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    無知:たのもう!たのもう!

    親父:うるさい奴が来たぞ。おい、そこのバカ、口を縫いとじてやるからこっちへ来い。

    無知:そうです、バカなんです。

    親父:なんだ、泣き始めたぞ。見かけない顔だな。

    無知:彼女のできなかった非モテ先輩からお話を聞いて、教えを請いに参りました。




    親父:なんだか随分古い話だな。じゃあ友達の作り方でも訊きに来たのか? あんなものは炭水化物と同じだ、切れると結構つらいが、無いなら無いで何とかなる。

    無知:いやローカーボンダイエットの話ではなく、どうやったら教養が身につくかを教えてください。

    親父:なるほど。察するにお前さんは物知らずだな?

    無知:そこまではっきり言う!……でも、おっしゃるとおりです。

    親父:ものを知らない奴は「知識がある」ってことがどういうことかも知らないから、自分と真逆のイメージをこしらえるしかない。何も知らない自分←正反対→何でも知っている=教養がある、って感じだな。言わば《無知の陰画としての博識》だ。松岡正剛なんかをありがたがるタイプだ。

    無知:げげっ、どうしてそれを?

    親父:しかし、そういう目標設定だと、一度にすべての方向へ進む訳にはいかんから、仕方なくノンジャンルに行こう、みたいな話にしかならん。

    無知:はい、それで百科事典を読んでみたのですが「あゝ玉杯に花うけて」のところまで来て挫折しました。

    親父:とんだ赤毛組合だな。実を言うと検索に便利なアルファベット順や五十音順は、記憶するには不向きだという研究がある。関連のある項目を芋づる式に読む方がましだ。

    無知:そうでしたか。

    親父:しかし元々「知らないことは嫌だ」というネガティブな動機付けから始まった企てだから、何かを学んでいても、すぐにまだ学んでいない別の〈知らないこと〉が気になってくる。しかも知らないことは各方面に山のようにあるから、結局どれにも身が入らず、ぐるぐる回っているうちに、ほとんどどっちにも進んでいないことに気付いて、過ぎた歳月をうらむことになるだろう。達者でな。

    無知:ま、待って! どうしたらいいでしょうか?

    親父:こういう場合、正解は大抵つまらない上に受け入れがたいぞ。気にせず、強く生きろ。

    無知:いや、かえって気になります。

    親父:では言うが、あきらめろ。すべてを知ることは誰の手にも余る。知的分業を承認しないと、自分が知らない知識を探すなんてできるはずがない。また、一篇の論文を生み出すのに必要な熱量がどれほどのものか体感しないと、何でも知ることができるんじゃないかという甘美な夢はなかなか覚めない。

    無知:では専門バカになれと?

    親父:なれるもんならなってみろ。念のために言っとくがネットで阿呆なことを垂れ流してる◯◯学者や脳タレントがいるが、ああいうのは専門バカじゃなくただのバカだからな。

    無知:では八方ふさがりですか。何年もビジネス書と日経新聞を読んであとには何も残らない知的敗残兵のまま一生を送らねばならないのですか。

    親父:新聞にだって新刊書の書評ぐらい載るぞ。そういえば功成った連中の成功話に共通点が少ない理由は、ハトにランダムにエサを与えると生じる迷信行動で説明できるって話を知ってるか?

    無知:知りませんし聞きたくもありません。

    親父:まあ何に負けるか分からんが、知的劣等感から嫌がらせに走る奴は居ても、死んだ奴はいない。というか人間どのみち死ぬしな。

    無知:無言電話と玄関先に生ゴミを撒くのと、どちらがいいですか?

    親父:やれやれ。それくらいやる気があるなら「最速の素人」にでもなれ。

    無知:おおっ! 村人Bでも戦えますか?

    親父:あらかじめすべてを知ることは不可能だが、必要になった時に必要な知識や情報をなるべく速やかにかき集めるための準備ならできなくはない。

    無知:具体的には?

    親父:まあ、このブログはそういうことが書いてあるところなんだけどな。

    無知:そこを最短で、お願いします。

    親父:知ってる奴に聞け。それができないならググれ。

    無知:超がっかり。

    親父:文字数当たりのパフォーマンスを最大化すると、そういうアドバイスになる。

    無知:もう少し汗をかいてください。

    親父:かくのはお前だ。仕方がない、知りたいテーマについて聞ける奴がいない場合に、お前でもできそうなことを教えてやる。全く未知のテーマについて最速で数十から数百の文献を扱って自分なりのまとめができる程度だが。前提はとりあえずネットを見ることはできるってことでいいな。

    無知:前ふりが長過ぎましたが、それで手を打ちます。

    親父:まったく何様だ。とりあえず事典と書籍と論文を検索して3つの表を作っていけ。

    無知:どんな表ですか?

    親父:(1)文献×目次マトリクスと(2)文献×文献マトリクスと(3)文献×概念マトリクスの3つだ。どれから作ってもいいが、まあ最初は(1)から順番にやるといいだろう。

    無知:文献×目次マトリクスというのはどんなものですか?

