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    1.邦語文献に対する参考調査便覧

    片山喜八郎 ・ 太田映子共編『邦語文献を対象とする 参考調査便覧(CD-ROM版)

     もしも自分の関心や知的好奇心や情報ニーズを(広い意味での)文献リストに変換することができるなら,その人はすでに独学者だといってよい。
     たとえば独力では理解できない部分に突き当たったときでさえも,その困難を「(理解するためには)何を読めばいいか?」に変換し,答えることできるからだ。
     だが,このことは思った以上に難しい。
     とくに未知の分野に挑むときなどは,情報ニーズの方はもぐらたたき的に発生するのに,その分野に不案内なために「何を読めばいいか?」という問いに答えることも,「『何を読めばいいか』を知るために何を読めばいいか?」という問いに答えることも(以下くりかえし)難しい。
     たとえれば,道に迷った上に地図の見方も分からないような状態だ。
     
     書誌は,うまくすれば,こうした状態の人を助ける。
     誇張して言えば,「何を読めばいいか」を知ることができるツールは,人をたちどころにして〈独学者〉に変えるマジック・ワンドである。
     〈独学者〉は,大したことを知っているわけではないが,「自分が何をどうすれば知ることに少しでも近づけるだろうか?」という問いには,なんとか自分の力で答えることができる。
     
     書物も知識も,スタンドアローンでは存在できない。
     それぞれの書物は(そして知識は),他の書物(知識)と関連し合い,前提にしたりされたり,参照したりされたりして結びついている。
     必ずしも参照関係は明示されている訳ではないが,そのうちのどれかにたどり着ければ,か細いかもしれないつながり合いを,芋づる式にたどりながら,出会うべき文献や知識にたどりつけるだろう。
     もちろんあなたが必要とする文献は未だ存在していないかもしれない。
     いくばくかの探索と彷徨の末に,そのことを確信したなら,まだ誰も知らない,少なくとも書き残していない,知識をいよいよあなたが書き残す番である。

     『参考調査便覧』の特徴は、個々の資料の解題は省いて資料の種類を番号表示するだけですませるかわりに、小項目主義を徹底して数を載せようというもので、固有名詞や個人名でダイレクトに引けるようにしてあるところである。
     たとえば「英文学」ではなく「フィッツジェラルド」、「漫画」ではなく「ドラえもん」で引く。これは普通の人が調べ物をするとき事典で引くレベルのキーワードだと言える(事典で「英文学」や「漫画」を引くのは辞書オタクだけだろう)。
     こうした下位レベルまで降りていくと,1冊まるごと参考文献リストになっているものはあまりないので、固有名詞引きに対応するために、論文の末尾に付録でついているような細かい文献リストを拾ってあるので(このレベルまでいくとOPACなどのカタログを見ただけでは目的のものを含んでいるのか分からないので、『参考調査便覧』が威力を発揮する)、以下のようなものまで出てくる。

    フィッツジェラルド(作家)
    【1・4】日本における受容 戦前・戦後、フィッツ・ジェラルド図書館、年譜→「ユリイカ」20(14) 青土社1988
    【2】日本におけるスコット・フィゥツジェラルド文献目録1930-79 永岡定夫→「昭和大学教養部紀要」10(1979)・同追録版1・2→「山梨大学教育学部研究報告 第1分冊 人文社会学系」34(1983)・39(1989) ◆日本におけるFrancis Scott Key Fitzgerald研究書誌→神奈川県立外語短期大学図書館1984 ◆日本におけるフィゥツジェラルド文献目録 永岡定夫(WWW.生成する目録)
    【3・4】スコット・フィッツジェラルド 星野裕子 メディファクトリー1992 ◆フィッツジェラルド 森川展男 丸善1995
    【4】ザ・スコット・フイッツジェラルド・ブック 村上春樹 中公文庫1991 ◆グレート・ギャッツピー 小川高義訳 光文社2009 

    726 ドラえもん
    【3】ドラえもんの「育て(コーチング)力」 横山泰行 イースト・プレス2005 ◆人生で必要なことは、すべて「ドラえもん」が教えてくれた。横山泰行 イースト・プレス2009
    【7】ドラえもん研究完全事典 世田谷ドラえもん研究会 データハウス2005

    368 泥棒
    【3】泥棒渡世今昔 中山威男 立花書房1991 ◆平成のドロボー撃退マニュアル 奥田博昭 楽書房2001 ◆大泥棒 「忍びの弥三郎日記」に賊たちの技と人生を読む 清永賢二 東洋経済新報社2011
    【4】昭和ドロボー世相史 奥田博昭 社会思想社1991

    ※CD-ROM版は、残念ながらWindowsでしか動かない。現在はこれだけのデータをテキストファイルで提供してくれていて、あらゆるコンピュータ、携帯端末で利用可能である。



    2.図書館に訊け


    図書館に訊け! (ちくま新書)図書館に訊け! (ちくま新書)
    (2004/08/06)
    井上 真琴

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     図書館の《大きさ》は、利用者の知識に応じて伸び縮みする。
     一冊の本を求める人にとっては、図書館は、旧共産圏の肉屋の品揃えにも及ばない最低の本屋以下に成り下がる。100人待ちのベストセラーを例にすれば、一人2週間の貸出期間を合計して、たっぷり2年先でないとその本を手に取ることができない。
     
     知識や書物がそうであるように,図書館もまたスタンドアローンでは存立することができないことを理解するなら,図書館はこの世界に存在するあらゆる書物へのアクセスを可能とするゲートウェイとなる。
     インターネットが普通の人にもたらしたフリー・アクセスの可能性は,実際は至るところで,コピーライト・プロテクションの障壁によって限界付けられる。〈誰でも〉〈何でも〉〈どこででも〉のいずれかを我々はその都度断念しかないのだが(例えば〈料金を支払った人だけが見ることができるコンテンツ〉),図書館は〈どこででも〉の断念と引換えに/図書館の中でなら,〈誰にでも〉〈何にでも〉(有料コンテンツでも)アクセスを可能とする。

