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     目掛けた一冊(たとえば誰かに勧められた書物)だけを読む、孤立した読書を〈点の読書〉と呼ぶ。
     このブログでは繰り返しになるが、知識がそうなように、書物もあらゆる文献もまたスタンドアローンでは存在できない。一冊の書物、ひとつの文献は、他の多くの文献と、たとえば参照関係や影響関係を介して、直接・間接につながっている。そのつながりを追って進む読書を〈線の読書〉と呼ぶ。
     さらに、文献同士を結ぶつながりをまたいで、あるいは逆らって、文献と文献を突合せ縒り合わせて、著者も文献も予期していなかった結びつきを創りながら編み上げながら進む読書を〈面の読書〉と呼ぶ。

    点の読書、線の読書、面の読書 読書猿Classic: between / beyond readers 点の読書、線の読書、面の読書 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加


     〈一冊〉という単位(パッケージ)は、書物流通の単位であって、我々の知的営為の単位ではない。
     何か読まなくてはならない場合に、これさえあれば足りる完全な〈一冊〉が存在すると信じることは、読書の幼年期にある者だけに許される。
     世界にあるのは、どんな場合でも、それだけでは足りない不完全な数冊、数十冊、数百冊であって、だからこそ我々には読み通す以上のことが求められる。たとえば読み合わせること、読み比べること、読みつなげること、そして未だ文献のない領域に踏み出すこと。
     〈点の読書〉を取り扱う文献の数だけ繰り返さなくてはならないと考えると、複数の文献を扱うことはよほどの難事業に思えるかもしれない。
     〈面の読書〉のためには、取り扱う文献を俯瞰し一望することができると取り組みやすい。

     以下に示すのは、複数の文献を一望化することを助け、〈面の読書〉を実装することを支援する文献表の作り方である。
     取り扱うすべての文献のすべての箇所にランダムアクセスし、複数の文献について縦断的/横断的(あるいは斜交い)に読む助けとなる。
     



    ステップ1.見出し埋め

     取り扱う文献を集め、1つの文献につき1行をつかって、文献のタイトルと各パートの見出しを拾い出し、順に左から右のマス(セル)へと入力していく(表計算ソフトをつかうとよい)。

    文献名パート1パート2パート3パート4
    再軍備とナショナリズム : 戦後日本の防衛観第1章 二つの再軍備-西ドイツと日本第2章 吉田内閣による再軍備第3章 積極的再軍備論の登場と展開第4章 日本における社会民主主義の分裂


     このステップはすべての文献について最後までやり切っておく。
     すると、たとえば以下のような表(マトリクス)ができる。
     
    step1.png
    (クリックで拡大)


     
     この作業は、能動的に目次・見出しを読む通すことで読解のための背景情報を頭にインプットすると同時に、取り扱う全文献の内容を1枚に集約するための外部記憶(外部表象)を用意するものである。
     これで取り扱うすべての文献を一望できる基礎ができたことになる。以降の作業は、この表(マトリクス)に加筆することが中心となる。
     
     もちろん、目次や見出しを拾うだけでは内容がよく分からない文献も少なくないだろう。
     たとえば標準的な構成の論文から拾ってきた場合、見出しと配列順はほとんど同じになって、論文の内容について有益な情報は含まれていないかもしれない。
     また古い文献では、見出しがなく、ただ「一」「二」…と数字が振られているだけだったりするが、この場合も同様である。
     これらの文献については、次のステップでそれぞれのパートの概要を拾い上げて、追加入力することになる。
     

     
    ステップ2.概要埋め

     見出しを入力したマトリクスの各セル(マス)ごとに、その文献のその見出しのパートの概要を入力していく。
     
     目次・見出しに欠落があったり、内容を示すだけの情報がまだ得られてない文献がある場合は、そうした文献から概要埋めの作業をはじめる。
     
     最初から詳しい概要を入力する必要はない。
     初期段階は〈どこに何が書いてある〉が一望できることが重要であるから、何について書いてあるかを示すキーワードを入力するだけでも十分である。
     
