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     日本文学随一のスピノティスト中島敦が、「わが西遊記」として書き下ろそうとしたうちの、その一断片。ピュロンばりの懐疑論者 悟浄が、さまざまな妖怪の哲学者・思想家を訪ね歩きながら(それらは人間界の古今東西の様々な意匠のカリカルチュアにして、コンパクトな古今東西の思想のカタログになっているのだが)、結局救いも悟りも得られない、という話。

     最期に彼は三蔵法師に出会いその供をすることになるのだが、それでもその懐疑と独り言はやまない。「少しはましになったのかなあ」と呟きながら長い旅を始めることになる。「わが西遊記」は、結局は中断されたままとなった。

     思想遍歴ものとしては、華厳経のラスト「入法品界」に、善財童子が、53人もの善知識(=先生、その内訳は菩薩や神や外道やバラモンや比丘尼など)たちをつぎつぎと巡るというのがある。似たようなものには、ヨーロッパにはバニヤン「天路歴程」がある。ダンテの「神曲」も、まあ似ていなくはない。

    いずれにしろ、こっちのグループは最後にはきちんと悟る(最初の導きは文殊菩薩、最後のしめくくりも文殊である)。「悟る」ことを前提に、プロセスを組み立ててるのだから、当然だが(すごろくみたいなものだ)、菩薩道の本道は、その「あがり=ゴール」を宙づりにするところにあるので、なかなか難しい。

    『アウグスチヌス講話』の山田晶によれば、キリスト教の終末論も、他ありとあらゆる「終末思想」(人は常に「終わり」を口にしたがるものだ)を徹底的に無効とするもの、本来は誰にも軽々しく「終わり」を口にさせないものなのだそうだ。


    中島敦全集〈1〉 (ちくま文庫)中島敦全集〈1〉 (ちくま文庫)
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     哲学書は、おおむね一人で読んでも訳が分からないようにできている。

     先達+同輩と読んでいくというのが、オールド・スタイルで鉄板だが、なかなか哲学書を読むだけのために、それだけの「投資」ができる人は少ない。

     「投資」と書いてはみたが、リターンが期待できるかといえば、まったくそうではないのだから、最初から掛け金の半分を持って行かれる宝くじよりも期待収益率は低い

     ありていにいえば、金と時間をどぶに捨てるようなものだ。


     まず翻訳書で読むとなると、多くの翻訳が、非常に日本語から隔たっている。

     古いものは、となりに原書を置くのが前提で、辞書を引く手間を多少は省けるようにと擬逐語訳になっていることもあるが、基本的には哲学を学ぶと日本語がめちゃくちゃになることが大きい。

     次に、その哲学者が前提にしているもの、彼が身をおいた状況だとか、仮想敵にしたそれまでの哲学の流れや問題設定などなどのうちで、読み手が共有しているものがあまりに少ない(先達はこのあたりのギャップを埋めてくれるものなのだが、よい先達はいつだって少ない)。

     哲学書のかなりの部分が、それまでの哲学をまとめたり批判したりすることに費やされているが、そんなもの読み手からすれば知ったことじゃない話が多い。

     多くの場合、哲学のコースで哲学史がほぼ必修とされていたのは、そんな理由からである。

     ところが、日本語で読める哲学史のまともなもの、というのが少ない。岩崎武雄の本なんかが、長年重宝がられたことからもおよそ知れる。
     今ならとりあえず、中央公論新社の『哲学の歴史』全13巻。こういう全集ものは、付録や別冊が《おいしい》ことが多い。別巻 (13)をまずは開いてみよう。
     (日本でこういう全集ものを企画すると、同じ学校(時には同じゼミ)出身者ばかりが執筆者になって、そういうとこから外れて、従来手をつけられなかった分野に打ち込んだ研究などは外れ/外されやすくて、「全」集になり損なうことも多いのだが、さて)。


