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     辞典や百科事典はどう頑張ったて、たかだか当世の「高名な学者たち」なんかが執筆するにすぎない。基本的にとってもコンテンポラリーなものだ。しかも最近はそれを売りにしていたりする。浅ましい限りである。

     そんな「新しい辞書」で、たとえば「あしか」の項目を引いてみるとよい。「あしか」についての、「現代」の(つまり辞書編集当時の)知識が手に入るという訳だ。

    アシカ【海馬・葦鹿・海驢】  [広辞苑]
    (アイヌ語)
    * アシカ科の哺乳類の総称。アシカ・オットセイ・トドなどを含み、六属一三種。また、その一種。雄は体長約二・四メートルで焦茶色、雌は約二メートルで、色はやや薄い。乱獲のため日本近海では絶滅、現在カリフォルニア近海とガラパゴス付近のみに分布。ウミオソ。ウミウソ。ミチ。〈和名抄一八〉
    *(アシカはよく眠るのでいう) (いつも眠たがる)新造(シンゾウ)*の異称。川傍柳「四五匹つれて出るいい女郎」


     しまった。意外に面白い。

    アシカ(海驢∥葦鹿)  [平凡社世界大百科事典]
    (あしか)

    食肉目鰭脚(ききやく)亜目アシカ科 Otariidae に属する哺乳類の総称。狭義のアシカはカリフォルニアアシカ Zalophus californianus californianusとニホンアシカ Z. c. japonicus を総称して呼ぶ。このうちニホンアシカがすでに絶滅したため,単にカリフォルニアアシカをアシカと呼ぶことが多い。カリフォルニアアシカは北太平洋のアメリカ沿岸に5万~10万頭が生息している。雄は体長2.3m,体重300kg に達するが,雌は1.9m,90kg くらい。全身黄褐色から焦茶色の体毛で覆われる。前・後肢ともひれ状で裸出し黒色。第2~4指のつめがひれ状の四肢中央背面にあり,毛すき,身づくろいなどをするのに役に立つ。オットセイのように体毛に綿毛がないので毛皮としては適さず,皮も薄く,なめしても使いみちが少ない。雄は5~7歳で成熟し,くびの毛足が長くなり,たてがみ状に毛が厚くなるので,英語で sea lion という。繁殖期は6~8月で,小さいながらハレム(雌5~10頭)をつくる。1産1子で乳頭は4個。生まれた子は体長75cm,体重5~6kg。毛は黒みがかっている。魚類,イカ,タコを好んで食べる。人になれやすく,飼育学習によりいろいろな芸を仕込める。
     アシカ科には狭義のアシカのほか,オットセイ,トド,オタリアなど7属14種が知られている。アザラシ科に比べては小さい。もっとも大型の種はトドである。雄は体長3m,体重1.6t,雌は体長2.5m,体重1t であり,ミナミゾウアザラシの半分でしかない。もっとも小型の種はナンキョクオットセイで雄は体長1.9m,体重130kg となるが,雌は体長1.3m,体重50kg と非常に小さい。前・後肢ともアザラシ科より大きく,後肢は前方に曲げられる。前肢はオール状をし,体長の1/3以上ある。四肢は毛が生えず裸出している。前肢の指は第1指がもっとも長い。耳介を有し,最大5cm に達する。体幹は細長く,紡錘形をしている。四肢により陸上を歩行,走行できる。皮下脂肪はアザラシ科よりはるかに少ない。歯冠部は茶褐色を呈し,犬歯は大きい。アザラシ科のように新生子毛を有さない。
     全世界に分布するが,アザラシ科とは逆に北半球に4種と少なく,南半球に10種と多い。アシカ科はアザラシ科よりずっと低緯度に分布し,海氷が発達する高緯度海域には出現しない。北半球の中・低緯度地方は人類をはじめとする外敵が多く種数が少ない。南半球は外敵などが少なく,南アメリカを中心に南大洋(なんたいよう)(南極海と亜南極洋)の島々で種分化が進み種数が多い。とくにミナミオットセイ類は7種と多い。北大西洋にはアシカ科は分布しない。北太平洋にはキタオットセイ,トド,カリフォルニアアシカ,グアダルーペオットセイの4種が北から南に分布している。北太平洋の東西でキタオットセイ,トド,アシカが同緯度で分布していたが,ニホンアシカが1951年竹島から姿を消して以来,北太平洋の東西の分布は対応していない。
    [生態] アザラシ科に比較して明確な回遊をし,とくにキタオットセイの回遊は壮大である。もっとも長距離の場合ベーリング海のアラスカに近いプリビロフ諸島から日本の三陸沖にまで約7000km に及ぶ。トドも数千 km の回遊をするが,南半球のミナミオットセイはあまり長距離の回遊をしない。アシカ科の生息数は,アザラシ科に比較して非常に少なく400万頭でありアザラシ科の1/7程度である。このうちキタオットセイが180万頭で45%を占め,もっとも多い。次いでミナミアフリカオットセイで87万頭。もっとも少ないのはチリ沖に分布するフアン・フェルナンデスオットセイで700~750頭と推定されている。
    [生態] アザラシ科に比較して明確な回遊をし,とくにキタオットセイの回遊は壮大である。もっとも長距離の場合ベーリング海のアラスカに近いプリビロフ諸島から日本の三陸沖にまで約7000km に及ぶ。トドも数千 km の回遊をするが,南半球のミナミオットセイはあまり長距離の回遊をしない。アシカ科の生息数は,アザラシ科に比較して非常に少なく400万頭でありアザラシ科の1/7程度である。このうちキタオットセイが180万頭で45%を占め,もっとも多い。次いでミナミアフリカオットセイで87万頭。もっとも少ないのはチリ沖に分布するフアン・フェルナンデスオットセイで700~750頭と推定されている。
     アシカ科の特徴はすべての種が陸上で繁殖する点にある。陸上での集団繁殖は,集団でいることによって外敵の発見を早める効果をもつが,一方では雄どうしの闘争を促し,ハレムというきわめて特異な繁殖様式を獲得した。同時に雄の体は大きく,雌は小さい(性的2型)。雄にはたてがみも見られる。ハレムの大きさは種類によって異なるが,もっとも大きいものはキタオットセイに見られ,1頭の雄が60頭の雌をテリトリー内にもつこともある。一般にミナミオットセイのハレムは非常に小さく,数頭の場合もあり,性的2 型も小さい。(以下略)


