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2012.05.19
凡人が数学を語学として学ぶ具体的な手続きを説明する/図書館となら、できること番外編
少女:数学はどうやって勉強してるの?
少年:得意じゃないから、語学とほとんど同じ。というか第二言語のつもりでやってる(Mathematics as a Second Language)。
・読書猿Classic 数学にはネイティブはいない:「語学としての数学」完全攻略=風景+写経アプローチ

少女:まえに、200ページくらいのテキストを用意して、目次を見て、全体をざっと見て…といってた、あれ?
・図書館となら、できること番外編/マイナー言語のBookishな学び方 読書猿Classic: between / beyond readers

テキストは〈分かる〉系より〈解ける〉系
少年:そう。最初はなるべくコンパクトな本を使う。一冊で分からないところが他の本を見ると分かることがあるから、手に入るだけは確保するのも……
少女:語学のときと同じ?
少年:うん。ただマイナー言語とは違って数学関係の書籍はたくさんあるから、なんでも集めろってことにはならないけど。数学だと教科書未満の入門書は2種類に分けられる。勝手に〈分かる〉系と〈解ける〉系と呼んでるんだけど、最初は〈解ける系〉の本をメインにして、〈分かる〉系はサブにする。
少女:その〈分かる〉系と〈解ける〉系って何?
少年:〈分かる〉系は、その数式で何やってるか分からない、イメージ沸かないという人向けの解説本。〈解ける〉系は、イメージがどうのというより、試験があったりしてとにかく問題が解けないと困る人向けの本。受験参考書や「単位がとれる」みたいな奴がこれ。傾向の話なんで、どっちの要素も含む本もたくさんあるけど、ページ数が少なくしようとすると、どっちかに特化する。
少女:なんで〈解ける〉系をメインにするの?
少年:数学は「分からない」と思ってる人が多いんで、一般向けの数学書は〈分かる〉系の方が強い(もっというと、ただの〈慰め〉だったり〈糖衣錠〉にしただけのものが圧倒的に多い)。でも、分かった気になっても、解けないとそれっきりで数学と継続的な関係を取り結べないし、理解といっても「お話」レベルに終わっちゃう。もひとつ言うなら、それだと速やかに忘れてしまう。
理解は遅れてやってくる
少女:えー、じゃあ〈解ける〉系だと?
少年:問題を解けるようになるための反復練習になる、というか、にする。語学の比喩をつかっていうと、外国語の単語を見て瞬時に思い出せないと、段々読むのが面倒になってくるでしょ? それに思い出すのに頭を費やすと、内容を理解するのに回せる/使える認知資源が少なくなって理解度も落ちる。数学だと、公式とか計算の仕方みたいなのがこれに当たるから、頭使わなくても解けるくらいにしとくと、込み入った展開を追うのでも、理解する方に頭の能力をより多く割ける。理解のために必要な認知資源を確保するための反復練習=自動化、というか。
少女:やっぱり覚えた方がいいの?
少年:よくある言い回しの丸暗記だけでも、とりあえず会話入門にはなる。というよりも、考えずに反射的にフレーズが出てくるまでパターン・プラクティスをやらないと、文法知識だけだと畳の上の水泳に終わっちゃう。うまくいかなくてモチベーションも下がるかもしれない。
少女:それはそうかも。
少年:ただ〈分かる〉が追いついてこないと、知識の関連付けが弱くて、応用が効かなかったり、テストが終わると急速に忘れたりもするけど。あとやっぱり〈解ける〉けど〈分かる〉までいってないと、なんだかもやもやする。それが〈分かる〉へ向かうモチベーションにもなるんだけど。その〈もやもや〉にたどり着いて、〈分かる〉が追いついてくるまで居続けるには〈解ける〉ことが必要なんだ。
少女:「〈分かる〉は後から追いついてくる」って信じてた方が、暗記数学でも少しはやる気が出るかな。
薄い〈読み〉を塗り重ねる
少女:〈分かる〉系なら、なんとか読めそうな気がするけど、解くのって大変じゃない? テストじゃないけど、自分のアタマを試されてるみたいなプレッシャーもあるし。解けないと落ち込んで、結局挫折したりとか。
少年:挫折しないためには、〈分からなくて苦しいから辞める〉というコンボをどこかで断ち切りたいけど、〈分からない〉対策と〈苦しい〉対策と〈辞める〉対策があるんだけど、はじめのうちは、表面をさらうように軽く〈飛ばし読み〉を繰り返すんだ。〈苦しい〉対策と〈辞める〉対策の二つに重点を置いて、「分からなくて当たり前、分からなくても先へ進もう」って感じかな。もちろん、あとで言うように理解も助けるから〈分からない〉対策でもあるけど。
少女:? 軽く〈飛ばし読み〉ってどういうこと?
