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    少女:証明問題が一番苦手です。答を見ても、なんでこれで証明したことになるのか、全然ピンと来ないし。

    禁煙:確かに苦手な人が多いみたいね。

    少女:解く問題だったら、とにかく答を出すところまでたどり着けばいいと分かるんで努力もしようがあるけど、証明ってどこからはじめてどこへ向かえばいいのか、それさえよく分からないです。あと、当たり前の事をわざわざ証明して、余計難しくしてるんじゃないかって思うこともあります。

    禁煙:そうねえ。多分、前に話したことが関係してくるかしら。数学のことばと自然言語の話。


    問:数学を何故学ぶか? 答:言葉で伝えきれないものを伝えるため/数学となら、できること/図書館となら、できること番外編 読書猿Classic: between / beyond readers 問:数学を何故学ぶか? 答:言葉で伝えきれないものを伝えるため/数学となら、できること/図書館となら、できること番外編 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加

    少女:数学の言葉で書かれたものを、普通の言葉に翻訳しちゃうから、かえって分からなくなるっていうんですよね?

    禁煙:当たり前の事をなんで証明するんだ、っていうのだけれど、ひとつの理由は、数学のことばの内だけで決着をつけたい、というのがあるの。

    少女:それって、どういう?

    禁煙:言い換えれば、数学の言葉で書いてある内容を、自然言語に翻訳したり、日常生活で培った感覚に置き換えて「当たり前」って思えたとしても、それは数学の証明の代わりにはならないってことね。もちろん理解や発見の助けになることもあるから翻訳を否定するわけではないけれど、翻訳でわかったとしても、数学のことは数学で、って話なの。

    少女:ということは、私の数学語レベルが未熟だから証明が分からないってことですか?

    禁煙:深刻に取るとそうだけど、見方を変えるとね、証明の読み書きを練習するのが数学語をマスターする近道とも言えるわね。

    少女:うえ。

    禁煙:もうひとつ、証明が分かりにくいのは、省略が多いから。プロの論文はもちろん、これから勉強する人が学ぶ教科書に載ってる証明も、そうなの。簡潔を尊ぶ文化ってこともあるけど、(まず値段、そしてページ数を決めるところから始める出版企画のせいで)すべてを丁寧に書くには紙面に限りがあるって大人の事情もあるかも。

    少女:せめて教科書ぐらい、省略なく書いてくれてもいいじゃないですか?

    禁煙:じゃあ、それにつきあってもらおうかしら。ただ先に弁護をしておくと、証明というのは、地図というより、「3つ目の信号を左に曲がって2ブロック行って右へ曲がる」というような道順の説明なの。それは道を間違えないための最小限の情報であって、たとえば指示のないところは、「まっすぐ進む」(証明だと、自明の式変形を行う)だと自分で補って読まなきゃならない。目的地に着くのが第一だから、道の途中でどんな花が咲いているかとか詳しく語られても、みんながみんな喜ぶわけではないでしょう? あるいは「右足と左足を交互に前に出して進む」みたいに噛み砕いて詳しく説明できるけれど、そうすることで分かりやすくなるかといえば微妙だと思わない?

    少女:必要最小限の方がいいってことですか?

    禁煙:その途中にどんなものがあるか、周囲がどうなっているか、今どっち向きに進んでいるのか、何のためにそちらに向かっているのかといったことは、証明自体は、ほとんど何も語らない。それを知るにはまず、道順に従って自分で歩いてみなくてはね。そうやって足りない情報を自分で補いつつ読むというのが、トレーニング的意義も含めた、数学書を読むということなの。

    少女:分からないこともないですけど、それが敷居を高くしてるってこと、ないですか?

    禁煙:「やさしく書いた」と自賛する理工書は「(そのために)証明を省いた」と言ってはばからないけれど。ただ数学語にも、基本構文みたいなものがあって、それを知っておくと、証明の読み書きが楽になるかもね。

    少女:背理法とか数学的帰納法とかですか?