     紹介記事に追随するのでなく、自分の目的のために本を探すようになったら、図書館と付き合わなくてはならない。
     図書館の怖いところは、「図書館なんてこの程度だろう」と高をくくっていると、いつまで経ってもそれに見合ったレベルでしか図書館を使えないところだ。

     だが方法はある。読むべき本もある。

     研究図書館の意義と意味,資料にたどりつくための戦略と発想,およびそのために図書館をいかに使うかの具体的なノウハウから有益だが自分では気付きにくいツール群に至るまで,〈図書館のトリセツ〉としては,現役の大学図書館司書が書いたこの書が群を抜いている。
     特に大学図書館を使えるようになったら(つまり大学入学試験に合格したら),最初に読むことをお勧めする。その後の4年間がまったく違ったものになるだろう。



    3.本を読む本


    本を読む本 (講談社学術文庫)本を読む本 (講談社学術文庫)
    (1997/10/09)
    J・モーティマー・アドラー、V・チャールズ・ドーレン 他

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     基本的なことを書いてある古い本で,取り上げられているテクニックはあちこちで(それこそSQ3Rからフォトリーディングまで)見かけるが,未だに類書がない。
     というのも,ほかの読書法ものがhow to read(どのように読むべきか)を扱うにしろ what to read(何を読むべきか)を扱うにしろ「一冊の本」に相変わらず縛られているのに対して,この本が目指すところは,あるトピック(主題)について複数の本を読み合わせることにあるからである。

     著者のアドラーは,知性の涵養はただ「自由教育」、すなわち、プラトン、アリストテレス、トマス・アクィナスなどの著作を中心とする「偉大なる書物」Great Booksの講読と自由学芸(リベラルアーツ)の訓練によってのみ達成されるとするバリバリのperennialist(永遠主義者;アメリカでデューイらの進歩主義教育を批判した伝統主義教育の一派)のひとりだが,名著古典のくそ長いリストを作って未読者を恫喝するかわりに,ユーザーがいま考えている様々なトピックについて,独力で名著古典を横断し自在に活用できる主題索引(シントピコン)を作った。
     トピック(主題)について複数の本を読み合わせるシントピカル・リーディングができることを,アドラーは大学卒業(学士号取得)の要件にしてはどうかと提案している。これは何か書くために本を読む場合には必要となるリテラシーであるから,たとえばレポートや卒論を書く場合に当然前提とされているスキルである。
     もう少し強い言い方をすれば,シントピカル・リーディングができないうちは〈本を読んでいる〉とは言えない。シントピカル・リーディングは決して上級者の読書法ではなく,読むことのはじまりである。
     
     なんとなれば,繰り返しになるが,書物は(知識がそうであるように)スタンドアローンでは存立し得ないからだ。
     著者であれば,また出版社であれば,著作権の格子越しに,一冊の浮沈を思い一喜一憂することも正当化されよう。
     けれどもあなたが読者であれば,書物の連なりのネットワークを前にしたとき,what to read(何を読むべきか)は,どこからどこまでが〈一冊の本〉として画されているかに制約されるべきではない。
     なんらかの意図やテーマを抱いて読み始めるなら,〈一冊の本〉で間に合うのはむしろ奇跡に近い。
     
     完全な書物は存在しない、どんなささやかな必要においても。
     
     だからこそ,人は読むのを止めることなく,次の本を手に取る。
     読むとは,完全な書物に身をゆだねるという甘美な夢を断念しつつ,不完全な自分の才覚と責任において,不完全な書物たちを結び合わせ突き合わせ読み合わせていくことなのだ。
     
     シントピカル・リーディングは古典名著を前にしたときばかりでなく,ろくな/ろくに文献がない(非常によくある,むしろ常態ですらある)事態に臨む時にも/そんな時にこそ威力を発揮する。
     そこで結び合わせ突き合わせなければならないのは,紙やテキストデータになっていないもの/狭い意味での文献の域を越えるものをも含むだろう。
     
     すでに言ったことだが,シントピカル・リーディングに踏み込む一番の近道は,書くことである。
     知識の(そして書物の)網の目に,自分も参戦すること。
     〈書かないと読めるようにならない〉という古い箴言は,多分,この書を手にするためにある。
     
     

    4.証明の読み方・考え方


    証明の読み方・考え方―数学的思考過程への手引証明の読み方・考え方―数学的思考過程への手引
    (1985/05)
    ダニエル・ソロー

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     証明proofは,言い換えると,公理論的な理論の構成は,人間がアイデアを伝えるのに用いることができる最も強力な手法である。
     数学という言語を主たる記述手段として書かれた書物は,証明のことばで書かれている。
     ここからが本題だが,証明は読み手に必ずしもやさしいものではない。
     もっとはっきり言えば,多くの人は証明を追いかけることが好きでなく,できれば避けて通りたいと思っており,かなりの場合,実際に避ける。このことは数学者や数学教育者も認めるところである。
     数学で書かれた書物に挫折する者は,証明のところで挫折する。
     数理科学と総称される分野を学ぶ者すら頻繁に証明を読み飛ばし,教える者さえも(学習者たちに合わせて?)証明を出題することを避けたりする。
     
     しかし学ぶ者を意気消沈させるのは,このリストの本意ではない。
     言い方を逆さにして,希望が出る言い回しを使おう。
     証明が読めれば,数学で書かれた書物を読むことができる。独習することだって可能になる。
     
     この書物は,数学の証明で何がどれだけ省略されて,追いかけるのが難しくなるのかを説明する。
     そして自分で証明を書けるようになることが,証明を読む力を身につける,遠回りのようだが最短の道であることが示される。
     というのも,数学の証明は,ロードマップのようなものではなく,むしろ〈しおり〉のようなもの(書物のページにはさむ栞ではなく,語源となった枝折りの方=山歩きする者が,どちらに進んだのかを,枝を折って目印にするもの)であるからである。実際に歩いてみないと(また実際に歩ける人でないと),〈枝折り〉を見て道筋を再現することは難しい。
     