少年:どんどん飛ばしていいから、とにかく最後まで行け、ということ。最初は目次を読んで、その次は大見出しだけ最後まで読む、とか。
少女:じゃ見出しを読み終えた後は、どこ読むの?
少年:繰り返し読むうちに、段々と細かいところまで踏み込んでいくんだけど、ぶっちゃけていえば、その時点(の自分の実力)で分かるところだけ拾って読む。いや、最初は「どこなら分かりそうか」を探すだけでもいい。これだと「分からないところがある」のが前提になってるから、〈分からない自分はバカ〉という無力感で挫折することが少ない。「完全に分かる/全く分からない」の二分法(白黒思考)や「全部わからないとダメ」みたいな完璧主義に陥らなくて済む。
少女:でも、そんな薄い読み方、いくら繰り返しても理解につながらないんじゃない?
少年:そう思うだろうけど、繰り返していくと、分かる部分が少しずつ増えていく。実験したいなら、1章とか1ページとか問題1つとか、短い分量を相手に〈分かるところだけ読み〉を、そうだな7~10回くりかえしてみるといい。ただ読むよりも書く方が効果が大きいから実感しやすいかも。あ、問題は解答とまとめて一つと考える。
少女:うーん、ほんとかなあ。
〈分からない〉に足を止めない
少年:分からないところで立ち止まらないのは、理解は時間差で遅れてくることが多いから。納得できなくても、いろいろやっているうちに、後になってストンと胸に落ちるとか珍しくない。たとえばある定理の値打ちが分かるのは、それを応用して、他のやり方だとめちゃくちゃ面倒だったこととか、一見して大変そうなことが、簡単に解決できた時だったりする。テキストの構成でいうと、こういうのはその定理の初登場から見れば、もっと先に書いてあることなんだ。
少女:応用で値打ちが分かるというのは、そうだと思う。あ、ひょっとして、それで〈解ける〉系の本がメインなの?
少年:そう。〈分かる〉系の本は、面白い話を受け取って楽しめるけれど、応用したり自分でいろいろやってみること、ひっくるめて言えば〈体験〉が足りない。むしろ、いろいろ〈体験〉してみた後に〈分かる系〉の本を読むと、「ああ、あれはそうだったのか」となりやすい。
少女:今のは分かった。テキストも終わりまで先に目を通しておいた方が、この定理が何に使われるかとか知っておくことができたりして、今やってることの意義とか意味とか文脈が分るってことよね?
少年:うん。このやり方の元ネタは、ライプニッツが12歳で教師も辞書もなしにリウィウスが書いた『ローマ建国史』を、分かるところだけ拾い読みするのを繰り返し、ラテン語が読めるようになったエピソードなんだ。ライプニッツは哲学、微積分から法学、歴史、神学、言語学と何でもやった人だけど。
少女:でも分からないところを飛ばすって、なんか罪悪感ない?
