先日の記事、文学新人賞の偏差値=この賞をとったらどれだけ本を出せるかをランキングしてみた 読書猿Classic: between / beyond readers
を読んで意気消沈した人がいるというので、物書きを励ますために編まれた(と書いてあるので信じるしかない)次の本を紹介しよう。
タイトルからも分かるとおり、現在では傑作・名作として知られる作品たちも不採用(ボツ)をくらったことがあり、時にはていねいで慇懃な、時には不躾けで直情的な、不採用の手紙を作家は受け取ったのである※。
※たとえばウィリアム・サロイヤンは多産な作家だが、多産ゆえに受け取った不採用通知も多く、積み上げておいたら1mくらいになった。7000通ほどあったらしい。
ジェイムズ・ジョイスは経済的成功という点から見れば呪われていたとしか言えない作家だが(付け加えると物心両方の援助を惜しまない友人には恵まれていた)、22回ボツをくらった後に『ダブリン市民』がようやく出版されると、とある市民がそのすべてを買占め私的に焚書されてしまった。『ユリシーズ』以降、その作業は一個人の手に余ることとなり、政府当局(直接的には税関)が受け持つこととなった。
この書はそんな作品の不採用通知ばかりを集めた“Rotten Rejections”という本の翻訳。これに序文を寄せているBill Hendersonは名作への酷評ばかりを集めた“Rotten Reviews”という本を書いているが、両方を抱き合わせた次の本が便利である。
さて、160の不採用通知から導き出せる普遍的命題ないし教訓は「編集者には見る目がない」や「傑作は認められない」や「認められないことが、すなわち私の書いたこの作品が傑作であることを証明している」や「抑圧されたサディストが警官となるように、人生に対してわけのわからぬ恐怖心を抱いている者が編集者になるのだ」(シリル・コノリー)等ではない。
むしろ(ボツにされようと、犯罪者にされようと、アメリカ全土に詩人が溢れようと)「にもかかわらず作家は書き続けた」ということである(サロイヤンは7000の作品を書いたわけではないが少なくとも7000回は宛名を書いたはずである)。
以下では、比較的知られた作家・作品に対して送られた不採用理由のいくつかを紹介する。
普通、書物のリストを掲げるときには誉め言葉を添えることが多いので、なんだかわくわくした。
なお、ジョン・マスターズとサラ・ハートについては寡聞にしてよく知らないのだが、断りの言葉が素敵だったので(汎用性にも富むように思われたので)紹介したくなった。
“まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。”
パール・S・バック(1892~1973)。 アメリカの女性作家。生後3ヶ月で両親と共に中国に渡り、英語と中国語の両言語を話すバイリンガルとして育った。高等教育を受けるため一時期帰国、そののち長く中国にとどまり、小説を書き始めた。中国における東西両文明の確執を描く『東の風・西の風』(1930)を処女作に、続く代表作『大地』(1931)はピュリッツァー賞を受け、アメリカ文学史上まれなベストセラーとなり、さらに1938年にはノーベル文学賞を受賞した。
“アメリカ合衆国では動物の話は売れません。”
ジョージ・オーウェル(1903~1950)。イギリスの作家。スターリン治下のソ連を諷刺した「動物農園」は第二次大戦直後に出版され英米でベストセラーになった。
“アメリカ人読者の興味をそそるところはどこにもない。これはメキシコ人向けに書かれた本である。”
オクタビオ・パス(1914~1998)。メキシコの詩人・批評家。1946年に外交官になり、ヨーロッパ各国を転々としながら『弓と竪琴』『孤独の迷宮』などを執筆する。ノーベル文学賞(1990)。
“遺憾ながら、イギリスの児童文学市場にまったくふさわしくないという理由で、この本の出版を見合わせることに全会一致で決定いたしました。”
ハーマン・メルヴィル(1819~1891)。アメリカの小説家。存命中、作品はまともな評価はされず、税関で働き生活を支えた。『白鯨』は、随所に鯨の博物学や捕鯨業の博大な知識を挿入し、作者の捕鯨船員としての経験をもとにした自伝的な要素を含みながら、善と悪、神と人間の対立の壮大なドラマを展開、精神の深淵を映し出したきわめて象徴的な作品である。
“書き出しの行に“r”が多過ぎる。”
-----エズラ・パウンド『ある女性の肖像Portrait d'une Femme』
エズラ・パウンド(1885~1972)。アメリカの詩人・批評家。1908年以来ロンドン、パリ、イタリアで典型的な国籍離脱者として生活しながら、イマジズム運動その他の新詩運動の中心となり、ジョイス、T.S.エリオット、ヘミングウェーらに大きな影響を与えた。
“なにやら木がいっぱい出てくる話だった。”
ノーマン・マクリーン(1902~1990)。アメリカの作家。シカゴ大学英文学教授を長年勤め定年後の74歳で、若くして死んでしまった弟の想い出をもとに自伝的処女作『マクリーンの川』を執筆。20世紀アメリカ文学の古典と賞賛され、ロングセラーとなった。
“カレーを食べすぎた元大佐のつづったインドの思い出など、掃いて捨てるほどある。”
-----ジョン・マスターズ『残忍かつ放蕩(Brutal and Licentious)』
ジョン・マスターズ(1941〜)。イギリスの小説家。元インド陸軍将校。インド独立後アメリカに渡り、イギリスとインドの関係を扱った時代冒険小説シリーズを発表。
“詩は間に合っております。ホーボーケンのノートドイチャー・ロイド埠頭に200〜300梱もの詩が保管してあるのです。アメリカには30万人の詩人がいます。”
-----サラ・ハート『詩 Poem』
サラ・ハート(1898〜1935)。アメリカの作家。アラバマ州モントゴメリー出身。この詩集は結局出版されなかった模様。
“ヴァージニアの傭兵がこともあろうに火星に送られるなどという話が、わが社に利益をもたらすとは絶対に考えられません。”
アメリカの作家。『火星のプリンセス』に始まる「火星シリーズ」でスペース・オペラの第一人者となるほか、『猿人ターザン』以下の一連のターザン物でも世界的に人気を集めた。
“あえて翻訳出版してまで、注目を浴びようと吠えたてる多くの犬の本と競争させるだけの価値はない。”
コンラート・ローレンツ(1903~1989)。オーストリアの動物学者。動物行動学を確立により1973年にノーベル生理学医学賞をティンバーゲン、フリッシュと共に受賞。エッセイ集「ソロモンの指輪」「人イヌにあう」は世界的に広く読まれている。
“このような本に商業的可能性があるとは思えず、したがってご希望にそうことはできません。”
ローレンス・J・ピーター(1919~1990)。アメリカの教育学者。レイモンド・ハルとの共著『ピーターの法則』で組織のメンバーは能力を超えたレベルまで出世するため、上司は一般的に無能者が占めるという法則を提唱した。
“じつにお粗末!”
ピエール・ブール(1912~1994)。フランスの小説家。第二次大戦中のインドシナで日本軍に捕らわれ、投獄された経験を基に書いた『戦場にかける橋』や『猿の惑星』で知られる。『戦場にかける橋』、『猿の惑星』は共に映画化され、ヒットした。
“この小説は出版業界を25年退歩させるものです。”
ノーマン・メイラー(1923~2007)。アメリカの作家。第2次世界大戦中は太平洋で従軍。第1作目の小説「裸者と死者」(1948)はベストセラーとなり、この世代の代表的な小説家としての地位を確立した。
“支離滅裂で、視点も興味をそそるものではない。”
