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     いろいろ図書館やレファレンスについて書いてきたが、基本となる、手元に置くべき辞書の話はして来なかった。
     そこで新入生にかこつけて、言うまでもないような(当然の前提となっていて口の端にも上らないような)、基本の基本の辞書をあげてみる。



    語学辞典

     以下の外国語辞書は、語学学習のためというより読むための辞書である。


    ・英語

    リーダーズ英和辞典第2版+プラス DDv3付き アカデミックリーダーズ英和辞典第2版+プラス DDv3付き アカデミック
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     何を専攻するにしても必携。
     読んでいて胸の奥がぽかぽかしてくる類いの辞書ではないが、お役立ちの度合いはすごぶる高い。定型句、俗語、流行語、専門用語、人名・地名、商品・組織名……と収録語彙の広さと多さもさることながら、それぞれにつけられた訳語の豊富さは群を抜く(他の英和大辞典と比較してみるといい)。
     リーダーズプラスとセットのEPWING版を買ってパソコンで使う。
     教室に持ち込みたいから電子辞書、という向きもあるが、
    ・好きな辞書が選べて、しかも一括で引ける
    ・多様な検索機能がある。とくに全文検索が使えるかどうかは雲泥の差である。
    ・携帯端末にインストールすれば携帯できる
    などの理由でEPWING版+パソコンを勧める。



    ・ドイツ語


    独和大辞典独和大辞典
    (1999/11)
    国松 孝二

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     最大の内容を誇る「独和大辞典第2版」をそのまま縮刷して値段も安くしたもの。
     ドイツ語読みは、これで足りる。



    ・フランス語

    ロワイヤル仏和中辞典ロワイヤル仏和中辞典
    (2005/02)
    田村 毅、 他

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     語彙9万語。付属の辞書CD-ROMの中身はHTML。



    ・中国語


    中日大辞典 第3版中日大辞典 第3版
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    愛知大学中日大辞典編纂所

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     古典から現在までカバーしている唯一の中日辞典の最新版が満を持して登場。


    ・アラビア語

    現代アラビア語小辞典現代アラビア語小辞典
    (1981/01)
    不明

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     小辞典の名を裏切る充実ぶり。
     ゆくゆくはHans WherのArabic English Dictionary of Modern Written Arabicが必要になるだろうが、それまで十分に役立つ。なお、初学者にはパスポート 初級アラビア語辞典がある。



    ・古代ギリシア語、ラテン語
     これ以上はないという最高のセットが、Creative Commons NonCommercial ShareAlikeのライセンスで公開され、さらに大久保克彦氏によってEPWING版されている。

    * Lewis and Short, A Latin Dictionary (LS)

    * Liddell and Scott, A Greek-English Lexicon (1940年版LSJ)




    百科事典

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     とりあえず上の3つをパソコンで使えるようにしておけば、大抵の用は間に合う。
     世界大百科事典3分間無料で試用あり)とスーパーニッポニカ (無料版のYahoo!百科事典)はネットでも使えるので、そちらを選んでもいい。

    ネットで引ける世界の百科事典 読書猿Classic: between / beyond readers ネットで引ける世界の百科事典 読書猿Classic: between / beyond readers

     百科事典は、本当は、ものすごく使える。
     私見では、ものを知れば知った分だけ、その威力は高まる。
     そこんところを昔の自分に教えてやりたい、同じ事典を使っているはずなのに、どうだろうこの違いは、と思うことが実に多い。

     おおざっぱに用途をまとめると、とりあえず3つ。

     一つ目は、初動調査、調べもののはじめの一歩に用いる。調べたいことがどの分野に属するのか分からなくても、百科事典なら引き方は同じである。
     いろんな専門事典を揃えることになっていくだろうけれど、それまでの間、結構使える。一応、それなりの第一人者が書いている。
     また大項目主義を採れる専門事典は少ないので(項目数の多さを売り物にするからだが)、実は百科事典の方が詳しく書いてある場合が結構ある。

