グレマスの行為者モデルは、あらゆる言述(discours)の根底にある意味作用を説明できることを企図していて、扱えるのは魔法昔話のような物語や神話だけではない。
行為者モデルの復習
行為者モデル Le modèle actantiel(行為者図式Le schéma actantiel)を知らないと始まらないので、簡単に復習しておく※。
※フランスの国語教育だと、コレージュ第1学年(日本の小学校6年生~中学3年生までの4年間が中等教育前期のコレージュに当たる)の教科書に登場する。
(参考)飯田伸二(2013)「教科書のなかのお伽話 : 国語教科書編集理念解明のためのノート」『Stella』32, pp.123-136, http://ci.nii.ac.jp/naid/120005372218
ロシアの魔法昔話を100話分析して魔法昔話を構成する要素として31の〈機能〉を抽出したプロップは、魔法昔話の登場人物を次の7つに類型化している。
1.加害者、2.贈与者、3.援助者、4.王と王女、5.委任者、6.主人公、7.ニセの主人公
グレマスの行為者モデル Le modèle actantielは、登場人物相互の相関関係に注視し、テニユールの統辞論やスーリオ『二十万の演劇状況』の演劇《機能》の目録を参照しつつ、プロップの7類型を整理しなおしたものである。
グレマス プロップ 送り手 王と委任者 対象 王女 受け手 主人公 援助者 援助者と贈与者 主体 主人公 敵対者 加害者とニセの主人公
構成要素の点から見ると、主人公が「主体」と「受け手」に分けられたことと、援助者と贈与者が「援助者」にまとめられた以外に違いはないが、重要なのは、グレマスが6つの行為者を次の3つの軸によって密接に関連付けている点である。
欲望の軸 Axe du vouloir (désir)
「主体」は「対象」を欲する
例:円卓の騎士は聖杯を求めて旅立つ
プロップがもたらした知見で最も重要なのは、魔法昔話の主人公がかならず何かを求めて行動する(探索の旅に出る)という指摘である。
主人公が求めるのは、たとえば竜によって奪われた王女であり、地下世界や地の果てに隠された魔法の宝である。
グレマスはこれを受け継ぎ、「主体」と「対象」の間に成立する関係、言い換えると、欲望するものと欲望されるものの間に成立する関係を、欲望の軸として行為者の図式Schéma actantielの中央に置く。
「主体」は普通、物語ではその主人公であり、「対象」は主人公が求め、手に入れようとするもの(宝とか愛とか)である。
伝達の軸 Axe de la transmission(communication)
「対象」は「送り手」から「受け手」へ向かう
「送り手」は「受け手」に「対象」を約束する
例:王様は姫を勇者に与える
(物語のはじめでそう約束し、
物語のおわりで約束は履行される)
プロップでは〈主人公〉という一人の登場人物であったがものが、グレマスが分けた「主体」と「受け手」に分けられている。
実は、プロップが分析した魔法昔話は、ほぼ例外なく「主体」と「受け手」が融合した、ある意味、特殊なジャンルなのである。
しかし「対象」を求める「主体」が、最後には必ず「対象」を受け取るとは限らない。
例えば、プロメテウス(という「主体」)は、火(という「対象」)を求めるが、彼はその火を人類に与える。つまり、このプロメテウスの物語では「受け手」は人類ということになる。
何故、この軸が伝達(transmission / communication)の軸と呼ばれるのか。
魔法昔話に戻ってこのことを考えよう。
たとえば、王様はただ気まぐれに姫を勇者に与えるのではない。事前に、王様は「竜によって奪われた王女を取り戻してきた者を王女の婿とする」と触れを出す。
勇者は名乗りを上げ、王様は上記のお触れを追認し、勇者が成功した場合のことを約束する。
冒険が終わり、成功を収めた勇者に対して、王様は約束を果たし、勇者は約束通りに姫を手に入れる。
つまり物語は、「送り手」(今の例では王様)と「受け手」(今の例では勇者)の間の、約束の締結で動き出し、約束の履行で終わる。この約束が、物語(世界)の枠組みを形作り、この枠組によって「主体」が「対象」を求める探索が、物語の中心に据えられるのである。
つまり「送り手」から「受け手」への受け渡し(transmission / communication)は、単なるモノの移動を意味するのではない。それは繰り返しなされるコミュニケーションであり、結び直されるコミットメントである。だからこそ物語世界に秩序と構造を与える。
能力の軸 Axe du pouvoir
「主体」は「補助者」に助けられ、「反対者」に邪魔される。
例:よい魔法使い(あるいはアイテム)が主人公を助ける
わるい魔法使いが主人公を邪魔する
魔法昔話では、勇者(=「主体」)の冒険(探索)は、よき魔法使いや魔法アイテムによる援助を得て進み、わるい魔法使いや様々な障害/試練によって邪魔されるだろう。
ところで「補助者」と「反対者」は両義的であり、魔法昔話でも、物語の最中でしばしば入れ替わりさえする。
というのも、何が〈助け〉であり〈邪魔〉であるかは、「対象」へ向かう「主体」の願望とのかかわり合いにおいて、益になる、あるいは害になると判断されるからである。
(出典)
Sémantique structurale (3e édition) A.J. Greimas
Amazonで詳しく見る
構造意味論―方法の探求 A.J. グレマス
Amazonで詳しく見る
今この邦訳は品薄だが、今回の話程度なら「行為項モデルに関する考察」(『構造意味論―方法の探求』邦訳p.223-251、これ以降「邦訳」と頁数で参照箇所を示す)で足りる。
復習を終えたら、物語の外へ赴こう。
哲学という探求(クエスト)
出発点として、グレマス自身が例に挙げている〈古典の世紀〔17-18世紀フランス〕の哲学者 〉※を取り上げてみる。
※邦訳p.234-5

