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     これは、小論文を書くのが苦手な人のために書いた文章です。

     文章の言い回しや磨き方よりも、そもそも何を書いたらいいか、どう考えたら書くものを思いつけるのか、について分かるように書きました。


     小論文がどういうものであり、何を書くことを要求しているかが分かれば、少なくとも「何を書いたらいいか」分からず困ることがなくなると思います。
     「何を書いたらいいか」をどうやって思いつくか、必要な材料をどうやってアタマから引き出すかについても説明しました。
     

     文章を書くこと自体が苦手という人は、末尾にリンクを置いた参考記事が参考になるかもしれません。

    ※論文らしい文章の書き方については、以下の記事を参考にしてください。

    論文はどんな日本語で書かれているか?アタマとシッポでおさえる論文らしい文の書き方

    卒論に今から使える論文表現例文集(日本語版)




    時間がない人のための要約


    ◯自分語り系の小論文
    (「私の仕事観」「私の抱負」)
    ・体験前の自分→自分を変えた決定的な体験→体験後の自分という《体験による成長ストーリー》を書く

    ◯課題文ありの小論文
    (「次の文章を読んで〜について論じよ」)
    ・課題文から「著者の主張」と「主張への賛成意見」「主張への反対意見」を抜き出す。
    ・自分でも主張への賛成意見と反対意見を書き加える
    ・書き加えた後、反対意見が上回ったら、著者の意見への批判を主張し、反対意見からその根拠を作る。
    ・書き加えた後、賛成意見が上回ったら、基本的には著者の意見に賛成し、付け加えの主張して、賛成意見からその根拠を作る。


     

    小論文が難しい理由

     小論文を難しく感じる一番の原因は、書き慣れていないこと(書き手側の問題)ですが、「小論文」の方にも悪いところがあります。
     かなり違うものが一緒くたされて、同じ「小論文」という言葉で一くくりにされてきたことも、話を余計にややこしくしていると思います。
     例えば、「大規模災害への備えとして情報科学技術をどのように活用するか,アイディアとその効果を述べよ」というのも「『私の夢』という題で大学生活の抱負を述べよ」というものも、どちらも「小論文」だというのです
     
    それどころか「一般会計税収・所得税・法人税・消費税の推移を示す図表を見て、その関係を整理し歳入・歳出の変化について書きなさい」や「アルカリ金属元素の名称とそれらの元素記号を可能なかぎり記し,共通する特徴や性質を述べよ。」といった小論文まであります。


     こうした「いろいろごった煮」の小論文への対策には、大きく分けて二つのアプローチがとられてきました。
     
     ひとつは「違うものは分けて扱う」アプローチです。
     もうひとつは「種類を越えて通用するやり方を考える」アプローチです。
     

    ◯違うものは分けて扱う

     たとえば、小論文を「論文系の小論文」と「作文系の小論文」に分けて、別の書き方をするというのが、これに当たります。
     
     論文系の小論文というのは、主張を立てて、その根拠を述べるという組み立ての小論文で、いわば学術論文の縮小簡易バージョンだと考えることができます。
     基本的に論文の書き方と共通するところが多いはずで、これから論文を書かなくてはならない大学生候補者に、つまり大学受験で主として必要となるのはこちらのタイプです。
     作文系の小論文というのは、書き手の経験や考え方(人柄まで)を知りたいという目的で要求される小論文です。就職試験の小論文は、今でもこちらのタイプが少なくありません。
     
     小論文のタイプ別に対策を考えるメリットは、場合分けすると、それぞれのやり方はシンプルにできることです。また自分に必要なタイプが過去問などから分かれば、そのタイプだけを学べばよいので効率もよいことになります。
     デメリットは、異なるタイプの小論文を受ける必要がある場合は、場合分けした分だけ、別々のやり方を学ばなければならず、学習コストがかさみます。
     あと、どのやり方を使うのがいいか迷うようなケースも出てくる可能性もあります。たとえば論文系と作文系のどちらでもあるような随筆系(?)の小論文といったものもあります。
     

    ◯種類を越えて通用するやり方を考える

     プチ論文である論文系小論文にも、自分語り的な作文的小論文にも、どちらにも通用するやり方があれば、それに越したことはないでしょう。
     
     実は、自分語り的な作文的小論文も、見方を変えれば、主張を立て、それを根拠づけている、と見なせなくもありません。
     書き手の経験や考え方(人柄まで)を知りたいという目的で要求される作文系小論文の「主張」は、「私(この小論文の書き手)は○○な人間である」というものです。もっとはっきり言うなら、就職試験なら「私は御社で働くべき○○な人間である」です。
     この「主張」は、言葉として直接はっきり書かれる訳ではありません。しかし「主張」の確からしさを支える「根拠」の方は、しっかりと書き込まれます。書かれるのは、書き手を変えた決定的な経験・体験というやつです。これは論文におけるデータにあたります。
     普遍的・一般的なことを主張する論文ではあまりよいデータではありませんが、書き手個人のことを主張する作文では、「書き手個人の経験・体験」はまさにうってつけのものです。
     このように考えていくと、論文の書き方と流用して、自分語り的な作文的小論文を書くことができそうに思えてきます。



    ◯この記事の構成

     この記事では、少し長くなることを覚悟して、どちらのアプローチも採用することにしました。
     つまり、第1部で作文系小論文の書き方を、第2部で論文系小論文の書き方を扱い、おまけで論文系のやり方を使って作文系小論文を書くやり方を説明します。
     
     作文系小論文しか必要ない人は、第1部だけを読めば用が足りるはずです。
     
     すでに論文の書き方に慣れている人は、第2部+おまけを読めば、作文系・論文系のどちらも書けるようになると思います。



    第1部:作文としての小論文

     このブログで以前、読書感想文の書き方を説明したことがあります。


    こうすれば読書感想文が書ける/今すぐ使える穴埋めシートと構成パターン



     読書感想文の難しさは小論文の難しさと似ています。
     何を書いたら読書感想文になるのか普通説明されることはなくて(多分出題者もよく分かっていなくて)、努力しようにもその方向が分からないところです。
     
     先の記事では、読書感想文は、その本を読んで読み手(=読書感想文の書き手)がどのように変わったかという《読書による改心》を書くもの、と問題設定しました。
     そして、作文としての小論文もまた、何か決定的な経験・体験を経て、書き手がどのように変わったか(成長したか)を書くものなのです。
     
     もう少し詳しく言うと

     以前の自分 → 決定的な経験・体験 → 変化・成長した自分
     
     という《体験による成長ストーリー》が「作文としての小論文」で書くべきものです。

     

    ◯どうして成長ストーリーなのか
     
     なぜ作文系小論文では《体験による成長ストーリー》を書くことが必要なのでしょうか?
     
     それは、作文系小論文を書かせて出題者側が知りたいのが、書き手がどういう人間であるか、ということだからです。
     例えば「私は有能で正直で真面目で努力家です」と書いてあるだけでは、出題者側はそれを信じていいのか分かりません。言葉でそう書くのは誰でも、有能でも正直でも真面目でも努力家でもない人にとっても、簡単だからです。
     では、どうすれば信じてもらえるのでしょうか?
     もっともよいのは行動です。実際にやって見せること、例えば有能で正直で真面目で努力家らしく行動することです。
     しかし小論文は文章だけで勝負しなければなりません。
     行動の代わりになるのが、過去の行動=経験・体験を書くことです。
     一般的に「おれはすごかった」と書くことは誰でもできます。
     しかし、具体的に詳細に自分の経験を書くことができれば、「これは本当に体験した人でしか書けない」と説得力が増すでしょう。
     出題者側も、納得しやすくなります。
     
     そしてもう一つ大切なことがあります。
     出題者側が知りたいのは現在のあなた(小論文の書き手)がどうであるかです。
     過去にどれだけすごくても、今どうなのかが重要です。
     しかし書くことができるのは過去の体験だけです。
     過去の経験と現在のあなた(小論文の書き手)を結びつけ、納得できるよう説明するのが《経験による成長ストーリー》です。
     
     人間はよく物語仕立で物事を理解する動物です
     大げさに言えば、人間の認知構造の一部は物語的に構成されているのです。
     物語は効きます。
     さらに良いことに、同じような物語でも登場人物やシチュエーションが少し違えば、また同じように楽しむことができます。
     あなただけのディティールを盛り込めば、同じような成長ストーリーでも(いやむしろ、だからこそ)効果があります。
     
    「なんで更正した不良がエライのか。最初からずっと真面目な方が偉いじゃないか」という苦情がありますが、これも物語の力に人がやられる例証です。「以前は不真面目でいい加減だった→決定的な経験:それでひどい失敗をして大切な人を傷つけた→改心して少しずつだが真面目に取り組むようになった」という、既によく知った物語のパワーです。