     二つ目は、蔵書の補完に用いる。
     どれほどの博学者であれ、蔵書は偏る。でなければ、そもそも役に立たない。
     しかしアタマと書棚にある現有知識だけで、すべてを済ませることはできない。できるとしたら、世界はあまりに退屈なものになる。
     すべての書を収蔵する図書館は存在しないが、それでも真っ当な図書館はすべての人に開かれているが故に、死角を作らないようあらゆる領域の書物を受け入れる構えはある。
     百科事典もこの構えを引き継いでいて、なんでも載っている訳では決してないが、なるだけ死角を作らぬよう網羅性を志している。
     エンサイクロペディアEncyclopediaの語源になったエンサイクロスは「円をなす」を意味する。西周がEncyclopediaに「百學連環」なる訳語を与えようとことが思い出される。

     三つ目は、何を探しているかはっきりしない探し物に用いる。
    先日、サラダの話をしたので、それを例にすると、アスパラガスをつかったサラダのレシピが欲しいなら「アスパラガス サラダ レシピ」とでも入力してググればよい。しかしレシピを欲する人がしばしば直面する困難な「新ネタ」を求めるところに生ずる。自分が知っている/普段作っているサラダ以外の何かが知りたい。しかし検索エンジンのみならず、世の中の探し物ツールは、求めている対象が明確ならば役に立つのだが、しかしそれに先立ってはっきりしないものを捕まえるステップがなければ、そもそも探しようがない。ではどうするか。
     一つの方法は、「サラダ」と入力して、電子版の百科事典相手に全文検索をかけるのである。素材でない項目もいくつかヒットするが、多くは本文中に「サラダに使う」などと書いてある野菜その他の素材である。100種類くらい軽くリストアップできる。それぞれの項目を見れば、調理法まで解説してある。たとえば「うど」は生のままでいける、「切ったものを酢水に漬け、水にさらしてから利用するとよい」と分かる。「うど」が出てくれば、あとは「うど サラダ レシピ」でネットで検索しても良い。
     この方法は、自分が知らないものを引き出したい場合に応用できる。同じことは検索エンジンでもできるのだが、百科事典を相手にした方が効率はよい。情報の総量がずっと少ないことと、編集が入っているせいで情報の質が揃っているのが効いている。




    日本語辞典

     英英辞典には、A.英語を母語とする人たちが使う国語辞典、B.英語を外国語として学ぶ人たちが使う英語辞典の2種類ある。
     Bのタイプの辞書は、定義につかう単語は制限されていて、ごく基本的な単語で語義も例文もできている。例文はフルセンテンスで、英語を書くときにも参考になりそうだし、語の用法がよく分かるようになっている。語の意味も、単に他の単語で言い換えるだけでなく、その基本的な単語を使って噛み砕いて説明してくれる。他にもネイティブ・スピーカーには当たり前で書くまでもないことまで親切に書いてあって、とてもいい。
     Aのタイプの辞書は逆に、ネイティブ・スピーカーにとって当たり前のことをくどくど言うよりも、語彙数と情報量を詰め込んで、ネイティブでも知らないような単語を調べる方向に向いている。例文はほとんどないか、あっても素っ気なく、語の意味も言い換えですませている場合も少なくない。
     日本語を母語にしている人たちの辞書は、ほとんどがAのタイプの辞書ばかりだ。分かったことにしている日本語のあれこれを、一から丁寧に、それこそ外国人にもわかるように説明してくれるBのタイプの辞書があればどうだろう? 特に日本語を書かなくてはならない場面では、Aのタイプの辞書より役に立ってくれるのでは?
     実はBのタイプの辞書は古くから存在する。
     文化庁が作った、その名も

    外国人のための基本語用例辞典外国人のための基本語用例辞典
    (1971/08)
    文化庁

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    がそれだ。しかし知る人ぞ知るという奴で、古書でも結構な値段であったりして入手しにくい。

     しかし、これまた安くはないのだが、新刊書で手に入る

    基礎日本語辞典基礎日本語辞典
    (1989/06)
    森田 良行

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    があり、その志を発展的に継承している(ボリュームは10倍になった)。翻訳家と国語教師、御用達。