ジェイムズ・ジョイス(1882~1941)。アイルランドの作家。初期作品のひとつ『若き芸術家の肖像』では、内的独白の使用や登場人物の外的環境よりも精神的現実への言及の優先といった、後の作品に多く見られる手法の萌芽が見られる。ジョイス自身をモデルとした主人公ディーダラスは、代表作『ユリシーズ』の主人公の一人でもある。
“この少女は、作品を単なる“好奇心”以上のレベルに高めるための、特別な観察力や感受性に欠けているように思われます。”
アンネ・フランク(1929~1945)。ユダヤ系ドイツ人実業家オットーの次女。アウシュウィッツ強制収容所で15年の生涯を閉じた。ナチス・ドイツ占領下のアムステルダムの隠れ家で綴った日記が発見され父親により刊行され、1952年英語版が刊行されると世界的反響を呼び起こし、各国語に翻訳された。
“一般読者には面白くなく、科学的知識のある者には物足りない。”
H.G.ウェルズ(1866~1946)。イギリスの作家・評論家。時間旅行を行う乗り物を導入した小説『タイム・マシン』で文壇に登場。科学小説の他に文明批評や歴史的著述を著し百科全書的ジャーナリストとして活躍、20世紀初頭の思想界に大きな影響を与えた。
“連載するには短すぎ、読み切りとしては長すぎる。”
アーサー・コナン・ドイル。(1859~1930)。イギリスの小説家。『緋色の研究』は世界で最も知られた私立探偵シャーロック=ホームズが始めて登場した小説である。
“人が筏で漂流するテーマには魅力があるが、全般的に、長く重く単調で退屈な太平洋航海記である。”
トール・ヘイエルダール(1914~2002。)ノルウェーの人類学者、海洋生物学者、探検家。ポリネシア人が南アメリカから移住したとする仮説を実証するために古代インカの技法でつくった筏船のコンティキ号でペルーのカヤオ港から南太平洋のツアモツ島まで4,300マイル(8千km弱)の航海を行った。その記録『コンティキ号探検』は世界的ベストセラーとなり,彼の知名度を高めた。
“話の結論がまとまっていないようだ----主人公の出世も人格も、結末を迎えるべき段階に達していない。要するに、物語が完結しているとは思えない。”
-----F.スコット・フィッツジェラルド『楽園のこちら側』(高村勝治 訳 荒地出版社 , 1957.6)
F・スコット・フィッツジェラルド (1896~1940)。アメリカの小説家。処女作『楽園のこちら側』は、若い読者層に迎えられベストセラーとなった。フィッツジェラルドはこれにより一躍人気作家となり「アメリカ青年の王者」とまでよばれた。
“もしこの本に筋や構成というものがあれば、削除や修正を提案できるのだが、あまりにも散漫なために手のつけようがない。却下理由の第一は、著者が語るべきストーリーを持っていないことである。”
ウィリアム・フォークナー(1897~1962)。 アメリカの小説家。フォークナーの作品のほとんどが架空の土地ヨクナパトーファ郡ジェファソンを舞台とし、これら一連の作品は「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれるが、『サートリス』はその最初の作品である。
“かようにうっとうしい話は読んだ覚えがない。気取った文体の泥沼をさまよっているだけで、どこへもたどりつかず、これといった物語もなく、倦怠以外のなんの感情もわいてこない。間接的に遠回しな言葉遣いを文学的技巧と取り違える評論家連中なら、これを秀逸な作品と呼ぶかもしれないが、血管に少しでも血の通っている人間なら、あくびをして、投げ出すであろう----万が一これを手にしたとしても。”
-----ヘンリー・ジェイムズ『檻の中』
ヘンリー・ジェイムズ(1843~1916)。アメリカ生まれイギリスで活躍した作家。英米心理主義小説の先駆者として知られる。ヨーロッパ的な視点とアメリカ人としての視点を持ち合わせ、国際的な観点から優れた英語文学を多く残した19世紀から20世紀の英米文学を代表する小説家である。
“どちらも読めなかった----私の目がページにとどまって、その意味(このような場合、意味とはいわず、べつの言葉を用いるべきなのか)を理解することを頑として拒否したのだ。……まったくもって理解できず、おかしくもない。わたしが思うに、こうした小説の本当の欠点は(もし真剣に読む気になったとしてだが)ただただその退屈さにある。”
サミュエル・ベケット(1906~1989)。アイルランド生れのフランスの劇作家・小説家。不条理演劇を代表する作家の一人であり、小説においても20世紀の重要作家の一人とされる。戯曲「ゴドーを待ちながら」「しあわせな日々」、長編小説に三部作「モロイ」「マウロンは死ぬ」「名づけえぬもの」など。1969年ノーベル賞文学賞。
“腐ったニンジンのようなにおいがする。”
ビアトリクス・ポター(1866~1943)。イギリスの絵本作家。ピーターラビットのおはなし』にはじまるピーターラビットシリーズの発行部数は全世界で1億5000万部を超える。
“貴殿はご自身の小説を、秀逸とはいえ、はなはだ余分な枝葉末節で埋めてしまわれた。”
ギュスターヴ・フローベール (1821~1880)。フランスの小説家。精緻な客観描写や自由間接話法を多用した細かな心理描写によって描き出した処女作『ボヴァリー婦人』は写実主義文学の礎となり、現代文学への画期となった。
“ねえ、きみ、わしは首から上が死んじまってるかもしれんが、いくらない知恵を絞ってみても、ある男が眠りにつく前にいかにして寝返りを打ったかを描くのになぜ30頁も必要なのかさっぱりわからんよ。”
マルセル・プルースト(1871~1922)。フランスの小説家。30代から死の直前まで大作『失われた時を求めて』を書き続けた。その複雑かつ重層的な叙述と物語構成はその後の文学の流れに決定的な影響を与え、この作品によってプルーストは、ジョイス、カフカとともに20世紀を代表する作家として位置づけられている。
“書き出しはおもしろかった。これは第二の『ロリータ』だぞ、とわたしはがぜん興味をそそられた。この複雑な文体は、われわれが考えていた以上にナボコフの影響力が大きいことを示しているじゃないか、と。悲しいかな、書き出しは完全に誤解を招くものであり、そのあとに続くのは、ウィットに富む、というよりむしろいかがわしい下品なサイエンス・フィクションだった。”
ジョン・バース(1930~)。アメリカの小説家。入念なパロディー,緻密なプロットなどきわめて意識的な手法を用いる実験的な作品を発表。『やぎ少年ジャイルズ』は、『酔いどれ草の仲買人』とともに代表作の一つ。
“精神科医に話すべきことがらを(実際そうしているかもしれないが)綿密な小説に仕立てあげたもので、素晴らしく筆の冴えたところも幾らかはあるが、進歩的なフロイト派を自負するわたしでさえ圧倒的な不快感に襲われた。一般読者は吐き気をもよおすに違いない。売れる見込みもなく、高まりつつある名声に計りしれない害を及ぼすだけだろう。 総じて不道徳きわまりない話である。忌まわしき現実と、とんでもない空想が曖昧に交錯する。しばしば狂った神経症的白昼夢となり、とりわけ追跡の部分で、話の筋まで混乱する。結末はぞっとするような自己破壊。わたしがもっとも当惑するのは、作者がこれを発表したがっているという事実である。この本をいま出版するいかなる根拠も思い浮かばない。わたしはこれを千年間、石の下に埋めておくことを勧告する。”
ウラジーミル・ナボコフ(1899~1977)。ロシア生れのヨーロッパとアメリカで活動した作家。1945年アメリカに帰化。コーネル大学等でロシア文学・ヨーロッパ文学を講ずるかたわら、英語で創作活動を続ける。1955年に小説『ロリータ』の出版により国際的に著名な作家となり、59年スイスのモントルーに移住し、生涯執筆活動に専念した。