    ◯「私を変えた経験」型という基本モデル

     こういう訳で、作文系小論文で武器となるディティールとストーリーを備えた基本モデルは、以下のような「私を変えた経験」型となります。


    0.(課題・テーマとの接続/引用)
    1.自分を変えた経験・出来事を端的に書く
    2.その経験の詳しい説明(真実らしさを示すのに必要なだけのディティール)
    3.経験・出来事の分析(なぜ/どのように自分に影響を与えたか・自分はどのように成長したか)
    4.未来の自分と絡めてさりげなく決意表明でまとめる



     基本モデルだけあって、多くの作文系小論文が変形することによって、この「私を変えた経験」型に落とし込むことができます。

     まず《過去の経験を問う》タイプの小論文は、そのまま「私を変えた経験」型を使うことができるでしょう。
     「学生時代に力をいれたこと」「これまでに最も打ち込んだこと」「学生生活で得たもの」「いちばん感動したこと」「これまでに苦労したこと」のような課題・テーマの小論文がこれに当たります。
     0.(課題・テーマとの接続)で、課題・テーマを反復・引用して、1.自分を変えた経験・出来事へつなぐとよいでしょう。
     例えば「これまでに最も打ち込んだことは、スキーである。2年前の春スキーで、それまでの人生観が変わる経験をした。それは_______」という感じです。
     
     
     《関心・興味を問う》タイプの小論文、たとえば「最近読んだ本」「見た映画」「私の趣味」「休日の過ごし方」のような課題・テーマも、「私を変えた経験」型に持ち込むことは難しくないでしょう。
     その本を読んだこと、映画を見たことを、自分を変えた体験として捉えて、自分の変化を軸にして、内容に触れていくのです。
     こうすることで、単に読んだ本、見た映画の要約+よかった・おもしろかったという小学生並の感想に終わらず、自分の変化・成長を切り口に語ることができます。
     あるいは「私の趣味」という課題・テーマなら、「半年前に___を始めた。これによって自分は____のように変わった」と、自分の変化を軸にすれば、自分にとってその趣味がどういう意味がありどんな価値があるか、説得的に伝えることができます。何よりあなたという人間の重要な部分が伝わります。

     
     《抽象的テーマ投げ出し》タイプの小論文、たとえば「夢について」「友情について」「ふるさとについて」「幸福について」「私の仕事観」のようなものも、「私を変えた経験」型に持ち込むことができます。
     こうした抽象的なテーマを抽象的なまま取り扱うのは中々難しいですが、「私を変えた経験」と絡めると、経験・出来事の記述で具体性が得られ、地に足の着かない議論が避けられます。経験というあなただけの武器で、抽象的なテーマと戦うことができます。
     なにより作文型小論文では、出題者はあなたがどういう人間かを知りたいのですから、友情について哲学者の議論を披露しても仕方がないのです。(あなたが哲学に詳しいということは伝わりますが)。
     あなたの変化・成長がポイントなので、たとえば「友情について」なら、


    ・経験前  「かつては友情とは____なものだと考えていた。」(常識一般な友情観)
       ↓
    ・クリティカルな経験 「しかし____な体験をして、その考えは一変した。」
       ↓
    ・経験後 「その結果、友情について____と考えるようになった。」



    という「友情観の変化」という形で《経験による成長ストーリー》に持ち込むことができます。

     つまり「○○(抽象的な言葉)について」→「私の○○観」→「私の○○観の変化」→「私の○○観の一変させた決定的な経験・出来事」という変形を施すことで、「私を変えた経験」型の小論文にすることができるのです。
     
     《経験による成長ストーリー》とすることで、単に○○(抽象的な言葉)について抽象的に論じるよりも、経験のディティールによる本当らしさと物語の力による説得力を持った小論文にすることができます。
     



    ◯未来志向の作文系小論文

     小論文で未来の展望・抱負を書くことが要求されることがあります。
     確かに今のあなたも重要ですが、ルーキーとして迎えられるあなたが今後どうなっていくかをより重要だと見なすのは不思議ではありません。
     
     このパターンの小論文も、時間のスパンの取り方を工夫することで《経験による成長ストーリー》の型に落とし込むことができます。
     
     この場合、小論文の構成は、たとえばこんな感じになるでしょう。
     


    0.(課題・テーマとの接続/引用)
    1.夢の宣言・抱負・未来の自分を端的に書く
    2.その夢を抱いたいきさつ(自分を変えた経験・出来事)を述べる(過去の自分)
    3.目標とそれに到達する具体的な方法(自分を変えるであろう経験:現在から未来への自分)
    4.課題の決定とそれに到達する決意表明でまとめる



     「夢・抱負・未来」が実現するかどうかは、それを追いかける本人の動機付けに左右されます。
     つまり「夢・抱負・未来」実現の担保として、あなたが今現在差し出せるのは、あなたの実力・性向の他は、動機付けの強さしかありません。
     あなたが夢を実現できる実力・性向をすでに身につけており、なおかつ十分な強さの動機付けを既に得ていることを示すために、自分を変えた経験・出来事と、それを軸とした《経験による成長ストーリー》を使うのです。
     キャッチフレーズ的に言えば「未来は既に始まっている」、自分を変えたあの経験・出来事によって、という訳です。
     





    第2部:プチ論文としての小論文

     第2部では、論文としての小論文の書き方を説明します。
     
     作文としての小論文では、その説得力はディティールとストーリーの力に支えられ、一番伝えたい「私は○○な人間です」「私は貴社で働くべき○○な人間です」というメッセージは直接的に言葉にされませんでした。
     
     論文としての小論文では、これとは逆に、伝えたい主張は明確に記されなければならず、主張が正しいことを支える根拠はデータと論理的推論をもって構成される必要があります。
     
     つまり論文系小論文に不可欠の要素は《主張》と《根拠》であり、《根拠》は〈データ〉と、データと主張を結びつける〈推論〉から成ります。
     

     trig-3.png



    ◯根拠付き主張文の汎用性

     《主張》と《根拠》が不可欠であり、〈データ〉と〈推論〉によって《根拠》が構成されるというのは、学術論文でも同じです。
     というより学術論文に要求されることが、その縮小版である小論文にも当然に要求されるのです。
     大学で書かなくてはならないレポートもまた、プチ論文としての性質を引き継ぎ、同じことが要求されます。
     レポート・卒業論文を含めて、大学生になると多くの論文・プチ論文を書かなくてはならないのですから、論文の書き方をマスターしておけば使い回しが聞きます。
     逆に小論文を学ぶ中で論文の書き方を知れば一石二鳥でもあります。
     
     書き言葉を用いたコミュニケーションということでいえば、自分語りの作文よりも、根拠付き主張文の方が汎用的です。いろんなところで使います。
     たとえば仕事で書かなければならないのは根拠付き主張文の方であって、自分語り文の方ではありません。
     自分語り文は主に私的領域を、根拠付き主張文は公的領域を担当します。
     書かなければならない文章というのは誰かに求められたものですから、公的領域に属するもの、つまり根拠付き主張文であることが多いのです。
     
     こうしたこともあって、就職試験の小論文でも、自分語りの作文系小論文よりも、《主張》と《根拠》が不可欠である論文系小論文が要求されることが多くなってきました。
     
     選考試験で自分語り文が小論文として求められることがあるのは、下手すると文章だけでなく本人がやって来てしまうからであり、その前に本人のことが知りたいからです。
     すでに本人が一員になっているのであれば、小論文など書かさずとも仕事をぶりを見ればよいはずです。
     
     
     
    ◯論文にはない小論文の制限

     論文系小論文の書き方は、基本的には学術論文の書き方が準用できるはずが、試験に出されるという側面から、学術論文にはない制限がいくつかあります。
     まず数十分という試験時間内に書かなければならないという時間的制限、そして、これともつながることですが、せいぜい1000文字前後という分量(字数)の制限です。
     そして基本的には外部の資料を使うことはできず、データを集めるため調査や実験を行うこともできません。
     そのため試験の小論文では、時間内に自分のアタマの中にあるものだけで、主張を組み立て、主張を支える根拠を構成しなければなりません。
     
     
     後でアタマの中から小論文の素材を引き出すいくつかの方法を紹介しますが、それらはこうした小論文に課せられた制限から必要になります。
     
     
     

    主張を立てる

    ◯主張とは何か?