    (関連記事)
    辞書を引くこと、図書館を使うことは「読み書き」の一部である 読書猿Classic: between / beyond readers 辞書を引くこと、図書館を使うことは「読み書き」の一部である 読書猿Classic: between / beyond readers






     人生にリハーサルはない。
     
     十分な準備が整うことは、実は少ない。
     自ら選んだ問題についてなら、長い時間をかけて〈専門家〉の域に達することもできよう。
     だが、問題と呼ぶべきものは、不意をうってやって来る。
     向こうからやって来るほとんど問題に対して、誰もが〈素人〉として向かい合うしかない。
     
     例えば、すべての人が病気になるが、ほとんどの人は医者ではない。


     米インテル(INTC)社のCEOだったアンディ・グローブ氏は1994年秋、家庭医がかわった際に健康診断を受けた。検査項目の一つであった血清前立腺特異抗原(PSA)値が高かったので、泌尿器科の受診を勧められた。
     PSA値について調べてみると、前立腺がんの有無や大きさを示す腫瘍マーカーであり、この検査をすることで前立腺がんの早期治療が可能になったらしいことがわかった。

     前立腺は、精液をつくる器官で男性のみにある。クルミほどの大きさで、膀胱の真下にあり、尿道を取り囲むかたちで存在する。
     前立腺がんは、米国においては50歳以上の男性における最も一般的な非皮膚癌であり、米国では約230,100例の新規症例と約29,900例の死亡(2004年)が毎年発生する(『メルクマニュアル18版』)。
     
     自分ががんかもしれないと知り、グローブ氏は衝撃を受けた。
     グローブ氏は化学工学の学位を持ち、世界トップの半導体メーカーに創立期から関わり、1979年に社長、1987年からは社長兼CEOをつとめていた。DRAM事業から撤退しCPUの開発・生産に経営資源を集中した1985年以降、目まぐるしく変わる情報産業で難しい舵を取り続けていた。そして医学の専門知識については皆無の、普通の患者でもあった。
     インテル社は、1993年にはPentiumプロセッサを発表。翌1994年11月にPentiumにバグが発見され、12月末には回収するという事態に陥る。グローブ氏の前立腺がんとの戦いは、ちょうど同じ頃始まった。

     グローブ氏の伝記を書いたリチャード・S.テドローは、この前立腺がんのエピソードが「グローブの問題との取り組み方を知る貴重な手がかり」になるという。
     事実、グローブ氏は、技術やビジネスの問題を解決するいつものやり方で、自分の病気に向かいあった。
     つまり、情報を集め事実を知るために、あらゆる手段を尽くしたのだ。

     グローブ氏にはまず、当時最大のパソコン通信サービスであったコンピュサーブ(CompuServe)にアクセスして、「前立腺ガン」(Prostate Cancer)を検索した。そして分野ごとに設けられたフォーラムと呼ばれる電子会議室の中に〈前立腺がんフォーラム〉を見つけた。
     〈前立腺がんフォーラム〉には、摘出手術や放射線治療、凍結治療などの様々な治療法が紹介され、尿失禁や性的不能などの副作用を伴うことが書かれていた。
     また患者や家族が情報交換や体験談を書き付ける〈会議室〉では、前立腺がんのせいで健康も仕事も家族もすべてを失った元パイロットの手記があり、気を滅入らせた。
     他にも、前立腺がんについて書かれた本や論文が紹介してあった。グローブ氏は、その中で患者と医者が共同で書いた本を購入することにした。

     こうした一通りの探しものに平行して、グローブ氏は次の行動をとった。
     自分が受けたテスト(PSA検査)自体をテストすべく、再度PSA検査を受け、自分の血液サンプルを別会社の検査キットで検査するよう別々の検査機関に送った。
     これは〈事実を呼ばれているもの〉についても確かめずにはおれない、グローブ氏のいつものやり方でもあった。
     複数の検査機関からの結果は一致していた。
     泌尿器科も前立腺がんとの診断を下し、4つの選択肢:摘出手術、放射線治療、凍結治療、経過観察を示した。
     骨と内蔵への転移を調べるため、骨スキャンとMRIを行い、どちらの転移も発見されなかった。