魔法昔話で勇者に割り当てられた役割は、ここではもちろん〈哲学者〉に割り振られる。「主体」である〈哲学者〉は、「対象」である〈世界〉を(知ることを)欲している。
その探求の枠組みを与えるのは、「送り手」である〈神〉が「受け手」である〈人類〉に対して結ぶ約束である。すなわち「対象」である〈世界〉は、〈神〉によって送り出され、〈哲学者〉の探求の対象は、やがて〈人類〉が受け取ることが予定されている。
そうした「主体」である〈哲学者〉を助けるのは「補助者」である〈精神〉である。〈物質〉は西洋哲学の伝統的に〈精神〉に対立し、〈哲学者〉の認識を邪魔する「反対者」として扱われている。
つまるところ(古典の世紀の)哲学とは、「送り手」である〈神〉と「受け手」である〈人類〉がつくる枠組みの中で、「主体」である〈哲学者〉が、〈世界〉を「対象」として行うクエストである。
図式化というものはそういうものなのだが、分かりやすいことは分かりやすいけれど、実に身も蓋もないことになっている。
あらゆる言述を取り扱いたいとはいえ、ちょっとやり過ぎな感じもするが、そのおかげで似たようなものをいくつも思いつくことができる。
キリスト教の基本構造
たとえば、キリスト教について同様の図式を描いてみるなら、こんな感じになるだろう。

※夏目絵美(2001)「生命の契約:『マタイによる福音書』を読んで」を参考にした
「主体」である〈キリスト〉は、「送り手」である〈神〉にかわって、「受け手」である〈人類〉に、「対象」である〈永遠の生命〉を授ける。
ここで〈恩寵〉が「主体」を助ける「補助者」であり、〈罪〉が「主体」を邪魔する「反対者」である。
細かい要素を剥ぎとってしまったので、先に触れた哲学者の探求が、焼き直しのように、キリスト教の基本構造と重なり合うのを見ることができる。
〈恩寵〉を〈精神〉に、〈罪〉を〈物質〉に、置き換えることはさほど抵抗感をおぼえる作業ではない。
「対象」である〈永遠の生命〉が、つまるところ〈救済の教え〉に他ならないことを思い出せば、哲学者が目指す〈世界の認識〉との間に、違いよりむしろ同型性が見て取れる。
マルクス主義のめざすもの
これもグレマスがやっているものだが※、マルクス主義についての図式を並べてみるとこうなる。
※邦訳 p.235