     小論文には《主張》が必要です。
     そして当然、《主張》が小論文の中心となります。
     
     《主張》の作り方を見る前にまず、《主張》はどういうものであるかを見ておきましょう。
     
     小論文に必要な《主張》とは、賛成したり反対したりできる意見や考え(を言葉にしたもの)です。
     
     たとえば「郵便ポストは赤い」というのは主張ではありません。これは事実の報告です。事実と合致しているという意味で正しかったり、食い違っているという意味で間違っていたりはしますが、賛否が問えるようなものではありません。
     これに対して、今のを少しだけ変えた「郵便ポストは赤くなくてはならない」というのは主張です。「そうだ、そのとおり」と賛成することや、「いや青でも構わない」「むしろ白くすべきだ」と反対することができるからです。
     
     目印にしやすいものを挙げれば「〜すべきだ」「〜すべきでない」「〜である必要がある」「〜必要はない」という言葉を含んでいるなら、主張だと言えます。
     
     たとえば「日本人は平均して年間2080時間働いている」というのは事実であって、主張ではありません。
     しかし「日本人は働きすぎである」というのは主張です。欠けてる言葉を補うと、「日本人は働きすぎで、労働時間をもっと減らすべきだ」ということだからです。
     
     「幸福とは他者への貢献である」というのも主張です。欠けてる言葉を補うと「幸福とは他者への貢献である、と考えるべきだ(考えるのが良い)」ということになるからです。
     幸福についての考え方・定義は様々にあり得ます。「幸福とは他者への貢献である」という人は、他人にまでこの定義で考えるべき(押し付けよう)とまで主張していないとしても、他の様々な幸福の定義ではなく、それらよりも「幸福とは他者への貢献である」が選択するのがよいと考えているのです。ここには価値判断があり、この判断のために、「幸福とは他者への貢献である」は主張であると言えます。
     


    ◯疑問文で与えられる課題・テーマ

     小論文では、与えられる課題・テーマが、何を主張にすればいいか、教えてくれます。
     
     疑問文の形で小論文の課題・テーマが与えられているタイプの小論文が、一番わかりやすいでしょう。
     ほとんど機械的に、小論文の主張を決めることができます。
     たとえば「高校に制服は必要か、あなたの考えを述べなさい」みたいなのがそうです。この課題・テーマに対しての小論文に書くべき主張は、「制服は必要である」または「制服は必要でない」のいずれかです。


    ◯是非を問う形に変換できる課題・テーマ

     小論文の課題・テーマの与え方には、他に一つの言葉を挙げて「◯◯について、論じなさい」とか「◯◯について、考えを述べよ」というタイプのものもあります。
     
     たとえば「成果主義について考えを述べよ」みたいなのがそうです。
     こういう課題・テーマだと、成果主義について自分の知っていること(だけ)を書いてしまう人が少なくありません。しかし知っていることだけを書いても、主張がないので小論文にはなりません。

     確かに「成果主義について考えを述べよ」というのは、何だか言葉足らずです。
     「考えを述べよ」だって?もっと(たとえば肯定せよとか否定せよとか)どうして欲しいのか言ってくれないと、どうしようもないだろ、と思ってしまいます。

     しかし、これは小論文の課題・テーマというフレーム(枠組み)の中で示された指示です。
     小論文の課題・テーマであることと合わせて考えれば「成果主義について考えを述べよ」みたいな足りない言葉でも、何をすべきかが決まります。
     つまりさっきの疑問文タイプのように、言葉を補って作り変えればいいのです。
     
     たとえば以下のように、是非を問う疑問文から主張へと変換することができます。
     


    課題・テーマ「成果主義について」
      ↓
    問いに変換「成果主義は必要か」「成果主義を導入すべきか」
      ↓
    主張「成果主義を導入すべきである」
       あるいは
      「成果主義を導入すべきでない」


     
     しかし、さっきの「高校に制服は必要か」と比べると、まだ少し足りないところがあります。
     「高校に」というのがそれです。
     わずか3文字ですが、これがあるのとないのとでは小論文を書くのに大違いであることが分かるでしょうか?
     
     「成果主義」の例に戻りましょう。
     世の中のあらゆる場面に成果主義が必要かどうか考えるよりも、どこか特定のところに必要かどうか考えた方が、主張が明確にならないでしょうか?
     この課題・テーマをうまく限定することが、「○○について論じよ」というタイプの、テーマ放り投げ型小論文をスムーズに書き進めるコツです(これは大学で卒論をはじめとする論文を書くようになると痛感するでしょう)。
     しかし始めて論文を書く人が、大きすぎるテーマを掲げてしまうように、経験のない人にとって、一番難しいのがテーマを自分で絞り込むことのようです。
     与えられたテーマから書き手自身が絞り込むのが大学受験生には難しいために、大学入試の小論文では、テーマ丸投げ型の小論文はほぼ駆逐され、課題文や資料がヒントとして与えられる形態がほとんどになりました。


    ◯定義を問う形に変換できる課題・テーマ

     小論文の課題・テーマには、「幸福について」のように抽象的な概念を丸投げしてくるものもあります。
     この手のテーマは是非を問う形には変換しにくいでしょう。今の例だと「幸福」というのは良いものであるのが前提で、是非を問うものではないからです。
     この種の課題・テーマは定義を問う形に変換します。したがって主張すべきことは、与えられた抽象的な概念についての、自分なりの定義です。
     
     今の例だと
     


    課題・テーマ「幸福について」
      ↓
    問いに変換「幸福とはなにか?」「幸福とはどんなことを言うのか?」
      ↓
    主張「幸福とは____である」「幸福とは____である状態である」
      (幸福についての自分なりの定義)



     では、自分なりの定義をどうやって考え出せばいいのでしょう?
     比較的やりやすいアプローチは「理想状態を考える」ことです。
     言い換えると、現実的には取り除けない制約や条件をすべて取り除くことができたとしたら、どのようになるだろうかと想像してみるのです。
     
     
     
    ◯問題解決を問う形に変換できる課題・テーマ

     小論文ではよく、時事問題や社会問題が課題・テーマになることがあります。
     さっきの「幸福について」のような課題・テーマとは反対に、この場合は悪いものであることが前提されており、したがって問題の解決について論じるように求められていると考えることができます。
     たとえば「日本における女性の社会進出の遅れについて、日本の現状を踏まえて、自分の考えを述べなさい」という課題であれば、「遅れ」というくらいだから出題者はこれを問題として解決を求めている訳で、以下のように変換できます。


    課題・テーマ「日本における女性の社会進出の遅れについて」
      ↓
    問いに変換「日本における女性の社会進出の遅れをどのように解決すべきか」
      ↓
    主張「日本における女性の社会進出を進めるために___すべきである」
      「日本における女性の社会進出を進めるために___という対策を行うべきある」




     
    ◯課題文・資料が与えられる小論文

     では、テーマが1語で放り投げられるのではない、一定の長さの課題文を読んでから、あるいはグラフ・図表を読み解いてから、「○○について論じよ」「考えを述べよ」と求めてくるタイプの小論文では、どのように主張を決めればいいのでしょうか?
     
     課題文の主張を抜き出して、その主張に賛成するか反対するかして、小論文の主張にすればよいのです。
     たとえば「復興には雇用の拡大が必要だ」と課題文が主張しているなら、「復興には雇用の拡大が必要である」あるいは「復興には雇用の拡大は必要ではない」というのを、自分が書く小論文の主張にするのです。
     
     ここでもコツのようなものを付け加えるなら、単純に賛成・反対するよりも、限定や条件をつけた方が、小論文は書きやすいです。
     今の例だと、課題文の主張に反対するとしても、さすがに「復興には雇用の拡大は必要ではない」とまで言い切ってしまうと、うまく主張できないし、根拠も整わないのであれば、
    「復興には雇用の拡大も必要だが、他にも_____が必要である」
    という部分的賛成しつつ異論も付け加える形の方が書きやすいです。



    根拠の引き出し方・磨き方

     小論文の主張は、基本的には、与えられる課題・テーマから(課題・テーマに合わせて、あるいは反対することで)作り出すことができました。

     しかし自分の主張を支える根拠は、外部の資料など当てにできない試験の小論文では、自分の頭の中から得られる材料を使って、作り上げなくてはなりません。
     
     そこでまず、アタマの中から小論文の素材を引き出すやり方をいくつか紹介します。
     それぞれに長所短所がありますが、簡単なものから順に紹介します。



    1.極端なケース・最悪を考える

     日常会話でもよく使われるので比較的親しみやすい根拠の作り方に「極端なケースを考える」というものがあります。
     
     たとえば何かをおねだりする子供は、それが手に入ったらどれほどすばらしいか(理想状態)、それが手に入らないとどれほど残念か(最悪の状態)を訴えるというのをよくやります。
     人の思考は極端に偏りやすく、したがってこのアプローチは人の思考にとって「自然」に親しんでいるものだと言えます。
     

    ◯「〜が必要」→「もし〜がなかったら?」

     「〜〜が必要である」という主張に対して、根拠が何も思いつかない時は、「もし〜〜がなければ、どんなひどいことが起こるか?」を考えてみましょう。
     最悪の状態を具体的に列挙できれば、それだけでも「必要である」根拠にできます。
     例えば「消費税率を上げる必要がある」という主張の根拠を考えだすには、「上げないと、どんなひどいことが起こるか?」を自問自答します。
     逆に「消費税率を上げるべきではない」という主張の根拠は、「上げると、どんなひどいことが起こるか?」と問うことで得られます。
     

    2.反対側を考える
     
     しかし思考の癖のままに極端に走るだけでは、小学生並みの根拠にとどまります。
     自説に有利な証拠だけでなく、不利な証拠も無視せず取り上げることができれば、「この書き手は物事を広い視点から見ており、主張はその分客観的で信頼できる」と読み手に思わせることができます。
     自説に不利な証拠を取り上げることは「自然」な思考の働きではないという意味で、少しトレーニングが必要ですが、それゆえに価値があります。
     これは「この書き手は思いついたことをただ書いているだけでなく、少しは考えている」と思わせるための第一歩であり、つまり小論文が「物事を論じた文章」となるための第一歩です。
     
