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1955年、手塚治虫の『鉄腕アトム』は、複数の小学校の校庭で見せしめ的に焚書されたことがある。
Wikipediaの「悪書追放運動」の項や、2006年11月5日に放送されたNHKスペシャル『ラストメッセージ第1集「こどもたちへ 漫画家・手塚治虫」』の中でも取り上げられたので、ご存知の人も多いだろう。
「焚書」ばかりでなく、手塚が受けた批判の中には、「『赤胴鈴之助』は親孝行な主人公を描いているから悪書ではない。」というものがあったが、手塚が回顧する処によると、その様に主張した主婦は、実際には『赤胴鈴之助』を全く読んだり見たりしておらず、「ラジオでその様に聞いた」というだけの事であった。また、高速列車や高速道路、ロボットなどの高度な発展の描写を「できるはずがない」「荒唐無稽だ」と批判した上、手塚のことを「デタラメを描く、子どもたちの敵」とまで称した者もいたという(手塚治虫『ガラスの地球を救え』(光文社、1996年)14頁)。
うしおそうじ著『手塚治虫とボク』(草思社、2007年)には、前年の1954年に手塚治虫が関西長者番付・画家の部でトップとなり『週刊朝日』に記事となったこと、翌1955年に青少年問題全国協議会で「青少年に有害な文化財に対する決議」が行われ、それを受けた翌日(1月22日)、時の鳩山一郎内閣総理大臣が、衆議院本会議の施政方針演説のなかで、
「…(前略)…覚醒剤、不良出版物等のはんらんはまことに嘆かわしき事態でありますが、特にわが国の将来をになりうべき青少年に対し悪影響を与えていることは、まことに憂慮すべきことであります。政府としては、広く民間諸団体の協力を得まして、早急にこれが絶滅のため適切有効な対策を講じ、もつて明朗な社会の建設に邁進いたしたいと存ずるのであります。…(後略)…」
とのべ「悪書追放運動」が全国的に広がった旨が述べられている。そのとき「大人漫画家たちの中で、誌上対談に出席し、凄まじい勢いで手塚治虫を面罵した『漫画集団』の領袖近藤日出造」が、『中央公論』の一九五六年七月号に、『子供漫画を斬る』と題した文章を書いたことなどが記されている。
俗悪な子供漫画は大阪がもとである。だいたい大阪人というものがそういうものだ。売れて金さえ儲かればそれでいいという恥知らずなのだ。その恥知らずのつくったのがこういう赤本漫画だ。赤本が売れて法隆寺が焼ける。それが今の日本の姿だ。
この雑誌(『冒険王』『漫画王』などの児童雑誌)の表紙裏から、手塚治虫の『ぼくのそんごくう』という多色刷漫画が始まり、七頁を埋めている。その画法が、アメリカ日曜新聞の亜流を行ったようなものでも、さすが格段の腕前で、この程度の絵が揃っていればPTAの有力者も、目くじら立てて漫画の追放を企むこともあるまい。しかし、その手塚治虫が、この頃しきりに大人漫画への進出を志し、今のところ『絵の点』での力量不足のため、進出思うにまかせず、との噂をきく。一応『大人漫画家』で通っている絵の下手糞な僕が、こうした噂を伝えるのはどうかと思われるが、僕は、この噂を伝えることにより、一般の子供漫画家というものが、いかに箸にも棒にもかからない粗末な『絵描き』であるかをいいたかったのだ。(近藤日出造「子供漫画を斬る」)
(愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記「[漫画]1955年の漫画バッシング(悪書追放運動)について」に引用がある。http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070722/akusyo)。
「悪書追放運動」は当然、手塚だけを標的にしたものではなく、著名な少年向け雑誌には休刊するものも続出し、一般雑誌の売れ行きも停滞させた。
1954年は、実は「子供たちへの悪影響がある」という理由で、アメリカ議会で公聴会が開かれた。言論表現の自由を主張する意見もあったが、マッカーシーの赤狩り(レッド・パージ)という時代の風を受けて悪書追放の運動は燃え広がった。出版業界はコミックスコード(倫理基準)評議会という自主組織を作り、検閲を受け入れた。性、暴力、残虐、不快な表現、用語の取締りに加え、政府機関、警察、麻薬取締局などを侮辱してはいけないなどという項目もあった。この結果、コミック雑誌は打撃を受け、廃刊が相次いだのである。
ところで「子ども」を口実にした焚書の戦後史を知るための基本書、橋本健午『有害図書と青少年問題 大人のオモチャだった“青少年”』が品切重版未定らしい。
(版元ドットコム http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7503-1647-5.html)
復刊リクエスト投票はこちら http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=49654
なお有益な論考を含む著者のページは以下である。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/kenha/
『有害図書と青少年問題―大人のオモチャだった"青少年"―』の参考・引用文献一覧表(第1稿)も、次のURLで公開されている。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/kenha/media/media15.html
他にマンガに対する規制を一望できるものに
山本夜羽. "日本でのマンガ表現規制略史(1938~2002)"
ひさしぶりにメルマガの方の「読書猿」に書くつもりだったが、これだけブログに先出しする。
……精神科医によるマンガ悪影響論。アメリカのコミック規制に大きな影響を与えた。
……上記、ワーサムの『無垢への誘惑Seduction of the Innocent』をなぞった副題を持つ、子ども、大人、無垢、穢れ、保護、権利といった近代思想が発見した概念装置の政治的な利用過程を跡づけ、有害図書やポルノ・メディアを巡る社会のメカニズムを読み解くもの。
Wikipediaの「悪書追放運動」の項や、2006年11月5日に放送されたNHKスペシャル『ラストメッセージ第1集「こどもたちへ 漫画家・手塚治虫」』の中でも取り上げられたので、ご存知の人も多いだろう。