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タイトルからも分かるとおり、現在では傑作・名作として知られる作品たちも不採用(ボツ)をくらったことがあり、時にはていねいで慇懃な、時には不躾けで直情的な、不採用の手紙を作家は受け取ったのである※。
※たとえばウィリアム・サロイヤンは多産な作家だが、多産ゆえに受け取った不採用通知も多く、積み上げておいたら1mくらいになった。7000通ほどあったらしい。
ジェイムズ・ジョイスは経済的成功という点から見れば呪われていたとしか言えない作家だが(付け加えると物心両方の援助を惜しまない友人には恵まれていた)、22回ボツをくらった後に『ダブリン市民』がようやく出版されると、とある市民がそのすべてを買占め私的に焚書されてしまった。『ユリシーズ』以降、その作業は一個人の手に余ることとなり、政府当局(直接的には税関)が受け持つこととなった。
この書はそんな作品の不採用通知ばかりを集めた“Rotten Rejections”という本の翻訳。これに序文を寄せているBill Hendersonは名作への酷評ばかりを集めた“Rotten Reviews”という本を書いているが、両方を抱き合わせた次の本が便利である。
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さて、160の不採用通知から導き出せる普遍的命題ないし教訓は「編集者には見る目がない」や「傑作は認められない」や「認められないことが、すなわち私の書いたこの作品が傑作であることを証明している」や「抑圧されたサディストが警官となるように、人生に対してわけのわからぬ恐怖心を抱いている者が編集者になるのだ」(シリル・コノリー)等ではない。
むしろ(ボツにされようと、犯罪者にされようと、アメリカ全土に詩人が溢れようと)「にもかかわらず作家は書き続けた」ということである(サロイヤンは7000の作品を書いたわけではないが少なくとも7000回は宛名を書いたはずである)。
以下では、比較的知られた作家・作品に対して送られた不採用理由のいくつかを紹介する。
普通、書物のリストを掲げるときには誉め言葉を添えることが多いので、なんだかわくわくした。
なお、ジョン・マスターズとサラ・ハートについては寡聞にしてよく知らないのだが、断りの言葉が素敵だったので(汎用性にも富むように思われたので)紹介したくなった。
“まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。”
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パール・S・バック(1892~1973)。 アメリカの女性作家。生後3ヶ月で両親と共に中国に渡り、英語と中国語の両言語を話すバイリンガルとして育った。高等教育を受けるため一時期帰国、そののち長く中国にとどまり、小説を書き始めた。中国における東西両文明の確執を描く『東の風・西の風』(1930)を処女作に、続く代表作『大地』(1931)はピュリッツァー賞を受け、アメリカ文学史上まれなベストセラーとなり、さらに1938年にはノーベル文学賞を受賞した。
“アメリカ合衆国では動物の話は売れません。”
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ジョージ・オーウェル(1903~1950)。イギリスの作家。スターリン治下のソ連を諷刺した「動物農園」は第二次大戦直後に出版され英米でベストセラーになった。
“アメリカ人読者の興味をそそるところはどこにもない。これはメキシコ人向けに書かれた本である。”
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オクタビオ・パス(1914~1998)。メキシコの詩人・批評家。1946年に外交官になり、ヨーロッパ各国を転々としながら『弓と竪琴』『孤独の迷宮』などを執筆する。ノーベル文学賞(1990)。
“遺憾ながら、イギリスの児童文学市場にまったくふさわしくないという理由で、この本の出版を見合わせることに全会一致で決定いたしました。”
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ハーマン・メルヴィル(1819~1891)。アメリカの小説家。存命中、作品はまともな評価はされず、税関で働き生活を支えた。『白鯨』は、随所に鯨の博物学や捕鯨業の博大な知識を挿入し、作者の捕鯨船員としての経験をもとにした自伝的な要素を含みながら、善と悪、神と人間の対立の壮大なドラマを展開、精神の深淵を映し出したきわめて象徴的な作品である。
“書き出しの行に“r”が多過ぎる。”
-----エズラ・パウンド『ある女性の肖像Portrait d'une Femme』
エズラ・パウンド(1885~1972)。アメリカの詩人・批評家。1908年以来ロンドン、パリ、イタリアで典型的な国籍離脱者として生活しながら、イマジズム運動その他の新詩運動の中心となり、ジョイス、T.S.エリオット、ヘミングウェーらに大きな影響を与えた。
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ノーマン・マクリーン(1902~1990)。アメリカの作家。シカゴ大学英文学教授を長年勤め定年後の74歳で、若くして死んでしまった弟の想い出をもとに自伝的処女作『マクリーンの川』を執筆。20世紀アメリカ文学の古典と賞賛され、ロングセラーとなった。
“カレーを食べすぎた元大佐のつづったインドの思い出など、掃いて捨てるほどある。”
-----ジョン・マスターズ『残忍かつ放蕩(Brutal and Licentious)』
ジョン・マスターズ(1941〜)。イギリスの小説家。元インド陸軍将校。インド独立後アメリカに渡り、イギリスとインドの関係を扱った時代冒険小説シリーズを発表。
“詩は間に合っております。ホーボーケンのノートドイチャー・ロイド埠頭に200〜300梱もの詩が保管してあるのです。アメリカには30万人の詩人がいます。”
-----サラ・ハート『詩 Poem』
サラ・ハート(1898〜1935)。アメリカの作家。アラバマ州モントゴメリー出身。この詩集は結局出版されなかった模様。
“ヴァージニアの傭兵がこともあろうに火星に送られるなどという話が、わが社に利益をもたらすとは絶対に考えられません。”
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アメリカの作家。『火星のプリンセス』に始まる「火星シリーズ」でスペース・オペラの第一人者となるほか、『猿人ターザン』以下の一連のターザン物でも世界的に人気を集めた。
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ノーマン・メイラー(1923~2007)。アメリカの作家。第2次世界大戦中は太平洋で従軍。第1作目の小説「裸者と死者」(1948)はベストセラーとなり、この世代の代表的な小説家としての地位を確立した。
“支離滅裂で、視点も興味をそそるものではない。”
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ジェイムズ・ジョイス(1882~1941)。アイルランドの作家。初期作品のひとつ『若き芸術家の肖像』では、内的独白の使用や登場人物の外的環境よりも精神的現実への言及の優先といった、後の作品に多く見られる手法の萌芽が見られる。ジョイス自身をモデルとした主人公ディーダラスは、代表作『ユリシーズ』の主人公の一人でもある。
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H.G.ウェルズ(1866~1946)。イギリスの作家・評論家。時間旅行を行う乗り物を導入した小説『タイム・マシン』で文壇に登場。科学小説の他に文明批評や歴史的著述を著し百科全書的ジャーナリストとして活躍、20世紀初頭の思想界に大きな影響を与えた。
“連載するには短すぎ、読み切りとしては長すぎる。”
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“人が筏で漂流するテーマには魅力があるが、全般的に、長く重く単調で退屈な太平洋航海記である。”
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トール・ヘイエルダール(1914~2002。)ノルウェーの人類学者、海洋生物学者、探検家。ポリネシア人が南アメリカから移住したとする仮説を実証するために古代インカの技法でつくった筏船のコンティキ号でペルーのカヤオ港から南太平洋のツアモツ島まで4,300マイル(8千km弱)の航海を行った。その記録『コンティキ号探検』は世界的ベストセラーとなり,彼の知名度を高めた。
“話の結論がまとまっていないようだ----主人公の出世も人格も、結末を迎えるべき段階に達していない。要するに、物語が完結しているとは思えない。”
-----F.スコット・フィッツジェラルド『楽園のこちら側』(高村勝治 訳 荒地出版社 , 1957.6)
F・スコット・フィッツジェラルド (1896~1940)。アメリカの小説家。処女作『楽園のこちら側』は、若い読者層に迎えられベストセラーとなった。フィッツジェラルドはこれにより一躍人気作家となり「アメリカ青年の王者」とまでよばれた。
“もしこの本に筋や構成というものがあれば、削除や修正を提案できるのだが、あまりにも散漫なために手のつけようがない。却下理由の第一は、著者が語るべきストーリーを持っていないことである。”
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ウィリアム・フォークナー(1897~1962)。 アメリカの小説家。フォークナーの作品のほとんどが架空の土地ヨクナパトーファ郡ジェファソンを舞台とし、これら一連の作品は「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれるが、『サートリス』はその最初の作品である。
“かようにうっとうしい話は読んだ覚えがない。気取った文体の泥沼をさまよっているだけで、どこへもたどりつかず、これといった物語もなく、倦怠以外のなんの感情もわいてこない。間接的に遠回しな言葉遣いを文学的技巧と取り違える評論家連中なら、これを秀逸な作品と呼ぶかもしれないが、血管に少しでも血の通っている人間なら、あくびをして、投げ出すであろう----万が一これを手にしたとしても。”
-----ヘンリー・ジェイムズ『檻の中』
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“どちらも読めなかった----私の目がページにとどまって、その意味(このような場合、意味とはいわず、べつの言葉を用いるべきなのか)を理解することを頑として拒否したのだ。……まったくもって理解できず、おかしくもない。わたしが思うに、こうした小説の本当の欠点は(もし真剣に読む気になったとしてだが)ただただその退屈さにある。”
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サミュエル・ベケット(1906~1989)。アイルランド生れのフランスの劇作家・小説家。不条理演劇を代表する作家の一人であり、小説においても20世紀の重要作家の一人とされる。戯曲「ゴドーを待ちながら」「しあわせな日々」、長編小説に三部作「モロイ」「マウロンは死ぬ」「名づけえぬもの」など。1969年ノーベル賞文学賞。
“腐ったニンジンのようなにおいがする。”
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ビアトリクス・ポター(1866~1943)。イギリスの絵本作家。ピーターラビットのおはなし』にはじまるピーターラビットシリーズの発行部数は全世界で1億5000万部を超える。
“貴殿はご自身の小説を、秀逸とはいえ、はなはだ余分な枝葉末節で埋めてしまわれた。”
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ギュスターヴ・フローベール (1821~1880)。フランスの小説家。精緻な客観描写や自由間接話法を多用した細かな心理描写によって描き出した処女作『ボヴァリー婦人』は写実主義文学の礎となり、現代文学への画期となった。
“ねえ、きみ、わしは首から上が死んじまってるかもしれんが、いくらない知恵を絞ってみても、ある男が眠りにつく前にいかにして寝返りを打ったかを描くのになぜ30頁も必要なのかさっぱりわからんよ。”
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マルセル・プルースト(1871~1922)。フランスの小説家。30代から死の直前まで大作『失われた時を求めて』を書き続けた。その複雑かつ重層的な叙述と物語構成はその後の文学の流れに決定的な影響を与え、この作品によってプルーストは、ジョイス、カフカとともに20世紀を代表する作家として位置づけられている。
“書き出しはおもしろかった。これは第二の『ロリータ』だぞ、とわたしはがぜん興味をそそられた。この複雑な文体は、われわれが考えていた以上にナボコフの影響力が大きいことを示しているじゃないか、と。悲しいかな、書き出しは完全に誤解を招くものであり、そのあとに続くのは、ウィットに富む、というよりむしろいかがわしい下品なサイエンス・フィクションだった。”
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ジョン・バース(1930~)。アメリカの小説家。入念なパロディー,緻密なプロットなどきわめて意識的な手法を用いる実験的な作品を発表。『やぎ少年ジャイルズ』は、『酔いどれ草の仲買人』とともに代表作の一つ。
“精神科医に話すべきことがらを(実際そうしているかもしれないが)綿密な小説に仕立てあげたもので、素晴らしく筆の冴えたところも幾らかはあるが、進歩的なフロイト派を自負するわたしでさえ圧倒的な不快感に襲われた。一般読者は吐き気をもよおすに違いない。売れる見込みもなく、高まりつつある名声に計りしれない害を及ぼすだけだろう。 総じて不道徳きわまりない話である。忌まわしき現実と、とんでもない空想が曖昧に交錯する。しばしば狂った神経症的白昼夢となり、とりわけ追跡の部分で、話の筋まで混乱する。結末はぞっとするような自己破壊。わたしがもっとも当惑するのは、作者がこれを発表したがっているという事実である。この本をいま出版するいかなる根拠も思い浮かばない。わたしはこれを千年間、石の下に埋めておくことを勧告する。”
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ウラジーミル・ナボコフ(1899~1977)。ロシア生れのヨーロッパとアメリカで活動した作家。1945年アメリカに帰化。コーネル大学等でロシア文学・ヨーロッパ文学を講ずるかたわら、英語で創作活動を続ける。1955年に小説『ロリータ』の出版により国際的に著名な作家となり、59年スイスのモントルーに移住し、生涯執筆活動に専念した。
2013.11.23
文学新人賞の偏差値=この賞をとったらどれだけ本を出せるかをランキングしてみた
今では作家になるには新人賞をとればいいのだと一般的に思われているが、これは意外に最近になってからの話である。
漱石も鴎外も新人賞をとらなかった(そんなものはなかった)。太宰治が世に出たのは、友人の檀一雄が金を借りて同人誌をつくってやったからだ。
もっと最近になっても、公募制の新人賞といえば江戸川乱歩賞と新潮新人賞と群像新人文学賞くらいしかなかった時代が相当長い。我々の知る作家の多くは、新人賞を経ずに作家となったのである。
新人賞の数をグラフにしてみると、80年台後半からこれまでとは異なる上昇トレンドが生じているが(『公募ガイド』はこの時期1988年に創刊した)、それとは段違いの〈新人賞爆発〉が2000年代から始まっている。