     今、「消費税率は引き上げるべきだ」という主張について、その根拠として「消費税率を上げないと生じる悪影響」を考えついたとしましょう。これを「非・増税→悪影響」とします。
     そうしたら、さらに(2)〜(4)のような3つを考えます。


    (1)「非・増税→悪影響」…「消費税率を上げないと生じる悪い影響」

    (2)「  増税→好影響」…「消費税率を上げると生じる良い影響」

    (3)「  増税→悪影響」…「消費税率を上げると生じる悪い影響」

    (4)「非・増税→好影響」…「消費税率を上げないと生じる良い影響」



     この4つのうち(1)と(2)は、「消費税率は引き上げるべきだ」という主張を賛成する理由となるもの、これらに対して(3)と(4)は「消費税率は引き上げるべきだ」という主張に反対するものです。
     


    3.フランクリンの表(比較衡量表

     主張に対して、賛成の理由と反対する理由をいくつか書き出すことができたら、それらを比較します。
     賛成の理由と反対する理由を列挙し、賛成の理由が反対する理由を上回る(下回る)のであれば、すべきである(すべきでない)と結論付けることができます。

    procon-summertime.png
     
     この表はシンプルなものですが、いろんな場面で使うことができます。
     たとえば、課題文が与えられた小論文なら、課題文が上げる主張の根拠から、賛成理由と反対理由を拾い上げて表に整理してすることができます。根拠をきちんと押さえて課題文を読むことに使えるのです。
     さらに、課題文から作った比較衡量表に、自分なりの賛成理由と反対理由を付け加えることもできます(表に整理していると「自分ならこう思う」というアイデアが思いつきやすいです)。

     例えば課題文から作った比較衡量表では賛成理由が多かった(だから課題文ではその主張をしているのでしょう)のに、自分なりの賛成理由と反対理由を加えた後には反対理由が多くなっていれば、しめたものです。
     あなたは課題文に反対する主張を小論文で唱え、あなたが理由を加えた比較衡量表を根拠付けに使うことができます。



    4.切り口チャート:複数の視点を得るために

     フランクリンの表(比較衡量表)にたくさんの賛成理由と反対理由が並ぶためには、主張や主張が扱っている事柄について、多くの視点から眺め、様々な側面を取り上げることが必要です。
     しかし複数の視点から物事を見ることは簡単ではありません。試験という短い時間の中でやろうとすれば、なおさらです。
     
     複数の視点に気づき、さまざまな側面について功罪を考えるための手助けに、こんなチャートを作る手があります。

    kirikuchi2.png
    (クリックで拡大)





     このチャートは


    ・類似のものと比較し「どこが違うか?」を考えることで独自性/特徴に気づく
    ・複数出た独自性/特徴ごとに、長所短所を書き出していく




    という2段構えで、多くの視点から眺め、様々な側面を取り上げるものです。
     主張についても、主張が扱う事柄についても、使うことができます。
     



    5.自問自答表

     主張をサポートする根拠とは本来、自分が主張を述べた後、誰かに「なぜそう言えるのか?」と問われた質問に対する返答として述べるものです。
     
     大学のゼミナールでの発表における問答や指導教官の指導(ツッコミ)への応答など、すべてこの「なぜそう言えるのか?」を巡って行われます。
     
     論文は、そうした受け手(読み手)が抱くかもしれない疑問への応答を、あらかじめ行っている(そしてそれを内蔵している)文章です。これが「論文は根拠付きの主張文である」ということの意味です。
     
     このことに立ち戻るなら、主張についての根拠を生み出す作業は、主張に対して「なぜそう言えるのか?」と自問自答することだと言えます。
     根拠として述べたことに対しても、さらに「なぜそう言えるのか?」という疑問が出てくるならば、それにも応答することになります。
     主張についての根拠を生み出す作業は、こうした自問自答の繰り返しです。
     
     主張に対して「なぜそう言えるのか?」を繰り返し自問自答していく方法は、シンプルかつ強力ですが、制限時間がある試験小論文で使うには、問題があります。時間がかかるのです。
     もうひとつ、適切なツッコミや疑問を出してくれる人がいないと(大学のゼミナールでの発表における問答や指導教官の指導は、このための経験です)、未経験者には難しい面があります。


     しかし自問自答法は、論文の骨子を作るための、本来的で汎用の方法であり、トレーニング法でもあります。
     やり方は主張に対して「なぜそう言えるのか?」とそれへの返答を繰り返していくだけですが、ノートを左右に二分割していくとやりやすいでしょう。

    (1)ノートの真ん中に縦線を引いて左右に欄を分け、左を自説欄、右を反論・疑問欄とする
    (2)まず自説欄の最初の行に〈主張〉を書き、同じ行の反論・疑問欄に「何故そう言えるのか?」と書く
    (3)以下、自説欄では反論・疑問欄に書いた疑問や反論への返答を、反論・疑問欄には自説欄へのさらなる疑問・反論を書いていく




    論文系小論文の構成

     ここまでで小論文を構成する「具」については出揃った事になります。
     最後に、小論文の構成をみながら、これまで作ってきた主張や根拠といった「具」が、小論文のどの位置に来るのか確認していきましょう。


    0.(課題・テーマとの接続)

     (課題文等がある場合)問題として取り上げる部分を課題文・資料から引用
     (テーマ放り投げの場合)テーマについての通説を読み手と書き手の共有前提として最初に置く。「◯◯については〜〜と言われている。」
     

    1.(問題提起と主張)

    ・問題提起=主張がその答えとなるような疑問文「〜〜は〜〜であるか。」
     (テーマ放り投げの場合)テーマを変換した問いをここに持ってくる。
     (是非を問う形に変換できる場合)「成果主義は必要か」「成果主義を導入すべきか」
     (定義を問う形に変換できる場合)「幸福とはなにか。」「幸福とはどんなことを言うのか。」
     (問題解決を問う形に変換できる場合)「(問題を)をどのように解決すべきか」
     
    ・主張=問題的に対する書き手の答えを端的に書く「〜であると考える。」
     

    2.主張の展開と根拠

    ・主張の展開=(必要なら)主張の補足説明
    ・根拠=何故そのような主張をするのか事実を挙げた根拠づけ(複数)
    ・(必要なら)主張への反論と、再反論……主張に反対の意見をここで使う

     
    3.もう一度主張を繰り返す

     主張=問題的に対する書き手の答え
     「以上の理由から、~であると結論することができる。」




    おまけ(作文系小論文を論文の書き方で)


     おまけとして「論文系小論文の書き方を流用して、自分語り的な作文的小論文を書く」やり方を説明します。
     
     論文系小論文は、見てきたように、主張を立て、これを根拠付けることで構成され、根拠はデータと、主張とデータを結ぶ推論からできています。
     うまく主張を立てることができれば、自分語り的な作文的小論文も、論文系小論文の書き方で書くことができるはずです。
     
     主張を立てるための、課題・テーマの変換は、論文系小論文の書き方の中で「主張を立てる」という章でやりました。
     以下は、その拡張オプションです。


    ◯価値観を問う小論文の場合

     「私の就職観について」「私にとって働くとは」のような、書き手の価値観を問う小論文の場合は、かなりシンプルに「主張を立てる」ことができます。
     この場合、瑣末なことを論じても仕方がないので、自分にとって何が重要であるかを考えます。
     つまり何を重要であるとするかに自身の価値観が反映する訳です。
     たとえば「私にとって働くとは」ならば、「仕事で重要(大切)なのは___である」という主張を立てることができます。
     
     次に何故「仕事で重要(大切)なのは___である」のかという問いに答えて、主張の根拠を作っていきます。
     重要なものは、おそらく必要なもの、なくてはならないものでしょうから、極端・最悪のケースを考えて、「それがもしなかったら、どんなひどいことになるか?」を考えることで、根拠のいくつかを手に入れることができるはずです。
     


    ◯過去の経験を問う小論文の場合

     「大学生活で力を入れたこと」「私が挑戦したこと」のような、書き手の過去の経験を問う小論文の場合も、自分にとって何が重要であるかを問うことが取っ掛かりになります。
     瑣末な経験を取り上げても仕方がないので、書くべきは自分にとって重要な経験であるはずです。
     
     単に「こんな経験をした」だけを書いても小論文としてはダメで、プラス「この経験は____という理由で私にとって重要である」ことを示さなければなりません。でなければ読み手は「そういう経験をしたのか。で、それがどうしたの?」と尋ねたくなるでしょう。
     「_____という経験は、私にとって重要である。」というのが、この場合の主張になります。
     そしてこの主張を支える根拠は、経験によって生じた自分の変化であり、その変化が現在の自分を創りだしたという因果関係です。
     