「送り手」は彼岸に住まう超越者ではなく、人の織りなす〈歴史〉である。ただし図像化にあたっては、ギリシア神話に登場する文芸の女神ムーサたちの1人、「英雄詩」と「歴史」を司るクリオΚλειώ, Kleiōを用いた。
「送り手」である〈歴史〉が、「受け手」である〈人類〉に約束するのは〈階級のない社会〉であり、「主体」である〈人間〉(図像化にあたっては直截に〈革命家〉のイメージを使った)は、この〈階級のない社会〉を「対象〉として求める。
もちろん「補助者」は〈労働者階級〉、「反対者」は〈ブルジョワ階級〉である。
ビジネスプランの図式
グレマスはさらに、ビジネスプランを語る投資家へのインタビューを素材に、次のような図式を挙げている※。
※邦訳 p.238

「主体」である〈投資家〉の投資行動に前提を与えるのは、契約の自由など経済活動を支える経済制度である、これが「送り手」となる。
少し興味深いのは、魔法昔話の〈勇者〉とちがって、(少なくとも自己陳述のなかでは)〈投資家〉は「主体」と「受け手」を兼ねない。つまり〈勇者〉は求めた〈財宝〉や〈姫〉を自分のものにするのに、〈投資家〉は求める「対象」の最終的な受け取り手ではない、と主張する。
〈投資家〉によれば、「受け手」は〈企業〉自身であり、〈企業〉が受け取るもの、そして「主体」である〈投資家〉が求める「対象」は、企業が存続し将来にわたって(無期限に)事業を継続していくことそのもの、だという。
つまり、「主体」と「受け手」が融合していた魔法昔話と違って、ここでは「対象」と「受け手」が融合しているのである。
投資行動に対する「補助者」は、当然ながら投資に先立って行われる各種の調査であろう。
これに対してグレマスが挙げる例では、「反対者」には何故だか〈科学技術の発展〉が現れる。
「主体」を挟んで、対立する「補助者」と「反対者」の関係を念頭に置いて考えると、次のように理解できるかもしれない。
調査は、投資対象とすべきある企業の、他のライバル企業に対する優位性(強み)を探し当てるだろう。こうして調査は、投資家の助けとなる(「補助者」)。
対して、〈科学技術の発展〉は社会全体のレベルで生じ、一企業から見れば優位性の前提の変更、(そのまま有効な対応ができなければ)優位性の陳腐化・喪失につながる。それ故、調査が見つけ出した投資機会を押し流すものになり得る(「反対者」)。
科学研究という営み
いくつかの図式を見てきたので、自然科学研究について同様の図式を描くことはさほど難しくはない。

科学研究とは、〈自然〉という送り手と〈科学者コミュニティ〉という受け手が創りだす枠組みの中で、〈科学者(科学研究者)〉という主体が、〈発見〉という対象を目指すクエストである。
哲学者のクエストを祖型としているが(自然というテキストを通じて神の存在を読み解こうとする、自然哲学を源流とするので当然である)、科学を科学たらしめているのは、何を求めるか(その「対象」)ではなく、どのように求めるかによる。つまり〈科学的方法論〉である。
〈科学的方法論〉は、科学者のクエストを、科学研究を助ける「補助者」であるが、その出処は〈科学者コミュニティ〉である。
実際には、〈科学者コミュニティ〉への新規参加者が〈科学者コミュニティ〉の中で揉まれる中で科学研究に必要な〈科学的方法論〉を身につけていく。
では科学研究において「反対者」を何か。
いろいろありすぎて短く表現するのが難しいが、ここでは諸々をひっくるめることができそうな、フランシス・ベーコンのイドラを持ってくることで決着をつけた。
ベーコンは、観察と実験の重要性を説く一方で、実験・観察には誤解や先入観、あるいは偏見がつきまとうことにも注視し、人間が錯誤に陥りやすい要因を分析し、『ノヴム・オルガヌム』の中で4つのイドラにまとめている。
種族のイドラ(自然性質によるイドラ)
人間の感覚における錯覚や人間の本性にもとづく偏見で、人類一般に共通してある誤り
洞窟のイドラ(個人経験によるイドラ)
個人の性癖、習慣、教育や狭い経験などによってものの見方がゆがめられる、各個人がもつ誤り
市場のイドラ(伝聞によるイドラ)
社会生活や他者との交わりから生じる、言葉の不正確ないし不適当な規定や使用によって引き起こされる偏見
劇場のイドラ(権威によるイドラ)
先行する思想や学説によって生じた誤りや権威や伝統を無批判に信じることから生じる偏見
さて、図式の中のイドラの図像は、4つの中の特に〈劇場のイドラ〉に合わせてある。
科学研究における〈劇場のイドラ〉は、科学的方法と同様に、科学者コミュニティに由来するものである。
魔法昔話に立ち戻って、「補助者」と「反対者」は物語の最中でさえ、しばしば入れ替わりさえする両義的なものであったことを思い出せば、研究者に力を与え科学研究を可能にする〈科学的方法〉と科学研究を阻害する〈劇場のイドラ〉もまた、科学史の中で入れ替わり得ることに思い至る。
むしろ、この両者はいつでも明確に分けることができる訳ではなく、少なくともその一部は、クーンがいうパラダイムのように、ある時期には研究を助ける「補助者」であったものが、別の時期には研究を邪魔する「反対者」となり得る。クーンに与するなら、その移り行きこそが科学史のダイナミズムを形成する、とすら言える。
そうして、「補助者」から「反対者」への移り行き(あるいはその逆の移行)は、科学史の大きな流れの中でだけ生じるのでもなく、一研究者の研究生活の中ですらしばしば生じている。
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また、米Google社がスキャンした書籍のうち約500万冊をもとに、5000億語からなるデータベースが構築されていて、1500年代からの今までの出版された書籍に出現する語句について、その使用頻度の推移をグラフにできるGoogle Ngram Viewerを使って、数世紀に渡る哲学者人気の趨勢を眺めたこともあった。
Google Ngram Viewerが決める史上最強の哲学者はプラトンだった…と思ったら 読書猿Classic: between / beyond readers