    禁煙:うん、それもあるけれど。

    少女:試行錯誤(法)とか、無しですよ。

    禁煙:ふふ。まずはS+V(主語+動詞)にあたるような、ほんとの基本からね。あまりに当然に(そして多くは無意識に)用いられるので、ほとんどの人がわざわざ名前をつけてみようと思わないほど当たり前なものだけれど。

    少女:名前はまだない?

    禁煙:一応「前進後退法 forward-backward method」ってつけた人がいるけれど。

    少女:その前進とか後退って何ですか?

    禁煙:数学の命題って「AならばB」みたいな形をしているでしょ?Aを仮定、Bを結論と呼ぶと、仮定から結論へ向かっていくのが、ここでいう「前進」ね。逆に、結論から仮定へさかのぼるのが「後退」。

    少女:「AならばB」を証明するんだから、仮定から結論へ向かって前進あるのみ、なんじゃ?

    禁煙:完成品の証明はそうなってることが多いわね。でも「確かにそうすれば結論に至るけれど、なんでそんなこと思いつくの?」ということはない?

    少女:あります。

    禁煙:ひとつのヒントがこれね。結論から迎えに行ってあげた方が、簡単に証明できることって多いの。迷路でも、ゴールからスタートへ向けて辿った方が易しいことってない?

    少女:うーん、どうだろう?

    禁煙:仮定から結論に近づく(前進過程)のと、結論から仮定に近づく(後退過程)のを、両方やるから前進後退法ね。

    zenshin_koutai.png


    禁煙:山の両側からトンネルを掘るみたいだけれど、つながったら、仮定から結論へ一直線みたいに証明の完成品は書くの。もちろん〈道順〉みたいに簡略した形でね。



    少女:証明って書いてあるとおり、仮定から結論へ当然進んでるものだと思ってました。

    禁煙:文章だって冒頭から結末への順序で書くとは限らないでしょ?

    少女:ええっ、そうなんですか?

    禁煙:……数学の証明の場合、結論からさかのぼるように考えるメリットは、仮定よりも結論の方がシンプルでクリアなことね。証明に必要になる仮定の方は、たくさん必要だったり、すべて与えられず自分で探して来なくてはならなかったりするけど。

    少女:そりゃ何を証明するかぐらいはっきりしてないと困ります。

    禁煙:テスト問題だとまだ与えられる仮定が多いけど、それでも証明に使う定義や定理を自分で持ち込むことが多いわね。これが自分で見つけた定理を証明することになると、原理的にはだけど、これまで人類が証明したすべての定理を使ってもいいのだもの。もちろんどのあたりのことを使えばいいか、証明する人は見当をつけているけれどね。

    少女:証明問題って確かにどこから始めたらいいか分かりづらいです。じゃあ結論からさかのぼるとして、具体的にどうするんですか?

    禁煙:パターン・プラクティス(型稽古)しやすいようにフレーズ化しておくと「これを証明するためには、何が言えればよいか?」と自問自答するのを繰り返すことになるわ。

    少女:繰り返すんですか?

    禁煙:1ステップさかのぼるだけで、結論から仮定に至れれば言うことないけれど、そういうのって証明し甲斐がない問題じゃないかしら?

    少女:繰り返して、できるだけ仮定に近づけるんですね。

    禁煙:ええ、大抵は途中でそれ以上さかのぼるのが難しくなるけれど、その時点での到達点は、最初の結論よりは証明しやすくなっているはず。もちろん、そうなるように遡るのだけれどね。簡単な例でやってみましょうか?


    【問題】

    right_triangle.png

    直角の2辺の長さがx,yで斜辺の長さがzである直角三角形XYZ の面積がz2/4 ならば,三角形XYZ は二等辺三角形であることを証明せよ。


    少女:ええと、結論からさかのぼるところから始めればいいんですよね?