     根拠はデータと推論から構成されます。
     データとして自分の経験の前と後、そして経験の詳細が、データと主張をつなぐ推論として、体験と変化の関係付けを書くことになります。



    ◯未来の希望・抱負を求める小論文の場合

     「私の夢」「〜するにあたっての抱負」「入って何がしたいか」といった、書き手の未来を問う小論文の場合があります。
     「志望動機」を書く小論文も、広い意味でこのカテゴリーに入ります。
     
     基本的に「私は____したい」ということを書くわけですが、これは「何故私は___したいのか」「何故私にとって____することは重要なのか」という問いに変形することで、「____することは、私にとって重要である」という主張に結びつけることができます。
     あとは「何故私にとって____することは重要なのか」という問いに答えることで、主張の根拠を作っていきます。



    (参考記事)

    ◯文章を書くこと自体が苦手という人に

    文章の型稽古→穴埋めすれば誰でも書ける魔法の文章テンプレート


    これは書くことがとことん苦手な人のために書いた文章です→小学生から大人まで使える素敵な方法



    ◯わかりやすく誤解されない文章にするために

    驚くほど違う→あなたの文章を最適化するたった4つのルール



     

     少しでも文章を書いたことのある人なら誰でも、滑るように快調に書き進んでいた手がいつしか重くなり、そのうち行き詰まってしまった経験があるだろう。
     そして行き詰まったまま途中で放り出してしまった、未完結の文章がいくつもハードディスクの底に眠っている。
     まだ書き始めていない人が「何をどう書いたらいいのか分からない」というのは、まだ分かる。
     けれど、さっきまで散々書いていた人が、「何をどう書いたらいいのか分からない」状態に陥るのはどうしてか?

     初期の知覚研究が錯覚を研究対象にしたように、あるいは誤答の研究が問題解決の重要な部分を明らかにしたように、「書けない」ことの分析は「書くこと」の本質のようなものに光を当てるかもしれない。

     正解かどうか分からないが、答えの一つはこうだ。



    内なる仮想の読み手

     我々が何か書いているとき、話すときなどと違って、受け手がいま目の前にいる訳ではない。
     つまり話すことと違って、受け手(聞き手)からのリアルタイムの反応を受け取り、それによって何をどのように話すのかについて不断に調整する、といったことができない。
     フィードバックを受け取るために、書き手は、自分の中に仮想の読み手をつくり上げる。
     仮想の読み手は、書き手の内にいるが、機能的には書き手から一応独立している(仮想の読み手は、書き手の言いなりにならない)。
     書き手は、多くは無意識に、自分の内の仮想の読み手の反応を受け取って、何をどのように書くのかを、不断に調整していく。
     これが我々が執筆している間に生じていることである。

     仮想の読み手から得られるのは、多くはネガティブなフィードバックだ。
     「そっちじゃない」「それ、やりすぎ」「そんなのでほんとにいいの?」という否定的な反応があるからこそ、我々が書く文章は、そうひどくは道を踏み外さなくて済む。

     書き手自身の言いなりにならない仮想の読み手を構築するために、書き手は自分以外の言葉や思考や論理やルールや価値観、あるべき理想などを素材としてかき集める。
     仮想の読み手からのフィードバックのおかげで、書くことは真っ暗闇の中をデタラメに走り回るようにはならない。
     書いたものは支離滅裂でなく、完璧ではないにしてもいくらかのまとまりを持ったものになる。

    writeread in the brain

     仮想の読み手は、大げさに言えば、書き手の内側に仮構された社会だ

    あるいは、社会とは、内側に〈仮構された社会〉を持つ人たちによって/彼らのやりとりを通して、構築され維持されるのだと言ってもいい。

     そして、誰でもない仮想の読み手に読まれるように書くからこそ、そうして書かれた文章は不特定多数の読み手に対して開かれたものとなる。
     書き手以外の人にも、書き手がまだ知らない誰かにも、読むことができるものになる(可能性を持つ)。
     書いたものがただ物理的に存続するだけでは、書き言葉は集団や共同体や時代を越えて広がる可能性を持たなかっただろう。
     
     仮想の読み手が、書き手の言いなりにならないことは不可欠なことだが、しかし、良いことばかりではない。

     あなたの心の何処かから浮かび上がる、文章に対する自己否定的な思考や感情はもちろん、言いなりにならない仮想の読み手から生じてくる。
     「小学生向きの小説の書き方」で紹介した、書き手を苦しめ、その自由を奪い、最後には書けなくしてしまう「内なる編集者」もまた、この仮想の読み手の別名なのだ。





    書くことは何故苦しいのか?

     書くことは何故かくも苦しいのか?
     それは、書くことが半ば必然的に自己を分裂させるからだ。

     書く際に、前に進む力も、それを留める力も、我々の内側から生じてくる。
     一方向の情動ならば、我々を翻弄するにしても、我々をかくも激しく引き裂いたりはしない。
     互いに背き合う力が、書くことには必要だ。

     しかし、その力はしばしば、書くことに対して破壊的に作用する。
     書き手を苦しめ、書く手と心に鎖をかけ、すでに書き終えられたものすら廃棄させたりもする。

     事が書くことの本質に根ざすのであれば、回避することはできないのだろうか。
     イエス。
     しかし我々は何もできない訳ではない。


    ではどうすればいいか?

    (1)受け入れる

     一番手っ取り早く効果が高いのが(人気はイマイチだろうが)、仕方がないと受け入れることだ。

     実は、先程までの長い前口上は、そのために(何も失わないという意味で都合の良い解決策を断念するために)書かれている。

     書くことが要請する自我の分裂は〈仕様〉だと認めることは、あまりなぐさめにはならないが、皆が同じ状況にいることを気づかせてくれる助けにはなる
     そして、痛みに必要以上の関心を払うならば楽しむ機会をいくらか失ってしまうだろうということを、思い出させてもくれる。

    自分が本当に凡庸であると認めることは、思った以上に難しい。

     苦痛は決してゼロにはならない。
     が、それが何故かを知ることは、少しは苦痛を耐えられるものにする。
     本当に苦しいのは、苦痛そのものではなく、苦痛が無意味であることだから。

     加えて、ひとつ良い知らせがある。
     このブログでも繰り返し(こことかここで)書いてきたように、不安や恐怖などの悪感情は、回避すればするほど悪化増強する性質がある。
     苦痛を受け入れることは、その反対の結果を生む。すなわち、それ以上ひどくならないという効果が得られる。


     以下に続く、長くないリストの方法は、苦痛を回避するために常用すると逆効果であるという認識を、利用の前提とする。
     
     
    (2)象徴的に殺す

     前に小学生向きの小説入門を書いた時は、こうした書くことについてのダークサイドについては触れずに済ませた。
     過保護で気の利かない、悪い意味での大人的な気遣いだったと思う。
     代わりに内なる編集者を象徴的に殺す儀式を置いた。
     概して、子供は大人より「ごっこ遊び」が得意で、本気で打ち込める。

     これは科学というより呪術に属するアプローチだが、呪術の本質を理解すれば、その効果は予測できる。
     呪術が扱うのは、融通無碍で様々に定義し直せる《状況》という奴である。
     状況を定義し直すことで、事実それ自体は変わらなくても、事実の意味は変わる。

     再録しよう。

     君のなかの編集者を追いだそう

     君が書いたものに、下手だとか、クソだとか、いろいろ言ってくる奴がいるだろう?
     そう、君の心のなかにいる奴だ。

     そいつは男だろうか、女だろうか? 若い?年寄り? 何を着て、どんな顔をしてる?
     姿を想像して、下の箱の中になるべく詳しく描いてみよう。

    InnerEditor.png

     描けた?
     そしたら、切り抜いて4つに畳んで、タンスの奥か、洗濯かごの底か、机の下の引き出しに突っ込むか、なんなら君のペットの犬小屋に預けてしまおう。
     さあ、これでもう、君が書くのを邪魔する奴はいない。



     バカみたいだが、強すぎる「内なる編集者」の力を、一時的にだが弱める効果がある。
     書けなくなっている人が書き始めるには、それで十分なことも多い。
     ポイントは、クソ真面目に本気で取り組むこと。時間は数分もかからない。



    (3)速さで振り切る

     反省的思考は、認知的リソースを消耗するから、それほど素早くはない。
     
     以前、紹介した以下の方法は、内なる仮想の読み手を一時的にであれ置き去りにするアプローチである。



     ポイントは、制限時間を設けることである。

     これも再録しよう。



    (1)このワークに取り組む時間を決める

     1セット15分とか20分でやってみる。
     もっとやりたくなったら、もう1セット繰り返せばいい。

     
    (2)タイマーをセット

     紙(ノート)と筆記具、あるいはパソコンとテキストエディタなど書くために必要なものを準備する。それからタイマーを自分で決めた時間でセットする。


    (3)タイマーが鳴るまで書き続ける

     スタート。自分が決めた時間が過ぎるまで、何でもいいから、とにかく書き続ける。
     
     手を止めてはならない。読み返してはならない。消すなんてもってのほか。
     
     言うまでもないが、書き誤りや句読点や文法、改行や段落なんて気にしない。漢字が出てこないならひらがなでもカタカナでいい。レイアウトなんか犬に食わせてしまえ。

     しつこく言うが、文章を評価するあらゆる基準を無視すること。
     パクリ、月並み(クリシュ)でどこが悪い。
     筋道立てる必要だってない。さっき書いたことと、今加工としていることが、いやそれどころか主語と述語がチグハグだって、単語の繰り返しだって構わない。
     〈自己満足〉なんて僥倖(すごいラッキー)は期待するな。不満足のまま進め。
     っていうか考えるな。ひたすら言葉を吐き出すのだ。
     

