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    キケロ『弁論家について』(De oratore, B.C. 55)

    弁論家について〈上〉 (岩波文庫)弁論家について〈上〉 (岩波文庫)
    (2005/05/17)
    キケロー

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    弁論家について〈下〉 (岩波文庫)弁論家について〈下〉 (岩波文庫)
    (2005/06/16)
    キケロー

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     レトリカ(弁論術)は、発想法、構成法、修辞法、記憶法、提示法(今でいうプレゼンテーション)をコンポーネントとする、実践知性の総合技術である。
     キケロはこの技術における史上最高の実践家であると同時に、ピタゴラス-プラトン以来の厳密知とソロン以来の実践知の系譜とを調停しようとした理論家、思想家であった。
     ルネサンスでも、あるいはフランス革命でも、あるいはキリスト教ですらも、およそ我々が「西洋」と呼ぶ文明を形成したムーブメントにあって、この大昔のローマ人から直接間接にインスピレーションを得なかったものはほとんどないといっていい。
     ヘンな宗教にはまって、さんざんな青年時代をおくっていた放蕩者のアウグスティヌスは、このローマ人の書に触れて真人間となり、やがては聖人にまでまつりあげられた。
     同じく聖ヒエロスムスは夢の中で、この共和制ローマ最大の弁論家と自ら信仰の源たるイエス・キリストとどっちを取るのかと迫られ、「イエスです」と答えては「このウソツキ野郎」と神様にどなられる始末だった。
     ルネサンスの口火を切ったペトラルカが骨の髄までこのローマ人にぞっこんであったのは周知の事実であり、この人文主義者(ユマニスト)たちの武器庫となり、導きの星となったものこそ、世界で最初にフマニテート(人間性)なる概念を提出したキケロその人だった。
     さらにはモンテーニュ、マキャヴェリ、、グロティウス、モンテスキュー、ヴォルテールの傍らにあり、繰り返し英国議会に現れ、あるいは合衆国憲法を起草中のトマス・ジェファーソンの側らにも立っていた。
     有名な辞書をつくり現在の「英語」制作者のひとりでもあるジョンソン博士は、しょっちゅうこのローマ人のセンテンスを真似して自分の言葉を鍛え上げていったし、エドモンド・バークはローマ人の文体を何とか盗もうとし、彼の弁論集を何度もひっくり返して読んだ。


    デカルト『方法序説』(Discours de la méthode, 1637)

    方法序説 (岩波文庫)方法序説 (岩波文庫)
    (1997/07/16)
    デカルト

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     いまさら紹介するまでもない本なのだが、なんとかシンキングみたいな本すべてと交換してもお釣りが来るくらいには値打ちがある。
     さて、デカルトは「物覚え」が悪かった。しかもそれを気に病んでいた。
     そのことが彼をして、シェンケリウスの『記憶術』をひもとかせ、ルルスの術(異教徒を改宗させるための一種の論理的技術)に関心を寄せさせた。
     しかし彼が記憶術に下した「評価」は酷評を極め、結局のところそれらをペテンだと決めつけた(つまり、そこまでやってもデカルトの「物覚え」は改善されなかったらしい)。
     彼は、伝統的な記憶術にも、新方法であるルルスの術にも背を向けた。
     それからデカルトがもとめたのは「すべての知識に関してそれを覚えておこうとするとき、なんら記憶の必要がない」やり方だった。
     まったくのゼロに立ち戻りそこから始めること。つまりは過去と伝統から手を切ること。
     西洋の中世あたりには「哲学」は「問題」の形になっていた。
     あらかじめ「問題」が用意されていて、これらの「問題」を「決まった手続き」で考えることだけが、本当に考えること(哲学すること)だとされていた。
     デカルトはそんなことはやらなかった。
     そうすることが「哲学すること」だとしたら、そんな哲学を「つづける」ことなどデカルトはしなかった。
     デカルトがやったのは、「つづける」こととは反対に「はじめからはじめる」ことだった。
     彼は「問題についての思考」なんかでなく、自分がどうやって「本当に考えること」をはじめたか、どうやって「はじめる」に至ったかを述べ書いた。
     「どうやったか」が彼の哲学であり、それ故にデカルトの(そして近代の)「はじまりの書」には「方法」の名が与えられる。
     