    禁煙:まず、仮定と結論が何なのか、確かめましょう。

    少女:「AならばB」で、Aが仮定、Bが結論ですよね。「直角の2辺の長さがx,yで斜辺の長さがzである直角三角形XYZ の面積がz2/4」が仮定で、「三角形XYZ は二等辺三角形である」が結論でいいですか?

    禁煙:ええ、そのとおり。では結論から遡りましょうか。

    少女:さっきのフレーズですね。ええと「これを証明するためには、何が言えればよいか?」。今の結論を当てはめると、“三角形XYZ は二等辺三角形である”を証明するためには、なにが言えればよいか?
    禁煙:なにが言えればいいのかしら?

    少女:んー、ベタですけど、二等辺三角形なんだから、二つの辺が等しいことが言えればいいんじゃ?

    禁煙:そうね。この問題で言うと?

    少女:ええと、斜辺以外の辺ですよね。

    禁煙:今だと直角の2辺の長さがx,yだから?

    少女:x=yですよね。

    禁煙:ええ、これで1ステップ進んだ訳。結論B「三角形XYZ は二等辺三角形である」を証明するためには、B1「x=y」が言えればいいわけね。

    少女:そのB1って何ですか?

    禁煙:結論をBにしちゃったから、そこから1ステップさかのぼった印をつけたの。さて続けましょうか?

    少女:もう一度「これを証明するためには、何が言えればよいか?」ですね。今は、B1「x=y」を証明するためには、何が言えればよいか?・・・いきなり詰まりました。

    禁煙:他にやれることがないか探しましょうか。前進後退法なんだから、結論から遡る方が詰まったら
    少女:前進する・・・仮定から進む方ですか?

    禁煙:こちらもフレーズ化しておきましょうか? 「これが成り立つならば、どんなことが言えるか?」。実はこの問題の仮定A「直角の2辺の長さがx,yで斜辺の長さがzである直角三角形XYZ の面積がz2/4」には、二つの主張が入っているわね。A1「三角形XYZが直角三角形」であることと、A2「三角形XYZの面積がz2/4」なこと。

    少女:あ、そうか。

    禁煙:A1とA2、それぞれについて「これが成り立つならば、どんなことが言えるか?」を自問自答してみましょうか。

    少女:えーと、A1「三角形XYZが直角三角形」が成り立つならば、どんなことが言えるか?・・・どんなことが言えますか?角Zが90度とか?

    禁煙:いろいろあるけれど、今私たちが目指しているのは、B1「x=y」だということを思い出して。これは辺の長さについての主張だから、そこに合流しようと思えば、仮定から進む(前進過程)でも、辺の長さについて何か言えることがないか探すべきよね。直角三角形で辺の長さについて何か言えないかしら?

    少女:・・・ピタゴラスの定理、ですか? あれって辺の長さの間の関係ですよね。

    禁煙:ええ。どうなるかしら。

    少女:「直角の2辺の長さがx,yで斜辺の長さがz」ですよね。だったらx2+y2=z2じゃないですか。

    禁煙:A1から一歩進んだからこれをA11にしましょうか。A11「x2+y2=z2。これでB1とつながった?

    少女:いえ、まだです。

    禁煙:そうね。まだ使ってない仮定があるわ。

    少女:A2「三角形XYZの面積がz2/4」が成り立つならば、どんなことが言えるか?・・・で、辺の長さに関することですよね。

    禁煙:辺の長さをつかって、面積を表したらどうかしら?

    少女:あ、そうか。直角三角形だから、底辺も高さも辺の長さがそのまま使えますよね。底辺×高さ÷2で面積はxy/2?

    禁煙:そう、A2「三角形XYZの面積がz2/4」が成り立つとしているから?

    少女:xy/2とz2/4が等しいんですね?

    禁煙:そう。これをA21にしましょうか。今の段階でどこまで来ているかまとめてみると

    A11「x2+y2=z2
    A21「xy/2=z2/4」
    B1「x=y」


    少女:みんな式の形になってきましたね。ここからどうしましょう?

