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     「日本国内図書館の外国雑誌購入費および受入れタイトル数」というグラフがある。
    (出典:出典:安達,他(2003)、土屋(2004)./ネットで探すとカラー版のグラフがあちこちにある)

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     日本の図書館の外国雑誌受け入れタイトル数は、雑誌購入費は増加する一方で、1988年に最大の38,477タイトルに達した後、減少を続けている。
    (日本学術会議情報学研究連絡委員会学術文献情報専門委員会.“電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する緊急の提言”.日本学術会議. 2000. http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/17pdf/17_44p.pdf)

     雑誌に対する支出が増え続けているのに、購入される雑誌の数が減っているのは、言うまでもなく雑誌価格の高騰が原因である。


    海外学術誌の平均価格の推移(自然科学分野)
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    (出典:Library Journal Periodical Price Survey、 1995-2009.)


     雑誌価格がもたらすものは、雑誌購入タイトルの減少だけではない。
     つまり、図書館の資料購入費が雑誌へと回り、単行本の購入までも減少する。
     アメリカ研究図書館協会(Association of Research Libraries)の調査によれば、1986年から1999年にかけて、雑誌購読費は170%増加しているにも関わらず、受け入れタイトル数は6%減少した。これに加えて、同時期には単行本の受け入れタイトル数もまた26%減少している。
    (Case, M. M. (2002). “Capitalizing on Competition: The Economic Underpinnings of SPARC” . SPARC.  http://www.arl.org/sparc/publications/papers/case_capitalizing_2002.shtml


     1980年代の10年間だけでも、学術雑誌の価格は10倍、物価上昇を割り引いても3倍に跳ね上がった。
     1980年代末、アメリカの図書館員たちは、学術情報流通に破壊的な影響を及ぼす雑誌価格の高騰をSerials Crisis(雑誌の危機)と呼んだ。


    〈雑誌の危機〉が切断するもの

     研究論文に代表される(※)学術情報の流通・循環(の望ましい在り方)を、「贈与の円環(Circle of Gifts)」と呼ぶことがある。

    Circle_of_Gifts.png

     
    (0)研究者は、既存研究を参照・収集して、研究を計画し、また自らの研究を位置付ける。新しい知識の〈住所表示〉は、その知識を産み出したものの責任で行われる。
    (1)研究者は、研究成果を論文等にまとめ、それを学会誌に投稿する。
    (2)学会は、投稿された論文等を審査し、雑誌に編集して出版する。
    (3)大学図書館を中心とする研究図書館は、論文等を収集・保存し、研究者に提供する。 (→(0)に戻る、以上繰り返し)

     〈雑誌の危機〉はこの循環の(2)から(3)へとつながるところを切断する。
     流通は円環をなしており、この部分の切断の影響は、循環全体に広がる。

     「科学に再投資するための購読料は消え去り、よってその学協会、ひいては科学プロセス全体が弱体化する事態を引き起こす」(バックホルツ, 2002)



    ※より詳細な学術情報のライフサイクル

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    〈雑誌の危機〉をもたらしたもの

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    (1)非弾力的な論文の需要

     学術雑誌の需要は、価格によって増減しにくい。つまり安ければ買い、高ければ買い控えるといったものではない。
     読者(研究者)が直接支出するのでなく、購読者(図書館や研究機関など)が予算を組購入することが多いことも、価格と需要の結びつきを弱くしている。
     このことが価格上昇をダイレクトに雑誌購読数の減少に反映させず、雑誌価格の上昇は随分前から生じていたのに、読者(研究者)が問題に気付くのを遅らせた可能性がある。
     読者(研究者)や購読者(図書館や研究機関など)のみならず、出版者側も、マーケティングを行って価格や発行部数を設定するのでなく、刊行費用を購読部数で割ってタイトルの単価を算出するという方式を採用してきた。


    (2)論文数の激増

     論文の生産量が増大すると、論文数、ページ数は増大する。
     刊行費用の大部分を占める固定費(査読や編集の費用を含む)は、論文数が増えるに従い増大することになる。
     こうした場合に購読部数が増えなければ、雑誌の価格は、上昇せざるを得ない。

     購読者(図書館や研究機関など)が耐えられないところまで、価格上昇が続けば購読部数が減少し、この分もまた価格に上乗せされることになる。
     ここに至ると、価格上昇と購買者数減少との間に悪循環が生まれる恐れがある。