     
    『フランクリン自伝』(Mémoires de la vie privée de Benjamin Franklin, 1791)

    フランクリン自伝 (岩波文庫)フランクリン自伝 (岩波文庫)
    (1957/01/07)
    フランクリン

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    The Autobiography of Benjamin Franklin (Dover Thrift Editions)The Autobiography of Benjamin Franklin (Dover Thrift Editions)
    (1996/06/07)
    Benjamin Franklin

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     フランクリンという100ドル札になっている人は、本当にいろんなことをしている。1万円札になっている男も自伝を書いているが、こっちは本当にたいしたことは何もしていない(まあそこがよいのであるが)。
     たとえばフィラデルフィアでアメリカ初の公共図書館を設立し、つづいて消防組合を、アメリカ学術協会を設立、宗教と関係のない近代的学校の設立を考えフィラデルフィア・アカデミー(ペンシルベニア大学の前身)を設立、雷に向かって凧をあげてそれが電気であることを確かめ、避雷針、ロッキングチェア、遠近両用眼鏡、グラスハーモニカ、サマータイムなどを発明した。
     たくさんの人が言っていることだが、「自己啓発」とか呼ばれるものはすべてフランクリンの劣化コピーに過ぎない。
     紙に線一本を引くだけでできる意思決定法「フランクリンの表」といった手技から、時間や財産やモチベーションといったリソースのマネジメント法、そして有名すぎる十三徳などを見れば、そのことは明らかである。
     マックス・ウェーバーなどは、この本を読み込んで『
    プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という世界最初のビジネス書を書いた。

     
    ビュァリ『思想の自由の歴史』(A history of the freedom of thought, 1913)

    思想の自由の歴史 (岩波新書)思想の自由の歴史 (岩波新書)
    (1983/05)
    J.B. ビュァリ

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     このブックリストは「どんなふうに考えたら良いか?」といった疑問に応じているように思えるかもしれないが、この本はそんな疑問の手前で踏み切って斜め上へと越えていく。
     ビュァリは「思想の自由」は保障されなくてはならない、なんてことは言わない。
     考えることは、あれやこれやと選択するよりも先に、止むに止まれぬものとして生まれ、止めようもなく流れ出ていくものだ。
     だから、そうした流れを止めようする輩は、次から次へと挑戦と攻撃を受けるのだ。そして、これこそが「思想の自由の歴史」であり、そう呼ばれるに足るものなのだ。
     思想の自由は、考えることが否応なく抱える衝動であり、考えることの宿命である。
     考えることについて考えるのに疲れたら、常に/既に考え続けている自分に立ち戻らせてくれる、火のように吠えるこの本を。 


    アドラー『本を読む本』(How to read a book, 1940)

    本を読む本 (講談社学術文庫)本を読む本 (講談社学術文庫)
    (1997/10/09)
    J・モーティマー・アドラー、V・チャールズ・ドーレン 他

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     読書論は、最も読むに耐えないジャンルである。
     だがこの本は手元に置いておいていい。理由は、技術書だから。
     ネタバレを避ける読み方は物語の筋をページの順序でたどる場合はよいが、それ以外の大抵の本では適応的でない。
     ぶっちゃっけ、本は小説のように読むものではない。
     目次を熟読し、全体を軽く流して目を走らせ、どこに何が書いてあるかを把握し、ランダムアクセスできるように準備を整えて、それから読むものだ。
     言い換えれば、カバー・トゥ・カバーで最初から最後まで読み通した後に(少なくない人が「読み終えた」と思う瞬間から)、ようやく本来の読みが始まるのである。
     こうした読書の最初等技術からはじめて、自分が抱えるテーマにそって複数の書物を読み貫いていく読み方(アドラーはこうした読み方をできることが大学の学部卒業の要件ではないかと言っている)まで、ベーシックな(とあえて言おう)読書の技術がコンパクトにまとめてある。

     
    オズボーン『独創力を伸ばせ』(Applied Imagination, 1953)

    独創力を伸ばせ (1971年)独創力を伸ばせ (1971年)
    (1971)
    A.F.オズボーン

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    Applied Imagination - Principles and Procedures of Creative WritingApplied Imagination - Principles and Procedures of Creative Writing
    (2011/06)
    Alex Osborn