    (4)もうだめだ、書くことがない、となったら

    「もうだめだ、もう書くことがない」と書け。なんでこんなことしなきゃならないんだ、と思ったら、そう書け。とにかくタイマーが鳴るまで手を動かせ。


    (5)ヤバイところに突き当たったら

     怖い考えやヤバイ感情に突き当たったら(高い確率でそうなる)、「ようやくおいでなすった」と思って、まっすぐ飛びつけ。少なくとも書こうとせよ。
     おそらくは、それが書くことを邪魔してるメンタル・ブロック(か、それにつながるもの)である。
     同時にそれは、どこかで聞いてきたようなお行儀のいいコトバ以上(以外)を書くためのエネルギーの源泉になる。




    (4)思考を離れ感覚にもどる

     手の動きが止まり、指先から生まれる言葉より、頭の中をぐるぐる回る言葉が上回りだしたら、それをねじ伏せようと頭がヒートアップしてますます訳が分からなくなるなったら、スイッチを切り替えるために感覚に戻る手がある。
     
    ・涼やかな音がする小さな鐘を用意しておいて、その音に耳をすませる
    ・もふもふしたものを両手の中につつんで、もふもふする
    ・匂い袋を用意しておいて、匂いをかぐ

     そうして文章に戻る際にも、感覚器官が受け取った刺激を言葉に変換する一種の機械になったつもりで、言葉をしばらく出力していく(不要なら後で消せばいい)。
     自分の内側に言葉を探すのでなく、刺激を言葉に逐語変換するような感じで。

     慣れると、外部の刺激なしにも〈感覚器官モード〉に切り替えられるようになる。



    (5)アクターを増やす
     
     書き手としてのあなた v.s. 内なる仮想の読み手

    という1対1の関係が煮詰まる原因だとすれば、そしてどちらも取り除く事ができないのだとすれば、関係を変えるためにできるのは、減らすより増やすアプローチということになる。
     事態はよりややこしくなるので、書くために使える認知リソースが余分に消費される欠点があるが、しかし場合によってはデッドロックを回避する妙手になる可能性がある。
     

    (a)特定の読者を想定する
     ある意味、伝統的に活用されているアプローチである。
     不特定多数のまだ見ぬ読者を代替するのが〈内なる仮想の読み手〉だとすれば、ひとつの方法は、特定の読者を想定してその相手に向けて書くことである。特定の読者を味方につければ、〈内なる仮想の読み手〉からネガティブな反応が返ってきても「いや、こういうのが〈特定の読者〉は好きなんだ」「こういうのを求めてるのだ」と反論できる。
     利点はそのまま欠点にもなり、うまく扱えなければ、〈内なる仮想の読み手〉と〈特定の読者〉がタッグを組んで、書き手のあなたを責めさいなむこともあり得る。

    (b)架空の書き手を導入する
     読み手でなく書き手の方を増やすアプローチである。
     例えば誰か特定の人物のゴーストライターをやっているという想定で文章を書く。
     稚戯のようだが、本当のあなたなら書かない(〈内なる仮想の読み手〉が許さない)ようなことも書くことができるのに気付くだろう。
     これもまた文学では伝統的なやり口である。


    (参考文献)
     
    〈内なる仮想の読み手〉というアイデアは、岡本夏木『ことばと発達』やG.H.ミード『精神・自我・社会』を参考にした。

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    時間がない人のための要約

    ・長い文章を書くにはアウトラインプロセッサが便利

    ・アウトラインプロセッサは、
    (a)文章の論理構造
    (b)(執筆中に直面する)文章の複雑さ・長さ
    の両方を、書き手が随時コントロールしながら執筆するための道具


    ・アウトラインプロセッサを使うと〈今できるところから〉書くスタイルがとりやすい

    ・《発想》《構成》《剪定》の作業を分けると効率が良い




    まず、

    ・何故この世界にアウトラインプロセッサなんてものが存在するのか

    そして

    ・アウトラインプロセッサが何をもたらすのか

    について解説し、その後、

    ・アウトラインプロセッサを使って書く実際の作業プロセス

    の一方法について説明する。



    アウトラインプロセッサとは?


     辞書的に言えば、アウトラインプロセッサとは、文章の構成(アウトライン)の組立てや章・節の構成・変更を容易にする機能を備えた文書作成支援ソフトウェアである。
     英語ではoutlinerという呼称が一般的である。

     以下ではまず、アウトラインプロセッサならば必ず登載されている基本機能について説明しよう。

    ※以下の説明はアウトラインプロセッサ機能を持ったテキストエディタやワープロソフトにも当てはまる
     

     
    章や節や段落などを階層化されたブロックとして扱える


     アウトラインプロセッサでは、インデント(字下げ)を使って、文章の部分部分をひとかたまりのブロックとして扱い、ブロック同士を階層化できる。
     例えば、章タイトルのブロックに下位項目としていくつかの節タイトルを従属させたり、節タイトルに下位項目としていくつかの段落を従属させることができる。

     下の3つの例で囲まれているものは皆ブロックである。

    block3.png


     下の例で「構成を考えることから文章書きに着手するのに便利」という項目には、

    ・元々、アウトラインプロセッサはこのためのもの
    ・(ある程度以上の長さの文章だと)最初から最後まで止まらず迷わず書き抜ける人はあまりいない
    ・既存の構成(フォーマット)を選択し採用することも含めて
    ・構成(アウトライン)は、文章(文)レベルでなく、単語レベルで作成可能
    ・書きたいことと書くべきことのバランス

    という5つの下位項目が従属している。

    block2.png


    下の例で、「アウトラインプロセッサを使うメリット」という項目には、
    ・構成を考えることから文章書きに着手するのに便利
    ・発想と構成の作業を分離できる
    ・(総じて)常に〈今できるところ〉から文章書きの作業に着手/再開できるよう支援するソフトウェア

    という3つの下位項目と、それらに従属する更に下位レベルの項目が、従属している。

    block1.png


     こうして文章の階層構造を持ったブロックの集まりとして扱うことが、アウトラインプロセッサとこれを用いた文章作成の中核である。
     
     そのため、アウトラインプロセッサでは、インデント(字下げ)で階層構造化したブロックごとに以下のような操作ができる。

    ブロックごとに表示したり隠したりできる

     このご利益は、文章の構造(アウトライン)だけをみたり、細部を表示したりできること

     例)各章の見出しだけを表示して、全体構造を見る

       outline-toplevel.png


     例)ある節だけ細部まで展開して、現在検討中の範囲(だけ)を表示する
     
       outline-detail.png

     

     この機能によって、長く複雑な文章のうち、必要に応じて現在検討中の範囲やレベル(だけ)を表示し編集することができる。
     言い換えれば、複雑で長い文章を書く際、執筆者が取り扱える限度に、常に複雑さや長さをコントロールできる訳である。



    ブロック単位での編集が容易


     普通のテキストエディタやワープロの文書編集機能に加えて、ブロック単位でのコピー・移動・階層移動が行える。

     ブロック単位で階層レベルを上下に変更

    例)章を節に格下げ、節を章に格上げ

     ブロック単位で位置(前後)を入れ替え、移動

    例)1章の中にある節を、その中にある段落ごと、別の章に移動する

     ブロック単位でのコピー

    例)ある章を、その中にある節・段落ごとコピーする



    アウトラインプロセッサを使うメリット


     では、こうしたアウトラインプロセッサの機能は文章作成に何をもたらすだろうか?


