズ

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     新しい本ではないが、例文集に過ぎない類書と異なり、全編が実践的なトレーニング(手を変え品を変えたパターン・プラクティスのこれでもかという繰り返し)にあてられていて貴重。
     
    こう言い換えろ→論文に死んでも書いてはいけない言葉30 読書猿Classic: between / beyond readers こう言い換えろ→論文に死んでも書いてはいけない言葉30 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
    の英語版である。

     おそらくニーズがなく、また実際の運用が難しいことから見送っていたが、読者諸氏の善用を期待して公開する。

    NG(使っちゃダメ)OK(こう言い換える)
    And~
    そして
    Moreover, Further
    そのうえ
    So~
    だから
    Therefore, Hence
    それ故に
    But~
    でも;だけど;けれど;けど
    However, Nevertheless
    しかしながら


    I seem ~
    ~かもしれない。
    It is possible that 〜
    ということもあり得る。
    I feel ~
    ~と感じる。
    In light of the evidence, 〜
    証拠に照らして、~である
    I think ~
    ~と思う。
    From examining the findings, 〜
    研究成果を検討した結果、~である。
    I am convinced that ~
    確かに~と思う
    Considering the results, 〜
    結果を考慮すれば、~である。
    It is my belief that ~
    ~と信じる
    Some theorists argue that 〜
    ~と複数の論者が主張している
    I believe ~
    ~と信じる
    From previous research, 〜
    先行研究から、~である。
    I agree ~
    ~と認める
    It is evident from the data that 〜
    データから~であることが明らかである。
    I disagree ~
    ~とは認めない
    The literature suggests 〜
    文献では~とされている。
    I am sure that ~
    確かに~と思う
    Given this information, 〜
    このデータを考慮するならば、~である
    I hear
    こんな話を聞いたことがある。
    To take a simple example, 〜.
    簡単な例を引くと・・・
    It's vain to 〜
    ~するのは無駄だ。
    ~ is not our present concern.
    ~はいま取り扱っている間題とかかわりがない.
    I don't like~
    ~は嫌いだ。
    ~is not necessary for our purpose.
    〜は,この論文の目的にとって必要ではない.
    ~is fake.
    ~というのはインチキだ。
    There is still room for a considerable measure of disagreement about~
    ~については依然、不同意をとなえる余地がかなり残っている。
    ~ is foolish.
    ~はバカだ。
    ~has been criticized by many for his view about ***
    ~は***についての見解に関して多くの人から非難されてきた。
    I don't understand 〜
    ~の意味がわかりません。
    We are missed if we do not understand~
    ~を理解しなければ, 考え違いに陥るだろう.
    I want to know 〜
    ~を知りたい。
    A close study of~is necessary for our purpose.
    〜を綿密に研究することは, この論文の目的にとって必要である。
    〜is interesting
    ~おもしろい。
    〜 deserves more than a passing notice.
    〜は軽く注意を向けるだけでは足りないそれ以上の値打ちがある.
    ~is untrue.
    そんな事実はない。
    Opinions are divided among scientists on ~
    ~については、科学者の間で意見が分かれている。
    ~ didn't happen.
    ~はなかった。
    The authenticity for~remains uncertain.
    ~の信憑性はいまだ不確定である.
    Everybody says 〜
    みんなが~(だ)と言っている。
    The fact that…is now widely accepted.
    ~という事実はいまや広く受け入れられている。
    Everybody thinks 〜
    みんなが~(だ)と思っている。
    The assumption that…is now widely accepted.
    ~という仮説はいまや広く受け入れられている。
    I found ~ in my textbook.
    教科書に~と書いてある。
    There is no disagreement on this point that〜
    〜という点については、ほとんどの人が意見を共にしている。
    ~is wromg.
    ~というのは間違いだ。
    It is certainly the most popular of all delusions abodt~
    確かにそれは, ~に対して人がいだいている考え違いのうちでもっとも広く行き渡ったものである.
    I don't want to read ~
    ~は読みたくない。
    It's much difficult to make a fair judgment on 〜
    ~を正当に評価することは困難である。
    I haven't read ~
    ~は読まなかった。
    For practical reasons I was forced to take most of my quotations from literatures with the exception of 〜, though my interest goes much wider.
    私の関心はより広いのだが、実際的な理由から、〜以外の文献からほとんどの引用をせざるを得なかった。
    Women earn less than men and own less than men. Why is this so?
    女性は男性より稼ぎも財産も少ない。何故こんなことになるのか?
    The relative disadvantage of women with regard to their earnings and levels of asset ownership indicates that within classes there is further economic inequity based on gender…
    所得と財産所有の水準に関して、女性が相対的劣位に置かれていることは、ジェンダーに基づく経済的不平等の存在を示している。
    I have studied but I can not understand ~ .
    研究しましたが~はわかりませんでした。
    Further consideration will be needed to yield any findings about〜
    今後の検討が必要である。
    I am undone!
    もうダメだ。
    Let us return to our starting point because of misssing the thread of an argument.
    議論の筋道を見失ったので、原点に戻ってみることにする。
    Writing this paper disgusts me more and more.
    イヤになってきた。
    I lay down my pen.
    ここで筆を置くことにする。