こうした計量的アプローチを、自宅で個人が簡単にできるのは、今の時代の情報技術の賜物だが、Google以前にも当然、こうした試みはなされている。
今回は、哲学と関連分野に関する文献の書誌情報を提供する世界最大のデータベースであるPhilosopher's Indexのデータを用いて、行われた調査(Chrucky, A. (1998). Philosophical Influence :Statistically Determined)を紹介する。
Philosopher's Indexは、1940年以降に出版されたジャーナルや書籍から,美学,価値論,教育哲学,認識論,倫理学,歴史哲学,言語哲学など,哲学に関するあらゆる分野の書誌情報を収録し、英語で出版されたものに限らず,スペイン語,ドイツ語,フランス語,ポーランド語など,現在では世界43ヶ国で出版された約570のジャーナルをカバーしている。
Chruckyは、Philosopher's Indexに登場する哲学者を数え上げ、哲学の専門文献で言及される回数を10年毎に集計して、その趨勢をまとめた。
以下ではChruckyが10位ごとに上位100位までの哲学者について描いた、哲学文献における出現数の推移グラフを見ていくことにする。
1−10位
カント(1724-1804) ドイツの哲学者。『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』。
アリストテレス(前384-前322) 古代で最大の学問体系を樹立した万学の祖。
プラトン(前427-前347) イデア説、アカデメイアを創設。ソクラテスの弟子、アリストテレスの師。
ヘーゲル(1770-1831) ドイツ観念論の完成者。『精神現象学』『エンチュクロペディー』。
マルクス(1818-1883) ドイツの経済学者・哲学者・革命家。『共産党宣言』『資本論』。
トマス・アクィナス(1225-1274) ドミニコ会士。聖人。スコラ哲学を大成。『神学大全』。
ハイデガー(1889~1976) ドイツの哲学者。現象学的存在論。『存在と時間』『形而上学とは何か』『ニーチェ』。
ウィトゲンシュタイン(1889-1951) ウィーン生まれ、イギリスで活躍した哲学者。『論理哲学論考』『哲学探究』。
ヒューム(1711-1776) イギリスの哲学者・歴史家。『人性論』『英国史』。
デカルト(1596-1650) フランスの哲学者・数学者・自然学者。近代哲学の父。『方法叙説』『哲学原理』『省察』。