増えたのは新人賞の数だけではない。せいぜい1つか2つを選ぶだけだった新人賞に対して、ライトノベル系をはじめとして大量の受賞者を生む新人賞が続々登場した。〈新人賞爆発〉の時代はまた〈新人爆発〉の時代でもある。

しかし過剰供給は売れ残りの危険を抱えている。
新人賞が増えたとしても、小説が爆発的に売れている訳ではない。むしろその逆である。

(出典:出版物の分類別売上推移をグラフ化してみる(2013年)(最新):ガベージニュース)
「作家になる」ことが、端的に言えば、本を出すことだとすれば、少なくない新人賞受賞者は作家にならずに消えていく。
数冊の本を出して打ち止めとなり、再び新人賞に応募する(そしてこれを繰り返す)人もいる。賞金の高めの賞は食えなくなったプロが集まるというのもよく聞かれる話である。
応募者が最も知りたいのは、どの新人賞をとれば本が出るのか、本当の意味で作家になれるのか、についてだろう。
そこで各文学新人賞の受賞者が現在までに出した小説の発刊点数を数えて、文学賞別に集計してみた。
文学新人賞の受賞者については、
さっかつ−小説総合情報サイト−純文学・ライトノベル・エンターテインメント・推理・ミステリー・歴史・時代・ホラー・BL等

の公募新人賞受賞作・受賞作家年別まとめのデータを元にし、
その作家の書いた本がどれだけ出ているか(発刊点数)についてはWebcatPlus Minus(http://webcatplus.nii.ac.jp/pro/)の検索結果を用いた。これだと再刊や文庫化も1冊とカウントされるし、なによりも小説だけに限らなくなるが、作家になる=本を出す、という我々の定義からそのままにした。
(追記 2012.11.28)さっかつ−小説総合情報サイトに欠けていた、オール讀物新人賞、群像新人文学賞、文藝賞、文學界新人賞の初期(第1回めからの)の受賞作、及びオール讀物推理小説新人賞(赤川次郎、宮部みゆき、石田衣良らを輩出、西村京太郎も乱歩賞より先にこちらを受賞)の受賞作のデータを追加して、集計しなおした。
発行点数を合計して単純に比べると、受賞者数が多い新人賞(歴史が長いもの、1回の受賞者数が多いもの)が有利となるので、受賞者一人あたり発行点数(新人賞をとった作家の発行点数の合計を受賞者数で割ったもの)でソートした。
文学新人賞の受賞者は、森村誠一の1611冊を最高に、平均すると1人あたり9.06冊の本を出しているが、9冊以上出せる者は全体の3割に満たない。
3割の受賞者は本を出さず、1冊だけの者を含めると、受賞者の43%を占める。
1冊の本を出して得られる印税は、ゆるく計算して1500円(単行本の定価)×10%(印税率)×5000部(刷り部数)=75万円である。文庫本だと600円(文庫本の単価)×10%(印税率)×10000部(刷り部数)=60万円。実際には新人の場合は、売れた数にかかわらず印刷部数の10%ではなく、実際に売れた部数の4~8%(実売印税)であることも珍しくないし、部数ももっと少ないことが多い。つまり新人賞を得た平均的作家が印税で得られるのは75万×10冊=750万円。これで一生食べていくのはしんどい。
有名作家が「生活にゆとりができるのは著書が100冊以上になってから」と言ったというフォークロアもあるが、ここまで来るのは新人賞受賞者のうち3%余り。
戯れに(一人当り点数 - 平均)÷標準偏差×10+50でいわゆる偏差値を計算してみたが、ベストセラー作家を多数輩出した江戸川乱歩賞のところでメーターが振り切れてしまった。
受賞者一人あたり発行点数上位8位の文学新人賞

(タテ軸ー受賞者数、ヨコ軸ー発行点数累計、球の大きさー一人当たり発行点数)
漱石も鴎外も新人賞をとらなかった(そんなものはなかった)。太宰治が世に出たのは、友人の檀一雄が金を借りて同人誌をつくってやったからだ。
もっと最近になっても、公募制の新人賞といえば江戸川乱歩賞と新潮新人賞と群像新人文学賞くらいしかなかった時代が相当長い。我々の知る作家の多くは、新人賞を経ずに作家となったのである。
新人賞の数をグラフにしてみると、80年台後半からこれまでとは異なる上昇トレンドが生じているが(『公募ガイド』はこの時期1988年に創刊した)、それとは段違いの〈新人賞爆発〉が2000年代から始まっている。

増えたのは新人賞の数だけではない。せいぜい1つか2つを選ぶだけだった新人賞に対して、ライトノベル系をはじめとして大量の受賞者を生む新人賞が続々登場した。〈新人賞爆発〉の時代はまた〈新人爆発〉の時代でもある。

しかし過剰供給は売れ残りの危険を抱えている。
新人賞が増えたとしても、小説が爆発的に売れている訳ではない。むしろその逆である。

(出典:出版物の分類別売上推移をグラフ化してみる(2013年)(最新):ガベージニュース)
「作家になる」ことが、端的に言えば、本を出すことだとすれば、少なくない新人賞受賞者は作家にならずに消えていく。
数冊の本を出して打ち止めとなり、再び新人賞に応募する(そしてこれを繰り返す)人もいる。賞金の高めの賞は食えなくなったプロが集まるというのもよく聞かれる話である。
応募者が最も知りたいのは、どの新人賞をとれば本が出るのか、本当の意味で作家になれるのか、についてだろう。
そこで各文学新人賞の受賞者が現在までに出した小説の発刊点数を数えて、文学賞別に集計してみた。
文学新人賞の受賞者については、
さっかつ−小説総合情報サイト−純文学・ライトノベル・エンターテインメント・推理・ミステリー・歴史・時代・ホラー・BL等

の公募新人賞受賞作・受賞作家年別まとめのデータを元にし、
その作家の書いた本がどれだけ出ているか(発刊点数)についてはWebcatPlus Minus(http://webcatplus.nii.ac.jp/pro/)の検索結果を用いた。これだと再刊や文庫化も1冊とカウントされるし、なによりも小説だけに限らなくなるが、作家になる=本を出す、という我々の定義からそのままにした。
(追記 2012.11.28)さっかつ−小説総合情報サイトに欠けていた、オール讀物新人賞、群像新人文学賞、文藝賞、文學界新人賞の初期(第1回めからの)の受賞作、及びオール讀物推理小説新人賞(赤川次郎、宮部みゆき、石田衣良らを輩出、西村京太郎も乱歩賞より先にこちらを受賞)の受賞作のデータを追加して、集計しなおした。
発行点数を合計して単純に比べると、受賞者数が多い新人賞(歴史が長いもの、1回の受賞者数が多いもの)が有利となるので、受賞者一人あたり発行点数(新人賞をとった作家の発行点数の合計を受賞者数で割ったもの)でソートした。
文学新人賞の受賞者は、森村誠一の1611冊を最高に、平均すると1人あたり9.06冊の本を出しているが、9冊以上出せる者は全体の3割に満たない。
3割の受賞者は本を出さず、1冊だけの者を含めると、受賞者の43%を占める。
冊数 | 著者数 | % | 累積% |
0冊のみ | 764 | 30.6% | 30.6% |
1冊のみ | 316 | 12.6% | 43.2% |
2冊のみ | 179 | 7.2% | 50.4% |
3冊のみ | 113 | 4.5% | 54.9% |
4冊のみ | 122 | 4.9% | 59.8% |
5冊のみ | 94 | 3.8% | 63.5% |
6冊のみ | 70 | 2.8% | 66.3% |
7冊のみ | 66 | 2.6% | 69.0% |
8冊のみ | 55 | 2.2% | 71.2% |
9冊のみ | 46 | 1.8% | 73.0% |
10〜15冊 | 183 | 7.3% | 80.4% |
16〜20冊 | 89 | 3.6% | 83.9% |
21〜25冊 | 66 | 2.6% | 86.6% |
26〜30冊 | 37 | 1.5% | 88.0% |
31〜35冊 | 27 | 1.1% | 89.1% |
36〜40冊 | 25 | 1.0% | 90.1% |
41〜50冊 | 47 | 1.9% | 92.0% |
51〜60冊 | 44 | 1.8% | 93.8% |
61〜70冊 | 24 | 1.0% | 94.7% |
71〜80冊 | 19 | 0.8% | 95.5% |
81〜90冊 | 11 | 0.4% | 95.9% |
91〜100冊 | 10 | 0.4% | 96.3% |
101〜125冊 | 24 | 1.0% | 97.3% |
126〜150冊 | 19 | 0.8% | 98.0% |
151〜200冊 | 18 | 0.7% | 98.8% |
201〜300冊 | 12 | 0.5% | 99.2% |
301〜1000冊 | 15 | 0.6% | 99.8% |
1000冊以上 | 4 | 0.2% | 100.0% |
1冊の本を出して得られる印税は、ゆるく計算して1500円(単行本の定価)×10%(印税率)×5000部(刷り部数)=75万円である。文庫本だと600円(文庫本の単価)×10%(印税率)×10000部(刷り部数)=60万円。実際には新人の場合は、売れた数にかかわらず印刷部数の10%ではなく、実際に売れた部数の4~8%(実売印税)であることも珍しくないし、部数ももっと少ないことが多い。つまり新人賞を得た平均的作家が印税で得られるのは75万×10冊=750万円。これで一生食べていくのはしんどい。
有名作家が「生活にゆとりができるのは著書が100冊以上になってから」と言ったというフォークロアもあるが、ここまで来るのは新人賞受賞者のうち3%余り。
戯れに(一人当り点数 - 平均)÷標準偏差×10+50でいわゆる偏差値を計算してみたが、ベストセラー作家を多数輩出した江戸川乱歩賞のところでメーターが振り切れてしまった。
受賞者一人あたり発行点数上位8位の文学新人賞

