2011.02.27
点の読書、線の読書、面の読書
点の辞書引き
知らない単語だけを辞書で引くことは、ある本だけを見に/借りに図書館に行くことと対応している。
線の辞書引き
たどる辞書引き。
定義や例文の中の単語を更に引いていく。あるいは関連のある単語を追いかけて引く。
辞書は(理想的には)閉じている。
つまり辞書に登場する言葉は、すべて辞書の内で説明される。
理想の辞書においては、たどる辞書引きは、辞書の外へと出ることがない。
一冊の辞書のなかで、どこまでもたどり続けることができる。
面の辞書引き
しかし現実の辞書には破綻がある。
追跡の手がかりがどこかで途切れるだけではない。
巡り巡って、また最初の場所に戻って来れるとは限らない。
そればかりか、ある項目と別の項目の記述同士が食い違い矛盾し合う場合がある。
このことを発見する人は、辞書の中に張り巡らされた「つながり」をどことん追い続けたのだ。
そこは、線の辞書引きの果てに行き着くかもしれない場所だ。
そこに至れば、人はもうその辞書の中だけにとどまることはできない。
辞書の中に、その外へと開く《裂け目》が、今やそこかしこに見つかるだろう。
点の読書
その一冊を読む読書。
かけがえのない一冊であって、他の書物と取り替えることなど思いもつかない。
だから図書館には、その本を借りるために何百人の待ちができる。
どの本を読むのか、どう選ぶのかは、次の課題である。
本を探し選ぶことは、「一冊の本」の外にあることだから。
「点の読書」では、その人が読む本は互いにつながっていない。
たとえば誰かに教えられた本だけを読んでいくのは「点の読書」ということになる。
線の読書
たどる読書。
知識は、そして書物というものは、他の知識/書物と切り離されては存在できない。
知識は他の知識に依拠したり、他の知識の前提となったりと互いにつながり合っている。
書物にしても同じことで、一冊の書物は、無数の他の書物を前提としているし、これからの書物に前提を与えもする。
引用/参照関係が明示されることも明示されないこともあるが、明示される場合でも参考文献としてあげられるものは、書物が持つつながりのごく一部でしかない。
書物を読むことはもともと、一冊の書物にとどまらないものだ。
たとえば、書物のある箇所に疑問を感じたら、あなたの読書は一冊の本の外へ誘われている。
その誘いに応じれば、否応なく一冊の本を越えて読むことになる。
そのことに気づくと、人は独りで読み始める。
1冊1冊をあてがってくれる指導者や案内人を離れて、書物の中にばらまかれた手がかりを頼りに〈次の書物〉へと進む。
そして図書館は「線の読書」を支援するために存在する。
面の読書
知識の網目を編み上げていく読書。
書物たちが取り結んでいる関係を離れて、読む人自身が抱えるものに従って、今まで出合ったこともない書物同士、知識同士を突き合せていく。
出会い、ぶつかり合い、切断され、つながれる。
書物の秩序に従うのではなく、読み手が書物や知識の間の関係を織り上げていく。
ここにおいて人は、書物を読むのではない。世界を読むのだ。
2011.02.24
百科事典には何が書いてあるのか?
百科事典のことをもう少しだけ書こう。
何か本を薦めろとか、良い本はないかとか、すごいのはどの本だ?などと尋ねられて、本気で答えていいのなら、百科事典をあげる。
何百人どころではない、何千人もの「第一人者」が、それもてんでばらばら好き勝手なことを書き散らすというのでなく、尋常でないエディターシップのもと、世界のおよそすべてのことのうち、どうしても言い落とせないことばかりを集めて編んだ、これほどの浩瀚なものは事によるとこの先望むべくもないかもしれない、人間知性の歴史のなかで、その偉業を瞼の裏に刻み付けるに足りるような、そんな書物。
しかも、ただの記念碑の類いとちがって、今このときも、大いに使えて、すごぶる役に立つ。その有益さや、ページあたりや単価あたりのコストパフォーマンスも群を抜く。ほとんどの本は太刀打ちできまい。
では何故、人は百科事典のことを取り上げたり誉めたたえたりしないのか?
職業書評家が新刊書を取り上げるのは、仕事だから仕方がないが、自分の目と手と足で、好きな本だけを選んで紹介できる人たちさえも、百科事典を取り上げないのは何故か?