    構成(アウトライン)先行の文章作成

     その名が予告しているとおり、アウトラインプロセッサは、構成(アウトライン)を考えることからはじめる文章作成をサポートするものである。
     
     ある程度以上の長さの文章だと、最初から最後まで止まらず迷わず書き抜ける人はそう多くない。
     行き当たりばったりの文章作成は書きなれた人にとっても危険が多い。
     何を書いていいのか分からなくなって行き詰まり、何を書いているのか分からなくなって踏み迷う。
     加えて必要に迫られての文章作成は、制限事項や必要事項がほぼ必ず着いてまわり、おまけに締切りが追ってくる。
     
     制限事項を守り、必要事項を盛り込み、締切りに間に合うよう速く、しかも少しでも楽に書くためには、既存の構成(フォーマット)を選択し採用することも含めて、まず文章のまず構成(アウトライン)を考えた方がよい。
     構成づくり自体は、最初から完成形の文章を書き始めることに比べれば、はるかに時間も労力も少なくて済む。
     というのも、構成(アウトライン)づくり自体は、文章(や文)を書かなくても、単語・フレーズのレベルで可能である。
     むしろ短い言葉で書いた方が、入替えや並べ替えがしやすく、ああでもないこうでもないと構成をいじりやすい。
     短く言葉でコンパクトに書くことで全体を一目で見る(一望する)ことが容易になる(アウトラインプロセッサのブロック単位の表示・隠し機能もこの一望性に貢献する)。
     また単語レベルで構成を考えると、つなぎ言葉など前後の文脈を規定する言葉は除かれ、位置・階層レベルを変えるだけで各項目の関係を組み直せる。
     文章作成の他の作業から構成づくりを取り出すことで、構成の作成・変更の作業を軽くし、文章作成全体の作業を軽減することになる。


    文章構成の一望化
     
     アウトラインプロセッサを使うことは、単に構成づくりの作業の分離を促すだけではない。
     文章作成の全過程で、文章の構成を念頭において作業することが容易になる。
     ブロック単位での表示・隠し機能を使うことで、全体の構成を俯瞰したり、細部に集中したりといった切替えが自在にできる(文章のズームアウト/クローズアップ)ので、《過度の複雑さのために構成》の作業が混乱・停滞する危険を減らす。
     またインデントにより構造化しつつ書くことになるので、常に何が文章の幹であり何が枝であるかが明確であり、また明確化することを求められる。すなわち文章の論理構造を自覚的に取り扱うことになり、そのトレーニングにもなる(俗っぽく言えばアタマが良くなる)。

     アウトラインプロセッサを使うことで、構成づくりの作業のはじめからおしまいまで、論旨の迷走や構成の破綻が起こりにくくし、起こった場合にも修正ができるだけ容易にできるように支援する。
     

    発想と構成の分離

     文章作成の他の作業から構成づくりを取り出したように、アウトラインプロセッサの使用は、発想と構成の作業を分離することを助ける。
     この二つを分離すべき理由は次の通りである。
     発想(思いつき)を促進するためには、できるだけ制約条件を外し、判断すること・結論を出すことを控えるべきである。
     構成はこれとは逆に、たとえば章・節・段落・文の包括(上下)関係や前後関係などを制約条件として、考慮に入れておこなわざるを得ない。文章の各部分は互いに依存し合い制約し合うから、このことは必然である。
     正反対の志向を持つ2種類の作業は、できれば分離して行った方が互いに邪魔し合う弊害が減じる。
     アウトラインプロセッサによる文章作成では、順序や階層レベルの変更を簡単にブロック単位でできることから、まず思いつくだけ書き出す(発想の作業)、しかる後、並べかえる(構成の作業)ことに専念する、といった作業の分離が行いやすい。
     後で見るように、本記事でも、そうした使い方を推奨する。
     

    〈今できるところ〉から着手する

     さらにもう一つ、アウトラインプロセッサは、人を最初から順番に書くことから解放し、〈今できるところ〉から文章書きの作業に着手/再開することを支援する。
     最初に全体の構成を考えて書くこと自体、文章を順番に書くことからの逸脱だったが※、文章を構成する部分を発想することも、それを並べ替えて構成をつくることも、粗い構成を細分化していくことも、それらを最終的に文章化することも、どれも文章の順序どおりに行う必要はない。

    ※建物を建てる際、北西角の一角を完成させてから他の部分を建て始める、といったことはしない。基礎全体を作り、土台を敷き、柱などの建方へと作業は進んでいく。構成を考えてから文章作成をはじめることは、これに比較できる。
     
     アウトラインプロセッサを使った文章作成では、文章の構成要素を階層化されたブロックとして扱うといったが、その階層はいつでも並べ替え・組替えが可能であり、また容易である。あとでいくらでも順番を変えることができるものして文章を書いていくのだから、「最初から順番に書く」ことに拘泥するのは無意味である。
     また、最初に全体構造を組み立てることから始めたが、アウトラインプロセッサを使っていれば、どれだけ書き進んでも最上位の章立てレベル以外を隠して、全体構造が一望できたところにいつでも何度でも戻ることできる。
     自分が書き出した込み入った文章に言葉のジャングルか迷路のように迷いだしたら、いつでも上空から迷路全体を俯瞰することだってできる。
     つまるところ、すでに大まかな構成はできているのだから(そして大まかな構成をやり直すことだっていつでもできるのだから)、好きなところ書きやすいところから書いていっても、どこにも行き着かず迷走することはない。
     
     
     以上が、何故この世界にアウトラインプロセッサなんてものが存在するのか、そしてアウトラインプロセッサが何をもたらすのかについて述べた一般論である。
     以下では、実際はどんな風にアウトラインプロセッサを使っているかを紹介するが、あくまで一個人の使い方なのでクセや偏りがあるはずなので、補完するために上記の一般論を先に置いた。




    アウトラインプロセッサを使った文章作成のプロセス


     アウトラインプロセッサを使ったは、次の三つのパートに分かれる。
     1.アウトラインづくり、2.アウトラインの剪定、3.文章化

     実際は、この3つを行ったり来たりすることになる(長い文章ほど往復する回数は多くなる。今回の文章程度だと2往復くらい)。
     


    1.アウトラインづくり


     アウトラインづくりは、基本的にトップダウンの作業となる。
     まず全体の構成をつくり、それを細分化・詳細化していくことで、アウトラインを成長させていく。
     
    (1)最上位レベル


    (a)既存のフォーマットの選択・採用


     最上位レベルの構成は、文章のジャンルや分野にある既存のフォーマットを使うことが多い。
     理由には、書き手側の利益だけでなく、読み手の利益も含まれる。すなわち、

    ・すぐ取り掛かれる(何から書き始めるのか迷わなくて済む)

    ・安定した効果を期待できる

    ・読み手の想定を裏切らず読みやすい


     逆に言えば、読み手の想定を裏切る必要のある文章を書く場合は、その限りでないことになる。
     しかし実際は、物語のようなものでも、最上位レベルに関しては、既存のフォーマットにしたがっていることが多い。
     
     先に述べたように、アウトラインはいつでも、どんなレベルでも変更可能だから、後で変えることになったとしても、最初は既存のフォーマットからスタートする手もある。
     
     過去記事で、文章の種類やジャンルごとに既存フォーマットについて述べたものは、以下の通りである。参考にされたし。


    ・実用文のフォーマット




    ・論文のフォーマット




    ・手紙文のフォーマット




    ・読書感想文のフォーマット




    ・物語のフォーマット
     




    (b)書きたいことと書くべきことを箇条書きする


     しかし既存のフォーマットは汎用であるために中身がない。
     様々なことに用いることができるよう、わざと空白にしてある。
     
     したがって、既存のフォーマットを使うにしろ使わないにしろ、何を書こうとするのか、書き手であるあなたが決めなくてはならない。
     そして、○○について書こうと決めたら、今度はそのためにどんなことを書かなくてはならないかについても考えなくてはならない。
     書きたいこと(want to write:WTW)と書くべきこと(need to write:NTW)は、アウトラインの必須項目である。
     既存のフォーマットは文章のおおまかな順序や構造を与えてくれるだけでなく、空白を書き手に差し出すことで、書きたいこと(WTW)と書くべきこと(NTW)を呼び出す呼び水となるものである。
     
     《発想》と《構成》の作業を分けて行う基本ルールに従って、まずは書きたいこと(WTW)と書くべきこと(NTW)を、思いつく限り書き出してみよう。
     長い文で書いてしまうと取り回しが悪い。
     この段階では、やや言葉足らずでかまわないから、単語かフレーズの形で思いつきを書き並べていく。もちろん順序は問わない。

     書きたいこと(WTW)と書くべきこと(NTW)以外に浮かんできたものも、とにかく書き出そう。
     現時点で不明なこと、書くに当たっての懸念、その他、書くべきでないことや、とくに書く必要でないことも出てくるに違いない。
     にごった井戸を澄んだ水が出てくるまで汲み上げるようなもので、無駄に思えるものを外に出した後に、採用すべき思いつきが出てくることも少なくない。
     
     書き出せるだけだしたら、軽く分類するなり、既存のフォーマットに当てはめるなりすれば、スタート地点としての最上位レベルのアウトラインは、とりあえずできたことになる。
     
     なお、不要にみえる項目も削除せず、(ゴミ箱)という項目をつくってその下位項目として移動しておくことをお勧めする。
     最終稿の中に生かされなくても(そして一見まぬけに見えても)、こうしたジャンク項目はひそかに書き手の知性と動機付けの水位を上げてくれているのだ。
     
     
     では、次の細分化の作業に入っていこう。


    (2)細分化の作業


     ここまで着たら、大まかな項目が箇条書きとして並んでいるはずである。
     これ以降、それぞれの項目を細分化・詳細化していくことで、アウトラインを成長させていく。
     