     ……読みふけってしまった。

     いや、しかし、「あしか」そのものではなく、これまでの「あしか」についての古人の考えやイメージ、彼らは「あしか」の何を知り、また彼らにとって「あしか」とは何だったかを知ろうと思えば、それぞれ古い文献に当たるしかない。いや、辞書というのは、いつもお手軽に事を済まそうという人のためだけに便利なのであって(便利でしかないのであって)、本当のところを調べようとおもえば、結局のところ自分で文献その他に当たるしかないのである。

     けれど人が文字を書き始め、記録を取り始め、考えを記しはじめたのは、昨日今日の話ではないのだから、古来より蓄積の上に蓄積されてきた膨大な「書かれたもの」をいちいち調べて、「あしか」が載っている載ってないをいちいち探すのは、とっても骨折れだ。人は「あしか」以外にも、人生を費やしあるいは愛を注ぐべきものがあるのではないだろうか(たとえば「いるか」とか)。

     便利がいけない訳ではない。便利がいい。便利サイコー!
     要は、このめんどくさい仕事をこなすには、辞書はちっとも便利じゃないってことだ。しかし、ここに、もう「あしか」について古文献を探してくれている人がいた。それどころか「あしかが」や「あじあ」についても、否、ほか何万項目もの事項についても、「どの文献の、どこに載っているか」を彼は調べておいたのである。その名も物集高見(名前だけでもすごい名前だ)、そして本の名前は「群書索引」である。なんという歓喜!なんという便利!