     がんの告知を受けた後も、グローブ氏は休まず探しつづけた。
     最初に購入した本を読み、そこで引用文献としてあげられていた論文を集めた。
     最初はチンプンカンプンだったが前に進んだ。
     学生時代、半導体デバイスの研究をしていた頃も同じだった。
     同じ分野の論文を読み続けていくうちに、次第に見えるようになっていくのだ。
     それと同時に、すべての論文から治療データを拾い出して、自分でグラフにプロットしていった。
     昼間はインテルの激務があったが、これはがんのことを忘れていられるので救いとなった。
     眠りにつく時が、一番つらかった。

     グローブ氏が前立腺がんであり、そして自分のがんについて猛烈に調べていることは、すぐに周囲に伝わった。
     妻は、近くのスタンフォード大学の図書館に何度も足を運び、論文のコピーを取ってきてくれた。
     友人の医師は、自分が検索でみつけた論文を論文を送ってくれた。
     前立腺がん治療についての講演の録音を入手し、それも聞いた。

     文献が集まり、自分の理解が進んで行くと、前立腺がんを巡る状況について次第に次のようなことが明らかになっていった。
     この分野では近年活発に研究が行われ、新発見や新しい治療法が続々と登場していること。
     それらの研究の中には相互に矛盾するものも少なくなく、専門家の間でも議論が分かれている部分が相当にあること。
     そして外科医は外科手術、放射線医は放射線治療だけに詳しい。医師は自分の専門領域の治療法だけしかあまり知らないのではないか、ということにグローブ氏は気付き始めた。

     前立腺がん治療が、今ホットな領域であることは、多くの新知見が登場し、治療技術の進歩が著しいと見ることもできる。
     しかしこうした時期には、新しい治療法の確立のために、「新治療法には確かに効果がある」ことを示すデータや研究を出すことに急で、様々な治療法を同じ条件で比較する研究はそれより遅れて登場する。
     複数の治療法の選択を行わなければならないグローブ氏にとって必要なのは前者の新治療法についての研究ではなく、後者の治療法同士を比較する研究であることは明らかだった。

     グローブ氏は論文から治療成績のデータを拾い上げ整理し突き合せた。
     若く腫瘍の小さい患者は摘出手術を受けることが多く、高齢でがんが進行した患者は放射線治療を受けることが多いため、そのまま比較すれば摘出手術の方が結果がよいという結論になる。
     公平な比較には、条件を揃える必要があった。
     グローブ氏は、がんの重症度の指標としてPSA値を使い、治療法の成果として治療5年後の再発率を用いて、複数の治療法を比較できるよう、拾い上げたデータをプロットしていった。

    fortunegraphs.jpg


     専門家や患者にも会って話を聞き、新しい情報が得られなくなった。
     グローブ氏はすべてのデータを、あのプロットにまとめ直した。そして、
     "I decided to bet on my own charts".(自分のグラフに賭けることに決めた)。


     グローブ氏は自分で探した専門家のところへ行き、シアトルで自分が決めた治療法を受けた。
     3日後には職場復帰した。



    (参考文献)

    FortuneCoverGrove150.gif

    TAKING ON PROSTATE CANCER
    FORTUNE
    Monday, May 13, 1996
    By Andy Grove


    ……グローブ氏自身による前立腺がん闘病記。


    アンディ・グローブ[下]―シリコンバレーを征したパラノイアアンディ・グローブ[下]―シリコンバレーを征したパラノイア
    (2008/06/27)
    リチャード・S.テドロー

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    ……下巻第20章「人生とは思いどおりにいかないもの」に前立腺がんのエピソードが登場する。