(タテ軸ー受賞者数、ヨコ軸ー発行点数累計、球の大きさー一人当たり発行点数)
賞名 | 発刊数累計 | 受賞者数 | 一人当たり発行点数 | 偏差値 |
江戸川乱歩賞 | 10759 | 67 | 160.58 | 133.84 |
オール讀物推理小説新人賞 | 4352 | 53 | 82.11 | 90.19 |
海燕新人文学賞 | 1319 | 28 | 47.11 | 70.72 |
角川春樹小説賞 | 191 | 5 | 38.20 | 65.77 |
メフィスト賞 | 1716 | 47 | 36.51 | 64.83 |
小説すばる新人賞 | 1134 | 37 | 30.65 | 61.57 |
オール讀物新人賞 | 3343 | 115 | 29.07 | 60.69 |
群像新人文学賞 | 2613 | 90 | 29.03 | 60.67 |
時代小説大賞 | 253 | 10 | 25.30 | 58.59 |
文藝賞 | 2596 | 106 | 24.49 | 58.14 |
小説現代長編新人賞 | 317 | 13 | 24.38 | 58.08 |
新潮新人賞 | 1161 | 55 | 21.11 | 56.26 |
日本ファンタジーノベル大賞 | 973 | 47 | 20.70 | 56.03 |
鮎川哲也賞 | 583 | 29 | 20.10 | 55.70 |
松本清張賞 | 376 | 19 | 19.79 | 55.53 |
ファンタジア大賞 | 1902 | 101 | 18.83 | 54.99 |
文學界新人賞 | 3088 | 170 | 18.16 | 54.62 |
木山捷平短編小説賞 | 126 | 7 | 18.00 | 54.53 |
すばる文学賞 | 1063 | 65 | 16.35 | 53.62 |
KAPPA-ONE登龍門 | 147 | 9 | 16.33 | 53.60 |
電撃大賞 | 1663 | 102 | 16.30 | 53.59 |
日本ホラー小説大賞 | 718 | 51 | 14.08 | 52.35 |
『このミステリーがすごい!』大賞 | 488 | 35 | 13.94 | 52.27 |
日本新薬こども文学賞 | 157 | 12 | 13.08 | 51.80 |
北区内田康夫ミステリー文学賞 | 377 | 29 | 13.00 | 51.75 |
MF文庫Jライトノベル新人賞 | 757 | 59 | 12.83 | 51.66 |
スニーカー大賞 | 784 | 64 | 12.25 | 51.33 |
室生犀星文学賞 | 12 | 1 | 12.00 | 51.19 |
小説推理新人賞 | 132 | 12 | 11.00 | 50.64 |
朝日新人文学賞 | 206 | 20 | 10.30 | 50.25 |
エンターブレインえんため大賞小説部門 | 675 | 68 | 9.93 | 50.04 |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 184 | 20 | 9.20 | 49.64 |
九州さが大衆文学賞 | 237 | 26 | 9.12 | 49.59 |
小学館文庫小説賞 | 185 | 21 | 8.81 | 49.42 |
ゆきのまち幻想文学賞 | 67 | 8 | 8.38 | 49.18 |
横溝正史ミステリ大賞 | 207 | 25 | 8.28 | 49.13 |
ちよだ文学賞 | 130 | 16 | 8.13 | 49.04 |
オトナ女子が本当に読みたい小説 | 55 | 7 | 7.86 | 48.89 |
日本ラブストーリー大賞 | 121 | 16 | 7.56 | 48.73 |
ジャンプ小説新人賞 | 60 | 8 | 7.50 | 48.69 |
ダイヤモンド経済小説大賞 | 52 | 7 | 7.43 | 48.65 |
メガミノベル大賞 | 89 | 12 | 7.42 | 48.64 |
小学館ライトノベル大賞【ガガガ文庫部門】 | 267 | 36 | 7.42 | 48.64 |
C☆NOVELS大賞 | 125 | 17 | 7.35 | 48.61 |
ロマン大賞 | 61 | 9 | 6.78 | 48.29 |
新潮エンターテイメント大賞 | 54 | 8 | 6.75 | 48.27 |
女による女のためのR-18文学賞 | 161 | 24 | 6.71 | 48.25 |
HJ文庫大賞 | 234 | 36 | 6.50 | 48.14 |
アガサ・クリスティー賞 | 13 | 2 | 6.50 | 48.14 |
大阪女性文芸賞 | 26 | 4 | 6.50 | 48.14 |
城山三郎経済小説大賞 | 31 | 5 | 6.20 | 47.97 |
織田作之助青春賞 | 49 | 8 | 6.13 | 47.93 |
GA文庫大賞 | 226 | 37 | 6.11 | 47.92 |
エンターブレインえんため大賞ガールズノベルズ部門 | 152 | 25 | 6.08 | 47.90 |
第2回ファンタジー小説大賞 | 12 | 2 | 6.00 | 47.86 |
アルファポリス Webコンテンツ大賞 | 305 | 51 | 5.98 | 47.85 |
スーパーダッシュ小説新人賞 | 196 | 34 | 5.76 | 47.73 |
日本ケータイ小説大賞 | 176 | 32 | 5.50 | 47.58 |
小学館ライトノベル大賞【ルルル文庫部門】 | 161 | 31 | 5.19 | 47.41 |
日経小説大賞 | 25 | 5 | 5.00 | 47.30 |
坊っちゃん文学賞 | 164 | 34 | 4.82 | 47.20 |
幽 怪談文学賞(短編) | 75 | 16 | 4.69 | 47.13 |
小学館12歳の文学賞【小説部門】 | 84 | 18 | 4.67 | 47.12 |
短編恋愛小説「深大寺恋物語」 | 208 | 46 | 4.52 | 47.03 |
銀華文学賞 | 240 | 59 | 4.07 | 46.78 |
角川ビーンズ小説大賞 | 69 | 17 | 4.06 | 46.78 |
『このライトノベルがすごい!』大賞 | 63 | 16 | 3.94 | 46.71 |
ダ・ヴィンチ文学賞 | 59 | 15 | 3.93 | 46.71 |
ばらのまち福山ミステリー文学新人賞 | 33 | 9 | 3.67 | 46.56 |
第2回ホラー小説大賞 | 7 | 2 | 3.50 | 46.47 |
朝日時代小説大賞 | 10 | 3 | 3.33 | 46.37 |
埼玉文芸賞 | 23 | 7 | 3.29 | 46.35 |
岐阜県文芸祭【小説部門】 | 67 | 21 | 3.19 | 46.29 |
小説宝石新人賞 | 18 | 6 | 3.00 | 46.19 |
太宰治賞 | 45 | 15 | 3.00 | 46.19 |
やまなし文学賞 | 91 | 33 | 2.76 | 46.05 |
幻狼大賞 | 35 | 14 | 2.50 | 45.91 |
大阪ショートショート大賞 | 16 | 7 | 2.29 | 45.79 |
B-PRINCE文庫 新人大賞 | 50 | 22 | 2.27 | 45.78 |
創元SF短編賞 | 34 | 15 | 2.27 | 45.78 |
幽 怪談文学賞(長編) | 29 | 13 | 2.23 | 45.76 |
地上文学賞 | 19 | 9 | 2.11 | 45.69 |
ショートストーリーなごや | 30 | 15 | 2.00 | 45.63 |
講談社ラノベ文庫新人賞 | 20 | 10 | 2.00 | 45.63 |
農民文学賞 | 2 | 1 | 2.00 | 45.63 |
ホワイトハート新人賞 | 29 | 15 | 1.93 | 45.60 |
京都アニメーション大賞 | 23 | 12 | 1.92 | 45.59 |
内田百閒文学賞 | 13 | 7 | 1.86 | 45.55 |
舟橋聖一顕彰青年文学賞 | 29 | 16 | 1.81 | 45.53 |
野性時代フロンティア文学賞 | 7 | 4 | 1.75 | 45.49 |
らぶドロップス | 27 | 16 | 1.69 | 45.46 |
ミステリーズ!新人賞 | 25 | 15 | 1.67 | 45.45 |
ゴールデン・エレファント賞 | 12 | 8 | 1.50 | 45.35 |
早稲田文学新人賞 | 4 | 3 | 1.33 | 45.26 |
北日本文学賞 | 33 | 30 | 1.10 | 45.13 |
ポプラ社小説新人賞 | 5 | 5 | 1.00 | 45.08 |
第4回恋愛小説大賞 | 1 | 1 | 1.00 | 45.08 |
湯河原文学賞 | 8 | 9 | 0.89 | 45.01 |
角川ルビー小説大賞 | 7 | 8 | 0.88 | 45.01 |
短編競輪小説「京王閣競輪場物語」 | 8 | 12 | 0.67 | 44.89 |
東奥文学賞 | 2 | 3 | 0.67 | 44.89 |
立川文学賞 | 6 | 11 | 0.55 | 44.82 |
埼玉文学賞 | 1 | 2 | 0.50 | 44.80 |
長塚節文学賞 | 4 | 8 | 0.50 | 44.80 |
歴史浪漫文学賞 | 8 | 16 | 0.50 | 44.80 |
伊豆文学賞 | 16 | 34 | 0.47 | 44.78 |
ポプラズッコケ文学新人賞 | 1 | 3 | 0.33 | 44.71 |
フェリシモ文学賞 | 5 | 20 | 0.25 | 44.66 |
みやざき文学賞 | 1 | 6 | 0.17 | 44.61 |
スクウェア・エニックスライトノベル大賞 | 3 | 24 | 0.13 | 44.59 |
江古田文学賞 | 2 | 18 | 0.11 | 44.58 |
阿賀北ロマン賞 | 0 | 6 | 0.00 | 44.52 |
九州芸術祭文学賞 | 0 | 1 | 0.00 | 44.52 |
小学館12歳の文学賞【はがき小説部門】 | 0 | 12 | 0.00 | 44.52 |
千葉文学賞 | 0 | 4 | 0.00 | 44.52 |
第2回ミステリー小説大賞 | 0 | 2 | 0.00 | 44.52 |
2013.11.17
いきなり結果を出す→今日書き終えるためのショートショートの書き方マニュアル
生まれてはじめて書く人のための、小学生向け小説執筆マニュアル(手順書)
で紹介した