     慣れない人が数学の証明を読み解くことは,ルールを一部隠されたゲームをやることのように難しい。
     そこでこの書は,数学の証明で使われる手法と証明を組み立てるときの数学者の考え方を分類し,それぞれがどんな場合に使うことができるか,使うべきであるかを解説していく。
     いわば証明の構文を示し,最終的には読者が自分で証明を書くことができるよう手助けする。
     そして返す刀で証明の構文把握から,証明の読解力を養成しようとする。
     初学者にとってとりわけ重要なのは,証明が実際に書かれる際には,登り終えた後のはしごの様に取り外されてしまう,省略されてしまう部分である。
     forward-backward method(前進後退法)と名づけられた章が,背理法や帰納法より前に登場する。
     完成された証明は,与えられた条件から証明すべき命題へと進む方向(forward前進)で記述されるが,証明しようとする者のアタマの中では,証明すべき命題から条件の方へ向かって言わば〈迎えにいく〉(backward後退)プロセスが存在する。
     この後ろ向きのプロセスがあればこそ,条件から進むにつれて検討すべき試行錯誤を爆発的に増やす〈枝分かれ〉を刈り込み,効率的に証明の道筋を探すことができるのである。
     しかし失敗した試行錯誤とともに,この〈迎えにいく〉プロセスは,完成された証明からは通常取り除かれる。
     時に「確かにこれで証明になっているけど,自分じゃこんなやり方思いつかない」と絶望的にさせる(天下り的だと悪態つかれる)証明のバックステージでせっせと働いているのが,〈迎えにいく〉プロセスである。
     多くの数学者の頭の中では無意識/無自覚に行われる当たり前の探索プロセスであるが,これを意識することで,数学の証明はふたたび人間の領域に戻ってくる。

     もちろんこの書の射程はここにとどまらない。
     与えられた問題について証明作文ができるようになれば,次に証明自由作文のステージが待っている。
     すなわち,自身の数学的発見を自ら証明することである。



    5.マインドストーム


    マインドストーム―子供、コンピューター、そして強力なアイデアマインドストーム―子供、コンピューター、そして強力なアイデア
    (1995/03)
    シーモア パパート

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     学校で習う数学は,大半の人がそこに行き着く前にリタイアするので良く分からないのだが,おおむね微分方程式が扱えるようになるためのスモールステップである。
     
     しかし大半の人が行き着かないのは大いに問題である,とパパートは考えた。
     そこで,微分積分を知らなくても,方程式が解けなくても,文字式が扱えなくても,足し算や引き算が苦手でも,長い長い数学のトレーニングを積まなくても,微分方程式を学ぶことができる仕掛けを,否,〈世界〉を構想し、実装にこぎつけた。
     それも従来のやり方よりずっと〈身にしみる〉やり方で,である。
     
     「数学者として私は科学の歴史における最も強力な概念は微分解析であると考える。ニュートン以来、局所的なものと全域的なものの関係ということが数学の研究事項を支配することになった。だかこれに到達する方法が正規の数学の修得という下部構造に頼ることから、この概念は子供の世界に占める場所がなかった。大抵の人は、最も進んだ数学の概念が子供に理解できないことくらい当然のことはないと考える。ピアジェから取り入れた展望に立って、私はこの関連を見出すことができるに違いないと考えた。そこで探索に取りかかった。だが、関連を見出すことということは、単に新しい器用な「意欲を持たせる」教育学を考え出すことではない。これは、微分という概念の中の最も強力なものを近寄りがたい形式主義という偶然事から分離することを含む研究事項を意味した。」
    (『マインドストーム』p.186~187)

     「タートルのプログラムは、伝統的な応用数学の殆どすべての例に見られる微分方程式という概念の直感的な類似物なのだ」(『マインドストーム』p.81~82)
     
     それがLOGOであり,タートルである。
     LOGOというプログラミング言語で,指示に従い図形を描くタートル(亀)を,コンピュータのディスプレイ上にだけでなく,パパートたちは実世界にも構築した。それも子供が乗れるくらいの大きさで,である。
     なんとなれば,タートルに乗ることは,微分方程式の解曲線を体感することだからである。 
     
     パパートは,自身ではピアジェの最もラディカルな弟子であると考えている。
     事実パパートの,いたずら心に満ちた思考は,その後,学習科学という分野に登場する多くのトピックを先取りしている。



    6.外国語上達法

     
    外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)
    (1986/01/20)
    千野 栄一

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     いわゆる臨界期(critical period)を過ぎてからの外国語学習は,〈自然〉にまかせる訳にいかないから,人工的な工夫をあれこれすることになる。
     そしてそうした工夫が,各人のその後の〈勉強の仕方〉のベースになることが少なくない。

     自然に学べたはずの言語をもはや自然には学べないという挫折,一種の〈故郷喪失〉を契機に,人は自覚的学習者としてデビューする(あるいは学ぶことから遁走する)。
     言い換えれば,時に不自然な努力(いや不自然でないような努力があるだろうか)を伴わざるを得ない〈学ぶ〉という営為と,折り合いをつけるための試行錯誤を開始する。
     
     
     世にかくも多くの〈外国語の学び方〉が跳梁するのは,人々が外国語の習得を切に必要としているからではなく,むしろ「勉強の仕方が分からない」と感じているからではないかと疑う気にさせる。
     
     聞き流すだけで英語が話せるようになる教材は(そしてその広告に登場するプロゴルファーやオーソン・ウェルズは),英語学習の手段でも機会でもなく,「世界にはまだあまり知られていない,努力する人々を出し抜けるような秘訣が存在していて,自分はそれを手にする好機を得た,能力は平凡でも実は選ばれた存在である」というファンタジーを提供しているのである。ハイホー。
      