恥ずかしいからだ。
本読みを自任する人間が百科事典の話をするなんて、マンガ好きを名乗っておいて「手塚治虫が好きだ」と告白するようなものだ。クラシックを聞くとうっかり漏らしておいて、「好きな作曲家はベートーベン」とたたみ掛けるようなものだ。
自分で本を読むようになると、大抵の人は、百科事典になど見向きもしなくなる。
多少は知り始めた事柄、このところ本を読み出して追いかけだした事項を探しても、百科事典には載っていないからだ。
「なんでも載っている」とぼんやり思っていたものの正体が、干からびた常識と通説のにこごりであることを知って失望する。
確かに百科事典には、新刊書に書いてあるようなことは書いていない。
これは当然だ。
逆に、百科事典に書いてあるようなことを、わざわざ新刊書に書いて誰が読むだろうか?
ウィキペディアをコピペしてレポートを書く学生がやるようなことを、プロの書き手がやって許されるはずがない。
こう考えると、百科事典には何が書いてあるか予想がつく。
百科事典には、あなたが知りたいようなことは載っていない。
あなたが知っているべきことが載っているのだ。
つまり、こういうことだ。
百科事典に書いてあるようなことを、わざわざ新刊書に書くものはいない。書いてある以外か、以上かを書く(あるいは、書こうとする)。
百科事典に書いてあるような「常識や通説」は、挑まれるにしろ、足がかりにされるにしろ、その前提となる。
新刊書に盛り込まれている(べき)新しい知見は、そうした「常識や通説」に対して新しいのだ。
しかし知るべきことを、誰もが現に知っているならば、この世界に学習も教育も観察されないだろう。
人は実際のところ、知っているべきことのほとんどを知らない。
〈可能性としての知識〉は、いつもどんな人にとっても現有知識の遥か上にある。
だから百科事典は存在する。
誰かから質問された場合、相手が当然にGoogleか何かでネットを検索した上で尋ねているのだという前提に立って、あなたは返答するだろう。
でなければ、面と受かっては言わないまでも、心の中で(あるいは匿名掲示板で)「ググれカス」と舌打ちするだろう。
何も、検索エンジンを使って到達し得るあらゆる情報を頭脳にあらかじめ格納しておけ、と相手に要求している訳ではない。
けれど、それらの情報は(ネットに繋がっているなら、指先を少し動かせば到達可能だから)、〈可能性としては知っている〉と見なされる。
百科事典に書いてあることも同様である。
ネット検索に等しい労力で、(たとえば先のYahoo!百科事典のような)百科事典は引くことができる。
百科事典に載っている知識は今や、検索エンジンを使って到達し得る情報と同じ程度には、容易に到達可能であり、〈可能性としては知っている〉と見なすことができる。
知っているべきこと、とはそういう意味だ。
百科事典に書いてあることは、あなたも(可能性としては)知っており、私も(可能性としては)知っている。
だから、そうした知識は前提として(あるいは共有の〈背景〉として)、ものを教え合ったりアイデアを伝え合ったりできる。
百科事典は、そのためのインフラである。
2011.02.20
本当のデカルトさんが読者に本の読み方を提案する

デカルト(René Descartes, 1596-1650)は自分の本(哲学書)をこんな風に、気楽にしつこく読んで欲しいと言っている。
普段読みつけない難しいめの本を読む時に参考になるだろう。新入生にもおすすめだ。
「最初はこの書物全体を、いわば小説を読むように、ざっと通読していただきたい。
あまり心を張りつめたりせず、むずかしい個所にぶつかるようなことがあっても、たいして気にかけたりせず、私の扱っている問題がどのようなものであるかを大づかみに知っていただくだけでけっこうです。
そしてそのうえで、これらの問題は検討する値うちがあると思い、その原因を知りたいという気が起これば、再読して、私の理由のつながりに注目してくださるとよいのです。
しかし、そのつながりをあますところなく十分に知ることができなかったり、すべての理由を理解するわけにゆかなかったりしても、まだあきらめてはなりません。
難解と思われる個所にペンで線を引いておき、中断せずに最後まで読みつづけさえすればよいのです。
それから、三たびこの書物をとりあげてみるなら、さきに印をつけておいた難解な個所の大部分が解決されるでしょう。
それでもなおわからぬ個所がいくらか残るにしても、もう一度読みかえしてみるなら、ついにはその解決が見いだされるであろうと、私はあえて信じております」
引用は『哲学原理』Principia philosophiae(1644年)のはじめにある「仏訳者にあてた手紙―序文にかえて」のところから。このすぐ後に、学問を学ぶ順序を説明する下りがある。
手元にある本だと『世界の名著 デカルト』中央公論社(1967,中公バックス版1978),p.323.
中公クラシックス版が同じ訳のはず。
なお改行は多めに入れてみた。
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