「焚書」ばかりでなく、手塚が受けた批判の中には、「『赤胴鈴之助』は親孝行な主人公を描いているから悪書ではない。」というものがあったが、手塚が回顧する処によると、その様に主張した主婦は、実際には『赤胴鈴之助』を全く読んだり見たりしておらず、「ラジオでその様に聞いた」というだけの事であった。また、高速列車や高速道路、ロボットなどの高度な発展の描写を「できるはずがない」「荒唐無稽だ」と批判した上、手塚のことを「デタラメを描く、子どもたちの敵」とまで称した者もいたという(手塚治虫『ガラスの地球を救え』(光文社、1996年)14頁)。
うしおそうじ著『手塚治虫とボク』(草思社、2007年)には、前年の1954年に手塚治虫が関西長者番付・画家の部でトップとなり『週刊朝日』に記事となったこと、翌1955年に青少年問題全国協議会で「青少年に有害な文化財に対する決議」が行われ、それを受けた翌日(1月22日)、時の鳩山一郎内閣総理大臣が、衆議院本会議の施政方針演説のなかで、
「…(前略)…覚醒剤、不良出版物等のはんらんはまことに嘆かわしき事態でありますが、特にわが国の将来をになりうべき青少年に対し悪影響を与えていることは、まことに憂慮すべきことであります。政府としては、広く民間諸団体の協力を得まして、早急にこれが絶滅のため適切有効な対策を講じ、もつて明朗な社会の建設に邁進いたしたいと存ずるのであります。…(後略)…」
とのべ「悪書追放運動」が全国的に広がった旨が述べられている。そのとき「大人漫画家たちの中で、誌上対談に出席し、凄まじい勢いで手塚治虫を面罵した『漫画集団』の領袖近藤日出造」が、『中央公論』の一九五六年七月号に、『子供漫画を斬る』と題した文章を書いたことなどが記されている。
俗悪な子供漫画は大阪がもとである。だいたい大阪人というものがそういうものだ。売れて金さえ儲かればそれでいいという恥知らずなのだ。その恥知らずのつくったのがこういう赤本漫画だ。赤本が売れて法隆寺が焼ける。それが今の日本の姿だ。
この雑誌(『冒険王』『漫画王』などの児童雑誌)の表紙裏から、手塚治虫の『ぼくのそんごくう』という多色刷漫画が始まり、七頁を埋めている。その画法が、アメリカ日曜新聞の亜流を行ったようなものでも、さすが格段の腕前で、この程度の絵が揃っていればPTAの有力者も、目くじら立てて漫画の追放を企むこともあるまい。しかし、その手塚治虫が、この頃しきりに大人漫画への進出を志し、今のところ『絵の点』での力量不足のため、進出思うにまかせず、との噂をきく。一応『大人漫画家』で通っている絵の下手糞な僕が、こうした噂を伝えるのはどうかと思われるが、僕は、この噂を伝えることにより、一般の子供漫画家というものが、いかに箸にも棒にもかからない粗末な『絵描き』であるかをいいたかったのだ。(近藤日出造「子供漫画を斬る」)
(愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記「[漫画]1955年の漫画バッシング(悪書追放運動)について」に引用がある。http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070722/akusyo)。
「悪書追放運動」は当然、手塚だけを標的にしたものではなく、著名な少年向け雑誌には休刊するものも続出し、一般雑誌の売れ行きも停滞させた。
1954年は、実は「子供たちへの悪影響がある」という理由で、アメリカ議会で公聴会が開かれた。言論表現の自由を主張する意見もあったが、マッカーシーの赤狩り(レッド・パージ)という時代の風を受けて悪書追放の運動は燃え広がった。出版業界はコミックスコード(倫理基準)評議会という自主組織を作り、検閲を受け入れた。性、暴力、残虐、不快な表現、用語の取締りに加え、政府機関、警察、麻薬取締局などを侮辱してはいけないなどという項目もあった。この結果、コミック雑誌は打撃を受け、廃刊が相次いだのである。
ところで「子ども」を口実にした焚書の戦後史を知るための基本書、橋本健午『有害図書と青少年問題 大人のオモチャだった“青少年”』が品切重版未定らしい。
(版元ドットコム http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7503-1647-5.html)
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なお有益な論考を含む著者のページは以下である。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/kenha/
『有害図書と青少年問題―大人のオモチャだった"青少年"―』の参考・引用文献一覧表(第1稿)も、次のURLで公開されている。
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……精神科医によるマンガ悪影響論。アメリカのコミック規制に大きな影響を与えた。
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……上記、ワーサムの『無垢への誘惑Seduction of the Innocent』をなぞった副題を持つ、子ども、大人、無垢、穢れ、保護、権利といった近代思想が発見した概念装置の政治的な利用過程を跡づけ、有害図書やポルノ・メディアを巡る社会のメカニズムを読み解くもの。
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愛・蔵太
すみません、この件に関しては一部うしおそうじ氏の勘違いもあるようです。詳しいことはぼくの以下の日記を参照してください。「近藤日出造「赤本が売れて法隆寺が焼ける」ってどこ情報よ?」
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20120304/kondou
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2012/04/14 Sat 23:33 URL [ Edit ]
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