     語学オンチを自認する言語学者は,常に自分の斜め上を飛び交う自分の師や学友のエピソードを紹介しながら,そういった秘訣という穴を丁寧にふさいでいく。
     残るのは,実にあたりまえでしかない学ぶことの作法とそれ相応に必要なコストである。
     だが一方で,この書は,外国語を学ぼうとする人たちが,その生真面目さからついついやってしまう〈やらなくてよいこと〉や,ついつい目指してしまう〈届かなくてかまわない高み〉についてもつまびらかにする。
     無限の努力を要することが,いかに人を意気消沈させるかを知り抜く著者は,四の五言わずとりあえず1000個単語を覚えよ,というが,覚えたらお祝いしようと付け加えるのも忘れない。



    7.人はいかに学ぶか


    人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 (中公新書)人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 (中公新書)
    (1989/01)
    稲垣 佳世子、波多野 誼余夫 他

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     学ぶことは,もっぱら個人の内側のことであるといった考えは今でも根強い。もっとひどいのになると,学ぶことはもっぱら脳の仕事であるとでも言いたげなものまである。
     学ぶことについての理解は,認知科学のうちでも状況論的転回の影響を被った度合いが大きい分野である。
     熟練者エキスパートになることは,単にその行動が変わり知識が増加し深まることだけによるのではない。その者を熟練者として位置づける社会関係の変化をも伴う。師匠と弟子という徒弟制があり,さらに,それはその芸能の専門家集団,その芸の鑑賞集団などのコミュニティの中に含み込まれている。そうした実践のコミュニティは価値を創造し,更新していく。〈新人〉として扱われていた人も,新しい新参者が参加することによって,古参者への仲間入りをする。周りの人たちの扱いも変わり,その人の自己のアイデンティティも変わっていく。人が熟練者になるということは個人的な変化ではなく,その人を含むコミュニティ全体の変化と見なすことができる。
     学習は実践のコミュニティ内で起こる社会的な活動なのであり,その参加者の行動の変化や認知的な変化はその一部を取り上げたものにすぎない。学習とは,学習者によるリソース(資源)の再編であり,学習は,誰かによって教育・教導されることを必ずしも必要としない,それらとは独立した活動として捉えられる。ここにおいては,独学もまた,self-taught(自分によって教えられる)もの以上の深さと広がりを持って捉えなおされるだろう。
     こうした観点に立つ学習観は,1980年代以降に本格化した仕事場や家庭など日常的な場における人間の有能さの研究や,認知活動を他人や道具といった外界の支えとの相互作用として捉える研究,協調作業として発揮される集合的知についての知見を背景とし,従来知識の伝達の場として捉えられて来た教授場面を協調的な問題解決の場としてデザインしなおしたり,様々な分野での協調作業の支援に応用されるなど実利的な意義も有している。
     これらの,決して新しくないが,十分に知られているとは言えない認知科学の知見を,身近な例やマイルストーンとなった研究を交えてやさしく解き語るこの書は,今もこの分野の必読書のひとつである。
     


     以前、著作権切れでネットで見ることができる、往年の(日本の)英語参考書の記事を書いた。

    日本人が英語ができた時代→ネットで読める至宝の英語参考書 読書猿Classic: between / beyond readers 日本人が英語ができた時代→ネットで読める至宝の英語参考書 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

     今回はその世界篇である。
     扱っている言語と書かれた言語の範囲を拡大するつもりだったが、古典語 (ラテン語、古代ギリシア語、、サンスクリット語)だけで結構な分量になったので、ここまでで一区切りする。

     古典語の場合、目的の言語の方は日々新語が現れたり用法が変化したりといったことがないので、それを学ぶテキストの方も随分以前から版を重ねる往年の名著が長い間〈現役〉であったりするという事情も、今回の企画にふさわしい。

     これらの著作権より長い寿命の名著たちは、今日ではインターネットに接続できれば、誰もが自由に見ることができる。

     けれど、全文検索の時代にあってもいよいよ当てはまる、プラトンが対話篇『メノン』で取り上げた〈探求のパラドックス〉=「探しているものが何か知らなければ、そもそも探しようがない」に阻まれて、すぐ手に入るところにあっても〈知らない〉なら、そのままである。
     
     逆に言えば、なんというテキストが存在していることをただ知りさえすれば、googleにその名前を放り込むだけで、〈探求〉はほとんど完了してしまう。
     蛇口のところにまで、水は来ているのである。
     
     以下のリストは、上記のようにして探し当てたテキストのリストである。
     少しだけあなたの時間が節約できるように、テキストへのリンクを貼ってある。
     

    ラテン語

    Macmillan's shorter Latin course
    http://openlibrary.org/works/OL7513845W/Macmillan's_shorter_Latin_course

     まずはラテン語の往年の入門書。 初版は1886年。以来、版を重ねた。1975年版で勉強したという人がいるから100年近く生きながられたことになる。
     「漱石山房蔵書目録」の中にもこの書が見え(ラテン語関係の漱石の蔵書は、これとCassell's Latin Dictionaryしかない。『文学論』の序に「在学三年の間はものにならざるラテン語に苦しめられ、ものにならざるドイツ語に窮し…」とあるのは、謙遜でもなんでもなく単なる事実のようだ)、加藤周一も戦争中この書を丸暗記して勉強したという。
     千野栄一『外国語上達法
    外国語上達法』 (岩波新書 黄版 329)で、よい学習書はどんな本かの問いに、S先生(これは木村彰一のことらしい)が答えて挙げているのが、ケーギの古代ギリシア語(後述)とこのマクミランである。
     初級の教科書らしいつくりで、練習問題が多く、徐々にそして確実にラテン語の実力がつくように工夫されている。
     簡約版でないものは以下。

    Macmillan's Latin course
    http://openlibrary.org/works/OL7513844W/Macmillan's_Latin_course





    Allen and Greenough's New Latin Grammar for Schools and Colleges
    http://www.textkit.com/learn/ID/109/author_id/42/

    (オンライン版)http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0001

     1903年刊行で古典的なものだが、現在でも広く使われている。初級の教科書や文法書では触れていない事項を調べるレファレンスとして貴重。
     著作権切れの名著を安く出版してるDover社からペーパーバック版が廉価で出ているが、膨大なギリシャ語・ラテン語の古典語テキストを公開しているタフツ大学のPerseusプロジェクトで、オンライン版が使える。