    I have discovered a truly marvelous proof of this, which this margin is too narrow to contain.
    驚くべき証明を発見したが、この余白はそれを書くには狭すぎる。

    Please let me graduate.
    合格させてください。
    Though much still remains to be unsettled, I believe I made a few contribution toward the subject.
    多くのことが未解決なままであるが、若干なりとも寄与できたと思われる。


    (関連記事)
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    (おまけ:解読篇)

    ◯注目すべき

    Surprisingly / To one's surprise 
    (直訳)驚くべきことに....
    (意訳)注意散漫な読者諸君に申し上げる。この事実に注目せよ。これこそが肝心なところである。

    Interestingly enough
    (直訳)大変興味深いことに....
    (意訳)眠たげな目をこするのをやめ、刮目せよ。これから述べることを取り上げたいがために、この文章を書いたのだ。


    ◯要するに

    in the last analysis / in the last resort
    (直訳)結局のところ
    (意訳)これ以上、長々と申し上げてもきっと、読者諸君の大きくない頭の容量を越えてしまうだろうから、とにかくこれだけは聞いておきたまえ。


    ◯私は主張する

    no doubt 
    (直訳)疑いなく/〜に違いない
    (意訳)本当に疑う必要がないならわざわざこんなことは言わない。読者諸君の中には違った考えを持つ者もいるはずだが、そんな考えは捨てたまえ。誰が考えてもこうなるだ、さあ認めろ。

    Inevitably
    (直訳)必然的に〜
    (意訳)誰にも明らかに「必然的」ならば、わざわざ言うまでもない。読者諸君のようなうっかり者は見過ごしてしまうだろうから、とくに断っておこうというのだ。誰が何と言おうとこれ以外には考えられない、さあ認めろ。





    作成には、前回同様、次の書物と、


    ぎりぎり合格への論文マニュアル (平凡社新書)ぎりぎり合格への論文マニュアル (平凡社新書)
    (2001/09)
    山内 志朗

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    以下の英語論文の例文集

    間違いだらけの英語科学論文―失敗例から学ぶ正しい英文表現 (ブルーバックス)間違いだらけの英語科学論文―失敗例から学ぶ正しい英文表現 (ブルーバックス)
    (2004/07/21)
    原田 豊太郎

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    英語論文によく使う表現英語論文によく使う表現
    (1991/07)
    崎村 耕二

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    英語論文に使う表現文例集英語論文に使う表現文例集
    (1996/10)
    迫村 純男、ジェイムズ レイサイド 他

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    及び以下の英語サイトを参考にした。

    Guide to Grammar & Writing
    http://grammar.ccc.commnet.edu/grammar/



    UniLearning - Academic Writing
    http://unilearning.uow.edu.au/academic/1a.html