     と、あれこれ回り道して哲学書を読むより、クルーグマンでも読んでいた方が、よほどいい気分になれるだろう。


     それでも今時、どんな手があるかと考えてみれば、

    (1)とりあえず英語のツールを使える程度に英語を復習して(原書が読めるほどのレベルはとりあえずは要らない、あったほうがそりゃいいけど、

    (2)邦訳のほかに英訳テキストを傍らに備え、

    (3)そして、できれば注釈書を、最低でもオックスフォードとかブラックウェルとかロートリッジのコンパニオンを用意して読む/必要に応じて参照する(引きまくる)、


    まず
    The Oxford Companion シリーズ
    というのは、基本的にアルファベット順に項目が並んだ「専門辞書」である。なので、哲学関係ばかりでなく、様々な分野のものがある。あたりまえだが、わからない用語が出てきたら引く。専門用語は、かなり大きな辞書でも載っていないことも、知りたい意味が載っていないことも多いので。

    次に
    CambridgeCambridge Companions to Philosophyシリーズ
    は、Companion to~の後に哲学者や思想家(や学派など)の名前が来る。つまり、ある哲学者を取り上げて伝記的事実から思想内容まで解説してくれる「人と思想 案内書」である。

    Routledge Philosophy Guidebookシリーズ
    は、「~ Guidebook to 哲学者(思想家)名 on 著作名」といったタイトルになっている。
    ある哲学者の代表作を1冊取り上げて、各章でそれについての解説をしてくれる。ちょうどCambridge CompanionとPurdue University Seriesの間に位置するような「哲学書 案内/解説書」である。

    Purdue University Series in the History of Philosophyシリーズ
    は、さらに詳しく1冊を読み込む参考書。なにしろ1冊の哲学書の本文を内蔵して、これに各章・各節ごとに解説したシリーズである。あらゆる哲学書を網羅しているわけではもちろんないが、じっくり読み込むには最適である。

    といった感じだろうか。

     この手の英語のツールは、英語読者のマーケットが日本語読者のマーケットよりも広いせいか、かなり最近のもので分かりやすく書かれたものが手に入る。

     ドイツ語もできると、(とくにラテン語で書いてある哲学書なんかだと)よい注釈書が使えるようになる。


    したがって一人で哲学書を読むミニマム・セットは、
     (ア)なるべく読みやすい哲学書の邦訳
     (イ)実はネットで手に入ったりもする原テキストと英訳テキスト
     (ウ)読むなら知っておいたほうがいいことをかなりの程度まとめてくれている上記のコンパニオン・シリーズに該当するもの

     以上3点を用意して事にあたることだろうか。


     近くに先達が得られない人は、とりあえず自分が読みたい哲学者のコンパニオンを手に入れるといい。

     英語なんてそれから勉強したってかまわない。

     むしろ、なにも読みたいものがない、読む必要のあるものがない状態で、漠然と英語をやるなんて、モチベーションがすぐ折れても不思議じゃない。


     なお、学部卒業(卒論書き)でもとめられる「理想的」な状態は、

    (1)誰もが知っている哲学者の、誰もが知ってる主要テキストを、邦訳でいいから全部読み、
    (2)それらテキストから1冊を選んで、そのテキストについてのこれまでの主要な研究(この程度ならコンパニオンでもわかる;もう少しおおきなレファレンスにはHandbuch der Geschichte der Philosophieがあるが)もとりあえず知った上で、
    (3)これらインプットしたものの「まとめ」をまともな日本語で書く、といった程度である。

     まともに、普通にやると、この程度でも4年間では間に合わない。
     実験レポートを出せばいいカガクとは違うのだよ、カガクとは。
     手を抜くべきところは抜き、重点的に時間を投下すべきところに投下すること。
     研究は、つまるところ、時間というストックできないものをどうマネジメントするかにかかっている。


     なお、その道のプロになろうとすると、
    (1)その哲学者の書いたものを書簡、草稿なども含めて全部読み、
    (2)その哲学者についてのこれまでの主要な研究をほとんど見渡して、
    (3)自分なりの見取り図が描く、
    といった程度のことである。なんか近いような遠いような話だな。