     欠落が埋まり、どの文献についても〈どこに何が書いてある〉かが可視化できれば、必要最小限の作業は終わったことになる。
     このままステップ3へ進んでもいいし、どの文献のどの箇所からでもいいので、より詳しく内容を拾い上げて表を埋めていくのでもかまわない。
     概要埋めをさらに進める際に一つのやり方は、見出しから疑問文をつくり、その答を本文中に探すというものである。多くの文献では、すでに著者が問いを立てて、それに答える形で論旨が進められるものも少なくない。文献のそれぞれのパートで問い、また問いを発見していけば、概要埋めは進んでいくだろう。
     
     すると次のような表(マトリクス)となる(赤文字が今回、追加入力した部分)
     
    step2.png
    (クリックで拡大)




     
    ステップ3.同項結び

     〈どこに何が書いてある〉かが可視化できていれば、このステップに進むことができる。
     表(マトリクス)の中で、同じ/似た項目・内容があれば、同じ色をつけたりマーキングしたり、丸で囲んだり、囲んだ上に線で結んだりして、関連が分かるようにする。

     すると次のようになる。

    step3.png
    (クリックで拡大)





    ステップ4.面の読み

     通常、2.概要埋めの充実化と3.同項結びは、両者を往復しながら進められる。
     たとえば、概要埋めの充実化が進むと、それまでの粗い見出しでは見えなかった関連性が発見される。
     また同項結びで結ばれたそれぞれの箇所を読み比べることで、おおまかに読むだけでは気付かなかった異同が浮かび上がり、より詳しく読むべき箇所やトピックに注意がいく。

     この段階で既に、複数の文献の間を自在に読み回っていることに気付くだろう。
     もちろん、概要埋めや同項結びを行ってから、ひとつひとつの文献を通しで読むことも良い。
     すでにその文献だけでなく、今回集めた他の文献についても、全体構成が可視化されている。それぞれの文献をバラバラに読むのでなく、一まとまりのものとして読む準備ができている。

     さらに同項結びも加えた表(マトリクス)を座右に読み進めれば、たとえば「このテーマについて他の文献はどう扱っているか?」とか「この論文の説明は難しい。他の文献にもっとやさしい説明はないだろうか?」と思ったそのときに、どの文献のどこを参照すればよいか、あなたが作った表(マトリクス)が教えてくれる。
     すでに文献の間には、あなたがこの先何度でも行き来できる何本もの〈連絡通路〉が設置されていることになる。

     より多く同項結びされたトピック/内容を持っている文献は、他の文献とより多くの共通部分を持つ文献である(例の表でいえば「帰納法と発見」や「ミル型論証と生態学」がそうだ)。
     そうした文献を先に読みこめば、他の文献についてはどこが違っているか拾うだけで済む。
     こんな風に、同項結びされたコンテンツ・マトリクスは、集めた文献のどれから先に読めば効率的かを教えてくれる。

     

    ステップ5.発見事項の抽出/整理

      コンテンツ・マトリクスは同項結びが増えるほど見やすいものではなくなっていく。
     その頃には、発見した事項をまとめなおす動機付けが生まれているだろう。次へ進むときが来た。
     複数の文献の間で共通して登場するトピックが発見できたら、あるいは比較すべき異同に気付いたら、それらを項目として表に追加し、それぞれの文献ではどうなのかを追記していこう。この際、一番左欄の文献名のすぐ右側に、新たな列を挿入していく。
     追記のための情報や参照すべき箇所は、少なくともそのヒントは、すでにコンテンツ・マトリクスの中にあるはずである。

     今や、以前
    集めた文献をどう整理すべきか?→知のフロント(前線)を浮かび上がらせるレビュー・マトリクスという方法 読書猿Classic: between / beyond readers 集めた文献をどう整理すべきか?→知のフロント(前線)を浮かび上がらせるレビュー・マトリクスという方法 読書猿Classic: between / beyond readers このエントリーをはてなブックマークに追加
    で紹介したレビュー・マトリクスを進む段階である。