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     知らない人のいない「ブレーン・ストーミング」の創案者が書いた原典。
     邦訳は長らく絶版であるが、原著は今年(2011年)6月にも新装版が出た。と思えば、昔のペーパーバック版が9850ドルで売られているのを見たことがある。
     クリエイティブ・シンキングについては、互いによく似た膨大な数の書物がある。創造的思考は畢竟「思いつき」であり、創造的思考について創造的思考を適用すれば、おびただしい数の創造的技法が、わんさかと創造されるからである。〈思いつき〉の、〈思いつき〉による、〈思いつき〉のためのツールという訳だ。
     もちろん〈思いつき〉だから駄目だ、役に立たない、という訳ではない。出自がどうあれ使ってみて良ければ万事OKだ。
     ところが、このブレーン・ストーミングというやつは、同じ人数で他のやり方をした場合とアイデアの生産性など比較がされているが、アイデアの量でも質でも、他より必ずしも優れているという結果が得られている訳ではない。
     おそらくは実際の生産性よりも、「ブレーン・ストーミング」という技法がぶちあげたコンセプトが〈創造的思考〉という魅力ある市場が成立するのに役立った側面が大きい。
     「他人のアイディアについて評価・批判しない」「自由奔放なアイディアを尊重する」「アイディアの量を求める」「他人のアイディアの結合と改善をする」といったブレインストーミングの諸原則が開く「自由」の甘美さ。創造的思考が生み出すものが、さほど創造的でも独創的でもないとしても、「ブレーン・ストーミング」やそれに似た技法を繰り返すだろう。その意味でも、オズボーンのこの書はまだ鬼籍に入るのは早い。


    フランクル『夜と霧』(Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager, 1956)

    夜と霧 新版夜と霧 新版
    (2002/11/06)
    ヴィクトール・E・フランクル

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     原題は「心理学者、強制収容所を体験する」。
     強制収容所では、物理的・肉体的苦痛よりも、人間扱いされないことがキツイ。
     強制収容所では、人間扱いされないために、「いまにみてろ、いつかきっと」という気持ちになりやすい。
     強制収容所では、いつこの生活が終わりになるかわからないので、「いつかきっと」の「いつか」が、何時なのかわからないので堪える。
     強制収容所では、だから「いまにみてろ、いつかきっと」とか「世が世なら、おれだって」みたいなことを思っている人ほど、《心が折れ》やすい。
     強制収容所では、「いつか」がわからないので、日常の細々した損得にこだわり、そのために詐術をつかったりして、心がすさんでいく。それに気付いて、余計心がすさんでいく。
     強制収容所では、《心が折れる》と「腸チフス」になって(というか潜伏していた症状が全面的に出てきて)死に至る。
     この本は、地獄のような場所で《心が折れ》たらどうなるか、また《心が折れ》ないようにするには、生き延びるには、何をどう考えればいいかが書いてある。


    川喜田二郎『発想法』『続発想法』(1967,1970)

    発想法―創造性開発のために (中公新書 (136))発想法―創造性開発のために (中公新書 (136))
    (1967/06)
    川喜田 二郎

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    続・発想法 中公新書 (210)続・発想法 中公新書 (210)
    (1970/02)
    川喜田 二郎

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     これ(ら)は名著と言えるほどよくできた本ではないが、およそ「考えること」に関するほとんどあらゆる事項が、「よくもこんな小さな本にこれだけのことが」と驚くほどに詰め込まれている。
     雑多なデータをカードに記述し、既存のカテゴリーによって分類することなく、データをして語らしめることを通じてグループ化していき、それを図解化し、さらに叙述化する、いわゆるKJ法はそのひとつに過ぎない。
     それでも人の作動記憶の域からあふれるほどの多過ぎる素材を扱うために、一望化すること、並べ替えること、圧縮すること、関連付けることなどは、知的作業の基幹スキルである。
     人間がいっぺんに処理できる情報はとても少ない。
     情報を食べる口はおちょぼ口である。
     だから小さくちぎったり、コンパクトにまとめたりする必要がある。思考の視野から溢れ落ちないように一望する工夫が要る。
     そうしたやり方を知って使えることが、大容量の素材を前にして打ちのめされないための基幹スキルになる。
     そして、この基幹スキルは、あまりに多くが盛り込まれたこの小さな本を読む際にも、適用されなくてはならないだろう。
     