1965年頃以降、一位の位置に踊り出たのはカントである。
これに続くアリストテレスは、1950年〜65年ではトップを守っていたが、その座を譲り渡した。
ヘーゲル、マルクスは1980年代前半をピークを迎えるが、予想されるとおりその後のマルクスの凋落は著しい。この下のカテゴリー(11-20位)にいたニーチェにも抜かれてしまっている。
哲学の父ともいえるプラトンは、Google Ngram Viewerでは数世紀に渡って1位を確保し、Philosopher's Indexでも、近年を順位を少し落としているが確固たる地位を確保している。なのに哲学者RPGでは、プラトンのプの字も出てこない。
トマス・アクィナスは、Philosopher's Indexがはじまった1940年代には、専門論文で最も言及される哲学者だった。1970年代前半にピークを迎えたが、最近でも世界8位の地位を保っている。
20世紀の間、ハイデガーとウィトゲンシュタインの言及数は上昇し続けた。ハイデガーは、最近では3位の位置まで登ってきている。
11−20位
フッサール(1859-1938) ドイツの哲学者。現象学の創始者。『論理学研究』『イデーン』『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』。
ニーチェ(1844-1900) ドイツの哲学者。『悲劇の誕生』『反時代的考察』『ツァラツストラはかく語りき』。
ラッセル(1872-1970) イギリスの数学者・哲学者。ホワイトヘッドとの共著『数学原理』。
サルトル(1905-1980) フランスの哲学者・文学者。実存主義者として戦後文学の知的指導者。小説『嘔吐』、論著『存在と無』『弁証法的理性批判』。
クワイン(1908-2000) アメリカの論理学者・哲学者。確証の全体論、自然化された認識論。『ことばと対象』。
デューイ(1859-1952) アメリカの哲学者・教育学者。プラグマティズムを大成。『学校と社会』『民主主義と教育』。
ロック(1632-1704) イギリスの哲学者・政治思想家。イギリス経験論の創始者。『人間知性論』
ライプニッツ(1646-1716) ドイツの哲学者、数学者。モナド論。微積分法の発見。
アウグスティヌス(354-430) 古代キリスト教最大の教父・思想家。『告白録』『三位一体論』『神の国』。
ホワイトヘッド(1861-1947) イギリスの数学者・哲学者。記号論理学の完成者。『科学と近代世界』『過程と実在』。

一世を風靡した者たちが多い、このランクの哲学者の言及数は、ほとんどのが1970年代にピークを持っている。
フッサールの穏やかだが堅実な上昇や、デューイのほとんど変わらぬ言及数も微笑ましい程度で、特筆すべきとまではいかない。
その中でニーチェの幾何級数的上昇が異彩を放っている。データをまとめたChruckyがわざわざ「データ異常や、間違いじゃないよ」と断っているほどである。
21−30位
ポパー(1902-1994) オーストリア生まれのイギリスの哲学者。反証可能性。『科学的発見の論理』『開かれた社会とその敵』『歴史主義の貧困』。
スピノザ(1632-1677) オランダのユダヤ系哲学者。『エチカ』『知性改善論』。
キルケゴール1813-1855) デンマークの思想家。『不安の概念』『あれかこれか』『死に至る病い』。
パース(1839-1914) アメリカの哲学者。プラグマティズムの創始者。
ホッブズ(1588-1679) イギリスの哲学者・政治思想家。『リヴァイアサン』。
フロイド(1856-1939) オーストリアの精神医学者。精神分析の創始者。『夢判断』『精神分析入門』。
ミル(1806-1873) イギリスの哲学者・経済学者。『経済学原理』『自由論』『論理学大系』『女性の隷従』。
フレーゲ(1848-1925) ドイツの数学者・論理学者・哲学者。『概念記法』『算術の基本法則』。
ソクラテス(前470-前399) 古代ギリシャの哲学者。著作を残さずプラトンの記した対話篇等によって知られる。
ロールズ(1921-2002) アメリカの政治哲学者。功利主義批判。『正義論』