http://ywp.nanowrimo.org/workbooks
は、いかにもアメリカ的なテキストで、参加した誰もが完走できることを目標にし、できる人はさらに先へ進める足掛かりとなるようにできている。
正直、日本語のものでこの域に達しているものは見つけることができなかったが、迫っているものとしては、星新一の弟子だというショートショート専業作家 江坂遊のこの本が、頭一つ抜け出た感がある。
ショートショートであることももちろん利いているけれど、(狭い意味での)文学的なるものとは程遠いアプローチをとっていることも大きい。なんというか工作っぽいのだ。
とにかく駄作だろうとなんだろうと完成させることに徹している。未完の傑作には何の価値もない。
そして「おもしろい」や「出来が良い」は、数をこなすことで実現するというスタンスに立っている。
ショートショートは短い。完成させやすい。短い時間で書ける。たくさん書ける。手直しも楽。トレーニングにもってこいだ(商業的には厳しくとも)。
この本はマニュアルとしてかなり丁寧な出来だと思うが、ブログ記事ですべてを伝えるには分量が多い。
なので、最短のステップで最後まで行けるようにかいつまんで紹介し、Step2のところは「機能・歴史・比較」を考えて展開する代わりに別の方法(拡張版テヅカ・チャート)に差し替えた。
元のやり方は上の本を参照されたし。
Step1 奇想は組合せでつくる
「落ちから考え付くのかと聞きますけど、それは逆なんですね。僕の場合は、異常なシチュエーションができれば、それにふさわしいストーリーというのは、わりに簡単に考え付く」(星新一、不詳)
ショートショートはアイデアが命。
しかし何のアイデアが核となるかといえば、星新一はシチュエーションのそれだという。
では誰も考えてないようなシチュエーションはどうやったら思いつくのか?
「そもそも、アイデア捻出の原則はひとつしかない。異質なものを結びつけよ、である。常識の殻を破りたいとは、だれでも考えていることだ。しかし、この殻は非常に強固なもので、いかに待っても自然には割れてくれない。異質なものとの結びつきによってのみ可能なようである」(星新一「死刑をたのしく」『進化した猿たち』収録)
弟子の江坂遊によれば、星新一は膨大な知識を前提に、この組合せ作業を頭のなかで繰り返し、ただ成果だけをどんどんメモ帳に書き出していったという。
しかし物書きには幅広い知識が必要だ、で終わっては、どうしようもない。
江坂本では、実にアッケラカンとした作業でこのプロセスを代替する。
まずは意識を介在させずにランダムで組み合わせて、あとで評価するのである。具体的には、
(1)小説(短篇集だと効率がいい)や雑誌の記事のタイトルを集めて抜き出す。
(2)集めたタイトルを分解する。たとえばタイトルを修飾語と名詞に分ける。
(3)バラしたぞれぞれを(上の例なら修飾語と名詞のリストからひとつずつ取り出して)組み合わせる。
(4)組み合わせの中に〈光るもの〉が見つかるまで(3)を繰り返す。
これだけである。
修飾語と名詞のリストから、1つずつずらして総当りでもいいし(江坂本ではExcelでやっている)、簡単なランダム組合せの仕掛けをつくっておいてもいい(いろいろ使えるので)。
Excelでつくったのをここ(ファイル名text-randomizer.xlsx 266KB)に置いた。

C行とD行に修飾語と名詞のリストを入力して再計算する(F9キーを押せばいい)と、新しい組合せをランダムで作ってくれる(元々は古今集のフレーズをシャッフルして和歌をつくるのに使った仕掛け)。
こちらは国会図書館にあった短編集からタイトルを集めてJavaScriptで仕掛けてみたもの。
ランダムな組合せは、当然99%がクズである。
しかし自分の考えが及ばない/あり得ない組合せの中に、わずかだが見るべきものが見つかる。
たとえば下のような修飾語と名詞のリストから始めたとする。
同じ行の修飾語と名詞は、常識的につながるペアとなっている。
1つずつずらして/ランダムに組み合わせた結果を検討していこう。例えば、
・呼びかける こだま → あたりまえ
・呼びかける 患者 → ちょっとホラー系
・呼びかける ゴミ → 「ちょっと、おじさん。あたしを捨てたわね!」
筒井康隆のはではでしい失敗のせいか、大抵の小説指南書には「擬人化はやめとけ」とあるが、絶滅危惧種のショートショートの中では顕在である。
地雷臭がぷんぷんするが、ショートショートだから駄作に終わっても次のを書けばよい。
少しでも書けそうな奇想が見つかれば、とにかく書けというから、手順を進めるために先へ進もう。
Step2 因果展開で奇想を世界観に
ひとつの出来事であれ行動であれ、それが蔵している可能性を展開していくのには、手塚治虫がやってたプロットの筋トレ 読書猿Classic: between / beyond readers
で紹介したテヅカ・チャートが便利だ。
ランダム組合せで見つけた奇想を、テヅカ・チャートに接続するには、P.K.ディックが繰り返し問うたあの質問「◯◯は本当はなにものなのか?」※を使おう。
※フォーカシングで知られる哲学者・臨床心理学者ジェンドリンが開発したTAE(Thinking At the Edge(辺縁で考える): 言葉にしがたい思いやアイデアを明確な言葉に展開していく思考法/ドイツ語ではWo Noch Worte Fehlen(未だ言葉に成らざるところ)という)でも、この問いが重要な鍵となるのは興味深い。
拡張版テヅカチャート(因果展開チャート)では、ひとつの項目から次の4種類の派生のさせ方で奇想が蔵している可能性を展開し、世界観へまで持っていく。

つまりひとつのアイデア(以下の図では「呼びかけるゴミ」)について
「それは本当は何?」(黒い二重線)
「それからどうなった?」(青色の→)
「その前はどうだった?」(赤色の→)
「その反対は?/似ているのは?」(オレンジの⇔/=)
という質問の答えをつないでいく。
そして、考えて出たアイデアについても、同じことを繰り返す。
過去/原因の関係をあらわす赤色の→は上方向に、未来/結果の関係をあらわす青色の→は下方向に伸ばすことにしておけば、因果関係を展開していってできあがるチャートは、上から下へと時間が流れるものになっていく。
このチャートは、ひとつのアイデアから派生した世界の因果関係を記述したものになり、またあり得べき出来事の連鎖を包括したものでもある。
簡単に言い直せば、バラバラのおもいつきを原因ー結果の関係や、本質ー代理の関係、類似や対称の関係で結び合わせて1枚にまとめるわけだ。こうすると最初の思いつきから広がる可能性が、世界はどのようであり、どんなことが起こりそうかへとつながっていく。
たとえば
・「呼びかけるゴミ」って何よ?
・ゴミが喋るんじゃない?
・つまり意識というか自我をもっているゴミ
・自我があったらゴミはどうする?
・文句の一つも言うんじゃないの?「よくもあたしを捨てたわね」とか
・訴えられるかもね、ゴミに
・ゴミはいっぱいだから多勢に無勢だな、人の味方につくゴミはいないのか?
・ゴミが喋るくらいだから、他の物も喋るんじゃ?
・じゃあゴミの敵であるゴミ箱は人間側について「ゴミはゴミらしくゴミ箱はいっとれ」とか
・部屋をゴミ屋敷にしてたら、自我を持った部屋に訴えられて立退きせまられるとか
……
とつらつら考えを伸ばして(飛ばして)行って、それをチャートにしていく。