少年:分かるけど、難しいって悩んだり無力感に苛まれたりするのって、そもそも脳のパフォーマンスを下げることなんだ。短期的には余計に理解しづらくなるし、覚えられなくなるし、学習効率は下がる。長期的には、学ぼうとする度に繰り返し不快な感情を浴び続けたら、誰だって学習意欲は下がるし、学ぶことをやめちゃうよ。
ささやかだけど、やくにたつこと
少女:うーん。勉強ってそもそもつらいことだと思ってた。
少年:どのみち長距離走(マラソン)なのに、そこに崖上り(ロッククライミング)まで混ぜなくてもいい。できないことに正面からぶつかるかわりに、今できる簡単なことに細分化(ブレイクダウン)したり変換して取り組むのって、勉強以外なら、たとえば仕事をやる場合なら当たり前のことだと思う。
少女:でも、今のやり方だと問題を自分で解いたりしないんだよね。大丈夫なの?
少年:最初はね。繰り返し読んで、分かる部分を増やしていって、やれそうになったら問題を解く。
少女:それって、問題も解答も何度も見た後だから、解けて当たり前じゃないの? 数学なんて解き方覚えればいいんだ、ってやつ?
少年:ちょっと逆説っぽいけど、解き方を覚える一番良い方法は、自分で解くことなんだ。最初から解けるなら、そのルートを選択すればいい。なだらかな坂道にザイルはいらない。でもその問題を解くことが〈今自分ができること〉を越えているなら、今できるささやかなことをとにかくやる方がずっとましだ。少なくとも、やめてしまうよりは。
少女:自力で解けない人も、答えを読むことくらいはできる、ってこと?
少年:他にもいろいろある。答えを書き写すことだってできるかもしれないし、答えの最初の数行を見れば、あとは自分で解けることだってあるかもしれない。問題と答えを通しで読むのは、多分いろいろあるルートの中ではかなり簡単なもので、だから広い範囲の人が最初に使える手段だと思うけど。
少女:楽すぎて効果があるか疑わしくない?
少年:自分でそう思えるようになったら、もう少し負荷の高いこと、例えば問題+解答を書き写すことに進んでいいというサインだと思う。そのあたりはリハビリに近い。他の人にとっては簡単すぎる意味のないことでも、自分にとっては次へ進むための大事なステップになるかもしれない。それに、知らない外国語の文章を写すのが時に不可能と思えるほど難しいように、数学も間違えず書き写すのって結構大変なんだ。添え字の間違いに気付かず書き写す人は、自分で数式を展開しても、そこのところで間違えるかもしれない。
少女:当たり前に思ってたけど、写すのもちょっとしたスキルなのかな?
いくつもの〈当たり前〉を重ねて
少年:それを当たり前に思える水準に達してないと、つまり注意力をそこに配らなくてもできるように自動化してないと、次の段階のスキルに回すべき注意が足りなくてミスが頻発する。ミス退治に注意を費やすと、新しいことを理解するのに注意が回らない。
少女:リハビリかあ。歩くのにいっぱいいっぱいだと、尾行とかできないもんね。まずは歩く練習、その前に這う練習、って感じ?
少年:書き写すのができるようになったら、今度は少し内容に踏み込んで読んでみる。例えば証明だったら、いくつのパートに分かれるかとか、そのあたりから。それができたら、証明をパートごとに分ける線を引いたり小見出しつけたり、単なる計算の部分と、そこを曲がるとゴールが見える証明の〈曲がり角〉を色分けしたり、注釈をつけたり、とスモール・ステップでいろいろ考えられる。もちろん、ある程度できたら、もっと進んでもいいけど。進まなくちゃダメ→やっぱできない→オレってダメな奴→理解力低下→ますます分からない、みたいなループに落ち込まない限り、いろいろできると思う。ぼくの場合は、表面読みを繰り返してて退屈してくると、何か別のことしたいって感じで思いつくことが多いけど。あ、あと悩んだり落ち込んだりすることに意識を費やさないように、音読して声で意識を占領するのも手。これは調子悪かったり、気持ちがふさいでやる気が出ないときにも使える。
少女:そういえば読み方知らない数学記号ってある。
少年:この際だから調べて覚えよう。
・数式を(なるべく簡単に)出して読む with ASCIIMathML 読書猿Classic: between / beyond readers

追補:覚えるためのシステム
少女:「理解のために必要な認知資源を確保するための反復練習」って言ってたけど、最初からあんまり頑張りすぎると挫折しそう。
少年:最初は、飛ばしても最後まで通して読むのを優先していいと思う。そのうち一周したら、覚えるものを拾う、みたいなルーチンにしてもいいかも。これもいきなり完璧に拾うんじゃなくて、まずは目次に出てくる分からない言葉(不明語)をチェックするくらいでいいとおもう。その後は見出しの中の不明語かな。
少女:どうして、その二つ?