    禁煙:A11とA21からB1にたどり着きたいのよね? B1にはxとyが出てくるけどzは出てこないわね。

    少女:だったらA11とA21からzを消せばいいのかな?……もう両方合わせて使っていいですよね。まずA21の両辺を4倍して
    A22「2xy=z2
    これをA11に代入します。

    禁煙:結果はA3とラベルをつけておきましょう。

    少女:はい。

    A3「x2+y2=2xy」
    まで来ました。

    禁煙:x2+y2=2xyで2xyを移行してA31「x2+y2-2xy=0」。これを因数分解すると、A32「(x-y)2=0」よね。

    少女:ああ、だったらA33「x-y=0」になるから、ふう、やっとB1「x=y」にたどり着いた。結論側と仮定側から掘っていたトンネルがつながりました。……これで自分としては証明できた気がするんですけど、証明はもっと簡潔に書くべきなんですよね?道順だけ?

    禁煙:そうねえ。ラベルをつけたところを、今度は過程から結論の順に並べてみてはどうかしら?

    少女:えーと、こうですか?


    仮定A「直角の2辺の長さがx,yで斜辺の長さがzである直角三角形XYZ の面積がz2/4」
    A1「三角形XYZが直角三角形」
    A11「x2+y2=z2
    A2「三角形XYZの面積がz2/4」
    A21「xy/2=z2/4」
    A22「2xy=z2
    A3「x2+y2=2xy」 (A11とA22から)
    A31「x2+y2-2xy=0」
    A32「(x-y)2=0」
    A33「x-y=0」
    B1「x=y」

    結論B「三角形XYZ は二等辺三角形である」

    禁煙:今回はとても詳しく、普通は無意識でやってしまうところも、声に出してやってみたのだけれど。〈道順〉として落とせないのは「どこで曲がるか」よね? 逆に「まっすぐ進める」ところ、たとえば計算の途中過程なんかは省略していいと思うわ。

    少女:今ので言うと因数分解とかは省略できるのかな? A22からA33までごそっと削りましょうか?

    禁煙:それでもいいけど、その中で何か一つだけ残すとしたら?

    少女:「曲がり角」を間違えなきゃいいんだから、A32があったら間違えなさそうです。

    禁煙:すると、こんな風になるかしら。


    (証明)
    仮定の(A1)三角形XYZが直角三角形から(A11)x2+y2=z2・・・(式1)
    同じく仮定の(A2)三角形XYZの面積がz2/4から(A21)xy/2=z2/4・・・(式2)
    式1に式2を代入して整理すると
    (A32)(x-y)2=0
    となり、これより(B1)x=yとなり、(B)三角形XYZ は二等辺三角形であることが証明できた。



    (A1)(A11)・・・(B1)(B)みたいなのは、私たちがわかりやすいようにつけたラベルだから証明には書かなくてもよいでしょうね。ラベルを消すかわりに、指し示したい式にだけ(式1)(式2)とつけたわ。

    少女:なんか証明っぽくなりましたね。

    禁煙:というより証明そのものよ。

    少女:自分だけでやってトンネルが貫通できるかどうか分かりませんけど、とりあえず何から手をつければいいかは分かった気がします。

    禁煙:簡単な問題だから、いちいち手順を踏むまでのことはないかもしれないけれど、証明をつくるときの舞台裏も知ってもらいたくて詳しくやってみたの。

    少女:毎回、こんなに丁寧にしなくちゃいけませんか?

    禁煙:証明を苦手に思う人は、簡単すぎるくらいの問題を、フォームを確認するつもりで、こんな風にしつこくステップを踏んでみるといいかも。何を考えるべきか、そして考えたことのうち、何を書いて何を省略するか、考えられるようになると、人が書いた省略の多い証明も、自分で補完しながら読めるようになるから。

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    証明の読み方・考え方―数学的思考過程への手引証明の読み方・考え方―数学的思考過程への手引
    (1985/05)
    ダニエル・ソロー

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