    Allen and Greenough's New Latin Grammar (Dover Language Guides)Allen and Greenough's New Latin Grammar (Dover Language Guides)
    (2006/02/10)
    James B Greenough、J. H. Allen 他

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    Gildersleeve's Latin Grammar
    http://openlibrary.org/works/OL1528663W/Latin_grammar

     ラテン語は、他の古典語に比べて語形変化はましだけれど、文章を読み書きするのに必要な統語論(syntax)が分厚い。語形変化が複雑なギリシア語よりも、読めるようになるにはラテン語の方が実は大変である。
     古典語必修の時代と違って、初級書がキャッチーなスタイル(そして少ない情報量)に傾きがちな分、ただでさえ分量の多い中級の学習量を増やすことになる。
     中級レベルでは、1895年刊行のこのGildersleeveが必習(最近のものだとRubenbauer-Hofmannの下の本になる)。独習するには相当な根気が必要だが、これもDover社からペーパーバック版が廉価で出ている。


    Gildersleeve's Latin Grammar (Dover Language Guides)Gildersleeve's Latin Grammar (Dover Language Guides)
    (2009/01/19)
    B. L. Gildersleeve、G. Lodge 他

    商品詳細を見る







    Grammatik der lateinischen Sprache
    http://www.archive.org/details/grammatikderlat01grotgoog

     中級の上、研究者レベルの詳解文法では、下のKühnerのAusführliche Grammatikがあるが、それ以前の定番のラテン語詳解文法として使われていたのがG.T.A. Krügerのこの書Grammatik der lateinischen Spracheがある。




    Ausführliche Grammatik der lateinischen Sprache. 1. Teil

    http://openlibrary.org/works/OL1552366W/Ausfu%CC%88hrliche_Grammatik_der_lateinischen_Sprache

    Ausführliche Grammatik der lateinischen Sprache. 2. Teil

     これがRaphael KühnerとFriedrich Holzweissigによる現在の詳解文法の定番。1982年にどちらもリプリント版がでているが、1巻目については1912年版を見ることができる。
     論文などで参照などに使えるレベルだが、中級ぐらいからでも専門をめざす人ならお勧めできる。解説も詳しめなので、中級文法書での疑問点なども解決することが多い。




    A Latin Dictionary by Lewis & Short.
    (オンライン版)http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0059
    (EPWING版)http://classicalepwing.sourceforge.jp/download.html

     いわゆるルイス&ショート。GlareのOxford Latin Dictonaryが出るまでは羅英辞典の最高峰だったもの。
     タフツ大学のPerseusプロジェクトで、オンライン版が使える。
     Perseusプロジェクトで公開されているテキストを元に、膨大な作業を加えて(なんと膨大な変化形見出し付きデータと合体させたものまである、活用がわからず「辞書に載っている形」が分からなくても、辞書を引けるのだ)EPWING化されたものが、EPWING for the classicsというサイトで公開されている。iphoneなどに入れると、これまであったどんな辞書よりも軽く小さく、たとえばLoeb文庫の上で使えるのだ。素晴らしい。
     副題に"founded on Andrews' Edition of Freund's Latin Dictionary, revised, enlarged, and in great part rewitten"とあるようにフロイントの羅独辞典のアンドリュスによる新訳を土台に増補したもの。高津春繁は、フロイントの辞書はフォルチェリニの辞書の焼き直しだとすげない。
     フォルチェリニの辞書は、イタリア語で書かれた近代のラテン語辞典の嚆矢。1718年から手をつけ1753年に完成、刊行されたのは1771年で、以後ヨーロッパ各地でラテン語辞書が作られることになる。



    Ausführliches lateinisch-deutsches Handwörterbuch
    http://www.zeno.org/Georges-1913
    (EPWING版)http://classicalepwing.sourceforge.jp/download.html

     Karl Ernst Georgesによる、ラテン語辞典の、ほんとの最高峰。ゲオルゲス。
     ドイツ語のラテン語辞書は、ゲスナー(ゼミナールを大学にもちこんだあのゲスナーだ)の辞典と事典を兼ねたNovus Linguae et Eruditionis Romanae Thesaurus (1749)以来、事典の方はパウリのRealencyclopädie der Klassichen Altertumswissenschaft(1893-)に受け継がれ、辞典の方はシェラーのAusführliches und möglichst vollständiges lateinisch-deutsches Lexicon (1783)から、シェラーの辞書の改訂を依頼されたゲオルゲスへと継承された。現代の大学と諸科学を生んだドイツの古典文献学は、はんぱないのである。
     EPWING for the classicsさんは、なんとこのゲオルゲスまでもEPWING化されている。






    古代ギリシア語

    John Williams White, First Greek Book
    http://www.textkit.com/learn/ID/105/author_id/39/


     さて古代ギリシア語。こちらも入門書から始めよう。
     アメリカで出版された古典ギリシャ語の教科書の中では、おそらく最もよく用いられていた古代ギリシア語のエントリー書。
     例文や練習問題も含めて120頁でまとめてあるコンパクトさがすばらしい。




    Kurzgefasste griechische Schulgrammatik
    http://www.archive.org/details/kurzgefasstegri00borngoog
    (その英訳)
    A Short Grammar of Classical Greek: With Tables for Repetition (1902)
    http://openlibrary.org/books/OL20452349M/A_Short_Grammar_of_Classical_Greek_With_Tables_for_Repetition


     千野栄一『外国語上達法』(岩波新書)で「よい教科書」の例として、マクミランのラテン語教科書とともに紹介されるケーギ(Adolf Kaegi)の古代ギリシア語教科書。簡約版でないのは、下に載せた。
     後ろに登場する大部なSmythはたしかに充実しているが、熟読する時間がかけられない現代人に、可能な限り使えて(ここが大事)、そして可能な限りコンパクト(本文160ページ)な文法書となると、このケーギが第一推薦になる。
     原書はドイツ語だけど、見やすいレイアウトの英訳Kaegi's Greek Grammarが、またしても Dover社から千円ちょっとで手に入る。