     それにしても、それでも1冊に10年かかるかもしれない。

     10年をどぶに捨てるかわりに、数年で減価しそうな資格を取る勉強をしたほうが、心の安定にはいいかもしれない(生活の安定は約束できないにしてもだ)。

     でもまあ、10年1冊を費やす人なんて、そうざらにはいないから、なにか希少価値があるかもしれない。

     1冊30年を棒に振る、というのは、誰にもお勧めできないが、そうせざるを得ない人だっているかもしれない。

     
     それは、まあ、なんというか、バラ色の茨の道ではないか。


     2度の殴打事件の後、棲む着くようにしていた大英博物館を離れ(出入りを禁じられ)、無為に毎日を過ごしていた熊楠に、一通の便りがあった。
     懇意にしていたバザー博士が、熊楠に大英博物館の分室であるナチュラル・ヒストリー館(自然史博物館)を使えるよう取り計らったというのだ。
     
     熊楠はそこで、ある標本を目にすることになる。
     当時、人類学の徒はおろかイギリス紳士の口にのぼらぬ日のない、あの標本だった。
     アマチュア古生物学者の弁護士が、英国ピルトダウン地方の地層から発見した人類の骨。
     これが自然史博物館の地質部長(発掘の最高権威)ウッドウォードに、50万年前の化石人類と鑑定され、やがて学会に人類と類人猿を結ぶ「ミッシングリンク」(失われた輪)と認められた「ピルトダウン人」の頭骨だった。
     
     弁護士ドーソンが発掘したのは、大きな頭蓋骨とそれにぴったり合う原始的な顎の骨であり、「ピルトダウン人」は、次のことを表していた。
     つまり人類の祖先はまず、知性を先に発達させたこと(原始的な顎に対して、発達し大きくなった頭蓋骨はこのことを示している)。
     そして、人類の祖先は、アフリカなんぞでなく、現在西洋文明の先端であるこのイギリスで生まれたことを、である。
     
     やがて明らかになるように(しかしそれには半世紀の年月が必要だった)、それらは西洋人の(後者についてはイギリス人の)偏見だった。
     ダーウィンを受け入れているつもりの人類学者たちも、人を猿から分かつ知性に今もしがみついていたのだ。
     もちろん、標本の真偽は当初疑われた。
     たまたま人の頭蓋骨と、猿の顎が、同じ場所でみつかったにすぎないのではないか。
     しかしその後、自然史博物館のウッドウォード博士(彼は鑑定者だった)と弁護士ドーソンが共同で行った幾度の発掘で、完全な頭の骨が、そして石器が発見された。
     証拠は、信じたい事実を示していた。

     標本の歯が透明すぎること(熊楠にはそれが化石でないように思えた)、骨に薬品で彩色すればこのような「標本」は作り上げることが可能なことから、熊楠は「ピルトダウン人」に疑いを持つ。
     彼には、学者づらした連中の(彼らは世間や学会ではいっぱしの学者と認められていたが)、欺瞞や偏見をうんざりするほど見知っていた。
     何よりこのバカ騒ぎにも似た騒動は虫が好かなかった。
     独力で調査を始める熊楠にまた邪魔が入る。
     「標本」が偽物であることを突き止めながら、熊楠は自然史博物館をも追放され、失意の内にロンドンを後にする。
     
     ロンドンを立ち去る熊楠と、ちょうど行き違う一人の英文学者がいた。
     やがて精神から胃を悪くしたその男はやむなくある大学医学部の診療所を尋ねるが、そこで風変わりな医者に会う。
     彼が何か語る前に、どこから来たのか、何のためにか、何を研究しているのか……すべからく言い当てていく医師こそ、熊楠の標本染色の実験に協力したジョン・ベル博士だった。
     気晴らしになれば、とベル博士は、とある日本人に協力した、ちょっとした冒険、とある「贋作人類」の捜査の話を同じ日本から来た彼、夏目金之助に物語る。
     