     
    カーカフ『ヘルピングの心理学』(The Art of Helping, 1972)

    ヘルピングの心理学 (講談社現代新書)ヘルピングの心理学 (講談社現代新書)
    (1992/03)
    ロバート・R. カーカフ

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     人はひとりで生きるものにあらず。
     思考もまたひとつの脳髄に収まるものではない。
     対人系の思考スキルについて何か一冊というなら、以下の理由でもっとも素人に開かれた「ヘルピング」スキルを勧める。
     カウンセリングといっても様々な理論や技法がある。
     複数の理論・技法を取り入れた折衷主義で代表的なのが、アレン・アイビィの「マイクロカウンセリング」やロバート・カーカフの「ヘルピング」である。
     マイクロカウンセリングの方が取り入れた諸理論・技法をクライエントやその状況に応じて使い分けるものであるのに対して、ヘルピングは取り入れた各種理論・技法をひとつに融合し、〈誰に対しても使える〉一定の手順にまとめ上げたものである。
     ちょっと分かりやすくまとめすぎじゃないかとも思うが、カーカフは〈誰でも使える〉ということも考えていて(心理療法よりも日常の人間関係に活用できるものであるべきだという)、従来のカウンセラーとクライエントは、ヘルパーhelper(ヘルピングを提供する人)とヘルピーhelpee(ヘルピングを提供される人)に置き換えられ、両者は交代することがあり得るとする。だから簡潔すぎるくらいがいいのである。
     ヘルピングは、可能なかぎり整理され簡素化された、カウンセリング・スキルのミニマムセットである。
     
     
    ブランスフォード、スタイン『頭の使い方がわかる本』(IDEAL Problem Solver, 1984)

    頭の使い方がわかる本―問題点をどう発見し、どう解決するか 問題解決のノウハウ (HBJ BUSINESS EXPRESS)頭の使い方がわかる本―問題点をどう発見し、どう解決するか 問題解決のノウハウ (HBJ BUSINESS EXPRESS)
    (1990/05)
    J.D. ブランスフォード、B.S. スタイン 他

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    The Ideal Problem Solver: A Guide for Improving Thinking, Learning, and CreativityThe Ideal Problem Solver: A Guide for Improving Thinking, Learning, and Creativity
    (1993/02)
    John D. Bransford、Barry S. Stein 他

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     1990年代、学習科学という学際領域として立ち現れたが、1999年にはそれまでの学校現場での学習についての実践研究がHow people learn (National Research Council, 1999;邦訳『授業を変える―認知心理学のさらなる挑戦』)としてまとめられた。
     委員長としてこの報告書をまとめたブランスフォードが、学習科学の登場に先立って、それまでの認知科学の成果の中から、一般の人に役立つ知見/ノウハウを抽出し整理して一冊の本にまとめたものがある。問題解決について論じるなら、必ず触れなければならない基本文献である。IDEAL Problem Solverがそれだ。
     この一般書はアメリカではけっこう売れたのだが、そのあたりの事情も、文や文章の記憶に対する意味や知識構造を研究していたブランスフォードという研究者のことも、何も知らない人が訳した邦訳がある。ものすごいタイトルがついているせいか、IDEAL Problem Solverを引用する人も、この邦訳を無視していることが少なくない。
     IDEALとは問題解決のプロセスである、問題の発見(Identifying)→定義(Defining)→解の探索(Exploring)→実行(Acting)→評価(Looking)の頭文字である。
     この本はおもしろいところは、この問題解決プロセスやそのところどころにある落とし穴を詳述しているだけでなく、記憶法や文章理解やクリティカル・シンキングといったものについても、問題解決の手法を適用することで、その骨法をあぶり出そうとするところである。
     
     
    1,3,7……で復習する

     一度に覚えるのと、分けて覚えるのでは、分けて覚えるほうが効果が高く、しかも長く続く。
     これは、単純な暗唱ものから文章理解から技能習得に至るまで、あらゆるジャンルとコンテンツとシチュエーションで確認されている。

     そして同じく学習を分散するにしても、その間隔を次第に広げる方が効果があることが知られている。
     
    ・Glenberg AM & Lehmann TS. (1980). Spacing repetitions over 1 week. Memory & Cognition. 1980, Vol. 8 (6), 528-538.
    ・Glover JA & Corkill AJ.(1987). Influence of paraphrased repetitions on the spacing effect. Journal of Educational Psychology, Vol 79(2), Jun 1987, 198-199.