    情報検索のスキル―未知の問題をどう解くか (中公新書)情報検索のスキル―未知の問題をどう解くか (中公新書)
    (2003/09)
    三輪 真木子

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    ……5.1「情報スキルを身に付けた人には」にグローブ氏のこのエピソードの紹介がある。





     最も自炊から遠い人にも可能な、小さき最初の一歩を述べる。
     多分、初めて一人暮らしする新入生にも役に立つだろう。


    「まずい食材はない。
     まずい料理があるだけだ」
       ミッシェル・サラゲッタ


     上にあげた一節から次のことが導き出される。すなわち、

     サラダに失敗はない。
     なんとなれば、サラダはまだ料理ではないからだ。

     サラダは、ほとんど食材そのものである。
     食べられるものでつくれば、食べられる範囲におさまると思っていい。

     これだけでも、あなたがまずサラダからはじめる十分な理由になるだろう。

     サラダを「つくる」のに火はいらない。
     熱を加えて、食材が「消し炭」になる恐れがない。
     料理下手な人間は、自分でも結果が予想つかないことに向こう見ずにも挑む。
     そして食品の域をやすやすと超えてしまうのだが、サラダはあなたをそんなに遠くにまで連れては行かない。

     食材を手に入れよう。
     そしてそれに味をつけよう。
     最初は市販のドレッシングで十分だ。
     
     コンロも電磁調理器も要らない。
     誰でもいつでもキッチン・レスでも、サラダはつくれる。

    (だから、あなたがまず手に入れるべき調理器具はサラダボウルである。例えばこういうの↓)

    NARUMI デイプラス(Patia/電子レンジ・食洗機対応) 19cmサラダボウル 陶磁器 40627-3621NARUMI デイプラス(Patia/電子レンジ・食洗機対応) 19cmサラダボウル 陶磁器 40627-3621
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    ナルミファインチャイナ

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    料理はすべてサラダのなれの果てである

     切るなり、ちぎるなりして食材の形を変えて、
     それを調味料(や他の食材)とまぜる。

     サラダは、たったこれだけのことでできている。

     そして、このプロセスは、ほとんどすべての料理に見られる。
     切りもちぎりもしない、調味料も登場しない、そんな料理は想像しがたい。
     言うならば、サラダはすべての料理の中にある。
     あるいは、こうだ。
     すべての料理は、サラダのなれの果てである。

     サラダがつくれないのに、他の料理ができることはありえないし、
     他の料理ができるのに、サラダが作れないこともありえない。




    サラダはフレームワークである


     教育関係者の大好きな俚諺に「授人以鱼不如授之以渔」(魚を与えず釣り方を教える)というのがある。
     2、3のレシピを提示しても、それは数日もたないだろう。
     100のレシピを習得するには何日もかかってしまうだろう。
     しかし食べることは日々の営為である。
     胃袋はあなたが料理人になるまで待ってはくれない。

     サラダは、単に料理のカテゴリーであるだけでなく、ひとつのフレームワークである。
     サラダを学ぶことは、個々のサラダのレシピを学ぶことではなく、様々なサラダのレシピを創出する方法を学ぶことなのだ。
     サラダという考え方を習得すれば、いくらもレパートリーを生み出すことができる。


    食べられるもの×ドレッシング=サラダ


    例:レタス×ドレッシング=サラダ

    例:(きゃべつ千切り+にんじん千切り)×(酢+塩+砂糖+マヨネーズ)=コールスローサラダ


     冒頭に引いたミッシェル・サラゲッタはこんなことも言っている。

     トマトに塩をかければサラダになる。


    例:トマト×塩=サラダ


     これについては、〈原初的サラダ〉の項で取り上げよう。

     生では食べられぬものでも、加工(蒸す、煮る、焼く、揚げる……)すれば食べられるのであれば、上の式の「食べられるもの」のところに代入できる。


    例:(鶏肉→蒸す→蒸し鶏+トマト)×(ポン酢+ラー油)=蒸し鶏のサラダ

    例:(ピーマン→(焼く)→焼きピーマン)×麺つゆ=ピーマンの焼き浸し


     我々はこれらも〈サラダ〉として扱う。
     日本食の和え物はすべて、そのまま〈サラダ〉と見なすことができる。
     したがって、おひたしや酢の物もすべて〈サラダ〉である。

     牛肉を焼いてポン酢をかけて食べても〈サラダ〉なのだとしたら、ステーキもまた〈サラダ〉である。
     こんなことを許せば、あらゆる料理が〈サラダ〉になるのではないか?