    Kaegi's Greek Grammar (Dover Language Guides)Kaegi's Greek Grammar (Dover Language Guides)
    (2007/10/19)
    Adolf Kaegi

    商品詳細を見る


     簡約版でないケーギは以下。
    Griechisches Übungsbuch - Adolf Kaegi
    http://www.archive.org/details/griechischesbun00unkngoog

    Griechisches Übungsbuch (Volume 2) - Adolf Kaegi
    http://www.archive.org/details/griechischesbun00staigoog



    Greek Grammar For Colleges
    http://www.ccel.org/s/smyth/grammar/html/toc.htm
    http://www.textkit.com/learn/ID/142/author_id/63/
    http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.04.0007&redirect=true

     Herbert Weir Smythによる、体系的かつ合理的に古典ギリシア語文法を説明した名著にして標準的文法書。
     比較的新しい註釈付原典では、特定の文法事項を説明するのに本書の項目を直接指定している。
     大部と書いたが800ページ、通読するものではなく、用法を調べるレファレンスである。
     ネットにあるのはSmythによるオリジナル版(Greek Grammar For Colleges)だが、現在出版されている版は、遺族から版権を譲り受けハーバード大学が内容を補った改訂版"Greek Grammar"(1956)である。
     Perseusプロジェクトにもあるので、オンライン上で引くように使うのがよいかも知れない。




    Ausführliche Grammatik der Griechischen Sprache
    (形態論)http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0019
    (統語論1)http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0020
    (統語論2)http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0021

     Raphael KühnerとFriedrich Blass. によるギリシア語文法最高峰。
     どれだけ有名でもSmythは学習者用の文法書であり(ラテン語でいうとGildersleeveにあたる)、研究者レベルの文法書となると、古代ギリシア語でもやはりKühner(か、ネット上で読めるものを見つけられなかったので今回紹介されないがGriechische Grammatik(1939) By Eduard Schwyzer)になる。
     幸い、古代ギリシア語のKühnerも見つけることができた。
     これまた膨大なギリシャ語・ラテン語の古典語テキストを公開しているタフツ大学のPerseusプロジェクトで、オンライン版を使うことができる。形態論の部分を扱った1冊と統語論を扱った2分冊に分かれている。



    A Greek-English Lexicon
    http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0057
    (EPWING版)http://classicalepwing.sourceforge.jp/download.html

     いわゆるLSJ(リデル&スコット)。希英辞典の最高峰。
     古典ギリシア語を学習する際にもっとも必要とされ、またもっとも権威のある辞書の一つ。
     これもタフツ大学のPerseusプロジェクトで、オンライン版が使える。
     さらに、これについてもPerseusプロジェクトで公開されているテキストを元に、膨大な作業を加えてEPWING化されたものが、EPWING for the classicsというサイトで公開されている。なんという喜び!
     



    Handwörterbuch der griechischen Sprache
    http://www.zeno.org/Pape-1880
    (EPWING版)http://classicalepwing.sourceforge.jp/download.html

     Wilhelm Papeによる希独辞書の最高峰。
     なんとこれもEPWING化されたものがEPWING for the classicsというサイトで公開されている。
     
     パーペには他にも、そのドイツ的勤勉でもってギリシア古典から固有名詞を拾いに拾ってつくったWörterbuch der griechischen Eigennamen (1875)という固有名詞辞典もあるが、これもwww.archive.orgで公開されている。
     





    サンスクリット

    Elementarbuch der Sanskrit-Sprache
    http://openlibrary.org/works/OL7586061W/Elementarbuch_der_Sanskrit-Sprache

     ゴンダ文法の邦訳が出るまでは、日本でサンスクリットの定番教科書といえば、荻原雲来『実習梵語学』(1916)だった(国会図書館の近代デジタルコレクションで見ることができる)。
     この『実習梵語学』はドイツ語の教科書の翻訳であり、原書Adolf Friedrich Stenzlerの "Elementarbuch der Sanskrit-Sprache"はその後も改訂されて版を重ねるバリバリの現役書である(なんと2003年に第19版が出てる)。練習問題も選文も豊富である。

    Elementarbuch Der Sanskrit-Sprache: Grammatik, Text W RterbuchElementarbuch Der Sanskrit-Sprache: Grammatik, Text W Rterbuch
    (2010/01)
    Adolf Friedrich Stenzler

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    A Sanskrit Grammar for Students
    http://www.archive.org/details/sanskritgrammarf014425mbp

     Arthur A. Macdonellによる古典的なサンスクリット入門書。 簡潔に文法事項をまとめたもので、練習問題や語彙はない。 巻末に簡単なヴェーダ語文法も掲載。



    A Sanskrit primer
    http://openlibrary.org/works/OL7536174W/A_Sanskrit_primer

     初版は1885年。Edward Delavan Perryによる、版を重ねた大ロングセラー。いわゆるペリー文法。
     のっけからデーヴァナーガリー中心。 トレーニング形式(文法順じゃない)の上に文法索引が文法のリファレンスには不便だが、 各課ごとに新出語彙+解釈練習問題+作文練習問題があり、巻末にはすべての語彙集があるという、今では当たり前だが当時は珍しかった、 入門書に求められる要件をすべて満たした本。
     インドでのリプリント版がお安く(1000円未満)手に入る。

     
    Sanskrit PrimerSanskrit Primer
    (1986/08)
    Edward Delavan Perry

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    Sanskrit Grammar
    http://en.wikisource.org/wiki/Sanskrit_Grammar
    http://www.archive.org/details/sanskritgrammari00whituoft