     たとえば、3日おきに復習するよりは、1日後、3日後、1週間後……という間隔で復習する方が定着度が高い。
     
     次第に間隔を広げていくこのやり方をSpaced Repetitionあるいはspaced rehearsal、expanding rehearsal、graduated intervals、repetition spacing、repetition scheduling、spaced retrieval and expanded retrievalなどと言う。
     
     これは学習する側からすると、非常に役に立つ知見だが(そして実際いろんなところで活用されているのだが)、案外知られていない。そして耳にしたことがある人も、あまり重要なものとは思っていない。
     教育現場で、教師や生徒にどれほど知られていないか、有効性が認識されていないかを調べた研究があるほどだ。

    ・Rothkopf, E. Z. (1963). Some observations on predicting instructional effectiveness by simple inspection. The Journal of Programmed Instruction, 2, 19-20.
    ・Zechmeister, E. B., & Shaughnessy, J. J. (1980). When you know that you know and when you think that you know but you don't. Bulletin of the Psychonomic Society, 15(1), 41-44.


     
    35ミニッツ・モジュール

     復習の間隔を次第に広げていくやり方のひとつで、シンプルなのはDWMシステムである。
     これはDay-Week-Monthの略で、1日後、1週間後、1ヶ月後に復習するというもの。
     単語や構文を覚えるのにカードを使うなら、学習/復習した日付を記入して、箱に並べておいて、上記の復習スケジュールで見直す。
     
     少々面倒だが、機械的なスケジュールなので、プログラミングをかじった人なら、ちょっとした仕掛けで復習支援環境を実現できるだろう。
     お仕着せのものもある。
     Spaced Repetitionをとりいれたソフトで、一番有名なのはAnki(http://ankisrs.net/)だろう。Windows、Mac osx Linux、FreeBSD、それにiPhone、ノキアのMaemo(マエモ)、Androidで動くソフトがダウンロードできる。オンライン版もある(http://ankiweb.net/account/login)。


     さて、DWMシステムを組み入れた35分間で1セットの学習モジュールとしたものが、35ミニッツ・モジュールである。35分間を以下のように使う。
     
      0~20分……新規項目の学習
     21~24分……定着のための小休憩と復習の準備
     24~26分……1日前の学習項目の復習
     26~28分……1週間前の学習項目の復習
     28~30分……1ヶ月前の学習項目の復習
     30~35分……今日の学習項目の復習
     
     35分間という時間設定は、集中力が維持できる時間とが新規項目の学習に全学習時間の60%(つまり復習には40%)を割くことから算出されている。
     暗記ものの学習スケジュールを組み立てるのに利用できる。



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    Berliner Mauer


     1969年の夏、リチャードという名前の青年がベルリンの壁を訪れた。
     ハーバード大学を出たばかりで、その年の夏休みをヨーロッパ旅行に当てていた。

     ベルリンの壁(Berliner Mauer)は、冷戦の真っ只中にあった1961年8月13日に東ドイツ(ドイツ民主共和国)政府によって建設された。
     リチャードは大学では物理学を学んだが、自分が複雑な東西関係のパワーゲームを分析するのに役に立ちそうな知識を持っていないことと考えた。
     しかし、とにかくベルリンの壁ができた年は知っていた。
     たったそれだけの知識から、リチャードは、ベルリンの壁が今後いつまで存在しているかを予測した。
     「ベルリンの壁は存続するのは、長くてあと24年だろう」
     リチャードは、この予測の精度があまり高くないことも知っていた。
     だが、まったく的外れのものでないことも分かっていた。
     
     1989年11月、ベルリンの壁は崩壊した。リチャードの予測から20年後の事だった。
     
     
     1993年、リチャードが書いたImplications of the Copernican principle for our future prospectsというエッセイが科学雑誌Nature誌のHypothesis欄に掲載された。
     その中でリチャードは、人類という種がこの先いつまで存続するかを計算して、最悪で20万年、最高で800万年という数字を示した。今度は信頼度は95%(間違う確率は5%)というものだった。
     もちろんリチャードがかつてベルリンの壁の前で行った推論を、いくらか科学者好みにアレンジしたものだった。
     