少年:目次と見出しは、本文をインプットするときにも記憶の依り代になるけど、意味が分からないものは覚えにくいから。目次や索引をつかって、本文から定義や説明を探して拾う程度でいいと思う。これだと本文のつまみ食い的予習にもなる。どうもテキストの中で説明してないとか、このテキスト読むなら当然の前提にされている場合は、他のもっとやさしい本や事典なんか使って調べる。
少女:あ、スマホが出てきた。
少年:印つけたものや、あと暗記できそうなものは細切れ時間使って、どんどんi暗記+
に入れる。これはフラッシュカード(暗記カード)のアプリだけど、最初はカードの表だけで書いて、カードをつくることに専念する。
少女:カードの裏に覚えるべきことを書くのは、後回しでもいいの?
少年:うん。カード作りはあくまで副業だから。i暗記+
は、文字のほかに画像も貼り付けられるんで、数式処理アプリのMathStudio
(SpaceTime - Scientific computing in the palm of your hand
の後継アプリ)で方程式解いたりグラフを描いた奴とか、FastFinga
で手書きで式を展開した奴も貼りつける。ただあんまり長くなると、大きすぎる画像になってダメなんで、そっちはEvernote
で保存する。公式みたいな短い数式はMathBot - TeX Equation Typesetting
というアプリでTeXで書いてi暗記に貼り付ける。
少年:入力できたものから何回も回して細切れ時間に暗記する。復習のタイミングを次第に間隔を広げていくスペースド・リハーサルを使うことになるけど、手作業だと面倒な復習のタイミング管理をi暗記に丸投げできる。

・iPhone/iPod touchで使える数式処理アプリSpacetimeの超簡易マニュアル 読書猿Classic: between / beyond readers

少年:得意じゃないから、語学とほとんど同じ。というか第二言語のつもりでやってる(Mathematics as a Second Language)。
・読書猿Classic 数学にはネイティブはいない:「語学としての数学」完全攻略=風景+写経アプローチ

少女:まえに、200ページくらいのテキストを用意して、目次を見て、全体をざっと見て…といってた、あれ?
・図書館となら、できること番外編/マイナー言語のBookishな学び方 読書猿Classic: between / beyond readers

テキストは〈分かる〉系より〈解ける〉系
少年:そう。最初はなるべくコンパクトな本を使う。一冊で分からないところが他の本を見ると分かることがあるから、手に入るだけは確保するのも……
少女:語学のときと同じ?
少年:うん。ただマイナー言語とは違って数学関係の書籍はたくさんあるから、なんでも集めろってことにはならないけど。数学だと教科書未満の入門書は2種類に分けられる。勝手に〈分かる〉系と〈解ける〉系と呼んでるんだけど、最初は〈解ける系〉の本をメインにして、〈分かる〉系はサブにする。
少女:その〈分かる〉系と〈解ける〉系って何?
少年:〈分かる〉系は、その数式で何やってるか分からない、イメージ沸かないという人向けの解説本。〈解ける〉系は、イメージがどうのというより、試験があったりしてとにかく問題が解けないと困る人向けの本。受験参考書や「単位がとれる」みたいな奴がこれ。傾向の話なんで、どっちの要素も含む本もたくさんあるけど、ページ数が少なくしようとすると、どっちかに特化する。
少女:なんで〈解ける〉系をメインにするの?