     先に今回のコンテンツ・マトリクスを作っておくことは、文献マトリクスの作成の前作業にもなる。
     コンテンツ・マトリクスは、まとめるためのトピック(列項目)を考え出さなくても(これが最も難しい)、目次や見出しを機械的に集めることでマトリクスの枠を作ってしまえる。
     後は足りない情報を補いながら、内容を充実化することと、複数の文献を縦断/横断しながら読んでいくことが同時並行的に行われる。取り掛かりやすく、行き詰まりにくい。
     特に、標準的な構成をとる論文(だとどこから何を抜き出すか検討がつけやすい)以外の文献を相手にする場合に、コンテンツ・マトリクスから入ると助かることが多い。



    FAQ(よくある質問)

    (表が横に大きすぎる)
    Q1. 論文と書物を同じ表に入れると、書物の行が横に飛び出て見にくいんだけど。
    A1. 論文とともに、詳しい目次のある書物を扱う場合は、書物の各1章分ごとに1行を割り当てると、表の横幅(列数)について文献ごとの食い違いが大きくなり過ぎません。

    (表が縦に大きすぎる)
    Q2. 扱う文献の数が増えると表が縦に広がりすぎて一望できなくなるけど。
    A2. 同じ/似た項目・内容を結んでしまうと、スクロールしながらでも意外となんとかなります。
     あと、表が縦に広がりすぎるのは、文献の数よりも、ひとつのセルにたくさん書き込む方が原因になるようです。自分でわかる範囲で縮めるなりキーワードだけにするなりすると、コンパクトになります。

    (表が複雑すぎる)
    Q3. 言われたとおり、関連あるところを結んでいったらスパゲッティ状に混み合って、訳がわからなくなったぞ。
    A3. 複雑になりすぎたら、発見した事項をまとめなおす良い機会です。
     他に複雑さを軽減するコツとしては
    (1)同じ/関連する項目だからといって、すべてを囲んだり、つないだりする必要はありません。
    特にどの文献にも出てくる内容/トピックは囲む必要はないです(むしろ表全体の属性としてメモしておくべき)。例につかった表だと、ベーコンやミルや帰納法は、マーキングもしてません。
    (2)色付け/マーキング→囲む→囲んだものをつなぐ順で作業するといいです。つなぐのは最重要なものだけにします。そこまでの重要度がないものは色付け/マーキングだけでもなんとかなります。
      
    (面倒すぎる)
    Q4. こんなものわざわざ作らなくても、どことどこが繋がるか/関連してるかぐらいすぐわかるし覚えていられる。わざわざ表を作るまでもない。
    A4. 元々〈面の読書〉を支援するための道具なので、なくてもできる人は使う必要は無いでしょう。ただ、作業しておくと定着度は違いますし、作業したものを残しておくと、時間をおいてから助かったりします。




    (例につかった文献)
    赤川元昭(2009)「仮説構築の論理--演繹法と枚挙的帰納法」『流通科学大学論集 流通・経営編』 22(1), 81-104.
    赤川元昭(2010)「仮説構築の論理--消去による帰納法」『流通科学大学論集 流通・経営編』 22(2), 149-163.
    赤川元昭(2010)「ベーコンと新しい帰納法」『流通科学大学論集 流通・経営編』 23(1), 39-61.
    大垣俊一(2007)「ミル型論証と生態学」『Argonauta』14, 3-9.
    岡本慎平(2011)「推論と規範 : J.S.ミル『論理学体系』における生の技芸とその構造について」『哲学』 63, 73-87, 2011-00-00
    岡本慎平(2012)「他者の心と神の実在:J.S.ミルの類推論法と意識の諸問題」関西倫理学会2012年度大会 2012年11月3日
    佐々木憲介(1993)「J.S. ミルの具体的演繹法 (1)」『經濟學研究』 43(3), 67-84.
    佐々木憲介(1994)「J.S.ミルの具体的演繹法 (2・完)」『經濟學研究』 44(1), 17-34.
    中桐大有(1974)「帰納法と発見(上)」『人文學』 (126), 1-20.
    中桐大有(1974)「帰納法と発見(下)」『人文學』 (127), 80-98.



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