     
     リチャードのアイデアを理解するには、いくらか数学的作業が必要だが、利用するだけならすごぶる簡単である。
     現在までの存続期間がx年とすれば、
    ・50%の信頼度で予想される余命の最大値はxの3倍、最小値はxの1/3になる。
    ・60%の信頼度で予想される余命の最大値はxの4倍、最小値はxの1/4になる。
    ・95%の信頼度で予想される余命の最大値はxの39倍、最小値はxの1/39になる。


    ※これらの倍数は次のように計算する。

     いま検討している出来事が始まった時をTbegin、終わるときをTend、現在時をTnowとし、これらから次の式でrを計算する。
     r=(Tnow - Tbegin)/(Tend - Tbegin)
     このrは0<=r<=1の値をとりTnowが出来事の寿命の中でどこにいるかを示す。すなわち現在時が出来事の始まりと一致していればTnow=Tbeginからr=0となり、現在時が出来事の終わりと一致すればTnow=Tendからr=1となる。

    さて、
     信頼度50%の予想の場合、rの範囲は0.25 < r < 0.75であり、
     信頼度60%の予想の場合、rの範囲は0.2 < r < 0.8であり、
     信頼度95%の予想の場合、rの範囲は0.025 < r < 0.975である。 

     ここで出来事が始まってから今までの時間をTpast、今から出来事が終わるまでの時間をTfutureとすると、r=(Tnow - Tbegin)/(Tend - Tbegin)=Tpast/(Tpast+Tfuture)となるから、

     信頼度50%の予想の場合、0.25 < Tpast/(Tpast+Tfuture) < 0.75であるから1/3past < Tfuture < 3 past
     信頼度60%の予想の場合、rの範囲は0.2 < Tpast/(Tpast+Tfuture) < 0.8であるから、1/4 Tpast < Tfuture < 4 Tpast
     信頼度95%の予想の場合、rの範囲は0.025 < Tpast/(Tpast+Tfuture) < 0.975であるから、1/39 Tpast < Tfuture < 39 Tpast
    となる。




     信頼度によって予想の幅は増減するが、そこのところは議論の本質ではないので、最初のベルリンの壁の例で考えよう。
     リチャードはひとつの仮定を置いた。これを彼は「コペルニクス原理 Copernican principle」と呼んでいるのだが、これはコペルニクスによって人類にもたらされた知見、すなわち「人間は(我々は、そして私は)、この宇宙において何ら特別な存在ではない」というものである。
     今知られているのは、ベルリンの壁が1961年に作られたこと(つまり現在まで8年間存続していること)だけである。
     リチャードは、自分がベルリンを訪れたその時点はベルリンの壁が存在する期間の任意の時点であり、何か特別な時点ではないと考えた。
     ここで壁がつくられてから存続する期間を θ 年とおこう
     すると区間 [1961 + (θ/4), 1961 + (3θ/4)] の中に、リチャードが訪れている時点 (1961 + X )年が入る可能性が五分と五分、すなわち確率 50% であると考えた。
     壁がその時点 (1961 + X) 年から存続する期間は (θ - X) 年であるから、θ/4 ≤ X ≤ 3θ/4 より、次の不等式が導きだされる。



     すなわち壁を訪れた時点からその壁が存続する期間が築年数の 1/3 倍から 築年数 の 3 倍となる確率は50%となる。

     さてリチャードがベルリンの壁を訪れたのは築後8年目(X = 8)であった。
     したがっての壁の存続期間は、50% の確率(信頼度)では、 2 年 8ヶ月以上 24 年以下になる。
     これがリチャードが行った計算であった。



    Ferris, Timothy. (1999). How to Predict Everything. The New Yorker, July 12 1999. [online: http://www.newyorker.com/archive/1999/07/12/1999_07_12_035_TNY_LIBRY_000018591]

    Gott III, J. Richard. (1993). Implications of the Copernican principle for our future prospects. Nature 363, 315 - 319 (27 May 1993); doi:10.1038/363315a0

    Gott III, J. Richard. (1997). A grim reckoning. New Scientist, 36ó39, Nov. 15. [online: http://pthbb.org/manual/services/grim/][邦訳: サイアス (朝日新聞社), 1998 年 1 月, 78-79]


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