少年:数学は「分からない」と思ってる人が多いんで、一般向けの数学書は〈分かる〉系の方が強い(もっというと、ただの〈慰め〉だったり〈糖衣錠〉にしただけのものが圧倒的に多い)。でも、分かった気になっても、解けないとそれっきりで数学と継続的な関係を取り結べないし、理解といっても「お話」レベルに終わっちゃう。もひとつ言うなら、それだと速やかに忘れてしまう。
理解は遅れてやってくる
少女:えー、じゃあ〈解ける〉系だと?
少年:問題を解けるようになるための反復練習になる、というか、にする。語学の比喩をつかっていうと、外国語の単語を見て瞬時に思い出せないと、段々読むのが面倒になってくるでしょ? それに思い出すのに頭を費やすと、内容を理解するのに回せる/使える認知資源が少なくなって理解度も落ちる。数学だと、公式とか計算の仕方みたいなのがこれに当たるから、頭使わなくても解けるくらいにしとくと、込み入った展開を追うのでも、理解する方に頭の能力をより多く割ける。理解のために必要な認知資源を確保するための反復練習=自動化、というか。
少女:やっぱり覚えた方がいいの?
少年:よくある言い回しの丸暗記だけでも、とりあえず会話入門にはなる。というよりも、考えずに反射的にフレーズが出てくるまでパターン・プラクティスをやらないと、文法知識だけだと畳の上の水泳に終わっちゃう。うまくいかなくてモチベーションも下がるかもしれない。
少女:それはそうかも。
少年:ただ〈分かる〉が追いついてこないと、知識の関連付けが弱くて、応用が効かなかったり、テストが終わると急速に忘れたりもするけど。あとやっぱり〈解ける〉けど〈分かる〉までいってないと、なんだかもやもやする。それが〈分かる〉へ向かうモチベーションにもなるんだけど。その〈もやもや〉にたどり着いて、〈分かる〉が追いついてくるまで居続けるには〈解ける〉ことが必要なんだ。
少女:「〈分かる〉は後から追いついてくる」って信じてた方が、暗記数学でも少しはやる気が出るかな。
薄い〈読み〉を塗り重ねる
少女:〈分かる〉系なら、なんとか読めそうな気がするけど、解くのって大変じゃない? テストじゃないけど、自分のアタマを試されてるみたいなプレッシャーもあるし。解けないと落ち込んで、結局挫折したりとか。
少年:挫折しないためには、〈分からなくて苦しいから辞める〉というコンボをどこかで断ち切りたいけど、〈分からない〉対策と〈苦しい〉対策と〈辞める〉対策があるんだけど、はじめのうちは、表面をさらうように軽く〈飛ばし読み〉を繰り返すんだ。〈苦しい〉対策と〈辞める〉対策の二つに重点を置いて、「分からなくて当たり前、分からなくても先へ進もう」って感じかな。もちろん、あとで言うように理解も助けるから〈分からない〉対策でもあるけど。
少女:? 軽く〈飛ばし読み〉ってどういうこと?
少年:どんどん飛ばしていいから、とにかく最後まで行け、ということ。最初は目次を読んで、その次は大見出しだけ最後まで読む、とか。
少女:じゃ見出しを読み終えた後は、どこ読むの?
少年:繰り返し読むうちに、段々と細かいところまで踏み込んでいくんだけど、ぶっちゃけていえば、その時点(の自分の実力)で分かるところだけ拾って読む。いや、最初は「どこなら分かりそうか」を探すだけでもいい。これだと「分からないところがある」のが前提になってるから、〈分からない自分はバカ〉という無力感で挫折することが少ない。「完全に分かる/全く分からない」の二分法(白黒思考)や「全部わからないとダメ」みたいな完璧主義に陥らなくて済む。
少女:でも、そんな薄い読み方、いくら繰り返しても理解につながらないんじゃない?