このランクも一世を風靡した者たちが並び、同じく1970年代にピークを最後に言及数を減らしていく。比較的登場の遅いロールズでさえ、同様である。
異なるのは、70年代以降、若干の上下はあるものの言及数を維持し続けるキルケゴールと、80年代後半にピークを持っているスピノザとホッブズである。
31−40位
バークリー(1685-1753) イギリスの哲学者。「存在するとは知覚されること」『人知原理論』。
ルソー(1712-1778) フランス啓蒙期の思想家・小説家。『人間不平等起源論』『社会契約論』『エミール』『告白録』。
ジェイムズ(1842-1910) アメリカの哲学者、心理学者。『プラグマティズム』『真理の意味』。
ムーア(1873-1958) イギリスの哲学者・倫理学者。『倫理学原理』『哲学研究』。
メルロ=ポンティ(1908-1961) フランスの哲学者。『知覚の現象学』『弁証法の冒険』『シーニュ』。
ハーバーマス(1929- ) ドイツの哲学者。『コミュニケーション的行為の理論』『公共性の構造転換』。
カルナップ(1891-1970) ドイツ生まれの哲学者。『世界の論理的構造』『言語の論理的シンタックス』。
ニュートン(1642-1727) イギリスの物理学者・数学者・天文学者。『自然哲学の数学的原理(プリンキピア)』。
デイヴィッドソン(1917-2003) アメリカの哲学者。心の哲学と言語哲学。『行為と出来事』『真理と解釈』『真理と述定』。
デリダ(1930- ) フランスの哲学者。ディコンストラクション。『グラマトロジーについて』『エリクチュールと差異』。

二人の著しい例外を除いて、言及数のピークが低いためか、70年代ピークと以後の現象が目立たない。
さて、著しい例外とは、60年代後半から言及数を増やし続けるハーバーマスと、70年代後半からそれをはるかに上回るペースで崖を駆け上がるかのように上昇していくデリダである。
41−50位
ストローソン(1919- ) イギリスの哲学者。日常言語学派の中心的存在。『個体と主語』『論理の基礎』。
クローチェ(1866-1952) イタリアの哲学者・政治家。『美学』『一九世紀ヨーロッパ史』。
ショーペンハウアー(1788-1860) ドイツの哲学者。『意志と表象としての世界』。
ライル(1900-1976) イギリスの哲学者。日常言語学派の指導者。『心の概念』『ジレンマ』。
レーニン(1870-1924) ロシアの革命家・政治家。ロシア革命の指導者。
フーコー(1926-1984) フランスの哲学者。『狂気の歴史』『言葉と物』『監獄の誕生』『性の歴史』。
グッドマン(1906-1998) アメリカの哲学者,グルーのパラドックス。『世界制作の方法』。
クーン(1922-1996) アメリカの科学史家。パラダイム概念。『科学革命の構造』。
ヘア(1919-2002) イギリスの哲学者、倫理学者。『道徳の言語』『自由と理性』『道徳的に考えること』
ヴィーコ(1668-1744) イタリアの哲学者。社会の発展と衰微の螺旋理論。『新しい学』。

レーニンがマルクスを同じタイミングで凋落していくのは想定内である。
ストローソンやライル、グッドマン、ヘアのような分析哲学者たちも、1970年代のピークとその後の減少という運命を免れていない。
ショーペンハウアーの80年代後半の遅すぎる春は何を意味しているのだろうか。
70年代後半から急上昇していくフーコーの言及数は、デリダのパターンとほぼ一致している。
51−60位
オースティン(1911-1960) イギリスの哲学者。発話行為(言語行為)。『言語と行為』。
アインシュタイン(1879-1955) ドイツ生まれの理論物理学者。相対性理論・光量子論,ブラウン運動の分子運動理論。
エイヤー(1910-1989) イギリスの哲学者。検証原理の強い意味と弱い意味。『言語・真理・論理』。
プロティノス(205頃-270頃) エジプト生まれの哲学者。新プラトン学派の祖。『エンネアデス』。
クリプキ(1940- ) アメリカの哲学者・論理学者。様相論理学のモデル理論(可能世界意味論)『名指しと必然性』『ウィトゲンシュタインのパラドックス』。
エンゲルス(1820-1895) ドイツの革命家・思想家。マルクスと「ドイツ・イデオロギー」「共産党宣言」を共同執筆。
オッカムのウィリアム(1285頃-1349頃) イギリスのスコラ哲学者・神学者。唯名論的論理学。
ローティ(1931-2007) アメリカの哲学者。『哲学と自然の鏡』『プラグマティズムの帰結』。
ベルグソン(1859-1941) フランスの哲学者。『意識の直接的与件(時間と自由)』『創造的進化』『道徳と宗教との二源泉』。
ルカーチ(1885-1971) ハンガリーの哲学者・文学史家。『歴史と階級意識』『ゲーテとその時代』『若きヘーゲル』。