    こう言い換えろ→論文に死んでも書いてはいけない言葉30 読書猿Classic: between / beyond readers

    を書いたとき、「あとは穴埋めしたら論文を出力してるものが作れないか」みたいな話があったので、作ってみた。

     何であれ、文章を書く骨法は、書きたいことではなく、書くべきことを(そしてそれだけを)書くことである。
     問題は何を書くべきかであるが、幸いにして、論文については後述するようにほとんど決まっている。
     
     結論から言えば、以下の表を埋めていくだけで、論文の骨組みができあがる。
     必要な項目は揃い、しかるべき順序で並ぶ。
     
    論文穴埋めシート


     
     こんな簡単な穴埋め表がこれまであまり取り上げられなかったのは、わざわざ作るまでもないことも勿論あるが、その他にも次のような理由がある。
     つまり、こうした穴埋め表が、

    あなたは論文が書けないのではない。
    研究ができないのだ。


    という目の当たりにしたくない事実を突きつけてしまうからである。
     
     論文が書けなくて苦しいのは、文才が欠けているからでも、ことばの神様が降りて来てくれないからでもない。
     研究がうまくいってないのだ。
     
     実験はした、調査は終わった、データはある。だが書けない。何がダメなのか?
     
     研究の根っこにあたる部分、暗黙のうちに処理されることが多いけれど大切なことが忘れられている。
     研究の(書かれざる)半分は、それをより大きな文脈に繋留し位置づけることに費やされる。
     研究で得られたデータが、検証したい命題に結び付けられることで初めて生命を得るように、あなたの研究もまた、その分野の学術研究のコンテクスト(文脈)に位置づけられることで、命を吹き込まれる。言い換えれば、はじめて研究と呼ぶべきものになる。
     研究は、それが正しいことを自ら証明するだけでは十分でなく、それが必要かつ重要であることをも自身で示すことで、立つことができる。 何を証明すべきか、書き手自らに対して明らかにすることは、何を書くべきかを自ずから照らす。
     より大きなコンテクストで、より上位のレベルで必要なことが定まると、そのために書かなければならない、より下位レベルの項目が決まってくる。
     
     以下の穴埋め表は、論文を書くのに必要なことは何か、いま欠けているものは何かについて、埋まっていない空欄の形で示す。
     
     書き出しを決めるためのインスピレーションを待つ必要はない。
     空欄を、埋まるところから埋めていけば、何が足りないか、ならば何をしなければならないか、考え進めていくことができるだろう。
     
     何をしたら分からなくなったら、何ができていて、何がまだなのかを点検することから始めよう。
     
     これが、このささやかな穴埋め表の正しい使い方である。
     

    何故これらの項目が必要か?

     およそ論文ならば、主張を言いっぱなしにするのでなく、主張を証拠に基づいて論証しなくてはならない。
     論証の基本フォーマットはつぎの3つで構成される(論証の三角形)。
    ・クレーム(主張)
    ・データ(主張を支える事実)
    ・ワラント(データと主張を結びつけ、データによってどのように主張が根拠付けられるかを示す説明)

    (この枠組みを文章へ展開するには)
    (1)~を明らかにしたい。~だろうか。(検証命題の提示)
    (2)~というデータが得られた
    (3)このデータからは~と推測できる(~と矛盾しない)。
    (4)したがって~であると主張することができる。(先に提示した検証命題が論証されたという宣言)



     論文の論証は、この三角形が積み重なることでなされる。
     それぞれの論証の三角形を埋めるための質問から、今回の論文穴埋めシートは構成されている。
     以下に示す考え方で、論文を構成するための最低限の質問を抽出した。 
     
     論文で論証すべきものは、大きく分けて二つある。
     一つは〈この研究が正しいかどうか〉であり、もう一つは(必ずしも表面に出てこないが)〈この研究を行う価値があるか〉である。
     
     〈この研究が正しいかどうか〉は、2つの段階を経て論証される。
     1段階目は〈科学的方法が取られているか〉についてであり、得られたデータが信頼できるかどうかを示すことでもある。
     2段階目は、そうして得られた信頼できるデータから、どのような推論で論文の結論が得られるか(論文の結論が正しいと論証できるか)が示される。
     