     「群書索引」によれば、「あしか」は和名抄の十八や大和本草の十六の二十やなんかに登場することが分かる。
     しかし、手元に、あるいは足を運んだ図書館に「和名抄」や「大和本草」や「和漢三才図絵」がなかったらどうすればいいのか(そんな図書館には火をつけるべきか)? せっかくの文献名も、載ってる場所も、わかったのに、もはやなす術はないのか。

     しかし本というものは、たとえその存在を知ったにしても、基本的には「ない」か「手に入らない」ものなのである。とりわけ、今より発行部数が少なく、流通機構の発達していない時代はそうだった。本そのものが貴重品で、持っている誰かを捜し当てても、見せてもらえないことなど日常茶飯事だった。

     しかしである。我らが物集高見は、期待を裏切らない。ちゃんと「どこに載っているか」だけでなく、「どんなことが載っているか」を抜き書きした本を、ちゃんと作っておいてくれたのである。

     その名も『廣文庫』。ちっとした図書館なら必ず持っている。

     これさえあれば、他の本はなくとも、とりあえず「あしか」についての古文献の該当個所だけは読むことができる(もちろん他の数多の項目についても、ちゃんと抜き書きしてある)。この成果を逆に述べれば、国書のエッセンスを五十音順項目に整理編集した、百科項目型巨大テキストデータベースができたことになる。百科事典を書くのは高々現代人と現代諸学の成果だが、このデータベースにあっては国初(くにはじめ)から維新までの日本歴代の膨大な文献とそれを書いた歴代の知性たちが、お相手する。

     同種のものに、官製の『古事類苑』があるが、こっちは分野別編集。何人もの学者と資金と時間をふんだんに投入しての編集だけに、文献の博捜も『廣文庫』を上回るが、一つ項目をとれば、雑書からの引用も多い『廣文庫』の方が、奇談伝説の類もたっぷり採り入れて奥行きが深い(時々に帰って来れなくなりそうである)。分野別でなく、50音順というのも『廣文庫』の「すばらしさ」に拍車をかけている。こういうのこそ、普通の人が普通に使った方がおもしろい。

     たとえば「いぬ」の項には、以下のような小項目が立項されている。

     「犬の歳」「犬、雲を悦ぶ」「白狗」「五色の狗」「猟犬」「猟犬の鈴」「むくげ犬」「唐犬」「契丹の犬」「えぞの犬」「大犬」「四牙の犬」「五足の犬」「角ある犬」「角ある犬」「両首の犬」「人面の犬」「犬の名」「犬を闘わす」「犬、虎と闘ふ」「狗を好む」「犬を飼ふ」「狗、子を数多飼ひし人」「犬の疾病」「狂犬」「犬に噛まれたる時のしわざ」「犬毒」「犬を威す方」「犬、子を愛す」「子を多く育てたる犬」「犬、雛雉を育む」「雉、乳犬を養はんとする」「犬、牛を養ふ」「犬、子を御帳の内に生む」「犬子、脇より生まる」「雄狗、子を生む」「犬、主人を護る」「犬、主人に銭塊をとらす」「犬、主人を救ふ」「犬、主人の屍を守る」「犬、主人の忌日に精進す」「犬の殉死」「犬、位を賜ふ」「犬にも友誼あり」「孝犬」「義犬」「日参の犬」「犬、消息の使をす」「犬に荷物を牽かしむ」「犬の自殺」「犬、讐に報ゆ」「犬の怪」「人、犬に生まる」「犬、狐と交る」「人、犬と交る」「人と犬の夫婦」「犬、地中より出づ」「狗人國」「犬のたまひ」「犬の肉」「犬の皮」「犬頭の社」「犬塚」「犬寺」「犬の法事」「酒屋の狗」「犬、石に吠ゆ」「犬、常に変わるを吠ゆ」「犬の遠吠」「犬、天上に吠ゆ」「一犬、形に吠え、千犬、声に吠ゆ」「狗を磔にす」「桀の狗」「南犬、雪に吠え、風に吠ゆ」「狡兎死して走狗烹らる」「煩悩の犬」「犬と猿と」「犬を一疋、二疋といふ」

     さて、ついでだが、物集高見はもちろんすごいが、その長男 物集高量は、輪をかけてものすごい人物。しかも、ものすごく長生きした。ウィキペディア「物集高見」の項目が、かなりいい。

    koubunko.jpg






     昔、今思うと随分昔に、「脳内麻薬」というのが流行ったことがある。なんでも「脳内麻薬」で説明できるのであるが、「説明」ばかりではあまり実践的ではない。
     あ、いま脳内麻薬でてる、と思うことはあっても、それではあまりに受け身過ぎる。
     もっと自由自在に脳内麻薬してこそ、幸せでアクティブな脳内麻薬生活がおくれるのではないか。