すると、このようなチャートができてくる(まだまだ広げる事ができるだろう)。
こうして、最初はダジャレのようなものにすぎなかった「呼びかけるゴミ」という奇想から、それが存在する世界はどのようであり、どんなことが起こりそうかが広がっていく。
この後は、
(1)できあがったチャートの中で一番光る部分を取り出す
(2)語りの視点を決める
(3)どこからはじめてどこで終えるかを考える
(4)納得行くまで(1)(2)(3)のいずれかに戻って繰り返す
ことでショートショートならば、あらすじや下書きに近いものが出来上がる。
(因果展開チャートを考える導きの問い)
(1)本質の派生(黒い二重線)
(導きの質問)
・それは本当は何なのか?
・いったいなんなの?
・それは何だったの?
・それは何の代わりなのか?
・それは何の現れなのか?
(2)過去/原因の派生(赤い上向きの矢印)
(導きの質問)
・その前は?
・その原因は?
・なぜそうなるの?
・どうしてそうなった?
(3)未来/結果の派生(青い下向きの矢印)
(導きの質問)
・その後は?
・その結果は?
・それで何が可能になる?
・それでどうなるの?
・どんな間違いが起こるの?
・どんな驚きが待っているの?
(4)その他の派生(オレンジ色の線)
・これと反対のものは?
・これと似ているものは?
Step3 表現は凝らずにググる/ストックを使う
ショートショートはとにかく速く書き上げるのが肝要。
江坂遊は、ショートショート書きの過程で、つまって時間を取られる表現を凝る部分を、よく出てくる描写のストック集を作っておくことで作業の効率化を図っている。
つまり「男性」「女性」「子ども」「老人」「所作」「喜怒哀楽」「場所」などを表現する短文フレーズを作り置きしておくのである。
表現ストック集をつくるのは、たとえばストーリーが浮かばないときなどにやるとよい。
やり方は何かをスケッチの場合にように目の前においてを描写する、誰かにモデルになってもらう、鏡に自分を写してやるなどがある。
メリットとしては、作業時間の短縮の他にも、
1.文章というレンズを通した観察力がつく
2.描写の断片を書いている間にアイデアが浮かびやすい
3.(自分を描写)鏡を通して自分を長い時間眺めることで、他人に見えている自分を知り、見かけがましになる(かもしれない)
などがある。
書き始めたばかりの我々は まだストックの用意がないから、ここではより簡易に、検索することで対応する。
無料でここまでできる→日本語を書くのに役立つサイト20選まとめ 読書猿Classic: between / beyond readers
で紹介したサイトが利用できる。
なかでも
◯日本語表現インフォ(小説の言葉集):ピンとくる描写が見つかる辞典
hyogen.info/
は、自分で表現ストック集をつくるときにも参考になるだろう。
他に、
◯日本語用例検索(青空文庫を対象に)
www.let.osaka-u.ac.jp/~tanomura/kwic/aozora/
◯小説投稿サイト横断検索
https://www.google.com/cse/publicurl?....
も利用できるだろう。
Step4 落語5大オチでしめる
何事をも終わらせることが難しい。
最高のラストが書ければもちろん一番いいのだが、そこで迷って途中で投げ出してはせっかく短いものにとりかかった甲斐がない。
日本には、落語というショートストーリー・テリングの伝統があって、物語を終わらせる手練手管をストックしている。それらを借用することで、ともかくも終わらせることができる。うまくいけば、なんとも言えない不思議な余韻を残すことも可能だ。
ショートショートを終わらせるのに使える5大ストックは以下のとおりである。
概ね(1)→(5)へと番号が進むほど難しくなる感じがある。
(1)地口落ち
だじゃれで慣用句などに結びつけ、けりをつける。
ストーリーの展開が手に負えなくなっても、地口落ちがあれば何とかなる。
それまでの展開と何の関係もなくても、よく知られているフレーズ、ことわざ、慣用句にダジャレで結びつけて、「終わり」と書けば、なんとなく終わった感じがしてしまうのだから不思議である。
しかし好事魔多し。万能故に、強引かつ安易に見えるのは仕方がない。
強引さ安易さを薄めるには、たとえば本体の話をくだらない話にする。思いっきりくだらない話だと、むしろ地口落ちが比較的ましに見えてしまう。
あるいはショートショートの核に何かの慣用句を採用して(つまり仕込んでおいて)、最後はその慣用句か、ひとつずらして関連した別の言葉の地口で終える手もある。
たとえば「思う壺」という慣用表現を、因果展開チャートに放り込んで、ディックの質問「これは本当は何のことか?」を適用し、慣用表現をあえて字句どおりに理解して「自我を持った壺」→「精神を壺に移し替え、木偶に壺を被せると人間になる」のような設定に発展させ、そこから派生する世界観をチャートでつくり、その一部を切り取って物語にする。で、ラストに「思う壺」の地口落ちでしめる、など。
(2)見立て落ち
似ているところはあるがとんでもないものを見立てて想起させ、その異様さで煙に巻く。
地口落ちが音声の類似をテコにしたものだとすると、見立ては視覚的類似をテコとする。しかし本当に似ているというより、本来あるべきものの代わりにとんでもないものが、という趣向で落ちとする。
視覚的類似とともに、置き換えの落差が肝になる。
落語の『首提灯』では、あんまり鮮やかに切られたので首を切られた当人が気付かないまま、切られた生首を提灯のように差し上げるところで終わる。
(3)まぬけ落ち
おとぼけ、ズレ、ナンセンスで幕を引く。
落語だと『粗忽長屋』では、行き倒れを自分の死骸と錯覚して抱えあげた粗忽者が「この死人はおれに違えねえが,抱いてるおれは誰だろう」と、自分が死んでいるのも気づかぬくらいの粗忽さで笑わせて終わる(先の『首提灯』にもこの要素がある)。
ショートショートは短いので、そもそも異様なシチュエーションで勝負するものが多いが、見立て落ちが異様さのアクセルを最後に踏み込んで終わるのに対して、まぬけ落ちは間抜け方向の異様さのアクセルを同じく踏み込んで加速し終わらせるもの。
(4)考え落ち
パッと聞いたところではよく分からないが、よく考えるとつながり、読み手の思考が補完することによって完成する落ち。落語の逆さ落ちや回り落ちも、ここではこの分類に含んでいる。
ショートショートの短さを逆手にとり、物語が終わった後をおのずから想起させて、長い印象を残すやり方。そのせいかショートショートで、この終わり方をするものは少なくない。
皮肉な逆転敗北や、入れ子構造や悲劇循環の暗示で、異常さを印象づけて終わらせる。後に引く印象を残す。
皮肉な逆転敗北は、たとえば物語中の被害者ー加害者の関係が最後に入れ替わって「このあとどうなるの?」という余韻を残して終わるもの。
入れ子構造の暗示は、物語中物語などストーリー世界の階層を最後で一つ追加することで、無限に入れ子が続くような余韻を残す。
悲劇循環の暗示は、ひどい結末が物語の冒頭につながっており、いつまでも悲劇が続くような余韻を残す。
(5)離れ落ち
さっと場面転換して潔い終わり方にする。
落語では、いくつかの小噺をつないで、最初にやった小噺から遠く離れた状態で一貫性が無く終わるものをいうが、ここでは上記のような技巧的な落ちを取らず、さっと終わって物語をまとめるもの。
特徴的な部分がないので摸倣は難しいが、ショートショートの名手はこれを使いこなす。
(その他の参考文献)
◯ジェンドリンのTAEについての邦語文献
◯ショートショートの名手たち




http://ywp.nanowrimo.org/workbooks
は、いかにもアメリカ的なテキストで、参加した誰もが完走できることを目標にし、できる人はさらに先へ進める足掛かりとなるようにできている。
正直、日本語のものでこの域に達しているものは見つけることができなかったが、迫っているものとしては、星新一の弟子だというショートショート専業作家 江坂遊のこの本が、頭一つ抜け出た感がある。
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ショートショートであることももちろん利いているけれど、(狭い意味での)文学的なるものとは程遠いアプローチをとっていることも大きい。なんというか工作っぽいのだ。
とにかく駄作だろうとなんだろうと完成させることに徹している。未完の傑作には何の価値もない。
そして「おもしろい」や「出来が良い」は、数をこなすことで実現するというスタンスに立っている。
ショートショートは短い。完成させやすい。短い時間で書ける。たくさん書ける。手直しも楽。トレーニングにもってこいだ(商業的には厳しくとも)。
この本はマニュアルとしてかなり丁寧な出来だと思うが、ブログ記事ですべてを伝えるには分量が多い。
なので、最短のステップで最後まで行けるようにかいつまんで紹介し、Step2のところは「機能・歴史・比較」を考えて展開する代わりに別の方法(拡張版テヅカ・チャート)に差し替えた。
元のやり方は上の本を参照されたし。
Step1 奇想は組合せでつくる
「落ちから考え付くのかと聞きますけど、それは逆なんですね。僕の場合は、異常なシチュエーションができれば、それにふさわしいストーリーというのは、わりに簡単に考え付く」(星新一、不詳)
ショートショートはアイデアが命。
しかし何のアイデアが核となるかといえば、星新一はシチュエーションのそれだという。
では誰も考えてないようなシチュエーションはどうやったら思いつくのか?
「そもそも、アイデア捻出の原則はひとつしかない。異質なものを結びつけよ、である。常識の殻を破りたいとは、だれでも考えていることだ。しかし、この殻は非常に強固なもので、いかに待っても自然には割れてくれない。異質なものとの結びつきによってのみ可能なようである」(星新一「死刑をたのしく」『進化した猿たち』収録)
弟子の江坂遊によれば、星新一は膨大な知識を前提に、この組合せ作業を頭のなかで繰り返し、ただ成果だけをどんどんメモ帳に書き出していったという。
しかし物書きには幅広い知識が必要だ、で終わっては、どうしようもない。
江坂本では、実にアッケラカンとした作業でこのプロセスを代替する。
まずは意識を介在させずにランダムで組み合わせて、あとで評価するのである。具体的には、
(1)小説(短篇集だと効率がいい)や雑誌の記事のタイトルを集めて抜き出す。
(2)集めたタイトルを分解する。たとえばタイトルを修飾語と名詞に分ける。
(3)バラしたぞれぞれを(上の例なら修飾語と名詞のリストからひとつずつ取り出して)組み合わせる。
(4)組み合わせの中に〈光るもの〉が見つかるまで(3)を繰り返す。
これだけである。
修飾語と名詞のリストから、1つずつずらして総当りでもいいし(江坂本ではExcelでやっている)、簡単なランダム組合せの仕掛けをつくっておいてもいい(いろいろ使えるので)。
Excelでつくったのをここ(ファイル名text-randomizer.xlsx 266KB)に置いた。

C行とD行に修飾語と名詞のリストを入力して再計算する(F9キーを押せばいい)と、新しい組合せをランダムで作ってくれる(元々は古今集のフレーズをシャッフルして和歌をつくるのに使った仕掛け)。
こちらは国会図書館にあった短編集からタイトルを集めてJavaScriptで仕掛けてみたもの。
ランダムな組合せは、当然99%がクズである。
しかし自分の考えが及ばない/あり得ない組合せの中に、わずかだが見るべきものが見つかる。
たとえば下のような修飾語と名詞のリストから始めたとする。
修飾語 | 名詞 |
呼びかける | こだま |
蘇生する | 患者 |
吸引する | ゴミ |
若返る | クリーム |
女だけの | パーティ |
ギザギザの | ふた |
海鳴りが聞こえる | 岬 |
鼓動の音が聞こえる | 二人 |
不治の | 病 |
そぼふる | 雨 |
同じ行の修飾語と名詞は、常識的につながるペアとなっている。
1つずつずらして/ランダムに組み合わせた結果を検討していこう。例えば、
・呼びかける こだま → あたりまえ
・呼びかける 患者 → ちょっとホラー系
・呼びかける ゴミ → 「ちょっと、おじさん。あたしを捨てたわね!」
筒井康隆のはではでしい失敗のせいか、大抵の小説指南書には「擬人化はやめとけ」とあるが、絶滅危惧種のショートショートの中では顕在である。
地雷臭がぷんぷんするが、ショートショートだから駄作に終わっても次のを書けばよい。
少しでも書けそうな奇想が見つかれば、とにかく書けというから、手順を進めるために先へ進もう。
Step2 因果展開で奇想を世界観に
ひとつの出来事であれ行動であれ、それが蔵している可能性を展開していくのには、手塚治虫がやってたプロットの筋トレ 読書猿Classic: between / beyond readers