少年:そう思うだろうけど、繰り返していくと、分かる部分が少しずつ増えていく。実験したいなら、1章とか1ページとか問題1つとか、短い分量を相手に〈分かるところだけ読み〉を、そうだな7~10回くりかえしてみるといい。ただ読むよりも書く方が効果が大きいから実感しやすいかも。あ、問題は解答とまとめて一つと考える。
少女:うーん、ほんとかなあ。
〈分からない〉に足を止めない
少年:分からないところで立ち止まらないのは、理解は時間差で遅れてくることが多いから。納得できなくても、いろいろやっているうちに、後になってストンと胸に落ちるとか珍しくない。たとえばある定理の値打ちが分かるのは、それを応用して、他のやり方だとめちゃくちゃ面倒だったこととか、一見して大変そうなことが、簡単に解決できた時だったりする。テキストの構成でいうと、こういうのはその定理の初登場から見れば、もっと先に書いてあることなんだ。
少女:応用で値打ちが分かるというのは、そうだと思う。あ、ひょっとして、それで〈解ける〉系の本がメインなの?
少年:そう。〈分かる〉系の本は、面白い話を受け取って楽しめるけれど、応用したり自分でいろいろやってみること、ひっくるめて言えば〈体験〉が足りない。むしろ、いろいろ〈体験〉してみた後に〈分かる系〉の本を読むと、「ああ、あれはそうだったのか」となりやすい。
少女:今のは分かった。テキストも終わりまで先に目を通しておいた方が、この定理が何に使われるかとか知っておくことができたりして、今やってることの意義とか意味とか文脈が分るってことよね?
少年:うん。このやり方の元ネタは、ライプニッツが12歳で教師も辞書もなしにリウィウスが書いた『ローマ建国史』を、分かるところだけ拾い読みするのを繰り返し、ラテン語が読めるようになったエピソードなんだ。ライプニッツは哲学、微積分から法学、歴史、神学、言語学と何でもやった人だけど。
少女:でも分からないところを飛ばすって、なんか罪悪感ない?
少年:分かるけど、難しいって悩んだり無力感に苛まれたりするのって、そもそも脳のパフォーマンスを下げることなんだ。短期的には余計に理解しづらくなるし、覚えられなくなるし、学習効率は下がる。長期的には、学ぼうとする度に繰り返し不快な感情を浴び続けたら、誰だって学習意欲は下がるし、学ぶことをやめちゃうよ。
ささやかだけど、やくにたつこと
少女:うーん。勉強ってそもそもつらいことだと思ってた。
少年:どのみち長距離走(マラソン)なのに、そこに崖上り(ロッククライミング)まで混ぜなくてもいい。できないことに正面からぶつかるかわりに、今できる簡単なことに細分化(ブレイクダウン)したり変換して取り組むのって、勉強以外なら、たとえば仕事をやる場合なら当たり前のことだと思う。
少女:でも、今のやり方だと問題を自分で解いたりしないんだよね。大丈夫なの?
少年:最初はね。繰り返し読んで、分かる部分を増やしていって、やれそうになったら問題を解く。
少女:それって、問題も解答も何度も見た後だから、解けて当たり前じゃないの? 数学なんて解き方覚えればいいんだ、ってやつ?
少年:ちょっと逆説っぽいけど、解き方を覚える一番良い方法は、自分で解くことなんだ。最初から解けるなら、そのルートを選択すればいい。なだらかな坂道にザイルはいらない。でもその問題を解くことが〈今自分ができること〉を越えているなら、今できるささやかなことをとにかくやる方がずっとましだ。少なくとも、やめてしまうよりは。
少女:自力で解けない人も、答えを読むことくらいはできる、ってこと?
少年:他にもいろいろある。答えを書き写すことだってできるかもしれないし、答えの最初の数行を見れば、あとは自分で解けることだってあるかもしれない。問題と答えを通しで読むのは、多分いろいろあるルートの中ではかなり簡単なもので、だから広い範囲の人が最初に使える手段だと思うけど。
少女:楽すぎて効果があるか疑わしくない?