     William Dwight Whitneyによる、いわゆるホイットニー文典。
     副題に「Including both the Classical Language, and the older Dialects, of Veda and Brahmana」とあるように、古典サンスクリットのみならず、ヴェーダ語まで幅広く正確に詳細に記述している古典的文典。
     一通り文法を終えた人がリファレンス用に使う本。
      後述のサンスクリットの定番リーダーであるランマンは注の中でこの文典を参照しているので、ぜひそろえたい。 最近では、オリジナル版の他にインドのリプリント版が安価で手に入るが、ネットでも見ることができる。



    Lanman's Sanskrit Reader
    http://www.archive.org/details/LanmansSanskritReader

     Charles Rockwell Lanmanによる、世界でおそらく最も広く読まれてきた、サンスクリットの定番読本(リーダー)、いわゆるランマン。
     本文100ページに対して、300ページの語彙・解説がつき、必要に応じてホイットニー文典のどこを参照すべきか示してある。




    The Student`s Guide to Sanskrit Composition
    http://www.archive.org/details/StudentsGuideToSanskritComposition-VsApte1925http://www.payer.de/apte/apte000.htm

     サンスクリットのような古典語は、語形変化が複雑なので、ともすると語形変化の話(形態論)で文法書が終わってしまい、文章を正しく読み書きするのに必要な統語論(syntax)の知識は別の本で、という事になる。
     サンスクリットでは、34歳で夭折したインドの天才的梵語学者アプテ(Vaman Shivaram Apte)による、この文論が最も評価が高い。
     



    Sanskrit syntax
    http://openlibrary.org/works/OL1260358W/Sanskrit_syntax

     J. S. Speyerによるこちらは、アプテの文論と並んで古くから読まれてきたサンスクリットの文論。箇条書になっていて欄外に項目名が書いてあるので参照しやすい。
     サンスクリットの単語や例文についてはデーヴァナーガリーだけである。
     この本を主要なネタ元としてわかりやすくかみくだいたのが二宮陸雄『サンスクリット語の構文と語法 印欧語比較シンタックス』。この人の本業は医者なのだが、そういえば唯一にして最高のリグ・ヴェーダ専門辞典Wörterbuch zum Rig-Veda, Wiesbadenを作ったHermann Grassmannは、グラスマン代数に名を残す数学者だった。

     
    サンスクリット語の構文と語法―印欧語比較シンタクスサンスクリット語の構文と語法―印欧語比較シンタクス
    (1989/07)
    二宮 陸雄

    商品詳細を見る





    The Roots, Verb-Forms and Primary, Derivatives of Sanskrit Language
    http://www.archive.org/details/rootsverbformspr00whitrich
    (オンライン版)http://www.language.brown.edu/Sanskrit/whitney/

     フランス語やラテン語やギリシア語みたいなやたらに動詞が複雑な活用をする言語では、 動詞変化表だけで1冊の本になる、とよくいうが、大抵の場合、実際にそういう本がある。
      サンスクリットにももちろんあって、これは先に触れたWhitneyの文典の補遺にあたるもの。
     紙の本では、変化形でひけるようになっていないが、www.language.brown.eduのサイトは、この活用表本を検索できるようにしたもの。



    A Sanskrit-English dictionary etymologically and philologically arranged with special reference to cognate Indo-European languages
    http://openlibrary.org/works/OL311747W/A_Sanskrit-English_dictionary_etymologically_and_philologically_arranged_with_special_reference_to_cognate_Indo-European_languages
    (オンライン版)http://www.sanskrit-lexicon.uni-koeln.de/scans/MWScan/tamil/index.html
    (EPWING化)http://www.pup.waiwai-net.ne.jp/~iwaihiro/Mwsedictk/

     いわゆるモリエル(著者Sir Monier Monier-Williamsはイギリス人なのに日本では何故か「モニエル」)。世界中で最も使われているサンスクリット辞典。 見出しのみデーヴァナーガリー( ローマ字併記)で、例文などはローマ字。
     渡辺照宏『外国語の学び方』(岩波新書)に「これ(モニエル)よりも小さい辞典ではじきに役に立たなくなります〉とある。
     仏教関係の語彙まで収録しており、メジャーな文献ならこれ一冊で読むことができる。
     これもEPWING化されているものを公開しておられるサイトがある。多謝。




    The Practical Sanskrit-English dictionary containing appendices on Sanskrit prosody and important literary and geogrpahical names of ancient India
    http://openlibrary.org/works/OL315578W/The_Practical_Sanskrit-English_dictionary_containing_appendices_on_Sanskrit_prosody_and_important_literary_and_geogrpahical_names_of_ancient_India
    (オンライン版、例文なし)http://www.aa.tufs.ac.jp/~tjun/sktdic/

     34歳で夭折したインドの天才的梵語学者Vaman Shivaram Apteによる辞典。
     モリエルとならんで広く使われるが、 文学からの引用が非常に豊富で、古典文学を読む場合にはモリエルより便利。
      序文によるとモリエルの辞書はとてもよいものだけれど値段が「禁制品の如く高く、サンスクリット読者の最も普通の要求の多くにも合致しない」ために、この辞書を編んだとのこと。
     サンスクリットはすべてデーヴァナーガリーで表記され、ローマ字化されていない。




    Sanskrit-Wörterbuch herausgegeben von der Kaiserlichen Akademie der Wissenschaften
    (vol.2) http://www.archive.org/details/sanskritwrterb02bhuoft
    (vol.3) http://www.archive.org/details/sanskritwrterb03bhuoft
    (vol.4) http://www.archive.org/details/sanskritwrterb04bhuoft
    (vol.5) http://www.archive.org/details/sanskritwrterb05bhuoft
    (vol.6) http://www.archive.org/details/sanskritwrterb06bhuoft
    (vol.7) http://www.archive.org/details/sanskritwrterb07bhuoft

     Otto Böhtlingk & Rudolph Rothによる世界最大の全7巻の梵語辞典。専門的に研究する場合には必携。勿論現役。これも非常に高価だったが最近ではペーパーバック版もある。
     http://www.archive.org/では、なぜか第1巻が見当たらない。




    Sanskrit-Wörterbuch in kürzerer Fassung
    (vol.1-4)http://www.archive.org/details/sanskritwrterb01bhuoft
    (vol.5-7)http://www.archive.org/details/sanskritwrterb05bhuoft