     学術研究では、新しい知見を付け加えようとするものが、その〈住所表示〉を行う義務がある。
     ネットワーク状に結ばれた既存研究群に対して、今ここに発表する研究がどのように位置づけられるべきか、アンカーを打ち係留することは研究者自身が行わなければならない。

     研究の位置づけは、ふたつのコンテクスト(文脈)に対して行われる。ひとつは学術研究のコンテクストであり、もうひとつは(明示されないことも多いが)社会的コンテキストである。

     アリストテレス以来の古典的定義が、何と似ているか(どの類に属するか)+どこが違うか(種差は何か)の組み合わせで行われるように、学術研究のコンテクストに対する位置付けは、何についての研究か(どの分野の研究か?類似の研究は何か?先行研究は何か?)+どこが新しいのか(着眼点?対象?方法?)の組み合わせで行われる。対峙される先行研究を背景に置くことで、〈独自性〉(どこが違うのか?何が新しい貢献なのか?)を明確にすることができるのである。

     社会的コンテキストに対する位置付けは表立って触れられないことも多いが、これは研究を動機づける、そのそもの問題意識に関わるものである。単に「これまで誰もやってない」から研究してみた、というのでは「まだ穴が空いてないから掘ってみた」というのと同じことになる。
     
     以上から、論文を構成する論証の三角形は最低でも4つ(=2×2)あることが分かる。
     
     図にまとめると以下のようになる。
     

    proof3.jpg
    (クリックで拡大)



     4つの論証三角形について、詳しい説明は以下の記事を参照。

    論文は何からできているのか?それは何故か?から論文の書き方を説明する 読書猿Classic: between / beyond readers


    簡単な解説は以下のとおりである。

    A. このデータは正しい
    ・(クレーム)このデータは正しい(得られたデータは信頼に値する)
    ・(データ)データの収集方法(実験手続、測定方法、統計処理の方法、実験回数など)…論文のMethods & Materials
    ・(ワラント)(データ収集方法が確立されている場合省略されることが多い)

    B.この研究は正しい
    ・(クレーム)論文全体の主張(検証命題)は正しい(「XXのモデルとよく一致した(あまり一致しなかった)」など)
    ・(データ)得られたデータ…論文のRsults
    ・(ワラント)データから言えること(推論)…論文のDiscussion


    (以下はまとめて、論文のIntroductionで)
    C.この研究は意義がある(学問的コンテキストに対する位置づけ)
    ・(クレーム)この研究は意義がある
    ・(データ)先行研究、検証しようとしている命題
    ・(ワラント)この研究で検証しようとしている命題は、先行研究での未解明点を@@の点で明らかにする/知見を加えるものである。

    D.この研究は必要だ(社会的コンテキストに対する位置づけ)
    ・(クレーム)この研究は必要だ
    ・(データ)社会的コンテキスト、この研究が加えるだろう知見
    ・(ワラント)この研究によって@@が明らかになることは、%%につながる。



    論文骨子の出力は下の本のヘルプシートを参考にした。


    理科系のためのかならず書ける英語論文―論文作成用ヘルプ・シート付き理科系のためのかならず書ける英語論文―論文作成用ヘルプ・シート付き
    (2006/03)
    藤野 輝雄

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    この本の形式の研究メモからヘルプシートをつくる穴埋めシートは以下。








    (参考)穴埋めシートの入力と出力

    (入力)導きの問い

    A. このデータは正しい(信頼できる)
    Q-A1-1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
    Q-A1-2.データをどのように加工しましたか?(どのような統計手法?表?グラフ?)

    B.この研究は正しい(根拠づけられている)
    Q-B-1.この論文で検証したいことは何ですか?
    Q-B-2.どんなデータが得られましたか?
    Q-B-3.データから言えることは何ですか?
    Q-B-4.この論文で明らかにできたことは何ですか?
    Q-B-5.この論文で明らかにできなかったこと、今後の課題は何ですか?