     大原則は〈今できるところから〉行うである。
     詳細化は、項目によって難易の差が大きい。向こう見ずに最難関から突破しようとせず、最も取り組みやすそうなところから手をつけることを勧める。
     
     細分化・詳細化には、今の時点では抽象的に、あるいはぼんやりとしか分かっていない/考えていない事項について、より詳しく何であるのか(あるべきか)を突き止め、議論を詳細化し深めていく必要がある。
     
     具体的には、それぞれの項目について、自問自答を行っていくことになる。
     つまり、いま詳細化しようとしている項目を「問い」として捉えて、その答えを、下位項目として追加していくのである。
     そうしてでてきた下位項目についても問答を行い、さらに下位項目を追加していく。
     この繰り返しでアウトラインの細分化を行っていく。
     
     どのような問答を行うべきかは、書いている文章やアウトラインの段階によって様々だが、よく使われる問いを並べてみると以下のようになる。

     ・「~とは何か?」-本質:定義を導く
     ・「言い換えると?」-説明・言い換えを導く
     ・「具体的には?」-説明・事例を導く
     ・「どんな例があるか?」-例示を導く
     ・「何故そう言えるのか?」-根拠を導く
     ・「その後は?」ー帰結・結果を導く

     作業の進め方は、最上位レベルでやったのと同様、《発想》と《構成》の作業をを分けて行うのがいい。

     まず《発想》の作業では、ここでも思いつく限りとにかく書き出していく。
     導きの問いを参考に、今のアウトラインの各項目に問いを投げかけ、あるいは問いの形にして、答えらしきものが浮かぶ限り書き出す。
     先に言ったとおり、無関係くさいものも、同考えてもハズレな答えも、とにかく書き出してしまった方がいい。
     うまい答えが出ないからと止まってしまうと、自分の中の検閲官に追いつかれてしまい、効率は落ちてしまう。
     そうした自己検閲をなるべく避けるために、《発想》と《構成》の作業を分けるのである。
     
     問答の答えを書き出し終えたら、《構成》の作業として、新たに書き並んだ下位項目をしかるべき順に並べ替え、不要な項目を削除せずゴミ箱項目に移し、作業中に他にも必要な項目が思い浮かべば追加していく。

     
     細分化は、今述べたように、何重にも繰り返す必要がある。
     一通りやり終えた後に、最初に手をつけた項目を見直すと、さらに細分化を続ける必要に気付くことがある。
     詳細化する過程で、書き手の理解が進み思考が深まったのである。
     
     言うまでもなく、この細分化の作業が、アウトラインづくりの中心であり、最も時間がかかるところである。
     


    2.アウトラインの剪定


    (1)アウトラインづくりは必ず行き詰る


     アウトラインづくりは、基本的にトップダウン、全体構成から細部へ進む作業になるが、そうそう一直線に下っていけば完成するものではない。
     
     大抵の場合、アウトラインが詳細になっていくと、どこかで行き詰ってしまい先に進まなくなる。
     たとえばいくつもの筋や要素が入り組んで見通しが極めて悪くなったり、本筋が何であるかが見えにくくなる。
     
     また手がける文章が長ければ長いほど、細部が出来上がってくると、最初に決めた全体構成のところどころに不整合や改善点が見えてくる事が多い。
     全体構成を決めたときには、文章を構成する細かい要素の隅々まで念頭において考えられた訳ではない。アウトラインを細分化する中で素材や構成と格闘しているうちに、そうした細部が持つ意味が見えてきたり、他の要素とのつながりが発見できることは少なくない。
     最初は必須に思えた要素がそれほど重要ではなくなくなったり、繰り返しが過ぎてうるさく感じるようになったり、不要部分や重複部分も目に付いてくる。
     もちろんすべての重複部分や不要部分を取り除けば済む訳ではない。冗長性のない文章は、踊り場のない階段のようなもので、読みづらく、かえって伝えるべきものを伝えにくくなる。
     
     重要なのは、この行き詰まりは、最初の目論見が甘かったことだけから生じているのではないことだ。
     今のあなたは、かつてのあなたと同じではない。あなたの知力は、このアウトラインに取っ組み合うわずかの間に、いくらか成長したのだ。だからこそ弱点に目が行き、改善すべき点に意識が向く。

     書くことは気付きを生む。
     人は理解したことを書くばかりでなく、理解するためにも書く。
     あるいは最初の理解を乗り越えるために書くのだとも言える。
     そうでなければ、今も書かれている多くの見返りのない文章は書かれぬままだっただろう。
     だから、これは良い徴候だ。つまり、ようやく本当に頭で考えることができる段階に来たということだから。
     
     細分化を進めてアウトラインが育ち切ったら(そしてアウトラインの繁茂が道をふさぎ出したら)、全体を見直す機会である。
     
     
    (2)剪定の作業


     樹木の剪定とは異なり、アウトラインの剪定は、取り除くだけではなく増補する必要も同じくらいある(アウトラインは樹木とは違い自力では成長しない)。
     それでもあえて剪定の比喩を使うのは、木の枝葉に近づきハサミを使った後、木から離れて全体像を見ることで成果を確認する、という作業が、ここでのアウトラインを整える作業に似ているからである。
     削除したり増補したりした後、その成果を評価するには、より広い範囲を見ながら行わなければならない。
     つまりアウトラインを整理する作業は、より上位の項目のレベルや全体構成のレベルにまで、繰り返し戻って確かめることが必要になる。
     
     上位レベルを参照しながら、次のようなことを確認する。
    論理的に破綻してないか?

    前後関係に問題はないか(まだ出てこない事項を参照したり前提にしていないか)?

    重複した部分はないか?→あればどれを生かすべきか?一方を「何章を参照せよ」にするか?複数生かすなら表現を変えるか?

    不要な部分はないか?→省略できないか?本文ではなく注記に回すか?


     こうしたことを確認しながら、アウトラインに対して移動と除去と追加を行っていく。

     
    (3)大きな変更が必要な場合


     部分的な手直しでは足りず、章立ての順序を入れ替えたり、一つの章を分割したり、また複数の章を合体したり、と大きく構成を変える必要が出てくるかもしれない。
     書かれている内容が同じでも、構成が変わると(順序の変更のようなものですらも)、文章はまるで異なったものになる。
     今まで手を掛けて育ててきたアウトラインほど、下手に手を入れたら台無しになりはしないか、と手を出しづらくなる。
     
     対策はいろいろあるが、一番簡易なのは、先のバージョンのアウトラインはまるごと残しておくことだ。
     こうしておけば、安心していくらでもいじり回すことができる。
     いじり倒してうまく行かなかったら、うまくいかなかったバージョンとして、それも残しておく。
     
     最終的にボツになるアウトラインにも、後で役立つヒントが含まれることがある。
     失敗をもたらした大胆な改造は、少なくともその時点では、少なくとも意図においては、採用すべきものがあったはずである。それを消してしまっては、心理的に、その良き意図ごと捨ててしまうことになる。
     失敗バージョンを残しておいた方が、あとでその意図をもっとうまく実現する成功バージョンが生まれやすい。
     
     
    (4)煮詰まったら違うフォーマットに変換してみる


     アウトラインプロセッサは、基本的にコンピュータの上で文書作成が完結するように作られたツールである。
     しかしユーザーはそれに縛られる必要はない。
     作業途中の文章がコンピュータの中にあるとつい忘れがちだが、ひどく行き詰ったら、あるいはいろいろ改変を試みてもうまくいかなかったら、手をつかって紙に構成を書き出してみるだけでも、思わぬ展望が開けたりする。
     箇条書きでもいいし、項目同士を線で結んでチャート化してもいい。表にまとめてみるのもいい。
     あるいは音声言語を使って誰かに概要を説明してみるのもよい。
     
     

    3.文章化の作業


     細分化と剪定を経て、アウトラインが十分に熟したら、単語レベルから完全な文・文章のレベルへ移行する段階である(実際は締切りが迫るとか外的な要因に促されて、文章化に進むことが多いが)。
     
     
     ここでも〈今できるところから〉着手する原則に従う。
     つまりアウトラインの文章化もまた、取り組みやすそうなところから、どんどん作業をしていい。最初からでなくてもかまわない。
     
     いきなり最終稿を作ろうとするより、ドラフト(下書き)のそのまたドラフト(下書き)を書くぐらいの感じで進めた方がスムーズに進み、手直しも案外少なくて済む。
     
     詳細化の作業がそうだったように、文章化してみることで、改めてアウトラインの過不足や順序の問題に気付くことも多い。
     つまり文章化を進めるうちに構成を変える必要はどうしても出てくる。
     丁寧にやるなら、1.アウトラインづくり や 2.アウトラインの剪定の段階にまで戻ってやり直すべきである。つまり《発想》《構成》《剪定》の作業をもう一度行うことになる。この章の最初に述べた「この3つを行ったり来たりすることになる」とは、このことである。
     大規模に変更する場合は特に、やり直した方が結局速く済む。