このランクで1970年代後半から急上昇していくのはローティである。
オースティンがやはり70年代のピーク以後凋落していくのに対して、クリプキは近年息切れしたとはいえ、70年代後半から80年代後半までひとつの時代を築いた感がある。
エンゲルスは、当然ながらマルクス、レーニンと運命を共にしている。
対してルカーチは、その80年代後半に最後の光芒を放った。
61−70位
アンセルムス(1033-1109) イタリア生まれのスコラ学者。「知らんがために我は信ず」の立場をとり,神の存在証明を試みた。初期スコラ学の代表者の一。
パトナム(1926- ) アメリカの哲学者・論理学者。『実在論と理性』『理性・真理・歴史』。
フィヒテ(1762-1814) ドイツの哲学者。カント哲学を統一的体系として再構築。『全知識学の基礎』『人間の使命』『現代の特質』。
ダーウィン(1809-1882) イギリスの博物学者。自然選択説。『種の起源』『ビーグル号航海記』。
チョムスキー(1928- ) アメリカの言語学者、アナキスト。生成文法理論。『文法の構造』『文法理論の諸相』『デカルト派言語学』。
チザム(1916-1999) アメリカの哲学者。『人と対象』『知覚:哲学的研究』『知識の理論』。
ガダマー(1900-2002) ドイツの哲学者。哲学的解釈学。『真理と方法』。
マリタン(1882-1973) フランスのカトリック哲学者。ネオ-トミスムの第一人者。『芸術とスコラ哲学』『近代思想の先駆者』。
ウェーバー(1864-1920) ドイツの社会学者・経済学者。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』『職業としての政治』『経済と社会』。
パルメニデス(前515頃-前450頃) 古代ギリシャの哲学者。エレア学派の祖。「あるものはあり,あらぬものはあらぬ」。

ここでも70年代のピークとその後凋落の運命が、パルメニデス、アンセルムス、チョムスキー、チザム、ウェーバーという、全く志向も時代も異なる哲学者たちを襲う。
その反対に、1970年代後半から急上昇していく流れに乗るのはパトナム、ガダマーである。
その中間にある、70年代後半以降のフィヒテの不思議な善戦に注意が向く。
71−80位
シェリング(1775-1854) ドイツの哲学者。『超越論的観念論の体系』『人間的自由の本質』。
リクール(1913-2005) フランスの哲学者。解釈学・テクスト理論。『生きた隠喩』『時間と物語』。
ヘンペル(1905-1997) ドイツ生まれの哲学者。カラスのパラドックス。科学的説明の「被覆法則モデル」『科学的説明の諸問題』。
サール(1932- ) アメリカの哲学者。間接発話行為。中国語の部屋。『言語行為』『志向性:心の哲学』。
ノージック(1938-2002) アメリカの哲学者。リバータリアニズム。『アナーキー・国家・ユートピア』。
ガリレオ(1564-1642) イタリアの物理学者・天文学者。『天文対話』『新科学対話』。
マルセル(1889-1973) フランスのカトリック哲学者。キリスト教的実存主義。『形而上学日記』『存在と所有』。
ドゥンス-スコトゥス(1266頃-1308) イギリス生まれのスコラ哲学者。信仰と知識とを区別し,神に関する多くのことを論証の対象から外した。
ピアジェ(1896-1980) スイスの心理学者。認知発達。発生的認識論。『発生的認識論序説』。
ヤスパース(1883-1969) ドイツの哲学者、精神病理学者。『精神病理学総論』『世界観の心理学』。