少年:自分でそう思えるようになったら、もう少し負荷の高いこと、例えば問題+解答を書き写すことに進んでいいというサインだと思う。そのあたりはリハビリに近い。他の人にとっては簡単すぎる意味のないことでも、自分にとっては次へ進むための大事なステップになるかもしれない。それに、知らない外国語の文章を写すのが時に不可能と思えるほど難しいように、数学も間違えず書き写すのって結構大変なんだ。添え字の間違いに気付かず書き写す人は、自分で数式を展開しても、そこのところで間違えるかもしれない。
少女:当たり前に思ってたけど、写すのもちょっとしたスキルなのかな?
いくつもの〈当たり前〉を重ねて
少年:それを当たり前に思える水準に達してないと、つまり注意力をそこに配らなくてもできるように自動化してないと、次の段階のスキルに回すべき注意が足りなくてミスが頻発する。ミス退治に注意を費やすと、新しいことを理解するのに注意が回らない。
少女:リハビリかあ。歩くのにいっぱいいっぱいだと、尾行とかできないもんね。まずは歩く練習、その前に這う練習、って感じ?
少年:書き写すのができるようになったら、今度は少し内容に踏み込んで読んでみる。例えば証明だったら、いくつのパートに分かれるかとか、そのあたりから。それができたら、証明をパートごとに分ける線を引いたり小見出しつけたり、単なる計算の部分と、そこを曲がるとゴールが見える証明の〈曲がり角〉を色分けしたり、注釈をつけたり、とスモール・ステップでいろいろ考えられる。もちろん、ある程度できたら、もっと進んでもいいけど。進まなくちゃダメ→やっぱできない→オレってダメな奴→理解力低下→ますます分からない、みたいなループに落ち込まない限り、いろいろできると思う。ぼくの場合は、表面読みを繰り返してて退屈してくると、何か別のことしたいって感じで思いつくことが多いけど。あ、あと悩んだり落ち込んだりすることに意識を費やさないように、音読して声で意識を占領するのも手。これは調子悪かったり、気持ちがふさいでやる気が出ないときにも使える。
少女:そういえば読み方知らない数学記号ってある。
少年:この際だから調べて覚えよう。
・数式を(なるべく簡単に)出して読む with ASCIIMathML 読書猿Classic: between / beyond readers

追補:覚えるためのシステム
少女:「理解のために必要な認知資源を確保するための反復練習」って言ってたけど、最初からあんまり頑張りすぎると挫折しそう。
少年:最初は、飛ばしても最後まで通して読むのを優先していいと思う。そのうち一周したら、覚えるものを拾う、みたいなルーチンにしてもいいかも。これもいきなり完璧に拾うんじゃなくて、まずは目次に出てくる分からない言葉(不明語)をチェックするくらいでいいとおもう。その後は見出しの中の不明語かな。
少女:どうして、その二つ?
少年:目次と見出しは、本文をインプットするときにも記憶の依り代になるけど、意味が分からないものは覚えにくいから。目次や索引をつかって、本文から定義や説明を探して拾う程度でいいと思う。これだと本文のつまみ食い的予習にもなる。どうもテキストの中で説明してないとか、このテキスト読むなら当然の前提にされている場合は、他のもっとやさしい本や事典なんか使って調べる。
少女:あ、スマホが出てきた。
少年:印つけたものや、あと暗記できそうなものは細切れ時間使って、どんどんi暗記+
少女:カードの裏に覚えるべきことを書くのは、後回しでもいいの?
少年:うん。カード作りはあくまで副業だから。i暗記+
少年:入力できたものから何回も回して細切れ時間に暗記する。復習のタイミングを次第に間隔を広げていくスペースド・リハーサルを使うことになるけど、手作業だと面倒な復習のタイミング管理をi暗記に丸投げできる。

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