    (3)商業出版社の市場独占

     論文数や雑誌数の増大は、新たな出版販路への需要を高め、商業出版社の進出をまねいた。
     出版社は、学会誌を吸収したり、他の出版社を買収して寡占化が進んだ。STM(科学・工学・医学)分野ではElsevier社の28%を筆頭に全体の66%を8 出版社で寡占している状況である。
     Pergamon社がElsevier社に買収されたケースでは、旧Pergamon社の雑誌は平均して22%値上がりし、Lippincott社がKluwer社に買収されたケースでは35%もの値上がりが生じた。
     市場独占は価格上昇への購読者(図書館や研究機関など)のリアクションを阻害している。例えば、かつて電子ジャーナルによって雑誌購入費の大幅な削減が可能だと思われていたが、実際には市場独占を背景に、冊子体との平行出版や冊子体キャンセル禁止条項が契約に盛り込まれたりなど。


    日本版〈雑誌の危機〉と失われた10年

     受入れ雑誌タイトル数が、日本全体でたった10年間で半減するという〈事件〉は、それが進行していた1990年代にはまだ〈問題〉とはなっていなかった。
     購読者(図書館や研究機関など)は、国際的に生じた学術雑誌の価格上昇にさらされていたし、予算の制約から購入できない雑誌が生じていることは当然気付かれていた。たとば自分のところで購入しなくなった雑誌の記事を図書館間相互貸借(Interlibrary Loan : ILL)による複写サービスで取り寄せる件数は増加していた。
     しかし雑誌購入の意思決定は各大学、学部、学科、研究室、教員……と分散化されていること、そして利用の頻繁な雑誌は継続され、利用の稀な雑誌からキャンセルされ図書館間相互貸借(ILL)を利用するといった仕組みが、問題を見えにくいものにしていた。
     事態に多くの人が気付くのが、こうして遅れることになった。



    大学が学術雑誌買えない
    読売オンライン 2008年6月18日

    値上がり、予算減で 研究に影響懸念

     学術雑誌の価格が高騰して、大学が購入を取りやめる事態も起きている。

     「大学や独立行政法人が悲鳴を上げている。重要な情報源が維持できない」。4月10日の総合科学技術会議で、金沢一郎・日本学術会議会長は福田首相に窮状を訴えた。

     山口大の図書館は昨年末、雑誌を扱う出版社シュプリンガーとの購読契約を打ち切った。千数百万円の経費削減となったが、約1300の電子雑誌が読めなくなり、研究者の個人購読に切り替えた。理系、文系を問わず、過去の成果や最新の動向を知ることは研究の第一歩。学術雑誌が読めなくなれば、その基盤が損なわれかねない。丸本卓哉学長は「買いたくても買えない。研究の根幹にかかわる」と危機感を募らせる。





    (参考文献)
    安達淳,根岸正光,土屋俊,他(2003)「SPARC/JAPANにみる学術情報の発信と大学図書館」『情報の科学と技術』 53(9), 429-434. http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0003215902

    尾城孝一,星野雅英(2010)「学術情報流通システムの改革を目指して 国立大学図書館協会における取り組み」『情報管理』 53(1), 3-11. http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/53/1/3/_pdf/-char/ja/

    長谷川豊祐(1998).「外国雑誌のRenewalと価格問題」『神資研』33, 10-16. 入手先 著者ホームページ http://members3.jcom.home.ne.jp/toyohiroh/hasegawa/ssk9909.htm

    バックホルツ, アリソン. (高木和子訳) (2002).「SPARC:学術出版および学術情報資源共同に関するイニシアチブ」『情報管理』 45(5), 336-347. http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/45/5/336/_pdf/-char/ja/

    土屋俊(2004).「学術情報流通の最新の動向 : 学術雑誌価格と電子ジャーナルの悩ましい将来」『現代の図書館』 42(1), 3-30. 入手先, 千葉大学学術成果リポジトリCURATOR, http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/mt-pdetail.cgi?cd=00020285

    Thomes K. (2000). "The economics and usage of digital library collections", ARL: A Bimonthly Report on Research Library Issues. http://www.arl.org/bm~doc/econ.pdf

    芳鐘冬樹(2004)「科学研究出版の費用分析とビジネスモデル」『カレントアウェアネス』 No.282, 13-15. 入手先 Internet Archive http://web.archive.org/web/20060116023634/http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no282/doc0007.htm




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