    上記の7巻本から、用例を削除してコンパクトにし使いやすくした簡約版。


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    論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers 論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    で、論文が書けないのではなくて研究ができないことは分かったけれど、結局どうやって研究すればいいかよく分からないという声があった。

     今回はできるだけシンプルに、そして実用的に研究を定義することを試みる。



    研究の再帰的定義

     研究とは、何か別の研究の続編(つづき)である。
     
     定義の中に定義すべきものが入っている、いわゆる再帰的な定義であって、いつまでも底に届きそうにない。
     あなたの研究Aが別の研究Bの続編(つづき)であっても、研究Bが果てして本当に研究なのかどうかは、研究Bが何か別の研究(たとえば研究C)の続編(つづき)でなければならないが、その研究Cが果たして本当に研究なのかどうかは……、という風にどこまでも続きそうだからである。
     
     しかし最終的な基礎付けができなくても、人は前に進むことはできる。
     
     あなたの周囲で研究だと認めてられているものを、あなたも研究であると受け入れて、自分の研究を始めればよいのである。
     あなたが受け入れたその研究が、あなた自身の研究を位置づける背景(のひとつ)となる〈先行研究〉となる。

     研究の再帰的定義は、研究という知的営為の成り立ちに沿うものである。
     参照される研究は、また別の研究を参照し、その連なりは遥か遠くまで続く。
     ひとつの研究がなしうることは極めて小さいかもしれないが、そこにつながる過去の研究を入れ子状に含み持っている。

     研究する者は、自分の新たな知的貢献を先行研究のネットワークに係留することで、はるかな過去から手渡されてきたバトンを受け取り、まだ出会ったことがないかも知れない次の研究者に手渡すのである。



    よい研究とは何か?

     先に述べた研究の再帰的な定義は、いくつかのことを含意する。
     
     そのひとつは、あらゆる知識はスタンドアローンでは存在できない(他の知識を必要とする)ことの一部として、とりわけ研究は他の研究と切り離されては存在できないことである。

     そして、研究の再帰的な定義は、何が良い研究であるかも我々に教えてくれる。
     すなわち、そこから続編(つづき)が生まれる研究が、良い研究である。
     そこから(研究が生まれるような)良い続編(つづき)が生まれる研究は、とりわけ良い研究である。



    先行研究をリバースエンジニアリングせよ

     そして今の我々に最も重要なことであるが、この定義はこれから研究を始めようとする人に、もっとはっきり言えば、前の記事で出てきた〈論文の穴埋めシート〉をどうやって埋めればいいか途方に暮れている人に、何をすればよいかを具体的に教える。
     
     あなたがその続編(つづき)を書きたくなる研究を見つけて、その研究(論文)から逆に〈論文の穴埋めシート〉をつくる(埋める)のである。
     本来の〈穴埋めシート〉から論文へ向かうのとは逆をやる訳だ。

     つまり逆向きにつかうことで、〈論文の穴埋めシート〉は、研究(論文)のリバースエンジニアリングのためのツールになる。



    先行研究から自分の研究を導く

     あなたが見つけた研究(論文)から〈論文の穴埋めシート〉をつくる(埋める)ことができたら、その〈論文の穴埋めシート〉から多くを〈流用〉することができる。

     先行研究からリバースエンジニアリングした〈論文の穴埋めシート〉のどこをどう活用するか(どこをそのまま使い、どこを独自のものにするか)によって、例えば次のような研究スタイルを採用することになる。

     
    追試 
    ・「Q-D-1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の信頼性を高める
    ・上の項目以外は、先行研究から得たものを活用する。


    異なるドメインでの追試
    ・「Q-A-1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と同じ方法で、先行研究と類似するが異なる対象からデータを得る
    ・「Q-D-1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の信頼性を高める。
    ・上の項目以外は、先行研究から得たものを活用する。


    異領域への拡張
    ・「Q-A-1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と類似の方法で、異なる領域の対象からデータを得る
    ・「Q-D-1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の成果を別領域に転じ、成果の一般化をはかる。


    反証
    ・「Q-A-1.データはどのように収集しましたか?」→先行研究と類似の方法で、同じもしくは異なる領域の対象からデータを得る
    ・「Q-D-1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→先行研究の成果を検証し、その適用可能範囲を制限/確定する。先行研究からは説明でできない事象の存在を示し、これを含むより統合的な研究を促す。


    複数の先行研究の統合
    ・「Q-B-1.この論文で検証したいことは何ですか?」→異なる先行研究の成果のどれもを説明できる新たな仮説
    ・「Q-D-1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?」→複数の先行研究を統合できる理論モデルを提示する。



    (参考:穴埋め論文シートの項目)
    A. このデータは正しい(信頼できる)
    Q-A-1.データはどのように収集しましたか?(どのような実験?測定?出典?)
    Q-A-2.データをどのように加工しましたか?(どのような統計手法?表?グラフ?)
    B.この研究は正しい(根拠づけられている)
    Q-B-1.この論文で検証したいことは何ですか?
    Q-B-2.どんなデータが得られましたか?
    Q-B-3.データから言えることは何ですか?
    Q-B-4.この論文で明らかにできたことは何ですか?
    Q-B-5.この論文で明らかにできなかったこと,今後の課題は何ですか?
    C.この研究は意義がある(学問的コンテキストに対する位置づけ)
    Q-C-1.この論文のテーマに関連する先行研究にはどんなものがありますか?
    Q-C-2.先行研究によって明らかになっていることは,どんなことですか?
    Q-C-3.先行研究によって解明されていないことは,どんなことですか?
    Q-C-4.この論文は,未解明点についてどのような貢献ができますか?
    Q-C-5.この論文は何を明らかにする研究の一部(ひとつ)ですか?
    D.この研究は必要である(社会的コンテキストに対する位置づけ)
    Q-D-1.この研究は,どのような問題を解決するのに役立ちますか?

     
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