ランダム組合せで見つけた奇想を、テヅカ・チャートに接続するには、P.K.ディックが繰り返し問うたあの質問「◯◯は本当はなにものなのか?」※を使おう。
※フォーカシングで知られる哲学者・臨床心理学者ジェンドリンが開発したTAE(Thinking At the Edge(辺縁で考える): 言葉にしがたい思いやアイデアを明確な言葉に展開していく思考法/ドイツ語ではWo Noch Worte Fehlen(未だ言葉に成らざるところ)という)でも、この問いが重要な鍵となるのは興味深い。
拡張版テヅカチャート(因果展開チャート)では、ひとつの項目から次の4種類の派生のさせ方で奇想が蔵している可能性を展開し、世界観へまで持っていく。

つまりひとつのアイデア(以下の図では「呼びかけるゴミ」)について
「それは本当は何?」(黒い二重線)
「それからどうなった?」(青色の→)
「その前はどうだった?」(赤色の→)
「その反対は?/似ているのは?」(オレンジの⇔/=)
という質問の答えをつないでいく。
そして、考えて出たアイデアについても、同じことを繰り返す。
過去/原因の関係をあらわす赤色の→は上方向に、未来/結果の関係をあらわす青色の→は下方向に伸ばすことにしておけば、因果関係を展開していってできあがるチャートは、上から下へと時間が流れるものになっていく。
このチャートは、ひとつのアイデアから派生した世界の因果関係を記述したものになり、またあり得べき出来事の連鎖を包括したものでもある。
簡単に言い直せば、バラバラのおもいつきを原因ー結果の関係や、本質ー代理の関係、類似や対称の関係で結び合わせて1枚にまとめるわけだ。こうすると最初の思いつきから広がる可能性が、世界はどのようであり、どんなことが起こりそうかへとつながっていく。
たとえば
・「呼びかけるゴミ」って何よ?
・ゴミが喋るんじゃない?
・つまり意識というか自我をもっているゴミ
・自我があったらゴミはどうする?
・文句の一つも言うんじゃないの?「よくもあたしを捨てたわね」とか
・訴えられるかもね、ゴミに
・ゴミはいっぱいだから多勢に無勢だな、人の味方につくゴミはいないのか?
・ゴミが喋るくらいだから、他の物も喋るんじゃ?
・じゃあゴミの敵であるゴミ箱は人間側について「ゴミはゴミらしくゴミ箱はいっとれ」とか
・部屋をゴミ屋敷にしてたら、自我を持った部屋に訴えられて立退きせまられるとか
……
とつらつら考えを伸ばして(飛ばして)行って、それをチャートにしていく。

すると、このようなチャートができてくる(まだまだ広げる事ができるだろう)。
こうして、最初はダジャレのようなものにすぎなかった「呼びかけるゴミ」という奇想から、それが存在する世界はどのようであり、どんなことが起こりそうかが広がっていく。
この後は、
(1)できあがったチャートの中で一番光る部分を取り出す
(2)語りの視点を決める
(3)どこからはじめてどこで終えるかを考える
(4)納得行くまで(1)(2)(3)のいずれかに戻って繰り返す
ことでショートショートならば、あらすじや下書きに近いものが出来上がる。
(因果展開チャートを考える導きの問い)
(1)本質の派生(黒い二重線)
(導きの質問)
・それは本当は何なのか?
・いったいなんなの?
・それは何だったの?
・それは何の代わりなのか?
・それは何の現れなのか?
(2)過去/原因の派生(赤い上向きの矢印)
(導きの質問)
・その前は?
・その原因は?
・なぜそうなるの?
・どうしてそうなった?
(3)未来/結果の派生(青い下向きの矢印)
(導きの質問)
・その後は?
・その結果は?
・それで何が可能になる?
・それでどうなるの?
・どんな間違いが起こるの?
・どんな驚きが待っているの?
(4)その他の派生(オレンジ色の線)
・これと反対のものは?
・これと似ているものは?
Step3 表現は凝らずにググる/ストックを使う
ショートショートはとにかく速く書き上げるのが肝要。
江坂遊は、ショートショート書きの過程で、つまって時間を取られる表現を凝る部分を、よく出てくる描写のストック集を作っておくことで作業の効率化を図っている。
つまり「男性」「女性」「子ども」「老人」「所作」「喜怒哀楽」「場所」などを表現する短文フレーズを作り置きしておくのである。
表現ストック集をつくるのは、たとえばストーリーが浮かばないときなどにやるとよい。
やり方は何かをスケッチの場合にように目の前においてを描写する、誰かにモデルになってもらう、鏡に自分を写してやるなどがある。
メリットとしては、作業時間の短縮の他にも、
1.文章というレンズを通した観察力がつく
2.描写の断片を書いている間にアイデアが浮かびやすい
3.(自分を描写)鏡を通して自分を長い時間眺めることで、他人に見えている自分を知り、見かけがましになる(かもしれない)
などがある。
書き始めたばかりの我々は まだストックの用意がないから、ここではより簡易に、検索することで対応する。
無料でここまでできる→日本語を書くのに役立つサイト20選まとめ 読書猿Classic: between / beyond readers

なかでも
◯日本語表現インフォ(小説の言葉集):ピンとくる描写が見つかる辞典
hyogen.info/
は、自分で表現ストック集をつくるときにも参考になるだろう。
他に、
◯日本語用例検索(青空文庫を対象に)
www.let.osaka-u.ac.jp/~tanomura/kwic/aozora/
◯小説投稿サイト横断検索
https://www.google.com/cse/publicurl?....
も利用できるだろう。
Step4 落語5大オチでしめる
何事をも終わらせることが難しい。
最高のラストが書ければもちろん一番いいのだが、そこで迷って途中で投げ出してはせっかく短いものにとりかかった甲斐がない。
日本には、落語というショートストーリー・テリングの伝統があって、物語を終わらせる手練手管をストックしている。それらを借用することで、ともかくも終わらせることができる。うまくいけば、なんとも言えない不思議な余韻を残すことも可能だ。
ショートショートを終わらせるのに使える5大ストックは以下のとおりである。
概ね(1)→(5)へと番号が進むほど難しくなる感じがある。
(1)地口落ち
だじゃれで慣用句などに結びつけ、けりをつける。
ストーリーの展開が手に負えなくなっても、地口落ちがあれば何とかなる。
それまでの展開と何の関係もなくても、よく知られているフレーズ、ことわざ、慣用句にダジャレで結びつけて、「終わり」と書けば、なんとなく終わった感じがしてしまうのだから不思議である。
しかし好事魔多し。万能故に、強引かつ安易に見えるのは仕方がない。
強引さ安易さを薄めるには、たとえば本体の話をくだらない話にする。思いっきりくだらない話だと、むしろ地口落ちが比較的ましに見えてしまう。
あるいはショートショートの核に何かの慣用句を採用して(つまり仕込んでおいて)、最後はその慣用句か、ひとつずらして関連した別の言葉の地口で終える手もある。
たとえば「思う壺」という慣用表現を、因果展開チャートに放り込んで、ディックの質問「これは本当は何のことか?」を適用し、慣用表現をあえて字句どおりに理解して「自我を持った壺」→「精神を壺に移し替え、木偶に壺を被せると人間になる」のような設定に発展させ、そこから派生する世界観をチャートでつくり、その一部を切り取って物語にする。で、ラストに「思う壺」の地口落ちでしめる、など。
(2)見立て落ち
似ているところはあるがとんでもないものを見立てて想起させ、その異様さで煙に巻く。
地口落ちが音声の類似をテコにしたものだとすると、見立ては視覚的類似をテコとする。しかし本当に似ているというより、本来あるべきものの代わりにとんでもないものが、という趣向で落ちとする。
視覚的類似とともに、置き換えの落差が肝になる。
落語の『首提灯』では、あんまり鮮やかに切られたので首を切られた当人が気付かないまま、切られた生首を提灯のように差し上げるところで終わる。
(3)まぬけ落ち
おとぼけ、ズレ、ナンセンスで幕を引く。
落語だと『粗忽長屋』では、行き倒れを自分の死骸と錯覚して抱えあげた粗忽者が「この死人はおれに違えねえが,抱いてるおれは誰だろう」と、自分が死んでいるのも気づかぬくらいの粗忽さで笑わせて終わる(先の『首提灯』にもこの要素がある)。
ショートショートは短いので、そもそも異様なシチュエーションで勝負するものが多いが、見立て落ちが異様さのアクセルを最後に踏み込んで終わるのに対して、まぬけ落ちは間抜け方向の異様さのアクセルを同じく踏み込んで加速し終わらせるもの。
(4)考え落ち
パッと聞いたところではよく分からないが、よく考えるとつながり、読み手の思考が補完することによって完成する落ち。落語の逆さ落ちや回り落ちも、ここではこの分類に含んでいる。
ショートショートの短さを逆手にとり、物語が終わった後をおのずから想起させて、長い印象を残すやり方。そのせいかショートショートで、この終わり方をするものは少なくない。
皮肉な逆転敗北や、入れ子構造や悲劇循環の暗示で、異常さを印象づけて終わらせる。後に引く印象を残す。
皮肉な逆転敗北は、たとえば物語中の被害者ー加害者の関係が最後に入れ替わって「このあとどうなるの?」という余韻を残して終わるもの。
入れ子構造の暗示は、物語中物語などストーリー世界の階層を最後で一つ追加することで、無限に入れ子が続くような余韻を残す。
悲劇循環の暗示は、ひどい結末が物語の冒頭につながっており、いつまでも悲劇が続くような余韻を残す。
(5)離れ落ち
さっと場面転換して潔い終わり方にする。
落語では、いくつかの小噺をつないで、最初にやった小噺から遠く離れた状態で一貫性が無く終わるものをいうが、ここでは上記のような技巧的な落ちを取らず、さっと終わって物語をまとめるもの。
特徴的な部分がないので摸倣は難しいが、ショートショートの名手はこれを使いこなす。
(その他の参考文献)
◯ジェンドリンのTAEについての邦語文献
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