     「私の考えるところ、容疑者は4人いる。どうだろう、君の推理をきかせてもらえないかね?」
     ベル博士のいう容疑者とは、第一発見者のチャールズ・ドーソン、鑑定者兼のちの協力者A.S.ウッドウォード、発掘協力者の教区神父(彼は外国人だった)、そしてドーソンの隣人コナン・ドイル。
     「前の二人は功名心という動機がありますが、神父というのは?」
     「彼は人類学の素養があったが、また敬虔な神学者として、進化論を認めていなかった、という訳だよ。そして神に仕える身でありながら、いやかえってそのために、神にそむく連中をペテンにかけた」
     「サー・コナン・ドイルというのは、高名な作家では」
     ドイルはベル博士の教え子だった。
     そしてかのシャーロック・ホームズこそ、恩師ジョン・ベル博士をモデルにした、ドイルの創造だった。
     
     「彼は晩年になってから心霊術にのめり込み、それに批判的な、いやむしろ科学者全体を憎んでいた。科学者への仕返しが動機という訳だ」
     ドイル自身がドーソンに劣らぬ化石の収集家であり、ベル博士の教え子にして医者の知識・経験があり、発掘個所の近くに住み、しばしば現場を訪れたことも目撃されていた。
     
     ベルと金之助の捜査は、とうとうドイルが犯人である証拠をつかむ。
     しかし捜査の最後に、証拠品とともに、膨大な妖精画のコレクションを発見した二人は、どういう訳か情にほだされて(このへんのリクツは忘れた)、すべてを闇に葬る……。


     という、南方熊楠と夏目漱石(金之助)を主人公にした漫画。なお、この物語の後日談は次の通り。

     「ピルトダウン人」と命名されたこの化石(ウッドウォードはエオアントロプス=曙原人(笑)と名付けた)は、以来大英自然史博物館に展示され、世界中の地学・人類学の教科書にずっと載っていた。
     ところがその後の人類学の発達は、人類の進化について、最後に知性が生まれるとの説を有力にし(しばらく、最初に知性が発達した猿がヨーロッパ人の祖先になり、最後に知性が生まれた猿がアジア・アフリカ人の祖先になったという、二本立て進化論も登場した)、ピルトダウン人に疑いの目を向けた。
     1949年から53年にかけての徹底的な調査で、フッ素含有量、放射性物質分析、X線解析などから、頭部の骨は現代人、下あごはオランウータンの骨で、化学的に染色して古く見せかけ、歯は人工的に擦り減らしたものと判明、約40年間信じてきた世界を驚かせた。
     教科書に載っていた「ピルトダウン人」は削除され、博物館の展示からも撤去され、代わりに「科学史上、最大のねつ造事件」として知られるようになった。
     
     その後、犯人探しがはじまり、「発見」したアマチュア古生物学者の弁護士がまず疑われ、80年代に入って高名な推理小説の作者ドイル犯人説が唱えられだした。
     
     真犯人が不明のままこの事件は忘却の彼方へ消えようとしていたが、キングズ・カレッジのブライアン・ガーディナーは1953年当時からこの事件の犯人を調べ続けていた。
     彼の調査結果ではあらゆる状況証拠が古生物学者のマーチン・ヒントンを指していたが、決定的な証拠は得られなかった。
     
     その後、1970年代半ばに、ロンドン自然史博物館 (かつての英国博物館) の塔の修理に伴い、屋根裏部屋からマーチン・ヒントンのイニシャルのついた帆布製の旅行かばんを、同博物館の (ヒントンと同じく) げっ歯類の化石を専門とする研究者のアンドリュー・カラントが発見した。
     トランクの中にはげっ歯類の解剖体の入ったビンが多数納められており、無気味な様相を呈していた。
     しかしその底に、ピルトダウン人骨と同じように削ったり染めたりしたカバやゾウの歯の化石が見つかった。
     カラントはそれをガーディナーのところへ持っていって年月をかけて分析し、1996年5月、英科学誌「ネイチャー」に捏造の真犯人であることを発表した。


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