    親父:見つけた文献の目次をあつめた表だ。

    (1)文献のタイトル、著者などを左端のマスへ入力する。
    (2)目次の見出しを拾い出し、タイトルの右に1つずつマス(セル)へ入力。
    (3)一つの文献が終わったら次の行へ(1)〜(2)を繰り返す。
    以下はおまけ
    (4)必要なら(目次の見出しだけでは内容がわかりづらい場合は)各章の概略をメモる
    (5)(どこになにが書いてあるか可視化できたら)同じ/似た内容をマーキングしたり囲んでつないだりする



    step3.png

    書籍だと現物を手に入れなくてもネットで目次がみれるからひたすらコピペすればいい。Webcat Plus Minusあたりで見れるだろ。詳しい作り方は、次の記事を参考にしろ。




    無知:こんなもの作って何か意味があるんですか?

    親父:お前さんがこれから調べたい分野やトピックについていくらか知っていて「土地勘」みたいなものがあるなら、もっと効率がいい手が思いつけるだろう。しかしまったくの無知なら、そこでどんなことが話題になっているか、どんな言葉・概念が使われているか、見当つかないだろう。そこで、目次を先に眺めておくと雰囲気みたいなものが分かる。同じようなことを書いてる本がやたらとあることだとか、そういう焼き直し本がどれかも見当がつく。頻出のキーワードや、論者によって意見が分かれてるトピックも分かってくる。すると、もう少しましな検索ができるようにもなる。

    無知:わざわざ表にまとめなくても、たくさんの文献を読めばいいのではないですか?

    親父:効率と根気の問題だな。目次だけなら100冊ぐらいこなすのは屁でもないが、手当たり次第に読むやり方は(慣れないうちは)よくて十数冊、でなきゃ数冊あたりで失速する。同じ分野の本は重複が多いから、そのあたりで「これ以上読んでも仕方ないんじゃないか」と思えてくる訳だ。文献を何十ってオーダーで扱うには、どのみち文献リストっていう外部記憶が要る。それに不案内なうちは、最初にカスみたいな文献をつかんじまって迷走しがちだ。目次だけでも網羅しとけば、たとえ迷走しても、別の文献が見えてるから立ち戻るのもはやい。


    無知:次の文献×文献マトリクスっていうのは?

    親父:それぞれの文献が、他の文献を参照したり言及したりしている部分を拾ってまとめた表だ。

    (1)表の上端に集めた論文名等をコピペする
    (2)表の左端に合わせた参考文献リストをコピペする
    (3)他の文献を参照している箇所を拾い出して入力
    (以下はおまけ)
    (4)言及が多い順に被引用文献をソートする(より多く参照された文献がマトリクスの上部に浮かび上がってくる。)
    (5)引用している側の文献についても必要なら並び替える


    mat-make.png

    これも詳しくは次の記事を読め。




    無知:つまり文献の参照関係をたどる表ですか。

    親父:ある文献が参照している文献、その文献が参照している文献、という具合に芋づる式に参照関係をたどって文献を追いかけていくのは文献調査の基本だ。実際は、ひとつの文献は複数の文献を参照しているのが普通だから、追っかけて行くと捕獲できる文献は雪だるま式に増えていく、スノーボール・リサーチだな。

    無知:はっきりいって面倒くさいです。

    親父:はっきり言うな。ある文献Aが他の文献Bを引いて何を言っているかをチェックしていけば、文献Bの概要やら評価の一欠片が分かる。文献Bを読むのに、外部支援として文献Aが使える訳だ。

    無知:文献の関係も、文献を読むのに活用するわけですか。

    親父:いろんな文献がこぞって取り上げてる文献は、その分野では基本的な必須文献か、それに近いもんだろう。これを見つけるということは、逆に見れば、一つの文献を共通して取り上げてる複数の文献を捕獲できることになる。文献Aだけだと心もとないが、他の文献A'、文献A''……と、文献Bを取り上げている複数の文献たちを見ていけば、文献Bの評価はもっとはっきりするだろう。要するにその分野の前提や文脈みたいなものが分かってくるという訳だ。まあ、手っ取り早いのは知ってる奴に聞くか、その分野の教科書でも読むことだけどな。しかし教科書のない分野は多いし、知り合いが物知りとは限らん。

    無知:おまけに友達もいないんです。

    親父:面倒くさいお前に幸いあれ! でだ、文献Bに対する、文献A、文献A'、文献A''……それぞれのスタンスは、逆に文献A、文献A'、文献A''……を評価する手がかりにもなる。共通必須文献として取り扱っているまともな(メインストリームにいようとする)文献か、それともあえて逆らおうとしている異端派なのか、ぐらいはすぐ分かるだろう。

    無知:最後は文献×概念マトリクスですか。

    親父:文献×目次マトリクスで、よく出てくるキーワードが分かってくるし、文献×文献マトリクスで文献が雪だるま式に集まって、それぞれの評価や関係も浮かんできた。そしたら、特に気になるキーワード(概念)について、それぞれの文献では何と言っているかを引っ張りだして、これまた表にまとめるんだ。

    (1)文献を集めて年代順に並べる
    (2)マトリクスへ抽出するキーワードを決める
    (3)文献からキーワードに関する記述を摘出してマトリクスを埋めていく



    これは次の記事で書いたレビュー・マトリクスの簡易版って感じだ。


    ひとつのキーワード(概念)に対して複数の文献から見ることができる。一つの視点からは見えなかったものが、他の視点からは見えるかもしれん。ある者の主張には良いとこばかり(悪いところばかり)だけでないことも気づきやすくなるだろう。誰かの受け売りやってるレベルをできるだけ速やかに抜ける方法は、複数の見方を何度も/何十にも突き合わせてみることだ。

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