このランクだと言及数のスケールが小さくなってくるので、グラフの動きは大きく感じられる。
なかでも70年代前半に忽然と現れ、80年代前半にはいきなりピークに上り詰め、その後急速に消えていったノージック、それより少しだけ穏やかだが、60年代後半からやはり80年代前半のピーク後凋落していったピアジュの軌跡を我々は記憶するだろう。
ヘンペルとサールは、他の分析哲学者たちと同じカーブを、すなわち1970年代のピークとその後の減少のパターンを律儀にたどったが、サールの近年の持ち直しを忘れてはならないだろう。
60年代からじりじりと上がり続けるリクールの健闘をたたえ、シェリングの、これまた70年代後半以降の不思議な善戦が記憶に残る。
81−90位
コリングウッド(1889-1943) イギリスの歴史学者・哲学者。歴史哲学の『ローマン-ブリテン』『歴史の観念』。
サンタヤナ(1863-1952) アメリカの哲学者・詩人・評論家。審美主義的哲学。『理性の生命』『美の感覚』。
C.I.ルイス(1883 –1964) アメリカの哲学者。様相論理学の創始者。『記号論理学概観』『知識と評価の分析』。
キリスト(前7頃-後30?) キリスト教の始祖。
ヘラクレイトス(前535頃-前475頃) 古代ギリシャの哲学者。万物の根源を火と考え、万物は永遠に生成変化すると説いた。
ハートショーン(1897 -2000) アメリカの哲学者。神の新古典主義の概念、プロセス神学。
ベンサム(1748-1832) イギリスの法学者・思想家。最大多数の最大幸福。『道徳と立法の原理序説』。
スキナー(1904-1990) アメリカの心理学者。スキナー箱、徹底的行動主義。『有機体の行動』『教授工学』『科学と人間行動』。
ベーコン(1561-1626) イギリスの哲学者・政治家。四つのイドラ(偶像)。『新オルガノン』『随想録』。
ブーバー(1878-1965) オーストリア生まれのユダヤ人哲学者。『我と汝』『ハシディズムへの道』。

このランクの哲学者たちのカーブのうち、目を引きつけて離さないのはスキナーのそれである。60年代後半からやはり70年代後半のピーク後凋落していく軌跡は、グラフを切り裂かんばかりである。
C.I.ルイスの2つのピーク(1950年代前半と70年代前半)、サンタナヤの期間全体に渡る微増など、これまであまり見られなかったパターンも観察される。
キリストがこのランクにいる。1970年代後半にピークを迎え、90年代に入ると言及数はゼロになっている。
91−100位
マルクーゼ(1898-1979) アメリカの思想家。『理性と革命』『エロスと文明』。
ティリッヒ(1886-1965) ドイツ生れの神学者。組織神学、宗教社会主義。宗教的シンボル論。
マルコム(1911-1990) アメリカの哲学者。『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出』。
マキャベリ(1469-1527) イタリアの政治思想家。近代政治学の祖。『君主論』『フィレンツェ史』。
ヒンティッカ(1929-) フィンランドの哲学者、論理学者。様相概念、特に信念や知識の概念の論理分析。
ブラッドリー(1846-1924) イギリスの哲学者。新ヘーゲル主義。『現象と実在』。
テイヤール(1881-1955) 『現象としての人間』、キリスト教的進化論、北京原人の発見
ハート(1907-1992) イギリスの哲学者、法哲学者。分析哲学による法実証主義。『法の概念』。
ブレンターノ(1838-1917) ドイツの哲学者・心理学者。「志向性」概念。『経験的立場からの心理学』。
シェーラー(1874-1928) ドイツの哲学者。実質価値倫理学、知識社会学。『宇宙における人間の位置』。

多くの哲学者はここでも70年代に言及数のピークがある。
時代に道連れにされたかにマルクーゼは、70年代前半のピークの後、ルカーチのような80年代後半にも持ち直しが見られる。
ティリッヒは早くも60年代後半にピークを迎えた。
マキャベリへの言及数は地味ながらも期間通じて上がり続けている。
Graph of Ideas by Brendan Griffen (http://brendangriffen.com/blog.html)
(ブログ移転によりリンク修正)
画像版(pngファイル、22.8MB)
(全体像)

哲学者はもちろん文学者や芸術家やその他もろもろ取り揃え、数千の思想家の間の影響関係をひとつのチャートにマッシュアップしたもの。
哲学者あたりは、たとえばこんな感じ。

文学者あたりだと、こんな感じ。


芸術家あたりだと、他よりちょっと倍率高いけど、たとえばこんな感じ。

(参考:製作者ブログから)
・The Graph Of Ideas http://brendangriffen.com/gow-influential-thinkers.html
・The Graph Of Ideas 2.0
・https://griffsgraphs.wordpress.com/2012/07/20/the-graph-of-ideas-2-0/
・http://brendangriffen.com/gow-influential-thinkers-version-two.html
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・10億のアクセスログが描く人類の知の現況図 読書猿Classic: between / beyond readers