     脳内麻薬を出すのは難しいことではない。少し、そのメカニズムを知っていれば、簡単に出せる。

     まず脳内麻薬の機能であるが、これは「痛み」とカップリングになっている。

     痛覚は、生命体にいろんなことを、例えば身に起こった異常や異変を知らせる。これはすばやい伝達が必要となる。怪我をしたら、すぐ痛い。でないと手おくれになるかもしれないからだ。

     しかし、いつまでも痛いばかりでは、生活に支障を来す。いつまでものたうち回って、ものも食えず眠れもせずでは、治りやしない。
     なので、こんどは痛みを抑制するメカニズムが、こんどはゆっくりと効きはじめる。あんまりすばやく抑制してしまうと、もともこもないから、その働きには時間差が必要である。これが脳内麻薬の機能だ。

     しかし脳内麻薬を出すのに、いちいち体を傷つけていては、あまり喜ばしくない。

     御安心あれ。

     脳内麻薬は、肉体的のみならず精神的な「いやなこと」でも分泌される。それも時間差で。ストレスかかってると、おくれて脳内麻薬が出る。

     これもあまり嬉しくない。しかしストレスにもいろいろあって、例えばマラソン・ランナー(あんな長距離を走るのはかなりの肉体的ストレスだ)の場合、レースのしばらく前から、それを察知した脳内麻薬の分泌が起こる。妊婦も出産の前から脳内麻薬の分泌が起こる。しかし我々はもう少し大事なく脳内麻薬したい。

     動物にとってゲージ(檻)に閉じ込められるのはかなりストレスフルだが、すると彼等は檻の中をぐるぐるとひたすら歩き回る。

     実は脳内麻薬は、単調な肉体的刺激によっても分泌される。彼等は確かにイライラしている。それを押さえるための無意識の行動は、繰り返しの動作となることが多い。

     たとえば貧乏揺すり。思えば我々は、小さいころから年老いてまで、無意味に思えるほどの「繰り返し行動」をほんと繰り返し、飽きもせずやっている。事によると、これこそ、このストレスフルな社会で生きる生体防衛行動なのだ。


     しかし猿の毛づくろいは、それ以上の意義がある。

     毛づくろいはもちろん脳内麻薬を分泌させるが、それだったら相手は誰でもよさそうなものである。しかし毛づくろいは、ちゃんと相手を定めて行われる。

     しかも録音した猿の声をつかった実験では、お猿は自分の毛づくろい相手の声を聞き分ける。毛づくろいは、猿社会の紐帯なのだ。

     より大きな群れをつくるお猿ほど、より長い時間を毛づくろいにかける。しかし毛づくろいはかなりコストが高い。それをやってる間は他の事ができないからだ。

     最大の群れ(平均で個体数50)を持つ猿は、起きてる時間の1~2割もの時間を仲間との毛づくろいに費やす。

     人間の大脳皮質の割合から換算した「群れの大きさ」は約150人だから、式に当てはめると大体起きている時間の40%を「毛づくろい」に費やさなければならない。
     大変だ。
     もっと効率のよい手段としてコトバをつかうことにした、というのがオチ(親密に話すには4人程度という限界があるが、それでも1対1の毛づくろいよりは、3倍効率がよい)。

     つまりこういうことだ。
     内容のないコトバの交わし合い(これが言葉の使用の実に3/4を占める)=ゴシップこそは、コトバによる「毛づくろい」だ、と。
     
     あと、昔の人類は150人の群れでよかったが、都市に暮らす現代人はそんなに「毛づくろい」する相手がいないから、ゴシップ小説やカルトが流行る、とか、言わなくてもいいようなことを、最後にちょっとダンバーは付け加えてる。