     その心意気やよし。

     〈サラダ〉概念の順調な拡張を通じて、サラダ入門者は「普通に料理ができる人」になっているだろう。これこそ望むところである。
     この話題もまた後ほど展開することにしよう。


     また、すでに加工されている缶詰などは、そのまま上の式の「食べられるもの」のところに代入できる。


    例:(ゆで大豆(缶詰)+タマネギ+キュウリ+トマト)×(マヨネーズ+塩+コショウ)=大豆サラダ





    原初的サラダ

     トマトに塩をかけただけでサラダとは乱暴な話だ、と思う人もいるだろう。
     しかし人の道を逸したわけではない。
     サラダ(フランス語:salade、英語:salad)は、ラテン語の sal(塩)、salare(加塩する)に由来する。
     つまり、これこそが純粋なサラダ、サラダの原初形である。

     もっとも14世紀末の料理人はすでに、塩の他に油と酢を振りかけて、パセリ、セージ、ネギ、クレッソン、ウイキョウ、ニンニクなどを食べる方法を書き残している。
     今で言うフレンチ・ドレッシング(ビネグレットソース)の原型があったという訳だ。
     17世紀後半にはすでに、野菜以外にも鶏肉、魚、エビなども用いたサラダが登場している。

     サラダの「なんでもあり」は、昨日今日はじまったものではない。

     大抵のことをサラダは大目に見る。




    しめさばはサラダである

     しかしこの3つ(塩、油、酢)を必ず用いなければならない訳ではない。
     我々はとってサラダはフレームワークであり、料理の結合術(ars combinatoria)である。
     組合せこそ探求すべきものなのだから、味付けについても同じ精神で望むことにしよう。

     では酢だけではどうか?

    例:塩サバ×酢=→(酢に漬けて半日放置)→しめさば


     しめさばである。
     より一般的に言えば、「なます」である。

     なますは、もともと切り刻んだものをいい、酢とは直接関係がなかった。
     中国では割鮮といい、割烹の「割」の方だが、『日本書紀』ではこれに「なますつくる」と訓する。『文選』(6世紀前半)では「アザラケキ ヲ サク」と読ませ、火熱を用いない料理の意味する。
     この「なます」から、刺身と酢の物へと分化したのだろうと考えられている。
     ここでも材料は、サバに限らない。


     食べられるもの×酢(と時間)=なます・酢の物


    例:
     カキorナマコorイカなどは生のまま×酢(と時間)=なます・酢の物

     (アジorサバ×塩)×酢(と時間)=なます・酢の物

     オコゼ、コチ、アンコウなどは熱湯をくぐらせて×酢(と時間)=なます・酢の物

     エビ、カニ、タコ→(茹でる)→×酢(と時間)=なます・酢の物

     野菜→(塩もみするか、軽くゆでて)→×酢=なます・酢の物


     大雑把に言えば、サラダと酢の物の違いは、調味料に油があるかないかの差でしかない。
     ここにノンオイル・ドレッシングが登場すれば、酢の物とサラダのM&Aは時間の問題である。
     業界の住み分けに興味がない我々は、境界付けに力を注ぐよりも、〈サラダ〉の越境をそそのかす方が利が大きい。
     なによりも、より多くの料理をより一般的な展望の下に見ることができる。
     シンプルなルールは認知資源の面で経済的であり、また実践上もより汎用的である。