    C.この研究は意義がある(学問的コンテキストに対する位置づけ)
    Q-C-1.この論文のテーマに関連する先行研究にはどんなものがありますか?
    Q-C-2.先行研究によって明らかになっていることは、どんなことですか?
    Q-C-3.先行研究によって解明されていないことは、どんなことですか?
    Q-C-4.この論文は、未解明点についてどのような貢献ができますか?
    Q-C-5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?(同種の研究と共通する課題は何ですか?)
    Q-C-6.この論文独自の着眼点は何ですか?(この論文は同種の研究とどこが違いますか?)

    D.この研究は必要である(社会的コンテキストに対する位置づけ)
    Q-D-1.この研究は、どのような問題を解決するのに役立ちますか?



    (出力)論文骨子のフォーマット
    1.題名

    2.要旨
    2.1目的(要点)
    2.2方法(要点)
    2.3結果(要点)
    2.4結論(要点)
    2.5今後の課題(要点)

    3.序論
    3.1研究テーマ
    3.2研究の必要性
    3.3既存研究
    3.4未解明点
    3.5目的(要点)
    3.6方法(要点)
    3.7結果(要点)
    3.8結論(要点)

    4.方法

    5.結果

    6.考察
    6.1目的(要点)
    6.2結果(要点)
    6.3今後の課題(要点)
    6.4結論(要点)

    7.結論
    7.1方法(要点)
    7.2結果(要点)
    7.3結論(要点)


    入力と出力の変換
    1.題名
    1.1メインタイトル
    →Q-C-5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?(同種の研究と共通する課題は何ですか?)

    1.2サブタイトル
    →Q-C-6.この論文独自の着眼点は何ですか?(この論文は同種の研究とどこが違いますか?)

    2.要旨
    3.5目的(要点)
    →Q-C-5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?
    2.2方法(要点)
    Q-A1-1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
    2.3結果(要点)
    →Q-B-2.どんなデータが得られましたか?
    2.4結論(要点)
    →Q-B-4.この論文で明らかにできたことは何ですか?
    2.5今後の課題(要点)
    →Q-B-5.この論文で明らかにできなかったこと、今後の課題は何ですか?

    3.序論
    3.1研究テーマ
    →Q-B-1.この論文で検証したいことは何ですか?
    →Q-C-4.この論文は、未解明点についてどのような貢献ができますか?
    3.2研究の必要性
    →Q-D-1.この研究は、どのような問題を解決するのに役立ちますか?
    3.3既存研究
    →Q-C-1.この論文のテーマに関連する先行研究にはどんなものがありますか?
    →Q-C-2.先行研究によって明らかになっていることは、どんなことですか?
    3.4未解明点
    →Q-C-3.先行研究によって解明されていないことは、どんなことですか?
    3.5目的(要点)
    →Q-C-5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?
    →Q-C-4.この論文は、未解明点についてどのような貢献ができますか?
    3.6方法(要点)
    Q-A1-1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
    3.7結果(要点)
    →Q-B-2.どんなデータが得られましたか?
    3.8結論(要点)
    →Q-B-4.この論文で明らかにできたことは何ですか?

    4.方法
    Q-A1-1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
    Q-A1-2.データをどのように加工しましたか?(どのような統計手法?表?グラフ?)

    5.結果
    →Q-B-2.どんなデータが得られましたか?

    6.考察
    6.1目的(要点)
    →Q-C-5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?
    →Q-C-4.この論文は、未解明点についてどのような貢献ができますか?
    6.2結果(要点)
    →Q-B-2.どんなデータが得られましたか?
    6.3今後の課題(要点)
    →Q-B-5.この論文で明らかにできなかったこと、今後の課題は何ですか?
    6.4結論(要点)
    →Q-B-3.データから言えることは何ですか?
    →Q-B-4.この論文で明らかにできたことは何ですか?

    7.結論
    7.1方法(要点)
    Q-A1-1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
    7.2結果(要点)
    →Q-B-2.どんなデータが得られましたか?
    7.3結論(要点)
    →Q-B-4.この論文で明らかにできたことは何ですか?