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     『詩学』第2節で、アリストテレスは、それが描写している対象によって、文学作品を分類することを提案している。文学作品に登場する人物は、「優れているa higher type」か「劣っているa lower type」のいずれかであり、それによって区別することができるだろう、と。ところで英語ではgoodnessとbadnessと訳され、道徳的文学観による価値判断を表すかに見える語は、アリストテレスが使った語ではσπουδαιοsとφαλωsであるが、これは元々単に「重い」と「軽い」を意味する語だった。(「重い」→「忙しい」→「重要な」→「卓越した」/「軽い」→「つまらない」→「劣った」)。

     ノースロップ・フライはこれを取り上げて、今でも文学の分類に使えないかと考えた。「重文学」と「軽文学」といった分類ではない(そんなのは、明示的でないだけで、今でもよく使われている)。フライが提案するのはもっと単刀直入で、かつ「強力」なものだ。フライは、ここで「ドラゴンボール」的裁定によって------あと10年も経てば「ドラえもんが心の救いでした」なんていう人間は駆逐され、『ドラゴンボール』によって思考する人間が席巻するだろう------、文学作品のプロットを分類することを思い付く。

     つまり彼は、作品の主人公たちに「おめえ、強ええか?」と尋ねるのだ。


    主人公とジャンル
    カテゴリー 主人公 ジャンル 説明
    神様 神話 自然的諸条件(制約)からも、当然人間的諸条件(制約)からも、卓越している
    英雄 ロマンス・伝説 自然的諸条件(制約)は一部凍結されている(魔法や奇跡的な能力など)が、物語が始まれば、彼も制約に従う。我々には信じがたいが、彼も物語では人間ということになっている。
    優れた人間 悲劇・叙事詩 自然的諸条件(制約)にも、人間的諸条件(制約)にも拘束される。彼が普通より優れた人間ではあるが、自然の秩序に従うし、社会の批判も被る。
    普通の人間 リアリズム 彼はどこからみても、我々と同じ普通の人間である。外的 条件(制約)においても、内的条件(心理)においても、 平凡な人間らしさの内に置かれている。正義を知っていて も全うできなかったり、感情に流されたりする普通の人間である。
    劣った人間 アイロニー 知性においても、どんな力においても、我々に劣る存在であり、彼を見ていると、あたかも挫折、屈辱、不条理な人生を見おろしているかのように思う。


     フライの分類(カテゴリー)は、おおむね歴史順になっている(1→5)。ときどき、昔のカテゴリーが復活することがあるけど(フライはそれを「感傷的」という。たとえばロマン主義は、カテゴリー2の感傷的形態である)、おおむねは歴史順になっているという。
     つまりフライが主張するのは、文学史とは「主人公がどんどん弱くなってきた」歴史である、ということだ。
     これだけだとしかたないので、フライはもうひとつ座標軸を導入する。つまり「悲劇的」「喜劇的」である。
     フライはこれらの伝統的用語も、定義し直す(つまり劇の形式でなく、プロットの形態について、用いることができるように)。いわく、

    • 「悲劇的」とは、主人公が自分の属する社会から孤立させられるプロットについて言われ
    • 「喜劇的」とは、主人公が自分の属する社会に包摂されるプロットについて言われる。
    (これは桂朱雀の落語の「オチの分類」そのままである)。