     すべての料理をサラダと見なす暴論は、材料が入っていれば何だっていいのだから、すべてをミキサーにかけて飲めばよいというミキサージュース原理主義に行き着くのであり、これは料理文化の完全な破壊であるという立論はまだ見たことがないが、我々は組み合わせが生み出す多様性を尊重するのであり(だって飽きるじゃないか)、ビギナーが最も容易にマンネリ・メニューから脱出できる方策として〈サラダ〉というフレームワークを活用するのである。
     いわゆるラディカルなサラダ主義に対して、考えるのに便利だからそうする立場を方法論的サラダ主義と呼ぼう。いずれにしろ、料理にはあまり関係のない話だった。




    ナムルもユッケもサラダである

     塩、酢と来たから、今度は油をメインに据えてみよう。


    例:(ゼンマイor大根orほうれん草orもやし)×(ごま油+ごま+塩or醤油+α)=ナムル


     ナムルはぶっちゃけ、ごま油を使ったおひたしである。
     ここでも、本当は素材ごとに調味料の比率や種類(+αのところ)が違うのだが「しくみ」の説明なので簡単にした。
     

    例:生食用牛肉(薄く刻む)×(ごま油+醤油+にんにく+ショウガ+味噌)=ユッケ



      生卵をのせろとか、ゴマをかけろとか、味噌はあんまりだヤンニョムジャンを使え、いやテンメンジャンだ、という意見もあるだろうが、すべて承諾する。

     しかしやってることは、レタスにドレッシングをかけたのとそう変わらない。
     生食用牛肉を薄く切ってで形を変え、その次に調味料と混ぜている。
     ユッケもまた、考え方はサラダでつくることができる。
     
     他のサラダと同様に、食材のところを取り替えれば、別のものができる。
     たとえば牛肉のかわりに、マグロでもツナ缶詰でもイカでもタコでもいい。




    サラダは何故、独学者にふさわしいか

     そろそろまとめに入ろう。

     サラダのコツはひとつしかない。
     作ったらすぐに食べることだ。
     この条件は、作る人=食べる人であるとき、最も確実に達成される。
     サラダは、この点でも、独学者にふさわしい。

     自立した人間とは畢竟、自分に必要な食べ物を自分で用意できる人間のことである。
     これが自己陶冶の前提であり、最初の一歩でもある。


     独学者に必要な生活技術は、自炊にはじまる。

     ろくなものを食ってないと、確実に体調はおかしくなる。風邪が何日も治らなくなる。出掛ける気力も失われて、心身の状態はスパイラルに悪化していく。
     パフォーマンスが落ちてきた、集中力が落ちてきたという自覚があるなら-----集中力とは、ぶっちゃけ体力のことだ-----、薬剤やドリンク剤を口に放り込むよりも、まともに食って寝た方が早い。効果も高い。



     最後にこんなものを。
     サラダにした後に加熱するものだ。
     サラダから、他の料理へ向かうあなたへのはなむけとする。

    例:
    (1)トマトの中身をスプーンでえぐり取る。
    (2)シーチキンとトマトの中身をまぜる。
    (2’)(汁は切っておいた方がいい。トマトの中身を包丁で小さなサイコロ型に切ってから混ぜたほうが食感がよいが、必須というほどではない)。
    (3)シーチキンとトマトの中身を混ぜたものを、再びトマトの中に戻す。
    (4)粉チーズを振り掛ける。
    (5)オーブントースターに入れて焼く。



     ここまで来ると、料理と呼んでも一応差し支えないだろう。
     まだコンロも電磁調理器もいらない。キッチンのないところでも調理可能なレベルである。


    ※ 本記事は、玉村 豊男『料理の四面体』の「刺身はサラダである」の章について、人に話している時に着想を得た。
     例によってうろ覚えで書き出したが、読み返したところ、自炊者にとってのフレームワーク本として推薦できると思う。
     より具体的な作業について不安のある場合は、同著者の『男子厨房学(メンズ・クッキング)入門』も手がかりになるかもしれない。


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    末尾にあげてる本が難しすぎるとクレームがついたので、オススメ本を追加する。

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     2回目があるとしたら、まぜごはんの話を書くと思う。