    主人公とプロット(悲劇的/喜劇的)
    カテゴリー 主人公 悲劇的 喜劇的
    神様 [神話悲劇]
    神々が死を迎える、追放される。
    ・毒の下着をつけて燃える薪の山を登るヘラクレス
    ・ロキの裏切りによって殺されるバルダー
    ・十字架にかけられるキリスト
    [神話喜劇]主人公が神々の仲間として迎えられる。
    ・オリンポスへのぼるヘラクレス
    ・ダンテ『神聖喜劇』
    ・試練を果たす神々
    ・救済、あるいは昇天の物語
    英雄 [哀歌(エレジー)、ロマンス悲劇]
    英雄が死を迎える、孤立する。
    ・メソポタミアのギルガメッシュ
    ・古英語詩のペオウルフ
    ・日本神話のヤマトタケル
    [田園詩(アイデアル)、ロマンス喜劇、牧歌]
    哀歌が自然の一部と結びつくように、ロマンス喜劇は羊の群や気持ちの良い草地と結びつく。
    現在では西部劇として復活し、牛の群や囲い柵と結びつく。
    優れた人間 [悲劇(パセティック)]
    指導者の没落の物語である。主人公は優れた人間であるが、たとえば運命の力によって打ち倒される。
    神的ヒロイズム(願望充足とつながっている)と人間的アイロニー(これは日常的な苦痛、手厳しい現実とつながっている)との、中間に位置し、そこで均衡をとっている。
    ・ギリシャ悲劇
    ・ラシーヌなどの悲劇
    [旧喜劇(アリストパネス)]
    アリストパネスの中心人物は、周囲の強い反対を押し切って、自己の社会を打ち立てる。邪魔者や搾取者をつぎつぎ取り除き、英雄的勝利を手にする。
    願望充足につながるヒロイズムと喜劇アイロニー(風刺、現実批判)が均衡をとっている。
    普通の人間 [家庭悲劇(等身大の、ニュースのような、悲劇)]
    主人公自身がある弱点をもっていて、そのために孤立している。
    主人公は我々と同じ水準にあるので、その弱点は我々の共感を呼ぶ。
    女性や子供、それから動物が主人公として登場する。
    弱点はしばしば知性の乏しさや表現力のなさ。そのことがより我々の哀感(ペーソス)を増す。
    ・メロドラマ
    ・扇情的(センセーショナル)な物語
    ・お涙頂戴もの
    [家庭喜劇(等身大の、ニュースのような、喜劇)]
    普通は、若い男女のたくらみを描く。
    ちょっとした困難が彼らが「うまくいくこと」(結ばれること、結婚、など)を妨げているが、最後にその困難は取り除かれる。
    主人公達は、あまり魅力的ではなく、むしろ読者の共感をひき、身代わりをつとめる。自分たちそっくりの「あまり魅力のない」登場人物が幸せになることが、読者の喜びを生む。
    ・シチュエーション・コメディ
    ・ハッピーエンドもの
    ・向田邦子
    ・新喜劇(メナンドロス)
    ・ハーレムアニメ
    劣った人間 [悲劇的アイロニー]
    主人公の悲劇的孤立そのものをただ単に描く。
    その孤立は(かつての悲劇のような)理由・原因がない。
    主人公の悲惨は、彼の責任ではない。その意味で不当である。
    主人公の悲惨は、彼の存在そのものがその理由である。その意味で不回避である。
    ・カフカ
    ・ヘンリー・ジェイムス
    ・ヨブ記
    [喜劇的アイロニー]
    主人公はパルマコン(生け贄)として追放される。その結果、社会は平和と安定を取り戻す。読者は安堵を得る、鬱憤晴らしする。
    ミステリーの主人公は、探偵でなく、最終的に罪が明らかにされ、退場する犯人である。悪人が純粋に「悪」であるほど、アイロニーとしては純粋に(物語は単純に)なる。そこでは推理は極度に人為的で恣意的ですらある。
    スポーツ(これも現代の大衆的文芸の一形態である)における、審判にも、パルマコンの機能が見られる。

     そして歴史は繰り返す。

     我々は、詩人(作家)であるにせよ、聴衆(読者)であるにせよ、あまり強くはない。
     歴史を経るに従い、物語の登場人物が「強さ」を失っていくかわりに、物語は我々により近いものになる(つまり「もっともらしさ」を獲得する)。
     歴史が経るに従い、主人公は「強さ」の階段を駆け下りていく。そして勢いあまって、我々からまた離れていく。

     極度のアイロニー(すごく劣った人間の物語)は、再び神話(神の物語)に近づいていく。
     旧約聖書のヨブは、ボコボコにされながら、ほとんど神々しさを身に纏う。彼は最後に神に受け入れられる。悲劇的アイロニーが神話喜劇に結びつく。

     また「近代科学」「啓蒙主義」という物語は、神自体をパルマコン(生け贄)として追放する、それが人類の進歩、無知蒙昧の状態に閉じ込められてきた人類の、暗黒時代の解放だとする。
     喜劇的アイロニーが「神の死」をうたう神話悲劇と結びつく。




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